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第二章


 僕たちはバンコクを離れ三日ほど過ぎた街道沿いにいた。


 街道と名がつくだけあり、そこそこの人々の通りはあるけど、それでも町から離れてくるにしたがって人々の数は少なくなってくる。当然道も悪くなってきていた。夕方かつ宿場町から距離があるため、人通りは殆ど無い。


「アーガイル、そろそろ野営先を探さないと。辺りも暗くなり始めてきたよ」


 遠くに見える太陽が沈んでしまう前に、良い位置に馬車を停めたかった。盗賊の格好の餌食になるような場所では、馬車を止めたくはない。


「そうだな、帰りはそれ程急ぐ必要も無いし。次の宿場町まで距離もある。途中で休むか」


 アーガイルは御者台の後ろの席から移動してくると、僕の隣で地図を広げる。


 バンコクからの荷物は殆ど無かったので、アーガイルは休憩を兼ねて後ろの席で武器の手入れをしていた。


「この先に、見晴らしの良い丘がある、そこにしよう」


 アーガイルは地図をさっとたたむと、僕から手綱を奪う。


「馬にはこの前無理させ過ぎたからな、帰りはゆっくり行こうじゃないか」


 突然手綱を奪われた事にびっくりしながらも、この辺の地理には不案内なので少し安心する。


 いくらギルドに入って二年経ったといえども、他の仲間と比較すればまだまだだ。


 二十歳だとしても、ギルドに所属するのはむしろ遅い方。早い人なら十歳位でギルドに入る人もいる。種族が異なれば一歳や二歳という場合すらあった。


「シロン、目的地に着くまで自分の槍の手入れでもしたらどうだ?」


 突然アーガイルが槍の事を口にする。時々アーガイルは、僕が暇そうにしていると武器の手入れなどを言ってくる事があった。特に自分が武器の手入れをしていた後などはそうだ。


「最近そんなに使ってないし、別にいいよ」


 半分面倒だよという意味を込めて、アーガイルに答える。


「だめだなぁ。自分の武器はいつでも最高の状態にしておく。俺たちは兵士でもなんでもないが、自分の武器はちゃんと手入れをしておくものだ」


 そうは言いながら、アーガイルの口調はどう見ても兵士そのものだと思う。


「いざって時に役に立たないんじゃ何の意味も無いぞ」


 アーガイルは自分の腰にある短刀を見せた。短刀の刃先は鋭くひかり、周りの景色を映し出している。


「分かったよ。でもあの槍、使っても刃こぼれもしないんだよね」


 不思議そうに槍を取り出しながら眺める。


 実際、何度もこれまで使ってきたけど、刃が欠けたりした事は一度もない。三叉の刃先は新品そのもののように見える。


「不思議な槍だよな。ついでに言えば、その装飾も不思議だよ」


 アーガイルは、横目で槍についている装飾を見ていた。


 槍の柄は一般的な棒ではなく、いくつもの部品が組み合わさって出来ている、実に珍しいものだった。


 ただ、使ってもそれがばらばらになる事はなく、さらにそこに装飾された竜の装飾は実に美しいものだ。そしてその装飾は、僕の腕輪の装飾とよく似ていた。


「ちょっと刃の部分を拭けばすぐ綺麗になるし、手入れって言われてもなぁ……」


 刃先を覆っている布を剥ぐと、その布で軽く拭く。刃先はあっという間に、一点の曇りも無いほど美しく光りだす。それはまるで魔法でもかかっているかのような美しさだ。


 ついでだからと柄の部分も軽く磨き上げると、美しい竜の模様がさらに美しく輝いているように見える。


「お前さんには、本当にもったいない槍だよ。それだけ装飾も美しい槍なら、かなりの高値で売れるってもんだ」


 馬車は街道を外れ、一本の脇道に入っていく。脇道だけあり馬車が揺れだした。


「そう言われても……僕の過去を知るものはこれと腕輪しか」


 槍の模様を見つめながら、何故僕がこんな物を持っているのか、なぜ持っていなければならなかったのかを考えてみた。だけど、それは考えれば考えるほど、僕自身が分からなくなるという答えしか与えてくれない。槍にしても腕輪にしても、僕にとっては疑問以外の何物でもなかった。


