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秋の毛刈りと夜燈の書庫

 秋晴れの空は高く、羊季のひつじ雲達はその姿を細く小さないわし雲にかえて、優雅に空の端へ泳ぎさった。

 秋の入口にたったことで今朝は霧雨が降り、気温がぐっとさがった。水を求める弱った者達もこれでなんとか息がつけるだろう。

 

 それなりの高地である六角岩で霧雨なら、山のあちこちから水があつまる麓の街では更に大きな水の流れになるだろう。おそらく数日で水で潰れた羊草も草原の方に上手く流されて、物流も戻るに違いない。

 これからはきつい気温の上下があるだろうが、だんだんと涼しい日が多くなっていくのだろう。

 

 まだ雨上がりの香りがする風が岩山を駆け上がる。

 雲が去り、まだまだ強い日差しがあっという間に地面を乾かした。

 だから、ノランは予定通り毛刈りをする事にした。

 まんまるころころで日常生活に支障の出るあの毛の長さは羊達も動きづらそうだ。そのままにしておけば絡まって勝手にフェルトになってしまう。元々野生の羊とは、そうしてフェルトの鎧で身を守ったが、その毛をもらう以上、快適に過ごしてもらいたい。

 正直、人間としても毛絡みをほどくのはひどく手間のかかる工程が増えるので、それも回避したい。

 

 最初に刈るのは、未から羊になった今年の一頭から。

 ノランはリリィを探した。

 やけに邪魔する羊達を掻き分け、隅っこで隠れるようにいた黒い羊を捕まえる。

「やぁ、リリィ。毛刈りをさせておくれ。今年の冬はどんな準備が必要か確かめさせてくれないか?」

 ノランは戸惑って逃げようとするリリィにゆっくり話しかけて、落ち着くよう促す。

「季節の巡りが上手くいったか知りたいし、白の彼女の頑張りに応えたいからね」

 ぴくりと耳を動かすと、落ち着きを取り戻してノランの動きに合わせてリリィは移動した。

 お日様と風が心地良い辺りに、滑りが良く洗いやすい板をあらかじめ準備しておいた。その上にノランは膝をつく。リリィを足の間に仰向けに座らせ、毛刈りの鋏をそっと首筋からお腹に入れた。

 しゃきしゃき

 しゃきしゃき

 肌に鋏の先端が当たらないようそっと、しかし時間をかけないよう大胆に毛皮を切り分ける。

 不意に思いもよらない様子をみて、うっかり呟きを漏らしてしまった。

「……あれ、ここだけ白い……?」

「め゙?」

 リリィは慌てて自分のお腹を見ようとするが、届かない。

「……っ!こら、危ない……!じっとして!」

 刃物があるのにじたばたされ、ノランは羊をきつめに抑えた。鋏を素早く動かして、全身の毛刈りを終えるとリリィを解放する。

「リリィ、ご覧」

 ノランはあえて一枚に繋がるよう刈り上げた毛皮をリリィの前に広げた。

「こことここが足、ここがお腹。ほら、この部分だけ真っ白だろう?」

 昨晩のリリィのドレスのように漆黒の美しい毛並みの中に、同じ光沢を持ちながらも真っ白な毛並みの部分が小さくあった。

「まるで彼女みたいだね」

「………………め……」

 リリィはしばらくじっと見つめると、納得したようにふすと息を吐いた。

 そしてふいっと干し草の方に行ってしまった。

 ノランはリリィを見送ると、毛皮を良く観察した。

「色も艶も近年稀に見る出来じゃないだろうか。均一に強くて弾力があって、細くて魔術も綺麗に染まりそうだ。いい毛だね。今年の冬は近年稀に見るような良い冬になりそうだ、うん。……ひょっとしてメリィさんの羊よりもいい出来になるんじゃないか?」

