↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/61

初めての狩り

 銀次は食料になりそうなものを求めて、通路をゆっくり進んでいく。

 今のところは何の気配も感じないが、どんな生物がいるのかも分からないのだ。


 何かが動く音がした気がする。

 銀次は物音がした方向に注意を払いつつ、そっと様子を伺う。

 岩陰をこそこそとしながら進んでくるのはどうやらネズミのようだ。

 しかしネズミとはいえ、かなりの大きさのように見える。

 今の銀次の半分ほどの大きさだろうか。


(見つかっても、どうにかなるのだろうか)


 こんな大きさのネズミと対峙した経験などない。

 そもそも銀次住んでいたのは首都圏の少し郊外といった住宅地であり、ネズミなんてものは動物園等で見たことがある程度である。


(そもそも、まだこのトカゲの体に慣れているとは言えないしな)


 岩の影に身を潜めながら、ネズミ相手にどうするかを考えているうちに、ネズミがこちらに気付いてしまったようだ。


 銀次のことを見据えながら、威嚇するようにチュウチュウと鳴いている。


(駄目なら駄目で仕方ない。とりあえずやってみるか)


 今までの銀次であれば、そんな軽い判断はしなかったであろう。

 まだトカゲになったことが受け入れられず、夢か何かではないのかと疑問に思っているからなのか、それともトカゲの体でいることの影響なのか。

 銀次はネズミと対峙し、戦うことを決めたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 しかし現代日本人である銀次に、命をかけた戦闘経験なんてある訳がない。

 ゲームのように、ボタンを押せば通常攻撃や必殺技が出たり、ひらりと無敵時間がある回避行動をしてくれるのではないのだ。

 それになんの武器も持たず、徒手空拳である。

 トカゲの体では、銃や刃物を持っていても扱えるとは思えなかったが。


(体当たりと殴るくらいかな、できることは)


(爪も使えるかも知れないけど、もし折れたりしたら痛そうだよな)


 自分の取り得る攻撃手段の乏しさに気付き、どうしたものかと悩むが、今更逃げるのもかえって危険だろうと考える。

 彼我の速度差も分からないし、逃げる先の宛てもないのだ。


 どうしようか考えているうちに、しびれを切らしたのかネズミが飛びがかかってくる。

 自分の半分邸度の大きさの動物が飛びかかってくるのは、やはり恐怖を感じる。

 しかも想像した以上の素早さなのだ。

 思わず、腰の引けた情けない右前脚パンチを繰り出すと、ネズミはサッと左に軌道を修正することでそれをかわそうとし、そのまま突っ込んでくる。

 前に突き出した右前脚をそのまま左に払おうとするが、ネズミはすぐにバックステップで一度距離を取る。


(さすがにこんな攻撃は当たらないか)


 そもそも攻撃になっているのかも怪しいのに、野生の素早いネズミに当たるはずもない。

 銀次は意を決し、今度は自らネズミに飛びかかる。

 グッと後脚に力を込めて、一気に前方に飛びかかると、予想を超えた早さで一気にネズミとの距離が縮まる。

 先程のヘタレパンチで、銀次のことを弱いトカゲだと判断して甜めていたネズミは、予想外の攻撃に思わず身を硬直させてしまい、突っ込んでくる銀次に反応することができない。

 銀次はそのまま勢いに任せて、前脚を上からネズミに叩きつける。


 グチャア・・・


 色々と出てはイケナイモノが周囲に飛び散っている。

 ネズミの肩から上あたりは原形を留めておらず、肉片やら体液やらが散らかっている。


(うわあああぁぁ)


 慌てて前脚を振って、付いていたモノを振り払うが、なかなか取れないために暫く脚を振り続ける羽目に。

 むせ返るような血の臭いに気分が悪くなるが、トカゲだからか吐き気までは催さずにいられるようだ。


 ガブッ!


 ネズミだったものに気を取られているうちに、いつの間にか近づいていた別のネズミに後脚に噛みつかれてしまっていた。


(いたあああ・・・くない?)


 ネズミにガジガジと囓られていると思ったが、後脚の鱗に阻まれてネズミの歯は皮膚まで届いていないようだ。

 なんとか齧ろうと必死になっているネズミだが、鱗を貫くことは出来ないようでかなり焦っているようだ。


 痛みもないとは言え、自分の脚を囓られている銀次は当然いい気もしない。

 フンッと後脚を振ると、噛み付いてネズミは吹き飛ばされ、そのまま岩壁に叩きつけられると、グジャと言う音とともに動かなくなった。


(あれ・・・もしかしてネズミって弱い?)


