第三章
一
クアラルンプールの町──町の東側には、いつ建てられたか分からない巨大な建造物が建ち並ぶ、一風変わった中規模の都市だ。
東側に建てられた建造物は、地上から数十階もあるが、その殆どが朽ちかけており、入るのも危険な建物も数多い。
海岸線に近い建物のいくつかは、地上部分が水没しており、晴れわたった時には、海面から突き出る巨大な建造物部分が、余計に奇怪な風景に思えた。
実際それらの建造物に対して、色々な噂が流れており、幽霊を見たとか、怪物を見たとかとの噂も絶えない。
その所為もあるのか、時折西側に住む住民や、好奇心旺盛な旅人が町の東側に入り、そのまま行方不明になったり、半死半生の状態で発見される事さえある。
幾度も町の東側に調査隊が入る事はあったが、めぼしい発見がある事は少なく、まれに遺体が発見されるのが関の山だ。
そのため、町の西側と東側には、高さ三メートルほどの壁が作られ、簡単に行き来出来ないようにされていた。それでも塀を越えて町の東側に出入りする者もおり、町の警備担当者は常に頭を抱えている。
それとは異なり、町の西側はレンガ造りの町並みが続いる。東側とはうって違って、平穏そのものの風景だ。
犯罪率も低く、東側とは対照的な町並みをもっている。
この町には、他の多くの町と違い議会が存在しており、町の決め事は殆どが議会によって決められていた。
町の議会の構成は、住人の種族によって議席が決められており、人族が五割で残りの五割を、他の種族が占めていたが、力で劣る人族は、他の種族の意見を無視する訳にもいかず、それ故比較的平穏な議会運営が行われていた。
町の議会は中立を宣言しており、どこの国とも同盟関係は築いていないが、それも町の東側に広がる広大な海が、天然の要塞の役目を果たしているからだ。でなければ、中立はもっと昔に破られていた事は確実だろう。
当然、町の住人の殆どは西側に住んでおり、廃墟となっている西側の建物群は一部浮浪者やならず者の住処、そして重刑務所などとして使われている。
そんな町の東側、海岸線に近い廃墟で、無数の小さな影と、大きな影が不気味に集まっている。
大きな影の主は、外部の日光を殆ど遮り、暗い建物の中が余計に暗くなっていた。
中では小声だが、はっきりとした口調の密談が行われている。
「協力者の状況はどうだ」
一番大きな影の横にいる少し小さな影、それでも周囲の者よりは一回り大きな影の主が、見渡すように聞く。
対面していた一人が即答した。
「それについては問題ありません。町の外の者に対しては厳しいですが、一度仲間に引き入れてしまえば、かなり詳細に聞き出す事が可能です。すでに要職の者を含めて、十名ほどは確保しております。そのほかにも比較的協力が得られる者を含めれば、三十名ほどになります。協力者の態勢は整いつつあります」
質問者側は、満足そうな微笑を浮かべると、大きな影の主を見る。
「この町での活動は貴様らに任せる。ただし、今はあまり目立った行動をとらないようにしろ。慎重に慎重を重ねるんだ。ではその他の状況について知りたい」
先ほど報告した者の隣にいた者が一歩前に行き、報告書を読み上げた。
「例の人物について報告します。現在はギルド『アタランテ』に在籍中。監視はつけてあります。ギルドの構成メンバーで、現在のところ怪しい動きをしている者はいないようです。監視からの報告では、別働隊も動いているとの事。これについては現在調査中です。なお、監視対象を含めて、現在すべてのメンバーがこの町に集まっています。必要であれば連行する事も可能ですが……」
言い終わる前に、場の空気が変わった事を察知した発言者は、それ以上続けるのをやめた。
「今は監視だけを続けていれば良い。他に必要な事があれば、こちらから命令を下す。それまでは勝手な事はするな。これは他の事も同様だ。必要以上の事をして、荒げる必要は無い事を肝に銘じておけ。何か指示が欲しい時はアチカに求めろ」
一回り大きな影の主が全員に忠告するように言う。