「うん、その子繁殖は倦厭しそうだけど、私のメリィ種より良い毛皮だと思うよ」

「?!……メリィさん?!!?」

 夢中になって観察していたところに背後から声がかかる。驚いて振り返って仰ぎ見ると、崩れた小さな崖の上から見覚えのある顔が覗いていた。

「やあ。杖に貯めてた力を回収してやっと回復したよ。昨日君に会えて良かった」

「え……っと、あの…………………………おかえり?」

 戸惑うノランにからりと竜が笑った。

「ただいま……あの日、解放してくれてありがとう。あのままだと壊れて消えるところだったから本当に助かったよ」

「もう会えないかと思いました」

「うん、そのつもりだったよ。まさか季節の舞踏会で会えるとは思わなかった。しかも、ムニエルの下拵え状態で………………くくっ、街の酔っ払い連中の出し物かと思った…………ごほん、ごめん。笑い事じゃなかった。悪いけど、またこの地に縛られるのはごめんなんだ。それでもたまに手伝ったり遊びに来てもいいかな……?」

「手伝ってもらえるなら、歓迎しますよ。でももう無理はしないでくださいね」

「ありがとう!良かった、じゃあ今日は手伝えないからこれあげるよ」

 竜が投げたのは白みを帯びた銀竜の鱗。昨晩の舞踏会の様子を見るに、彼女は人外からも畏れ敬われている存在のようだ。そんな鱗、どう見ても挨拶ついでにもらう様な代物ではないだろう。 

「え?ちょっと、こんな高価なものもらえないよ!」

「いいから、いいから!いざという時の為にとっておきなよ。じゃあ、またね!」

 そう言いながらメリィさんは竜形になって飛び去ってしまった。

「えええ………………書庫で見てもらうかな……」

 手の内の鱗を持て余し、眺めたが銀色にきらきら輝くばかりだった。



 羊の毛ほどの細い細い月が柱状節理の山の上を照らす。

 ノランが崖の先を見上げれば、昨晩と違い見慣れた紺色の扉が月の光をうつしていた。

 いつものように足場を組んで、六角柱の鍵をさす。鍵が月色の取手になったのを確認して押し開けた。

 扉の先には吹き抜けの広間と窓口、その奥にゆるやかな螺旋状の中央書架が見える。

 優しく暖色系の灯りが書庫全体を優しく照らしている。閲覧場所はゆったり座れ、じっくり読んでも疲れにくそうなこだわりを感じる座席になっていた。

 中央の螺旋書架は何階あるのか誰も知らないらしい。なぜならみるものによって階数がかわるものらしい。だから無限に続くというものもいれば3階しかないじゃないかというものもいる。

 ノランは10階は数えられるが、そこから先は霞んでしまって定かではない。

「やぁ、ノラン。悪いんだけど、今日は臨時休業するよ」

 今日もぼうっと階数を数えていると、馴染みの書架妖精が飛んで降りてきた。

「フェイ、臨時休業ってなんで?」

「ちょっとトラブっててさ。もし来客があったら、高位の方の障りの為休館中って伝えて」

「フェイ?これに祝福付与したいんだけど」

 奥から軽やかな声がかかる。声色の美しさからして高位の方なのだろう。

「はいはい、今行くからちょっと待って!」

 フェイと呼ばれた書架妖精は苛立たしげに返信をしながら横に何かを飛ばす。

 反射的にそちらを見ると奥の書庫から伸びた棘のある蔦を羽ペンが壁に磔にしていた。

「……とまぁ、こんな感じで立て込んでるから、悪いけど、また明日!」

「了解。じゃあ鍵は閉めておくよ」

 苦笑いするフェイにひとつ頷き、ノランは扉を閉めた

「ああ、竜の鱗は大事にとっておいた方がいいよ。いつか何かの役に立つ」

 ぱたりと閉じた時にそんな言葉が聞こえた。

 だからノランは後日この鱗を首から下げた袋に入れ、御守りとして持ち歩くようにした。


 数年後、リリィの優秀な毛皮は子孫に受け継がれ、リリィリリア種として大草原で爆発的な人気を得た。


 ノランは銀竜の鱗を首から下げた袋に入れて持ち歩いた。ある時それが功を奏したが、それはまた別の話。

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