現状把握
(このままぼうっとしていても仕方ないか)
銀次は、とりあえず自分が今置かれている状況を把握しようと考え始める。
既に手ではなくなっている前脚を見てみる。
腕は白く、よく見ると鱗に覆われているようだ。
腕の先には小さいが尖った爪。
次に顔を横に向け、そのまま後ろを見てみる。
あまり首が回らないのか見づらいが、ぐぬぬと頑張ってみる。
後脚も前脚と同じに見える、腹と背も白い鱗に覆われていて、そのままあまり長くないしっぽが伸びている。
トカゲなので当たり前だが、今の自分は裸のようだ。
当然、いままでの人生においてしっぽなるものは生えていなかったので、どうやればしっぽが動かせるかなんてことは分からない。
こんな感じかな?と、お尻の後ろ辺りに力を籠めると、しっぽがブンブンと左右に振られる。
おおお! と驚きつつ力の入れ方を変えて、今度は縦に動くよう意識してみると、ビタンと砂地にしっぽが叩きつけられた。
今までにないしっぽを動かす感覚と、しっぽから伝わる地面の感触に感動し、しばらくしっぽを振り回していたが、遊んでる場合じゃないとふと我に返る。
振り回したしっぽのせいで、かなりの砂埃がたってしまったので、少し離れて落ち着くのを待つ。
自分がどれくらいの大きさなのか計ろうとするも、周りは岩と砂ばかりで大きさを比較できるものがないため、一旦それは諦める。
話せるのかと疑問に思い声を出してみるが
「キュキュ!」
と鳴き声が洞窟に響くだけで、どうやら話すことはできなそうだとこれも諦める。
自分の確認はこれくらいかと区切りをつけ、改めて周囲を見渡す。
洞窟の中は基本的に岩でできているようで、壁や天井もゴツゴツとした岩でできている。
自分がいる場所は、洞窟内の通路の中でも少し広い場所のようで、広がっている部分に砂地と水たまりがある。
壁や天井、地面にある岩は自然なままなようで、直線や綺麗な曲線といった人の手が入ったような形跡はない。
鉱山や地下通路のような人が作ったものではなく、自然にできたものなのだろう。
他に何かないかと見回すと、自分の後ろの方の岩壁のそばに、割れた白い大きな卵の殻が散らかっている。
自分はあの卵から生まれたのだろうか、と考えるがそんな記憶はないので、卵が自分が入っていたものなのかどうか分からない。
卵から目を離し、自分の目の前にある水たまりを見てみる。
溜まっている水は澄んでおり、無色透明のようだが洞窟内が暗いため、本当に無色かどうかは判然としない。
水たまりのにおいを確認するが、特に何も感じない。
そもそもトカゲになった状態でにおいがどの程度分かるのか、という疑問もあるのだが銀次はそれに気付かずに、前脚をそっと水たまりに付けてみる。
少しヒヤっとした感触がするが、粘り気等もなくただの水のように感じる。
意を決し、水たまりに口を付けてみる。
人間の口とトカゲの口では勝手が違うためか、口からだばっと水がこぼれるが、濡れてしまう服もないため気にせずそのまま飲んでる。
天然水のため何かミネラルでも溶け込んでいるのか、僅かな甘みを感じるが、普通の水のようだ。
変化がないか少し様子を見てみるが、吐き気や頭痛、腹痛なども特に起きない。
大丈夫そうだと判断し、銀次は口を付けてがぶがぶと水を飲みだす。
自分が水を飲む音だけが響いている中で、突然ピロン!とチャイムのような音が鳴り響き、何事かと銀次が周囲を見回すが、そんな音が鳴りそうなものは当然見当たらない。
何もない洞窟の中で、どうして電子音のような音が鳴るのか。
銀次はしばらくキョロキョロとするが、何も見つからないので気にする事をやめ、また水を飲み始める。
◇ ◇ ◇
しっかりと水分補給を行い、一息ついた次はトカゲになった体を動かしてみることにした。
まずは四足歩行。
人間だった頃は当然そんなことはしていない。
娘が小さかった頃は、お馬さんごっこで「お馬さん」をやることはあったりしたが、娘が大きくなってからはそんな事をすることもなくなるので、もう何年も四足歩行なんてしていない。
そもそも娘のためにやった「お馬さん」は、手のひらと足の膝で体を支えているので、トカゲの体になった今の自分がしている、前脚と後脚の裏で進むのとは感覚が違う。
しかしトカゲの体が覚えているのか、不自由なく自然に四足歩行で回りをうろうろとすることができている。
通路を少し行ったり来たりしてみるが、思ったより早く動けるようだ。
水たまりの広場に戻り、次は二足歩行を試してみる。
よっこらせ、と心の中でおっさんくさい掛け声をしつつ、上体を起こしてみる。
体の構造からして、多少の無理があるのか安定はしないものの、後脚としっぽを使うことでなんとか立ち上がることはできた。
しかし、前へ進もうと一歩を踏み出そうとすると、途端にバランスを崩してしまい、四足歩行に戻ってしまう。
しばらく練習を続けることで、なんとか数歩は進むことができるようになったものの、しばらくは安定して二足歩行を続けることは無理そうだと判断せざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
(見たところ周りに食べ物はなさそうだよな・・・どうしようなか)
とりあえず水はあるものの、食べるものが何もないのは不安である。
そもそも今いるこの洞窟らしき場所がどこかも分からないし、外に出られるのか、出たところで周りに何があるのかも分かっていない。
長居をしたい場所ではないが、行く場所に宛てもないし探索するにも食料がないままというのは不安だ。
(しかしトカゲって何食べるんだろう? 食べてはいけないものとかあるのかな)
今までの人生でトカゲを飼うこともなかったので、銀次にも当然トカゲの生態に関する知識もない。
(虫とか食べていた気もするけど、あまり気が進まないな)
トカゲになった今ならば、いざ虫を目の前にすれば美味しそうに見えたりするのかも、などと考えながら銀次は洞窟の通路を進んでいく。
しかし、いまのところ自分以外の生き物は見当たらず、植物はおろか苔のようなものすら見当たらない。
現時点ではとくに空腹は覚えていないが、これもどれくらいもつのか分からない。
飢えて動けなくなる前に、なんとか食べられるものを見つけなければならない。
まだ危機感を覚えるほどではないが、このままではまずいという焦燥感を少し覚えるのだった。