「その他の報告はないか?」
「ガルッフ様、現在戦力がかなり分散されています。これ以上の勢力拡大は困難かと思われますが、いかがいたしましょうか」
「分かっている。現状はこれ以上の侵攻は一時中止だ。まずは足場を固める。他に何かあるか」
後方にいた一人が手を上げた。
「未確認の情報なのですが、近くにある廃墟に例の生物らしき物があるとの噂を聞きました。調査に赴きたいのですが、私一人では正直危険を感じます。調査隊を派遣願いたいのですが」
少し離れた所にいた者が、今度は手を上げた。
「その噂なら私も聞きました。しかしながら、その廃墟に入った者は、二度と出てこないとの噂も聞いております。慎重な捜索が必要だと思われます」
「分かった、慎重に捜索するよう手配しよう。他に無ければこれで終了する」
大きな影の主がそう言うと、その場にいた全員が直立の姿勢をとった。
「新しき時代のために!」
強い朝日が差し込み、そこには巨大な青いドラゴンの影と、いくつもの竜人たちの影があった。
二
「戻りやしたぁ!」
アーガイルが持ち前の大声で扉を開くと、他の隊のメンバーも勢ぞろいしていた。
「おお、戻ったね。遅いから心配したよ」
レンさんは席を立ちながらアーガイルと見る。少し安心したようだ。
ジョエル・レンという人は、僕たちのギルド『アタランテ』の長だ。他の者たちと違い、青い生地で出来た袴風の服を着ている。
歳は四十程。黒髪に黒の目。細くしなやかなのに、女性なのにどこか威風のある風格は、他の者を寄せ付けない。腰には立派な太刀があった。
「なんです、全隊集合してるじゃないですか。何かありました?」
アーガイルが馬車隊が全て集合している事に少し驚きながら、異様な雰囲気に包まれている事に気が付いた。その視線は僕に注がれている。
「お前たち、待機所で待っててくれ」
レンさんの言葉に、僕たち以外は何が起こったのかわからずに立ち尽くしていた。
「アーガイル、シロン。知らないとは思うが、竜人族の襲撃に遭い、ハノイが陥落した。竜人族の動向を協議していたところだ」
少しだけ間をおいてレンさんが出口を見ながら言う。
「それと……影で隠れてないで、出てきたらどうかな? そこにいるのは分かっている」
レンさんの言葉は刺々しく聞こえた。
「察しがいい。あなたがレンさんかな?」
カロンさんは、ドアの端から出てくると少し驚いていた。カロンさんは、レンさんの事を男だとばかり思っていたらしい。
普通ギルドの長を務めているのは男ばかりだから、その驚きは隠せなかった。馬車の中で女の人だって言ったと思ったのに。
「ふっ、女で悪かったね。私に用事があるんだろ? 調べはついてるんだ」
カロンさんは、再び驚いているようだ。なぜ用がある事が分かっているのか訳が分からないといった感じがする。
「こういう職をしてるとね、ちょっとした噂でも耳に入るものさ。まあ、それ以外にも色々あるが。シロンの事を聞きたいんだろ。あたしゃ別に構わないよ。人払いが必要ならするが、どうする?」
「じゃあ、とりあえず二人だけで話をさせてもらえないだろうか」
「いいだろう。こっちへおいで、そう思って部屋は空けておいた」
「アーガイル、シロン。他の連中のところにいっといで。用があったら呼ぶからさ」
そう言われて、僕らは仲間のいる部屋に向かった。
「私の名前はカロン・ヤエ。白竜族の剣士だ。ある特命を受けて世界中を旅している。カロンと呼んでもらって構わない」
シロンたちが出て行った出口を見とどけてから言う。
「シロン君が持っていた槍と腕輪は、我々竜人族の物だ。我々の探している物のヒントになるかも知れないと思い訪ねた」
二人の間に緊張感が走っている。
「ほう、やけに正直だね。あたしはアタランテの長をしている、ジョエル・レンだ」
レンは両腰に手を当てて、胸を張って言う。まるでそれは誇らしげに見えた。