 そんな考えを他所に、馬車は奥へと進んで行く。


「先客に、いい場所を取られていなければな。ちょっと小高い丘なんだが、見晴らしが良くていい場所なんだ」


 アーガイルが馬たちをうまく誘導しながら、目的の場所を目指して奥に進んでいく。


「久々に立ち寄るから、変わってなきゃ良いが」


 馬車は小高い丘を目指して、緩やかな上り坂を登っていった。緩やかなカーブを曲がると、目的の丘が見えてくる。


 丘の中央には木が一本だけあり、周りはいくつか岩があるものの、特に何も無い草地になってる。


「お、誰もいないみたいだ」


 アーガイルは嬉しそうに、馬車を木の方に向けた。


 近くに来ると木は思ったよりも大きなもので、馬車一台が十分収まるほどの枝ぶりがある。


 アーガイルは木の根元近くに馬車を停めると、馬たちの手綱を緩め楽にしてやった。


「そういえばシロン、ここは初めてだったよな?」


 アーガイルは車輪に車止めをつけ、馬車を固定する。


「そうだね、ここは見晴らしが良くて、いい所みたいだ」


 辺りを一望すると、素直に感想を言った。


 馬の留め金を外すと、十メートル位の範囲を楽に動けるようにしてやった。


 馬たちはすぐに近くの草を食べに馬車から離れる。近くに水も用意してやる。


「荷台にある薪をいくつか取ってくれ。夕食の準備をしよう」


 アーガイルは、いくつかの乾燥食料品と、米と豆の入った袋を取り出す。


「どこに置けばいいかな?」


 身振りで馬車の後ろの方に並べるよう指示された。


 薪を置くとすぐに火を起こしにかかる。


 油紙に包まれたマッチを取り出すと、薪の下に入れた着火用のおがくずに火をつける。火は数分ほどで薪に着火した。


 アーガイルは壷を一つ持ってくると、薪を上にうまく置き、その中に水と米と豆を入れると蓋をする。


「一時間ほどで出来るだろう。ここから眺める夕焼けは最高だぞ」


 日が暮れてゆく風景を眺めた。ゆっくりと山肌に太陽が沈む光景はこの世のものとは思えぬ美しさだ。


 しばらくすると、薄暗いが月の光が辺りを照らし出した。


 月とは言っているけど、三つの塊の象徴を月と言っているだけで、なぜそれが単体名称として月と呼ばれているか、なぜだかは誰も知らない。


 時々伝説を語る詩吟師などが『一つの月』という事もあり、それが余計に混乱させる。


 一般的には、中央の一番大きな塊を『フィリス』、左側で二番目に大きな塊を『ローレア』、そして右側の一番小さな塊を『アムルング』と呼ぶけど、勿論僕たちはその由来など知る由も無い。


「あの不恰好な三つの月が、一つの大きなまるなら、綺麗なんだろうけどな」


 アーガイルは、米を入れた壷を見に行く。湯気の出具合からして、丁度良い食べごろに料理が出来ているようだ。


「シロン、食事にするぞ」


 三つの不恰好な月に想像力を働かせていた僕は、アーガイルの言葉にはっとして我に返った。


「分かったよ」


 雑炊のような豆のご飯と干物をおかずに、食事を摂りだした。二人分の食事はあっという間に腹の中に入る。


 食事をしながら、明日はどこまで移動するか、ルートの確認をしながらそれぞれ馬車から寝床の代わりとなる布を取り出した。


 比較的安全と分かっている所であれば、柔らかい芝生の上で寝る事はこの上なく気持ちがいい。


 そして、周囲に誰もいそうの無いこの場所は、まさに芝生の上で寝るにうってつけの場所だった。


「ここは昔戦争があった古戦場らしい。下の平地で人族と竜族が大規模な戦闘があったという話を聞いた事がある」


 食事が終わり、草地で寝転んでいるアーガイルが突然言い出す。


「竜人族じゃなくて?」


「さあ、そこまでは知らん。かなり大規模な戦闘だったらしく、終わった頃には草木も残って無かったって話だ。まあ、三、四百年昔の話らしいから、どこまで本当か分からないけどな」


 僕は、さっきまで明るかった下の平地を、月の薄暗い中で見渡した。古戦場を示すような後などどこにも無かった。


「どっちが勝ったのかな?」


「俺も詳しくは知らないが、一応人族が勝ったと言われている。ただな、さっきも言ったように昔の話だ。どこまで本当だか、俺は責任もてないぞ」


 僕はアーガイルの横に移動すると、空に輝く不恰好な月を眺めた。


「そうだね、昔の事は関係ないし」


 古戦場の事など忘れる事にして、夜空を眺めた。雲ひとつない夜空は星が綺麗だ。


「申し訳ないが、その情報は間違っているぜ、人狼のおっさん」


 急に、そばにあった大きな岩の方から声がする。


 僕らは慌ててそこを見ると、一人の白い竜人族の男が顔を出していた。


 暗くても、月光が白い竜人族の鱗を照らしてる。


「まず、戦闘があったのは四百五十年前だ。そして勝ったのは、我々竜人族のほうだ。竜族は参加していない」


 男が一方的に話をしてくるので、僕は何事かと思う。


「人族の方から、和解交渉を持ちかけてきた。それが正しい歴史だ。結果的には我々竜人族の圧勝で終わった」


 男は岩陰から出てくると、僕たちの前に立つ。見た目軽装備だけど、戦士と分かるその格好は僕らを余計に驚かせる。


 鎧とまでいかない革製の防具だけど、必要な部位は全て守られていた。両腰には長さにして刃渡り三十センチほどの短剣もある。


 左肩だけにある肩の防具が一般的な防具と違うので少し異様でもあった。


 白い肌に茶色い防具は、それ自体特徴的に見え、上半身はとても動きやすそうに見える。


 腰から下はスカートのようなものをはいており、もし声が男性的でなかったら、女の人と間違えるところだ。


 身長は二メートル位。ちょっと見上げる程の大きいその男は、退屈そうに勝手に話を続けた。


「大体あんたらは、歴史をきちんと書物に書きとめてないから、何度でも過ちを犯す。反省というものが無いのかね? 私たち竜人族はきちんと歴史を書きとめている。どうも他の種族は、歴史を書きとめるという事を疎かにする傾向があるようだ」


