第11話(1)
半年前―――
父親がいつもよりくたびれた様子で帰宅した。
心配した娘の江里が声をかけると、彼はどこか言いにくそうに話し出した。
「…職場で問題を起こした女性社員がいてな。その…不倫して慰謝料請求されたらしいんだが、請求を無視して給与が差し押さえられたんだ」
「そんなことがあったの?お父さん責任者だしいろいろ大変だったね」
「ああ。それでだな…」
「?」
「その女性社員、間狩美舞と言うんだが…聞いたことはあるか?以前建太君と同じ職場だったようなんだ」
江里は首を横に振りかけて、ふと何かを思い出した。
元夫の建太が、誰かと電話をしながら「みま」と女性の名前を呼んでいた。
電話が終わった後に誰なのか尋ねると、
『あ?ただの部下だよ。"みま"は名字。三に間で、三間ってやつがいるんだ』
『女の人なの?』
『は?なんで?』
『なんとなく…女の人と話してるような感じがしたから』
『なんだよ嫉妬か?男だよ。女だったとしても仕事の話なんだから我慢しろよ。いちいちうるせえな』
面倒臭そうに言われてしまい、江里はそれ以上追及せずに口をつぐんだ。
だがその時の強い口調と違和感が、江里の頭の片隅に残っていた。
(その人と建太…知り合いかもしれない。不倫していたのかも…)
江里が離婚を決意した理由は、元夫のモラハラと義母からの嫁いびりに耐えかねたからだった。
建太は結婚して数年間は優しかったが、次第に江里をぞんざいに扱うようになった。
義母からは家族扱いされず、子どもができないことを他の家庭と比べられ、顔を合わせる度にひどい嫌味を言われていた。
そもそも建太と江里はレス気味で、子どもができるような行為をしていないのだから授かるはずがなかった。
だがそんな夫婦の内情を話せるはずもなく、江里はただただ従順に耐えた。
建太も目の前で江里が嫌な思いをしていても味方してくれず、自分とは無関係とばかりに見て見ぬふりを貫くので、彼女の不満は次第に大きくなっていった。
江里が離婚を切り出した時も、彼は『お前がしたいならいいよ』とあっさり同意した。
当時は『お前が一人で生きていけるわけない』『俺が養ってやってる』と何度も言われたことがあったので、単に舐められているだけだと思った。
家を出る時には『本気で言ってんの?』と驚かれたので事実そうなのだろうと思っていたが、離婚後すぐに再婚したようだと噂で耳にした時は浮気を疑った。
監獄のような生活から解放されたものの心穏やかではいられず、3年が経とうとしている今もだいぶ心の傷が癒えたとはいえ、尊厳を傷つけられた記憶は未だに彼女を蝕んでいる。
そうして今回、意外なところから不倫疑惑が再浮上したことで、あの直感(女の第六感)を放置すべきではなかったと思い直した。
(もし不倫していたのだとしたら…建太にも相手の女にも、相応の罰を与えてやる!)
江里の復讐心に火が付いた瞬間だった。
そこからの彼女の行動は早かった。
元夫の会社のあるビルに赴き、入り口で顔見知りの職員に声をかけるという体当たりな情報収集を開始した。
元夫は人望が薄いのか、ほとんどの人――主に女性の職員が江里に協力して色々話をしてくれた。
そうして建太が元部下の女性――間狩美舞と数年に渡り不倫していたことを知った。
離婚後すぐに再婚してすぐに離婚したので、今は独身だと聞いた時には驚いた。
更に仰天したのが、建太とその不倫相手の女性との間に子どもがいると判明したことだった。
『それはそうと…娘さんはお元気ですか?』
『娘…ですか?私、子どもはいなくて…できる前に離婚したんです』
『ええ?!そうなんですか?!あれ…「娘が生まれた」って喜んでいた記憶があったんですけど…』
『それっていつ頃のことですか?』
『えーと…だいぶ前ですね…5年以上は前だったかな。でも奥さんの娘さんでないのなら記憶違いだったかもです…ごめんなさい』
気まずそうに謝る夫の同僚にお礼を伝えて頭を下げる。
その笑顔の下で、江里は彼女の話が記憶違いではないと確信していた。
(あの野郎…!隠し子までいたなんて!それならさっさと離婚してくれればよかったのに!
「もうボクには子どもがいるからママ心配いらないよ」って言ってくれたらよかったじゃない!
「まずい飯」だの「役立たず」だのなんだのと文句垂れるんなら、初めからその女のところに行きなさいよ!
何年も私を騙して家政婦扱いしたこと、後悔させてやる!)




