第13話:戦乙女の目覚めと鋼鉄の狂宴
「こい! この相撲部屋の教え、身をもって教えてやる!」
清流のほとりに響き渡った角田先生の怒号とともに、凄惨な泥仕合の幕が上がった。
突進してきた巨大な節足動物の魔物に対し、角田先生は一歩も退かない。丸太のような両腕を突き出し、正面からその衝撃を受け止めた。激しい肉擦れの音が響く中、先生はぐっと腰を落とすと、魔物の無数の足の隙間に太い腕をねじ込み、強引にその巨体を地面へとひっくり返した。
「ギチチチチ!」
仰向けになった魔物が狂ったように鋭い鎌を振り回し、角田先生の身体に絡みついて引き裂こうとする。だが、先生の筋肉はそれを許さない。
「ぬんッ!」
先生は絡みつく魔物の足を一本両手で掴むと、ミキミキと不気味な音を立てて、力任せに根元から引きちぎった。緑色の体液が飛び散るのも構わず、次の一本、また次の一本と、プロレス技の如き荒々しさで節足動物の足を破壊していく。
「角田先生、下がって!」
俺の叫び声が響いた。機材班の荷物の影から、駆動音を響かせてメカ校長が前線へと躍り出る。
「校長、フルバースト発動ッ!」
タブレットを構えた塩原さんの鋭い指示が飛ぶ。
その瞬間、メカ校長の全装甲がカシャリとパージされ、全身の至る所に隠されていた砲門が一斉に展開した。キィィィンと耳を劈くようなチャージ音が響いた直後、最大出力の光線が放たれる。
ズガガガガガアン!!
大気を震わせる凄まじい轟音と閃光。角田先生が飛び退いた直後、プロレス中だった魔物はその圧倒的な火力の前に、悲鳴を上げる暇もなく一瞬で塵へと消え去った。
……その一部始終を、ボロボロの体で地面に倒れていた戦乙女は、半開きになった目でしっかりと目撃していた。
肉体の巨人が怪物を生身で解体し、鋼鉄の巨神が雷を放ってすべてを消滅させる。騎士として戦場を生き抜いてきた彼女の常識が、音を立てて崩壊していく。
「……あ、あ……」
ガタガタと全身を震わせ、彼女はそのまま深い気絶へと落ちていった。
遠征隊が急ぎ設営した、簡易的な野営テントの中。
薄暗い空間で、なのはさんが慣れた手つきで植物をすり潰したペーストを戦乙女の傷口に塗り込んでいた。
「……なのはさん、なんでそんなに植物に詳しいんだ?」
俺が小声で尋ねると、なのはさんは少しだけ得意げに笑ってみせた。
「オカルト部って言っても、実は山に籠もって『儀式の供物』を集めることが多いからね。毒草と薬草の判別くらい、死霊使いの基本だよ」
その横では、保健室の黒田黒男先生が、白衣の袖をまくって冷徹な手つきで作業を進めていた。
「……酷い有様だ。全身に激しい打撲痕、そして左足の脛骨と腓骨が完全に折れている。よくこの状態で立っていられたものだ」
黒田先生は周囲にあった手近な木材を拾い上げると、手際よく添え木に加工し、的確な動きで戦乙女の折れた足を固定していく。医者のいないこの腐海において、黒田先生の不気味なほどの冷静さは、逆に大きな安心感を与えていた。
「ん……っ……」
処置の痛みからか、戦乙女が再び薄く目を開けた。
「……ここは、天界か?」
彼女の青い瞳が、粗末なテントの天井を捉える。騎士としての誇りを思い出そうと、無理に身を起こそうとした彼女だったが、その脳裏にフラッシュバックしたのは、先ほどの光景――角田先生のプロレスと、校長のフルバーストだった。
目の前にいるのは、あの怪物の仲間たち。
「無理しちゃダメだよ。大怪我なんだから」
なのはさんが優しく声をかけるが、戦乙女は恐怖に顔を引きつらせ、「ひ、ひぃ……!」と見たこともないような怯え方で小さく悲鳴を上げた。そして、現実の恐怖から逃避するように、再び完全に意識を遮断して失神してしまった。
「あーあ、また気絶しちゃいましたね。あの巨人と鋼鉄の怪物を立て続けに見たら、騎士様でもショック死しちゃいますよ」
テントの入り口で、塩原さんがタブレットで校長のログを整理しながら苦笑する。その横では、宇多川先輩が何事もなかったかのように、具現化した最高級の温かいスープをスプーンでかき混ぜていた。
「ま、生きてりゃいいんだよ。さて、俺たちは今のうちに腹ごしらえでもするか」
戦乙女の体は黒田先生のおかげで繋ぎ止められたが、彼女の精神の骨折が治るには、まだまだ時間がかかりそうだった。