 男が持っている剣に手をかけた。アーガイルが武器に手をかけたのを見逃さなかったみたいだ。


「私なら止めておくな。相手の実力が判断出来ない程、馬鹿じゃないだろう?」


 声の調子が先ほどと少し変わり、重くなったように僕は感じた。


「ここのところ、竜人族の悪い噂ばかり聞くんでね。それに個人的にも色々ある」


 アーガイルの声は、明らかに警戒心に満ちている。


「何より、人狼という言い方が気に入らないんだよ! 蜥蜴野郎のオカマが!」


 アーガイルは、ゆっくりと持っていた短刀を抜くと、相手に向けて構えた。


「蜥蜴野郎とは、また言ってくれるじゃないか。どうしても実力でと言うのであれば止めないが、私は一応剣士だ。運び屋の君たちが敵うとも思えないが。ついでに言えば、我々の服装を誤解しているようだ」


 男は相手にもならないといった口調で冷静に喋る。


 慌てて自前の槍を馬車から取り出すと、僕もアーガイルの横で槍を構えた。


「意気込みは認めるが、怪我をしても責任は負えない」


 男もゆっくり短剣を抜くと、剣士らしく前で斜めに構える。


 僕は、少し後ずさりしてしまった。あまりに男から発せられる闘志に圧倒されたのだ。


 すぐに僕らの間に緊張が走る。


 だけど、こんな対峙しての戦闘慣れはしていないので、どうしたらよいのか分からない。


 普段は馬車に襲い掛かってくるし、もっと相手が隠れやすい森での対戦だ。こちらは逃げればよいのだから、とことん相手をする必要など無い。


 でも、今はとりあえず槍を構えるので精一杯だ。


 数秒の間合いをおいて最初に飛び出したのはアーガイルだった。一気に俊敏に駆け寄ると、男の胸をめがけて切りかかる。


 僕は右手に持たれた剣が男を捕らえたと思った。だけど、最初の男の一撃は虚空を切り、何事も無かったかのようにそこに立っている。


「さすが自ら剣士と言うだけの事はあるか」


 アーガイルは再び剣を構えると、今度は左手にも剣を持ち、切り込む隙をうかがっている。


 僕もその様子を見て槍を構えると、間合いをはかる。


 相手は一人。うまく立ち回れば、相手が剣士とはいえ、何とかなるのではないかと思えた。


「運び屋で槍使いとは珍しいな。どこで覚えた?」


 男が言い放つ。


「関係ない!」


 声を張り上げたけど、威勢だけに思えるのが悔しい。


 次に動いたのは男の方だった。


 地面を蹴ったと思った瞬間、一瞬でアーガイルとの間合いを詰める。アーガイルは左の短刀でそれを掃おうとするが、一瞬動作が遅れた。


 男の持っていた武器の刃先はアーガイルの喉元にある。その動作が僕には見えなかった。


「つ、強い……」


 アーガイルは、ウェアウルフ族らしく俊敏な動きで、さっと喉もとの剣を振り払うと、再び短刀を男に向ける。しかしその手は震えているように見えた。


「手加減している事が分からないでも無いだろうに……次は怪我をするぞ?」


 男の眼光はとても鋭かった。


「ふっ、ちょっと油断しただけだ。お前ごときに……」


 アーガイルから、続きの言葉は出なかった。


 六メートルほどあった間を一瞬で詰められ、男の持つ剣はアーガイルの腹を切り裂かんとばかりに押し当てられていた。


 僕は、ゆっくり間合いを詰めながら、攻撃のチャンスをうかがった。槍の長さは二メートル五十センチ。合間に入られなければ、距離がある分有利だ。


「まだそちらはやる気のようだな。しかし槍は懐に入られたらそれで終わりだ。今の私の動きを見ていなかったという訳でもないだろうに」


 男は一瞬でアーガイルを突き飛ばした。


 アーガイルは五メートルほど大きく突き飛ばされて地面に転がる。アーガイルは必死で腹を押えていた。


「シロン、気を付けろ! かなり出来るぞ!」


 アーガイルが呻きながらも警告してくれる。


「分かってる!」


 間合いを確認しながらも答えた。


 どうしても長武器と短武器で格闘戦を行う場合、懐に入られたら長武器に勝ち目は無い。それが分かっているだけに距離をとらざるを得ない。


「慎重なのは良い事だ、相手を見誤らずにすむ」


 男はそう言うと、じりじりと間合いを詰めてきた。それを感じ取ると、僕はゆっくりと後退した。


 なぜアーガイルの時のように一瞬で間合いを詰めてこないのか戸惑う。


「悪いがな、私は義によって立っている。君らが敵う相手ではない」


 男はそう言うなり、一気に間合いを詰めてきた。とっさに槍を短く持ち、槍で払うと、すぐに体勢を立て直す。


