摩利支天の宴⑤
♩2027今ここでしかできないver
「あ。」
姫が給水塔の上を指差した。
「また変なの来た。」
皆が見上げる。
“
ブース???
“
月を背負ったその影は、
いつの間にか給水塔の縁に腰掛けていた。
顔はよく見えない。
見えないのに、
なぜか全員、
少しだけ知っている気がする。
そんな顔だった。
しばらく沈黙が流れる。
すると姫が鼻をひくつかせた。
犬のように。
いや、
もっと何か別の生き物のように。
そして一言。
「当たりの合コンの香りがする。」
静寂。
次の瞬間、
マロンはカウンターに突っ伏した。
ボスはグラスを持ったまま固まった。
ジンだけが真顔で頷く。
「確かに。」
「お前もか。」
ボスが突っ込む。
姫は真剣だった。
「違うんだよ。」
「当たりの合コンっていうのはね。」
「誰が来るかじゃないの。」
皆が聞いている。
「帰る頃に、
もう少しここにいたいな、
って思うやつなの。」
風が吹いた。
古いビルが軋む。
遠くで終電が走っていく。
姫は続ける。
「今日、それ。」
誰も反論しなかった。
不思議なことに、
全員同じことを思っていたからだ。
有名人がいたわけでもない。
大金が動いたわけでもない。
世界を変える話があったわけでもない。
ただ、
屋上で笑った。
昔話をした。
少し未来の話をした。
それだけだった。
給水塔の上の影が立ち上がる。
「もう行くのか?」
ボスが聞いた。
影は振り返らない。
「宴は終わるから宴なんだ。」
それだけ言う。
そして次の瞬間、
いたはずの姿は消えていた。
マロンは空になったグラスを片付け始める。
ジンは椅子を戻す。
チャンは最後の皿を磨く。
姫は夜景を眺めていた。
そしてボスは思う。
この場所は、
夢の国ではない。
成功者の国でもない。
敗者の国でもない。
ここは、
人生の途中で少し休むためのベランダだ。
下を見れば現実がある。
上を見れば月がある。
その間にある、
名前のつかない場所。
マイナーディズニーランド。
やがて全員が階段を降り始める。
ホラー映画みたいな暗い踊り場。
年季の入った壁。
あの古いトイレ。
来る時は長かった道のりが、
帰りは妙に短く感じた。
マロンの魔法空間に浸り尽くし、
疲れ倒れる姫をジンが送る。
最後にボスが振り返る。
屋上には誰もいない。
テーブルもない。
灯りもない。
まるで最初から何もなかったようだった。
だが風が残っていた。
あの、
「もう少しここにいたいな」
という風とその香りだけが。
そして摩利支天空間の宴は終わる。
終わるのだが——
マイナーディズニーランドでは、
終わった宴の話の方が、
なぜか長く語り継がれるのである。




