1.ザックリ逝きました!?
◇◆◇
「ソニアーーーーッ!!」
「え──?」
知っている声に振り返ると、彼は怒りの形相で剣を振り上げたところだった。
ただの貴族令嬢でしかない私は、避けることもできず、右の肩口から左の脇腹にかけて斬られるのを受け入れるしかなかった──。
◆
私──ソニア・フラワリングケールは伯爵家に生まれた。
家族は両親と兄。家族仲は比較的良く、貴族の家の娘にしてはとても大切にされていたと思う。
特別な部分があるとすれば、貴重な『特異魔法』を持っているくらいだが、それ以外はごく普通の貴族令嬢だ。
貴族の令嬢なので、私にも例に漏れず婚約者がいた。
相手はローランド・クロクス侯爵令息。
子供の頃に婚約した彼との仲は、やっぱり可もなく不可もなく。
週に一度はお茶会を開き、季節ごとの贈り物や手紙のやり取りも欠かさなかった。そうして、二人の仲は着実に深まっていると思っていた。
その関係が変わったのは、学園に入学してからだった。
この国では、貴族の令息令嬢は十五歳になると、王立学園に入学するのが一般的だ。
私の家は、同級生である王太子殿下を支持していた。そのため、私は殿下と過ごすことが多くなった。ローランド様もまた、護衛騎士として殿下に付き従っていた。
学園には、一際目立つ女子生徒がいた。
ルース・フラーグムという名のその女子生徒は、男爵家の出身ながら、聖女として膨大な浄化の力を持っていた。
聖女は、瘴気を浄化できる唯一の存在だ。そのため、国から手厚く保護され、神殿も後ろ盾となる。生まれに関係なく、相応の地位が保障されるのだ。
特に能力が強ければ、平民から大聖女に上り詰めることもあるそうだ。大聖女になれなくても、高位貴族との婚姻の可能性もある。
ルース嬢は、濃いピンクの髪に赤い瞳、白い肌をした美しい少女だった。その華やかな容姿から、学園でもたちまち人気者になった。
しかし、彼女はひたすら聖女神を崇め、どのような高位貴族の令息からの誘いにも乗らなかった。
そのため、彼女に懸想し、婚約破棄を申し出る愚かな令息は出なかった。
まあ、婚約破棄には至らなくても、彼女のことを好いていた男子生徒は多いとは思う。
そんな時、ローランド様がルース嬢の護衛に抜擢された。
「といっても、学園にいる間だけだけどね」
久しぶりのお茶会の席で、ローランド様はとても嬉しそうにそう笑った。
「そうですか。おめでとうございます」
私は笑顔で当たり障りのないことを言って、戸惑いを隠した。
だって、こんなに感情を出して喜ぶローランド様は初めてだったから。
普段はここまで感情を表に出す人ではないのだが……。
本来、聖女の護衛は神殿所属の聖騎士が務めるのが普通だが、ルース嬢が『学生の間くらいは自由に過ごしたい』と望んだため、学園内では別の護衛をつけることになったらしい。
しかし、条件に合う同年代の聖騎士はいなかったため、護衛騎士を務めるローランド様が選ばれたという。
「そのため、ソニアとの時間は少なくなってしまうと思う」
「国からの命令ですもの。仕方ありませんわ」
たしかにそれはとても名誉なことなのだが、私はどうしても嫌な予感が拭えなかった……。
◆
そうして、ローランド様はルース嬢を優先するようになった。
ルース嬢を優先すること自体は、護衛として当然のことなので構わないけれど、それを見た周囲から、二人は相思相愛なのではないかという噂が立ち始めてしまった。
そうなると、ローランド様と婚約している私は二人を引き裂く悪役ではないかと囁かれるようになってしまう。
幸い、殿下や私の周囲の方々は、そんな噂をまったく信じていなかったが、噂はなかなか消えなかった。
だが、最も問題だったのは、ローランド様自身もその噂を満更でもないと思っている様子だったことだ。
彼は次第に私に冷たい態度を取り、私を蔑むようになった。どうやらルース嬢は何者かから嫌がらせを受けており、ローランド様は私をその犯人だと思い込んでいるらしい。
弁解しようにも、話しかける機会さえなかったし、そもそもローランド様から避けられていたため、身の潔白を証明することもできなかった。
それでも、王太子殿下を初めとした方々に支えられ、私はなんとか学園へ通っていた。休めなかったのは、私には王太子殿下を守るという使命があったからだ。
このままではよくないと、殿下は王太子としての権限を使い、話し合いの場を設けることを提案してくださった。
けれど、話し合いの場が設けられるより先に、事件が起きてしまった……。
◆
ルース嬢が姿を消してしまったのだ。どうやら誘拐されたらしい。
学園だけでなく、王宮や神殿は大いに慌てた。
ルース嬢は能力の高い聖女だ。
そんな彼女はどこに行くにも護衛がついていた。窮屈なことだが、彼女が誘拐されるような隙はないはずだった。
だが、詳しく話を聞くと、ルース嬢はローランド様と二人で街へお忍びに出た際、誘拐されたという。
ローランド様は一体何をしているのだろう?