 まさか、こうもうまく剣を払う事が出来るとは思っていなかったので、自分でも驚いたけど、それ以上に相手の実力に震えてしまった。


「人族にしては出来るようだ。しかも運び屋とは思えない動きだな。槍の使い方も心得ている。しかし私に敵う相手ではない」


 攻撃に耐えながらも、反撃のチャンスをうかがっていた。思ったよりも相手の攻撃は激しい。


 短く槍を持ったのが功を奏したのか、懐に入られる事は何とかなかった。


 だけど、柄の長さがある分、重量のある槍では近距離攻撃が難しい。それは柄を短く持っても同じだ。むしろ重量分不利ともいえる。


 僕が攻撃を仕掛けたところで左にかわされた。


 とっさにやり先を地面に刺し、槍を立てる。棒高跳びの要領で上空にかわすと、そのまま槍を地面から抜いて男の背後に立った。


 すかさず持ち手側を左に回しなぎ払おうとしたけど、うまく避けられてしまう。


 男が繰り出す攻撃には隙がなく、避けるので精一杯だ。当然こちらから攻撃を仕掛ける余裕など殆どない。


 ときどき剣と槍の刃先がぶつかると、鋭い金属音が響いた。月光の元で何度も金属がぶつかる音が響いていた。


 男は短刀一本なのに、間合いに入られないようにするのが精一杯なのが悔しい。むしろ槍の長さが邪魔をして、有効な一撃を繰り出せない。


 再び胴体めがけて槍を突き出したけど、今度は後ろに避けられてしまった。


 瞬時に迫ってくる男を見て、とっさになぎ払う。


 男が後ろに後退する動作を確認すると、僕は槍を地面に突き刺して、今度は後ろにジャンプする。上空でそのまま三回転し、ある程度距離をとった。


 低い姿勢で着地し、男を睨んだけど、それと同時に男が迫ってくる


 右に転がってから、足元をなぎ払うように槍を回したけど、またしても避けられてしまった。


 しばらくして防戦一方だったため、一瞬だけ油断したのか、男が隙を見せたのを見逃さなかった。


 その瞬間を狙って下突きで攻撃を仕掛けると、男の肩をかする。だけど、かすったのは防具がある方だ。


「なかなかやるじゃないか、しかし、そろそろ終わりにしよう」


 男がそう言うと、槍を一瞬で払い押し倒す。気が付くとその剣先が喉元にあった。なぜ押し倒されたのかすらよく分からない。


「私も危害を加えたい訳じゃない。そちらが武器を収めれば、危害を加えるつもりは無い」


 男はそう言うなり、喉元から剣を下げる。だけど、剣の先は確実に僕の喉元を捕らえている。


「わ、判った」


 アーガイルは剣を柄に収めた。それを見て、僕も槍を地面に置く。それを確認した男は剣を収めると、近くの岩に寄りかかった。


「しかし、何で竜人族がこんな所にいる。ここは竜人族の勢力下じゃない筈だぞ?」


 アーガイルは剣をしまいながら、低い呻き声でなんとか口にしていた。


「竜人族の勢力下でなくとも、行動するのは自由な筈だ。それに私の目的は戦闘ではない」


 男は、槍がかすった所の傷を確認して、擦り傷である事が分かると、ほっとした様子だ。


「しかし、あんた兵士だろう? 訓練された動きだ、一般人の筈がない。それとも傭兵か?」


「私は元兵士だ。私はある人物を探している。世界中に私のようにある人物を探して旅をしている竜人族が、何人もいる」


 男は腕を組みながら、僕ら行動を見張っているようだ。


「それにしても、人族でそれだけの腕を持つ槍使いとは珍しい。どこで習った?」


 男の関心は、明らかに僕にある事は分かった。先ほどからじろじろ見られて、あまりよい気持ちがしない。


「運び屋にしておくには、あまりにもったいない腕だな」


 男は興味深げに僕を見ている。


「生まれつきと言ったら嘘になるかな。少なくとも二年前からこの槍を使っているよ」


「手入れも行き届いているようだ。それにその装飾、人族のものではないな」


 なぜ、人族のものでないと分かるのか不思議だ。


「何でそんな事が分かる?」


 アーガイルも不思議そうだった。


「柄の部分の装飾が見事だった。出来れば見せてくれないか?」


 少し怪訝な顔をしながらも、アーガイルが見せろという合図をしたので、おとなしく見せる事にする。


 槍を片手で持ち上げると、月光で刃先が光った。


 大体、いつ装飾を見ていたのだろう。防戦一方で訳が分からない。


「やはりな。これは竜人族が作った一級品の槍だ。否、一級品以上かもしれない」


 男は槍をつぶさに観察している。


「しかも私と同じ白の竜人族の物だ。君は、一体どこでこれを手に入れたんだ?」


