第34話 エピローグ3 私の時間
「来年度から、マーシャル領の鉱山でも定期検査を導入できそうだ」
午後、マリナは執務室で、ルークとレオンを交え、鉱山労働者の検査制度について話していた。
「では、検査をできる者を増やさなければいけませんね」
「ああ。その予算も通った。王太子妃殿下の治療が順調なのも大きいだろうな」
「検査方法の統一も必要ですね」
レオンが書類を指で叩く。
「人によって測定結果が違ったら困りますからね。来月、王都の医療院でその話をする予定です」
「よろしく頼むよ」
ルークは頷くと、書類を閉じた。
今日の仕事は、これで終わりだった。
ルークは「さて」と息を吐くとレオンを見た。
「――ところで、レオン。来月、王都に行くついでにといってはなんだが、見合い話を受ける気はないか?」
「……見合いですか?」
ルークはレオンの前に、何枚かの手紙を出した。
女性の肖像画が描かれている。
「ベネット家のレイナ嬢、レイモンド家のアネッサ嬢、バーン家のルシア嬢、三件、お前との見合いを頼まれている」
マリナはため息をついた。
ルークは顔が広いので、そんなことも頼まれるのだろう。
「いえ、俺は」
口ごもったレオンの代わりに、マリナはルークを見つめた。
「ルーク様。有難いお話ですけれど、レオンには長く付き合っている恋人がいますから」
「そうなのか! それは悪かったな。見合い話は断っておくよ」
ルークは頭を掻くと、レオンを見た。
「誰だ? 俺も知っている娘だろうか」
レオンは少し照れたように言った。
「――リサです。母のもとで薬の調合をしている」
ルークは「ああ!」と手を打った。
「あの娘か! しっかりした、いい娘じゃないか」
その様子を見て、マリナは目を細めた。
ルークは王都と療養所を行き来するうち、いつの間にかマリナの実家のエヴァンス家にも馴染んでいた。
ルークは「そうか……」と何度か呟いてから、レオンを見つめた。
「家も爵位をもらったことだし、そろそろ身を固めてもいいんじゃないか? お前との見合いを組んでくれと頼まれることが増えてきててなあ」
レオンは「そろそろとは思っています」と答えてから、ちらりとマリナを見た。
視線が合うと、何故か頷いた。
首を傾げるマリナの横で、レオンはルークに聞いた。
「――ルーク様こそ、どうしてご結婚されていないのですか?」
「レオン! 急に聞くことではないでしょう」
マリナは思わず声を大きくした。
三十三歳のルークは独身だ。
領地を持っていないとはいえ、王宮で上位の役職を務めており、付き合いも広いのに何故結婚をしていないのだろうかと、先日、マリナはふと弟に向かって疑問を呟いたのだった。
『……何か、ご事情があって、結婚されないのかしら……』
『姉さん……気になるなら、聞いてみればいいじゃないか』
『そんなことを聞くなんて――失礼でしょう』
そんなやりとりがあった。
レオンはそれを思い出したのかもしれない。
ルークは苦笑してレオンを見つめた。
「いや、構わないよ。結婚していない俺が、人に見合い話を持ってきているんだから、確かに聞きたくなるよなあ」
ルークは頭を掻いた。
「俺自身は、結婚は、考えたことがなくてな」
「そうなんですか?」
マリナが思わず聞き返すと、ルークは頷いた。
「ああ。俺は庶子だろう。王宮で仕事をすることになったときに、ロレンスを名乗る、名乗らないでも相当揉めてな」
ルークは椅子の背にもたれた。
「父が死んだあとも、相続だの何だのとうるさかった。だから、家族なんていうのは面倒なものだと思っていたんだ」
その口調は軽かった。
けれど、マリナは口を挟まずに聞いていた。
「自分で家庭を持とうとも思わなかった。親族のごたごたには、もう巻き込まれたくなかったからな」
「まあ」
マリナは苦笑した。
「それでしたら、今回もずいぶん巻き込んでしまいましたわね」
「ん?」
「甥夫婦の離婚騒動に、領地の買い上げに、爵位の話まで。申し訳ありませんでした」
ルークが声を上げて笑った。
「確かにな。とんでもない親族のごたごただった」
ルークは笑ってから、肩をすくめた。
「だが、今回は自分から首を突っ込んだんだ。あなたが謝ることじゃない」
そう言われて、マリナは思わず微笑んだ。
「……ルーク様がいてくださって、本当に助かりましたわ」
ルークの笑みが止まった。
マリナは気づかずに続ける。
「鉱山の調査も、王家との交渉も。それだけではありません。私が何でも一人でやろうとしていたときに、何度も止めてくださいましたでしょう」
レオンは言葉を続けるマリナと黙ったルークを見比べると、書類をたたんで少し脇に椅子をずらした。
「ルーク様がいらっしゃらなければ、私はきっと、胃壁に穴が開いてしまっていたでしょうね……」
ルークはしばらく何も言わなかった。
いつもの飄々とした表情が消えている。
「……そうか」
「はい」
「それなら、首を突っ込んだ甲斐はあったな」
そう言ってから、ルークは少し考えた。
「それで、ここからは仕事じゃない話なんだが――」
ルークは青い瞳をマリナに向けた。
「……王都へ来る予定はあるか?」
「来月、レオンと医療院との会議に行きますよ」
「その日の夜、空いているか?」
マリナは首を傾げた。
ルークはいつもより、やや改まった様子で聞いた。
「食事にでも行かないか?」
いつの間にか二人からかなり離れた位置まで椅子をずらしていたレオンが、こほんと咳払いをした。
「姉さん、俺は夜は王都の知り合いと飲みにいくから……」
マリナは弟を見て、しばらく黙った。
それからルークを見つめ、微笑んだ。
「ええ。楽しみです」
《了》
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