そんなに愚かな人間ではなかったはずだが……。
ローランド様はかなり叱責されたが、処罰はまだ受けてはいない。
今は処罰よりも、ルース嬢の発見と保護が優先される。そのため、ローランド様も捜索に協力することになったのだ。
捜索は続けられたが、その間も学園が休校になることはなかった。ただし、魔法の実技や体育など、一部の授業は中止された。
そして、学園では案の定、ローランド様の婚約者である私が何か企んだのではないかと噂が立ち始めていた。
しかし、王太子殿下や友人の令嬢たちが、すぐにその噂を否定してくれた。常に殿下のそばにいる私に、そのような真似ができるはずはないと証言してくれたため、噂はなんとか沈静化したのだった。
ローランド様は学園を休んで、ルース嬢の捜索に当たっていた。
◆
そんなある日、私は殿下と側近や護衛の方々と共に、街へ視察に行くことになった。
聖女を誘拐した者たちが野放しになっている今、視察に出るのは危険だが、ルース嬢が行方不明になる前から決まっていた予定であり、中止にはできなかったのだ。
その代わり、万全の警備体制で行われることとなった。
そして、途中で立ち寄った平民向けの飲食店で、ルース嬢に似た人物を見つけた。
「──っ!」
相手もこちらに気づき、彼女は急いで店を後にした。
どうやら、持ち帰りで食事を注文したらしい。
「あ──」
「ソニア? どうした?」
「今の女性、ルース嬢です!」
あの濃いピンク色の髪を見間違えるはずがない。
「何!?」
「追います! 各所に連絡をお願いします!」
殿下の側近の方に頼み、私は彼女の後を追った。
「あ! ちょっと!? ──誰か同行してくれ!」
殿下の指示を受け、護衛の方が二人、私の後を追ってきた。
私は普段から、殿下をお守りするために体を鍛えており、風魔法を応用すれば、普通の人よりも速く走ることができた。
そして、裏路地で彼女に追いついた。
護衛の方々を置いてきてしまったが、身につけている魔法具で居場所は分かるだろう。
「ルース嬢!」
「……ソニア様」
「ルース!」
彼女のそばには、マントをかぶった同年代らしき男性がいた。身なりを見る限り、おそらく貴族ではない。
しかし、二人はとても親密そうで……。
「い、一体何を……」
「ソニア様! お願いです、見逃してください!」
「え?」
その時、聞き慣れた声が背後から響いた。
「ルース様!?」
「ローランド様!?」
どうやら、ルース嬢を捜していたローランド様も、偶然ここへ行き着いたらしい。
護衛であるローランド様が来てくれたのなら安心だ。そう思った、その時──。
「ソニアーーーーッ!!」
「!?」
何を思ったかローランド様は私に斬り掛かってきたのだ。
多少動けるとはいっても、戦闘に特化している訳ではない。しかも、咄嗟になんて無理だ。
私はその剣を避けられず、右肩から左脇腹にかけて斬られた。
嫌な感覚が体の中を通り抜ける。
同時に体から力が抜け、体が自分の意思に反して倒れた。
「きゃああああああぁぁ!? ローランド様が、ローランド様がソニア様を──!?」
「ソニア様!?」
「クロクス侯爵令息、一体何をしている!?」
「確保!!」
「ソニア! ソニア!!」
殿下が私の名を呼ぶ声を聞きつつ、私の意識は闇に沈んだ……。