 そう言うと槍を返してくれた。


「おっと、すまない。自己紹介が遅れたようだ。私はニチの元近衛旅団所属、カロン・ヤエだ。階級は少佐だった。事情があるから、カロンと呼んでもらって構わない」


 急に彼は礼儀正しく挨拶した。先ほどの一戦が嘘のようだ。


「俺は、見てのとおり、ウェアウルフ族のレルフ・アーガイル」


 ひと呼吸入れてから、アーガイルは話を続ける。


「人狼という言い方は止めて欲しい。あんたは知らないかもしれないが、人狼という言い方は、俺たちにとっては蔑視の言い方だ。アーガイルと呼び捨てでいい」


 アーガイルのほうから握手を求めた事に驚いた。


「これは失礼した、アーガイル。しかし、蜥蜴野郎と言う呼び方もやめてもらおう。我々にとっても、蔑視の言い方だ」


 二人は握手する。僕にはその光景が信じられなかった。


「すまない、カロン」


 アーガイルが、売り言葉に買い言葉で返した事は気が付いていた。


 ウェアウルフ族は、何より人狼と呼ばれる事を嫌う。


 なぜかは分からないけど、だけど、ウェアウルフ族と付き合うのであれば、最低限守らねばならぬ決まりだ。


 でも、こうも簡単に相手を許せるものかと、疑問に思う。


「僕はシロン。見た通り人族です」


 少し離れた位置にいたので、会釈だけとなった。


「シロン君、名前は?」


 彼が不思議そうに聞いてくる。無理も無いと思う。僕だけシロンと名乗ったら、不思議がられるのが普通だ。


「実は、こいつは記憶喪失でな、シロンって名前が性なのか名なのかも判らん。だからシロンと呼んでもらえばいい。だろ?」


 アーガイルのその言葉に、僕は静かに頷いた。


「シロン君、君がなぜ竜人族の槍を持っているかが気になる」


 気になると言われても、僕も分かっていないのに、どう答えてよいか一瞬迷うしかなかった。


「なぜ僕がこの槍を持っているのかは、正直分かりません」


 実際、誰か分かるなら教えて欲しかった。


「二年ほど前に、今所属しているギルドの前で倒れているのを発見された時から持っていたとは聞いています。でも、それ以前の記憶が僕にはないんです」


 なぜ肝心なときに記憶を失っているのか、こういう時に何時(いつ)も嫌だった。だけど事実は変えようがない。


「そうか……それならば仕方ないな。出来れば君のギルド長と話をさせてもらいたいんだが、同行させてもらっていいだろうか?」


 突然の言葉にびっくりしながらも、アーガイルは頷いていたので、つられて頷く。


「安心してくれ、自分の食料は持っている。それに、話を聞きたいだけだ」


 それを聞いたのか、アーガイルはほっと胸をなでおろしたようだった。


「ところで、あんたは白い竜人族とあえて言ったが、他の竜人族と何か違うのか?」


 それは僕も気になった。確かに竜人族は赤、青、白、緑などと色が分かれているけど、それが関係しているのだろうか。


 アーガイルが、彼をまじまじと見つめながら言う。


 このとき初めて、アーガイルが怪我をしているのを知った。手当てをしようとしたけど、たいした事は無いと言わんばかりに首を振る。


「竜人族について何も知らないんだな。まあ無理も無いか。我々の事を誤解している者は多い」


 彼は軽くため息をついていた。


「竜人族は十以上の種族からなる。一つが私のような白い竜人族だ」


 十以上の種族からなると聞き、驚きを隠せない。色が違うだけだと思っていたからだ。


 普通、体色や体毛が違うからといって、種族が違うとは言わない。


「我々白い竜人族は、基本的に他の竜人族に比べて全ての面で能力が勝っている。特に特殊な魔法を使う事も出来る。まあ、私は剣士志望なので、あまり魔法は得意ではないがな」


 そういいながら剣を指差した。


「それでも魔法で火を起こす程度は十分出来る。数は竜人族の中では一番少ないが、竜人族全体を統治しているのは白い竜人族だ。同じ身分なら、白い竜人族の発言が優先される」


 目の前の彼が、思った以上に権力を持っているかもしれないと思う。


「種族によって使える魔法なども異なる。私も全部は知らない。まあ、たとえば書物の編纂は主に青の竜人族が行っているといった具合だ」


 彼は、月を見上げると話を続けた。


「恐らく君たちも、竜人族の侵攻の話しは聞いていると思う。あれは緑の竜人族が主に行っているものだ。ただし、白い竜人族の私がこう言うのもなんだが、竜人族の中では一番知性には劣るし力も平均だ。問題は数が一番多い事だが」


