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「では、鶴の一声にお願いしますか?」
シェリーはクストに別の人から頼んでもらえばいいと言う。その人物は軍部にかなりの影響力がある人物のようだ。
「鶴の一声?俺に直接陛下に進言しろといっているのか?それはいくら何でも無理だぞ。報告はしても、俺の個人の意見を言うことはあっても、それを強要することを陛下にすることはできない」
一師団長が直接、国王陛下に対し意見を言い、それを実行するように言うのは軍の規定に反する行為だ。
「いいえ。クロードさんに一筆書いてもらいますか?ということです。それなら、軍上層部の半数以上の賛成意見をもぎ取れるのではないのですか?」
クロード。黒狼クロード。今の軍部の礎を築いた人物の名である。
「前から思っていたが、人の爺様をいいように使いすぎじゃないのか?」
クストが怪訝な顔をして言う。確かにシェリーは気軽にクロードを喚び出している。
「使えるモノは使わないと駄目ですよね」
「それは、何か違うぞ」
真顔でいけしゃあしゃあと言うシェリーにクストは否定の言葉を言う。だが、クストもクロードのこの国の影響力をわかっているので、クロードに一筆書いてもらうことに対しての否定はしていなかった。
そして、一人がけのソファに座って、バリバリとポテチを食べながら、不機嫌そうな目付きの悪い黒狼獣人がいた。
「何だ?それ?最悪じゃないか。何でここまで、帝国の侵入を許したんだ?お前ら馬鹿だろう」
今回の事件を聞いたクロードの感想だ。
「だから、考えなしに行動するのはやめろと言っていたのに、全く聞いてなかったのか?あいつらは」
この言葉は統括師団長を退いたときの言葉なのだろう。クロードは頭が痛いと言わんばかりに、こめかみをグリグリしていた。
「それでですね。統括師団長閣下宛に一筆書いてもらえませんか?」
シェリーがクロードに紙とペンを差し出す。それに対しクロードは眉間にシワを寄せ、不機嫌な顔をする。
「死人の言葉に意味はない」
確かにクロードは軍のトップでいたものの引退し、その後戦死を遂げた。そのクロードの言葉になど、権限も権力も発生しない。当たり前のことだ。
「わかっていますよ。死人が時が流れてしまった現代にいても、虚しいだけだと。そこに居場所などないということも。ですが、このままでもいいのでしょうか?いえ、クロードさんには関係のないことでしたので、強制することではなかったですね」
関係がないと言われたクロードの目がピクリと反応する。
「第0師団など、原型も留めていないくらいに、必要なしと判断されたのですからね。クロードさんの意見に耳を傾ける人なんていないでしょう」
「あ゛?!」
「まぁ、私はこの国に対してこだわりはありませんので、問題が起これば他の国に行けばいいだけですから」
「おい!」
「そう言えば水龍アマツさんが言っていましたね。『青狼たちには色々してあげたけど、噛みつかれちゃったわぁ』と。所詮その「バキッ!!」···」
シェリーが天津の言葉を言ったそのとき、二人の青狼獣人から殺気を向けられ、ローテーブルの天板が拳によって破壊されていた。天板に拳を打ち付けた者は黒い目をシェリーを鋭く睨みつけるように向け、低く唸り声を漏らしている。その破壊行動を取ったクロードはゆらりと立ち上がった。
「ああ、ギラン共和国で俺が青狼だとわかれば、態度を変えられたなぁ。だがなぁ、一族の長としては、一族を守るか、死に導くかの選択肢を迫られてグロスは一族を守る事に決めただけだ」
同じ選択肢を迫られたクロードからの言葉だ。討伐戦で一族の者たちを守るために戦いに参加しないという選択肢もできたはずだ。現に討伐戦に表立って参加をしなかった金狼族はその数を増やしている。
「しかし、俺を同じ扱いにするな!」
そう言ってクロードは我慢がならないと言わんばかりに、壊れたローテーブルを蹴り上げる。その壊れたローテーブルが壁に突き刺さった。
クロードはこのシーラン王国でも、ギラン共和国でも理不尽な扱いをされていたのだろう。だから、まともに教育を受けていなかった。だから、青狼族を恨んでいる。
クロードの根源にある青狼族に対する思いとはとても根深いものだったのだろう。
「だったら、俺が直接言い聞かせてやる!甘っちょろい考えを持っている奴らを全部屈服させればいいんだろう!」
クロードは極端な物言いをした。理解できないのであれば力技で理解させようと。
「それだと、私が軍本部に出向かないといけないので、嫌ですよ」
シェリーは怒れるクロードを前にして淡々と断った。目の前にいるクロードは所詮世界の記憶から構築された存在に過ぎず。シェリーの力の届かぬ範囲では存在を維持できない儚い存在であった。
 




