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「それは第4師団長に任せたからね。それなりの情報を吐いてもらったら、必要なくなるよね。それで、なぜその人数が把握できるのかな?」
確かユーフィアが灰色の制御石が解除出来ないと言っていたのは彼らのことだったはずだ。灰色の制御石の解除は上手くいったのだろうか。だが、シェリーには関係ないことなので、イーリスクロムを一瞥して、クロードに視線を向ける。イーリスクロムの最後の言葉には答えるつもりはない。
個人的なスキルの内容を多くの者たちがいるこの場で口にすべきことではない。
「ということですので、そちらの対処の方を優先させるべきではありませんか?」
「え?無視?」
「おい、この王都にいる人族がどれ程いるの思っているんだ?判別するには微妙な雰囲気の違いがわかる奴しかできんぞ」
雰囲気の違い。それはマルス帝国の者たちが基本的に人族至上主義だからだ。だから、獣人を差別した視線で見てくる。それは、ほんの些細なことで、ほとんどの者たちは気づかないだろう。
「ですから、第5師団長さんに来てもらったのではないですか」
「スラーヴァル家の者か」
シェリーから名が出てきたことで、クロードも壁際に控えているヒューレクレト・スラーヴァルに視線を向ける。
視線を向けられた第5師団長は石のように固まってしまっている。先程から第5師団長の挙動がおかしいが、彼とクロードの間に何かあったのだろうか。
「邪眼のスラーヴァルか。おい、若王。スラーヴァルに邪眼を使う許可を与えろ。ラースの魔眼には敵わないが、スラーヴァルの邪眼は人の心を侵食する。ということで、お前は王都内の敵を洗い出せ」
「はっ!了解いたしました!」
クロードに言われた第5師団長はクロードに向かって敬礼して、命令を受け入れた。
「僕が国王なんだけど?なんで、黒狼の命令を聞いているわけ?いや、元統括師団長からの命令だから?」
イーリスクロムは何故ここに呼ばれていたのだろうと、項垂れている。
「閣下!国王陛下!では御前を失礼致してよろしいでしょうか!」
クロードの命令を聞いた第5師団長のヒューレクレトは二人に向かって敬礼をし、退出許可を求めた。クロードは首を縦に振って了承し、イーリスクロムは項垂れたまま手を振って退出していいと表した。それもヒューレクレトは一番最初にクロードの事を示す『閣下』と呼びかけている。これは国王陛下よりクロードの方が上だと言っているかのようだ。
いや、獣人の国であるシーラン王国では強さが全てだ。ならば、必然的にクロードの方に頭を垂れる行動に出てしまうのだろう。
許可が出た第5師団長はシェリーの向かい側に黙って座っていたクストの背後から近づいて、何かを話している。
クストから了承を得たらしい第5師団長は再度敬礼をしてから、部屋を出ていった。
「おい、ヴァレーニはもう少しずる賢く人を酷使していたぞ。上手く人を使って国を動かないと、本当に帝国に食われるぞ」
クロードはこの国の王でありながら、威厳というものが全く見られないイーリスクロムに向かって言った。そう言われたイーリスクロムはおずおずと顔を上げ、クロードに視線を向けた。いつも何を考えているかわからないニヤニヤとした笑みを浮かべているイーリスクロムが今は、迷子の子供のような表情を浮かべていた。
「グアトールの一族は総出で使え、奴らは喜んで戦いに挑むだろう。ウラガーノはまだ軍に残っているか?残っているなら存分に使え。目的さえ明確に示しておけば、あいつは上手く動くだろう」
ウラガーノ。それは現統括師団長のことだ。ウラガーノ・グアトール。騎士団と軍部をまとめるものを現地で酷使しろとクロードは言っている。それは少し問題があるように思えるが、なりふり構っていられない状況であれば、それも必要なことだろう。
「あと、お前の後ろのヤツもそうだが、スラーヴァルの奴らも存分に使え。魔眼持ちの種族は数は少ないが、スラーヴァルの邪眼に抵抗できる者もそこまで居ない。まぁ、そこにラースの魔眼持ちの嬢ちゃんがいる前で言うことじゃないかもしれないが」
クロードは苦笑いを浮かべならが、相変わらず死んだ魚の目をしているシェリーを見る。死んだ魚の目をしているが、その魔眼に敵うものなど存在しないという呆れた顔だ。
「ナヴァルは···まぁ、俺がかなり戦地に連れて行ったから当てにはできないだろうが、クストは俺が直々に鍛えてやったから、それなりに使えるだろう。第4師団のカルディアは残っているか?···そうか残っていないのか。第3師団のシンヴェレスはどうだ?···そうか···やはり人族だと残っていないか」
軍部の内情はクロードの記憶とは違い、様変わりをしているようだ。それも仕方がないこと。約30年という時間は人族であれば一線を退くに値する時間であるし、あの討伐戦を人族では行く抜くことは難しかったであろう。