 彼はまた、ため息をついた。


「特に、この周辺での侵略と略奪行為の中心は緑の竜人族だ。我々本国の眼が届かない事をいい事に、かなり好きにやっているらしい」


「正直、どこまであんたらを信用していいか分からないが、少なくともあんたはある程度信用は出来るようだ。先程はいきなり剣を抜いて悪かった」


 アーガイルが、素直に謝るのを久々にみた気がした。


「分かってくれればそれでいい」


「ところでシロン君。君はあの槍以外に、何か持っていないか?」


 そう言われて、僕はハッと腕輪の事を思い出す。


「あなたにこれが何か分かりますか?」


 腕輪を彼に見せた。彼は腕輪をじっくり観察すると、鋭い眼差しで見る。青い目はどこか怖い。


「ますます、君がどういう経緯でこれらを所持しているのか気になる」


 彼の目は真剣そのものだ。


「これは白い、竜人族のある程度地位のある者が持っているような、特殊な腕輪だ。しかも、この腕輪は何かを封印するために作られている」


 封印と聞き少しびくついた。あまり良い言葉に思えないからだ。


「腕輪自体は、竜人族であれば基本的に誰が持っていても不思議はないが、この腕輪は特殊なようだ。何より留め金がない。こんな腕輪は私も殆ど見た事がない」


 彼の腕輪を見る表情は真剣そのものだ。焚き火の明かりで色々な角度から照らし、細部を観察しているように見えた。


「君自身か、あの槍の何かを封印しているとしか考えられない」


 彼がやっと腕を放してくれた。ちょっと腕が痛い。


「実に興味深い。もしかしたら我々が探している答えのヒントになるかもしれない」


 彼はそう言うと天空を見つめた。三つの月がだんだん天空の頂上に達しようとしていた。


「答えのヒント?」


 興味本位で聞いてみる。


「私はある人物を探している。これはさっきも言ったな。その人物は白い竜人族の者だが、色々な理由があって、私には必要不可欠な人物なんだ」


 彼は一息入れてさらに話を続けた。


「まあ悪いが、これ以上の事は今は言えない。もし必要があれば教える事があるかもしれないが、今のところ恐らく無いだろう。そのほうがお互いに良いと思う」


 彼がどのような人物を探しているのか非常に興味を覚えたけど、今の状態ではとても教えてくれそうも無い事だけは十分に分かる。


「その人、見つかるといいですね」


 そう言うと彼はあらためて僕を見た。


「君はどこの出身かな? 記憶がないと言っていたが、それも分からないのか?」


 突然の彼の言葉にびっくりしながらも、正直に答えた。


「それが……分からないんです。さっきも言ったように、二年ほど前に今所属しているギルドの前に倒れているところを救ってもらって、それ以前の記憶が無くて……」


 彼と同じように空を見上げる。空には雲ひとつ無かった。


「この槍や腕輪もその時から持っている物で、他に僕がどこから来たかとか、全く分からないんです」


 どうせギルドに行けば分かる事なので、正直に話した。


「なるほど、それ以来君とアーガイル君とギルドの仕事をしている訳だね?」


「はい」


「アーガイル君、君は何か知っているのか?」


「いや、俺も詳しい事はよく分からない。ただ一つ言える事は、人族にしちゃあ槍の使い方がうまいって事だな。確か槍といえば竜人族の専売特許みたいなもんだろ? 特に、こういった三叉の槍は」


「そうだな、竜人族には槍を得意とする者は多い。しかし、人族でも優秀な槍使いは見た事がある。それには及ばないが、それでも十分槍の使い方がうまい。それなりの指導さえ受ければ、我々の軍の中でも士官としても十分にやっていけるように思える」


 褒められて嬉しかったけど、腕輪の事の方が気になった。


「この腕輪は、何かを封印しているかもしれないと言いましたね。何を封印しているか分かりますか?」


「いや、悪いが私にはそこまでは分からない。竜人族の、それなりの者に聞けば分かるかもしれない。封印といっても実際、力の封印から魔法の封印、武器の使い方の封印と多種多様にある。私に分かるのは、それが何かを封印しているという事だけだ」


 彼は槍を見つめてから再びこちらを見た。


「もしその封印が解ければ、優秀な戦士か魔道士という可能性もあるな」


「そうですか……」


 少しがっかりしながらも、腕輪の正体が分かった事だけは嬉しかった。


「槍の方と、対で封印されている場合もあるから、もしかしたら優秀な槍士かもしれんな。あれだけの槍だ、槍にも細工がされていてもおかしくは無い」


 彼はそう言うと、足組をして草原に寝転んだ。


「封印を解くためには、通常三つの方法がある。一つは封印者に解いてもらう。これは当たり前だな。次が封印者と同じか、それ以上の術師に解いてもらう。そして最後が、何らかの儀式を行う。その封印の方法が分からない以上、封印者に解いてもらうしか方法が無いようにも思えるが、一応解く方法は三つあるという事だ」


 彼はまた三つの月を眺めていた。


「あの月と呼ばれるものが、なぜ月なのか分からないように、君の封印も永遠に分からないかもしれない。そうだとしたら、それが君の運命だ。もし運命が君の味方なら、封印を解く方法は自然に見つかる筈さ」


 彼が突然ため息をつく。


「ただ、それには犠牲が伴うかもしれない。封印の種類が分からない以上、私に言えるのはここまでだ」


「封印についてやけに詳しいんだな」


「白い竜人族は、全ての竜人族の最高位に位置する竜人族だ。この程度の知識が無ければ、白い竜人族は名乗れない」


「そういうものなのか。色々あるんだな」


「ちなみに聞くが、君たちはギルドへの帰り道だよな?」


「ああ、あんたは運がいい。ちょうど帰り道だ。途中の町に寄らなくてはならないが、二週間もすればギルドにつける筈さ」


「そうか、では暫く世話になる。私に出来る事があれば何でも言ってくれ」


「分かった、といっても、それ程出来る事は無いと思ぜ。せいぜい俺たちとのお喋りだな」


 アーガイルは笑っていた。笑うと傷が痛むのか、すぐに腹を押える。


「さっきはすまなかった。怪我をさせるつもりはなかったんだがな。私の腕も、まだまだ上達させねばならないようだ。あのお方のように……お喋りも久々だ。大いに楽しませてもらうよ」


