荒船の麓
熱の集まる場所ー
山の奥、風が削った岩壁のあいだに広がるのが内山峡だった。朝靄がまだ消えきらず、空気はひんやりと重い。ボールを握る指先に、自然そのものの緊張が宿る。
虎は無言でグラウンド代わりの平地に立つ。整備なんてされていない、石も土もむき出しだ。だが、だからこそいい。ここでは誤魔化しが効かない。
「ポポ、来い。」
その一言で始まる。
ポポはゆっくりとマウンドの位置に立つ。足元の不安定な地面に、わざと体重を預ける。バランスを崩せば、そのまま球にも出る。それを逆に利用する。
第一球――
空気を裂く音が、峡谷に反響する。
虎は一歩も動かず、それを受け止めた。
「…いいな。自然を使えてる。」
だが次の瞬間、虎はバットを手に取る。
「今度は打つ側だ。ここじゃ、予測は無意味だぞ。」
風が急に変わる。谷を抜ける流れが、ボールの軌道を狂わせる。ポポの投げた球は、途中でわずかに沈み――
カンッ!!
乾いた音が響いた。
打球は岩壁に当たり、予測不能な跳ね返りで戻ってくる。普通のグラウンドならありえない軌道。
「これが内山峡だ。」
虎は笑う。
「ここで対応できるやつだけが、“本物”になる。」
ポポは静かに息を吐く。
だがその目は、さっきよりもずっと鋭くなっていた。
「面白いね、虎。
野球ってのは…世界そのものだ。」
再び構える。
風、地面、反響――すべてが敵であり、味方になる。
内山峡の練習は、まだ始まったばかりだった。