 銀次は呆気ないネズミの最期に呆然としていた。



 ◇ ◇ ◇



 銀次は悩んでいた。


(食うべきか、捨てるべきか・・・)


 そう。先程肉片にしてしまったネズミ2匹。

 トカゲになってから、初めて食べられそうなものである。


(ネズミってヤバイ病原菌とか持ってたりしないか)


 ペスト菌。黒死病とも呼ばれ、当時のヨーロッパの人口を大きく減らした病の原因となった細菌。

 ネズミは、そのキャリアだったはずである。

 実はヨーロッパにおけるペストのアウトブレイクの原因はネズミではなかったのではないか、と言う学説も最近はあるらしいが、細菌のキャリアである事に間違いはないはず。

 他にも色々と感染したら危険な菌をもっているはずだ。


 しかし今の銀次はトカゲである。

 トカゲである自分に害があるのかどうか。菌がいたとしても共生できる可能性もある。

 そもそもこのネズミが、有毒な菌を持っているのかも分からない。


 今までの銀次なら、この潰れたトカゲを食べようなどと考えもしなかったであろう。

 トカゲになった影響なのか、今の銀次の中ではこのネズミを食べてみたいという欲求が、急激に膨れ上がっているのである。


(ええい、ままよ!)


 銀次は勢いよく、脚元に転がっているネズミにかぶりつく。


(むぐ・・・ペッペッ!)


 思わず口に入れたものを吐き出す。

 肉の味や血の臭いが気に入らなかったのではない。

 ネズミの体表を覆っている体毛。それが口の中で不快に絡まるのである。

 ご飯に髪の毛が混じっていた感じであろうか。


 生来のトカゲであれば苦もなく食べられたのかも知れないが、人間だった頃に切り分けられた精肉しか食べた事のない銀次には、その感触は耐えられるものではなかったのだ。

 皮を剥いで肉だけにするか、とネズミを捌いてみることにする。


 当然だが、首都圏で生まれ育ち、IT業界に勤務していた銀次は、狩猟などしたことはなく、捌き方など知る訳がない。

 せいぜい、鯵などの大きくない魚やイカを捌いたことがある程度である。

 かと言って、知らないから、やった事がないから、で済ましていては肉が食べられない。

 まだ慣れない前脚の爪を使い、魚を捌いた記憶をもとに思いつきで肉を捌いてみる。

 なかなかうまくいかず、内臓を潰してしまったり、皮と一緒にかなりの肉が剥がれてしまったりしたが、なんとか肉と骨の塊にする事ができた。


(改めて、いただきます)


 血抜きをしていないので、かなり血の臭いが残ってしまっているし、筋肉質すぎるのか少し筋張っているが、比較的あっさりとしていて、思ったより食べられる。

 なんとなく鶏肉みたいだと思うが、そもそも生の鶏肉なぞ食べた事はないのだが、銀次はそれに気付いていない。


(唐揚げにいたら美味しいのかな?)


 などと暢気(のんき)なことを考えているのであった。



 ◇ ◇ ◇



 気付けば、ネズミ丸ごと1匹を味わっていた。


 よくもまあ、自分の半分ほどの大きさのネズミ1匹を食べ切れたものだ。

 お腹いっぱい食べた感じはするが、自分のお腹は物理的には全く膨れていない。


 トカゲの体だとこんなものかな、などと考えつつ、岩に叩きつけられたもう1匹のネズミを捌きにかかる。

 先程は血のにおいが気になったので、今度は何かで見たことがある気がする血抜きをしてみる。

 爪を当てて引くと、ストンと首が落ちる。

 自分の爪の切れ味にビビりつつ、しっぽを掴んで持ち上げて吊るし、血抜きをする。

 鶏とかこんな風に吊るしてたよな、と朧気(おぼろげ)で不確かな記憶を頼りに、そのまま作業を続ける。

 岩に叩きつけた際に破裂したのか、内臓は捌く前からひどい状態ではあったが、2回目でもあるので先程よりはうまく捌けたようだ。


 ふと取り出した内臓の中に混じって、茶色の小さな石があるのに気付く。


(結石か?)


 と何気なく石を取り上げてみると、石から自分の中に何かが流れ込んでくる感触がする。


(うわっ、なんだこれ)


 慌てて石を捨てると、すぐにその感触は無くなる。

 気味が悪くなったので、(さば)き終わった肉を持つと、水たまりのあった場所にそそくさと戻る銀次であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。