「あのお方?」


 誰の事か聞きたく問いかけてみたけど、その答えは笑い声だった。それを見て仕方なく微笑んだ。


「さて、お喋りはこの辺にして今日は寝よう。明日も移動しなければならないしな」


 アーガイルの言葉に同意してそれぞれの体勢で眠りに落ちた。



 一週間後、ちょうど中間地点に当たる小さな町に立ち寄っていた。別に配達の予定はないけど、食糧などの補給を兼ねての立ち寄りだ。


 何時もは北側のルートを通るんだけど、先日の大雨の影響で、道がふさがっており、仕方なく南のルートを来た。この町に寄るのは、僕は初めてだと思う。


「一週間ぶりのうまい飯が食えるぞ」


 アーガイルが肩をポンポンと叩いてきた。アーガイルとカロンは御者台の後ろでお喋りで、僕一人が御者台にいる


「そうだね。まともなのがあるといいけど」


「どの位滞在する予定かな?」


 カロンさんは兵士らしく、命令口調のように口ぶりが聞こえる事があったけど、一週間ほど一緒にいた所為で、僕らはそれに慣れ始めていた。


「一日だけだな。クアラルンプールの町に帰るのが目的だし」


 アーガイルは大きな欠伸をした。帰りは急ぐ必要がある訳ではなかったので、夜は極力馬車の移動を避けていた。


 だけど、町が近い事もあり昨日から馬車を走り続けさせていた。おかげで午後に着く筈の予定が、午前中の早い時間に到着出来そうだ。


「一日といっても、明日の昼に出発の予定だから、あんたはあんたの仕事をすればいい。まあ、小さな町だから立ち寄るような場所もないと思うが」


 アーガイルが再び大欠伸をする。


「君らと行動を共にさせてもらうよ。それに君らとのお喋りは、私が思っていたよりもはるかに面白い」


 カロンさんに言わせれば、噂話というのは時に重要な内容を含む事も多くあるらしく、他人からすれば些細な事でも、重要な事は色々あると何度も力説していた。


 僕らも、普段あまり関わりの無い竜人族の話が聞けるので、色々勉強になった。


 特に緑の竜人族と他の竜人族は、必ずしも協調をとった行動をとっていない事は以外だった。僕らは竜人族の侵略とは、すべての竜人族が関与しているものとばかり思っていたからだ。


 また同じ竜人族なのに、場合によっては争いがある事も初めて知った。人族同士の争いのネタは尽きないけど、種族的には数の少ない竜人族でも、同じような事がある事に驚きだ。


 そんな色々な話をしていた所為もあってか、一週間の間にすっかりカロンさんとうちとけ合い、特にアーガイルは冗談を言うまでの仲にまでなっているように思えた。


「各町にはそれぞれ竜人族が調査に入っているんですか?」


 僕には、それがずっと疑問だった。カロンさんが調査に出ているとは聞いていたし、バンコクでも竜人族は時折見たけど、それらの竜人族が調査隊と思うと少し不気味に感じている。


「いや、そんな事はない。調査隊が入っているのは、大きな都市や商業都市に限られる。それに、調査隊だからといって、捕まえて尋問する事は普通しない。基本的には町の中の情報を集めるために、古くからその町に住む竜人族に、町の情報提供を依頼する事が多い。その方が効率も良いからな。緊急性のある情報でない限り、竜人族が町の住民に聞きまわる事など無いと言ってよいだろう」


 話を聞いて少し安心した。だけど、カロンさんがすべての事を話していないであろう事だけは理解していた。


 カロンさんが、秘密裏に調査を行っているのが何よりの証拠だったからだ。でも、それを大きな問題だとは思わない事にした。


 カロンさんは、見た目いかつい兵士の口調を取ったりするけど、時々出る冗談を聞いていれば、それ程悪い人物には思えなかったからだ。


「町の入り口が見えてきたよ、アーガイル。許可証を用意しておいて」


 僕は馬の手綱を少し緩め、馬車の速度を落とす。


「よし、許可証、許可証……」


 アーガイルは、いくつかある書類の束から、町の入場許可書を探し出し始めた。許可証はすぐに見つかり、それをファイル入れから取り出すと、御者台に備え付けてあるファイルの一時保管場所にさっと置く。


 馬車をうまく検問所の空いている場所に移動すると、検閲官が馬車の止める位置を指示してきたのでそれに従った。


「許可書を拝見」


 犬族の女性兵士が、決まり文句を言ってきたので、僕はそれに従い許可証を提示する。


 何時も疑問に思うのだけど、人族の兵士が多いのは人族が多いから分かるとして、犬族の兵士も多いのは何故だろうと思う。


「滞在目的は?」


「一泊の宿泊と食料調達、それといくつかの買出しです」


 僕はこの犬族の女性にとっては、どうでもいい事の筈だと思ったけど、きちんと口頭で説明した。


「持ち込み不許可品はないな?」


 持ち込み不許可品といっても、実際検査しないのだから分かる筈もない。それでも検閲官は馬車の荷台を一応覗き込んだ。


 不許可品とは、必要以上の武器や違法薬品、密売用のその他の品物だけど、殆ど空の馬車に、そんな物がある筈もなかった。


 検閲官は荷台のほうを見ながら、竜人族のカロンさんが乗っている事に、少し驚きを隠せないでいる。


「そちらの竜人族とは、どういう関係か?」


 人族と竜人族の関係は、このところ悪化していた。その原因を僕は知らないけど、それでも一緒にいれば、質問を受けるのは当然の事だ。


「クアラルンプールの町に用があり、同乗させてもらっている。何か問題でもあるかな?」


 カロンさんがすばやく答えて、悪い印象を与えないようにしているのが分かる。


「分かった。別に問題はない」


「不許可品はありません」


 僕は積載リストを手渡すと、検閲官はさっと見て異常がない事を確認した。


「協力感謝する。ようこそ。君たちを歓迎する」


 検閲官はさっと手を振り、ゲートを開けるように指示した。僕は軽く会釈して、馬車を先に進めた。


 ゲートと言っても小さな町なので、細長い木の棒があるだけ。その気になれば簡単に突破出来る。だけど、わざわざ面倒を起こす理由などどこにもない。


「案外簡単に通してくれたな」


 アーガイルが少し不思議そうにしている。竜人族と人族が同乗している事で、もめなかった事を幸運に思うべきだと付け加えた。


 アーガイルはまだ少し首を傾げながらも、僕はすんなり通れた事には確かに幸運だと答える事にした。


「まあ、私が乗っていれば、人族と竜人族の関係から疑われるのは、ある程度仕方のない事だ」


 馬車は大通りを通り、市場を抜けると宿屋街の方へと向かう。といっても、小さな町なので大して店もない。宿屋も数軒あったが、どれもこぢんまりとしたものばかりだ。


「そこにしよう」


 アーガイルが、馬車の止めやすそうな宿を指してくれたので、それに従って馬車を誘導する。


「泊まれるか聞いてくる。待っててくれ」


 馬車を止めると、真っ先にアーガイルが降りて、宿の中に消えてゆく。


「君だけに教えよう。その槍は竜人族の王族か、それに近い人物が持つ物に似ている」


 突然のその言葉に僕は後ろを振り返る。


 カロンさんは、槍をつぶさに観察していた。


「昔いた私の部隊にも、似たような槍を持った上官がいたが、比較対象がないのではっきりとは言えない。君さえよければ、一度我々の国に来てもらいたいのだが」


 僕は返答に困ってしまった。竜人族の国と言えば、北方の島国の筈だ。ここからは距離もあるし、なにより勝手にギルドを離れる事は出来ない。


「今すぐ返答を求めるつもりはない。ただ、一応考えておいてくれ。くれぐれも彼には秘密に頼む」


 僕は静かに頷いた。そこにアーガイルが戻ってくる。


「悪いが相部屋だ。個室は二つしかないらしい。他の宿も似たようなもので、四人部屋ならすぐ案内出来ると言われた」


 カロンさんが構わないと言うと、僕は一人馬車を止める作業にかかる。馬車を誘導して納屋に止めると、僕も急いで宿に入った。中では二人が待ってくれていた。


「待ってたぞ。こっちだってよ」


 アーガイルが先導してくれる。手には鍵を持っていた。僕らは建物の一番奥の部屋に入る。


 小さい町だからだろう。ベッド四つと、特に飾り付けもないテーブル、椅子が四脚だけの簡素な部屋だ。だけど、床だけは絨毯が敷き詰められていた。


「悪くはないな。まあ一晩だし、問題ないさ」


 アーガイルが、一番近くの椅子に座ったので、僕らもそれにならって空いている椅子に座る。


「一応食事も出せるらしいが、シロン、どうする?」


 僕はちょっと部屋を見渡してから、まともな食事が出るのか不安になる。


「こういう所の食事は案外美味しいものだぞ」


 その言葉に、僕とアーガイルがカロンさんを見る。


「前にもこういう所に泊まった事があるが、下手な店よりも味が良かったりする」


「じゃあ、今日はカロンさんが正しい事を祈ろうか」


 僕の言葉にアーガイルはちょっと考えながらも、首を縦に振ってくれた。


「まってろ、主人に言ってくる」


 アーガイル一人で部屋を後にする。僕はそれを見送りながら、さきほどカロンさんが言った事を思い出した。


 竜人族の王族――竜人族の国の事は殆ど知らないし、王様がいる事もついこの間カロンさんに聞いたばかりだ。答えは急がなくていいとは言われたけど、いずれ答えなくちゃならない。


 秘密を知りたいけど、最近の情勢を聞けば竜人族の国に行くのは怖い。それに、行ったら戻ってくる事が出来るのかも分からない。分からない事ばかり多過ぎる。


「腕輪の事だが……」


 その言葉に、現実に引き戻された。


「封印しているのは恐らく君自身の能力だ。なぜ能力を封印しなければならないのかは分からないが、封印しなければならない程の能力を君が持っている事という事だろう」


 カロンさんが静かに言う。


「能力?」


「力や魔力といったそんな単純なものじゃない。君そのものが封印の対象者なんだ。資料があれば、もっと答えられるが、これ以上は私でも分からない」


 僕は、どう反応すればよいか分からなかった。


「もっと資料さえあれば……」


 カロンさんはそれ以上何も言わなかった。


 再び訪れる沈黙。槍や腕輪の事。分かったようで分からない話。この先どうすればよいのか余計分からない。


「待たせたな」


 アーガイルの声で再び現実に戻された。


「酒も頼んどいたぞ。せっかくだからぱーっといくか」


 アーガイルは嬉しそうに言う。それを見て、僕は複雑な心境になったが、何も言わない事に決めた。


 宿の食事は、カロンさんの言うとおり美味しいものだった。


 翌日僕たちは、市場で食料品などを買い込んだ後、午後すぐに町を後にした。

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