「シロンが、二年前にギルドの前で倒れているときから世話をしている。聞きたい事があったら、何でも聞いてくれて構わない。彼の正体が分かれば、こちらとしても扱いやすいからね」
「扱いやすい?」
「そりゃそうだろう。どこぞの馬の骨とも知らぬ者を世話しているんだ。偶然、ギルドのメンバーに欠員があったから迎えてはいるが、それでも気持ちが悪いだろ?」
「なるほどな……では何点か質問させてもらう。彼が倒れていたときの服装は?」
そう言うなり、レンは奥から少し大きめの箱を持ってきて、机の上に置く。重量はさほどではないようだ。
「これが当時の服装だ。これらの服は、シロンには見せていない。知っているのはごく僅かの者だけだ。口止めもしてある。理由は見てもらえば分かる筈だ。私も馬鹿じゃないのでね」
蓋を開けると、私は驚きを隠せなかった。中には、竜人族の士官が着る服が収められている。多少傷んではいるが、間違いようはなかった。
「数日寝込んでいてね、医者に見せるのに、これでは不味かろうと、この箱に保管しておいた。見た限り、あんたと同じ竜人族の、それも軍服のように見えるが、違うかい?」
一品ずつ確認していくと、手を止めため息をつく。
「間違いなく竜人族、それも私と同じ白い竜人族のものだ。これを彼が着ていた? 普通はありえない。いや、絶対にありえない」
レンがため息をつく。明らかに落胆した表情を見せている。
「全く同感だね。そもそも、軍服を着ていて倒れているなんて可笑しいじゃないか。だからこの事はシロンには伏せてあるよ。いつかあんたの様なやつが探しに来るんじゃないかと思ってね。そしたら、あんたが現れた」
「なるほど……興味深い、実に興味深い」
「あんたら、シロンの事を町の人間に聞きまわっているが、無駄だね。この事を知っているのは、私とこのギルドの数人、この町の医者だけだ。口止めしてあるから情報は得られないさ。ま、せいぜい噂程度だろう」
レンは、腕組をしながらシロンが着ていた服を見つめている。
「そこまでお見通しとは恐れ入った。まるで、昔戦ったレン将軍を思い出す」
「勘違いしないでくれよ? 名前が同じだけで。レン将軍は知っているが、二十年前の事だ。私の歳の筈が無いだろう? それに、彼は男だ」
「分かっている。しかし、これを見せてくれて助かった。申し訳ないが、とりあえずは保管しておいてもらえないだろうか?」
レンの顔は明らかに不機嫌そうだ。
「なぜ? あんたが持ち帰ればいいだろうに」
「シロン君は、恐らく何かの封印を受けている。それを解いた後に、必要になる品かもしれない」
私は少し考えてから続けた。
「もしくは、彼の馬車に常に置いておけば良いのかもしれないが、それ程スペースがあるようにも思えないし、ここに置くのが一番だと思うが」
「それなら心配は無い。今日から、アーガイル隊のメンバーは三人になって、馬車も少し大型のものになる。スペースはあるさ」
「私を一緒にさせておいてくれるのか?」
目を丸くさせながら聞く。
「最初からそのつもりだろ?」
参ったとばかりに頭をかいた。
「一応情報として、いくつか伝えておきたい事がある。服はこの通り脱がす事が出来たが、腕輪だけは、我々ではどうしても外せなかった。あと、槍も我々では重くて運ぶ事が容易で無いほどだ。しかし、何故かシロンが手に触れていると、槍は信じられないほど軽くなる。まるで羽根のようにな。シロンは気が付いていないかもしれないが、槍であの軽さは尋常じゃない。アーガイルの短剣よりも軽い」
「人族が持つと重いかもしれないな。私でもかなりの重量を感じた。彼と一戦戦ったが、素人とは思えない。槍の名手に相応しいといって良い程の、腕前である事に違いは無い。無論、シロン君にはそこまで言ってはいないが」
服を見るのを止め、箱の蓋を戻す。
「私の方からさらに質問させてもらおう。通行証の類は持っていなかったかな?」
「いや、その箱にあるのが全てさ。後はシロンの記憶にあるのかもしれないが、その記憶も怪しい」
レンが一呼吸入れて続ける。
「一つ言えるのは、倒れてここに運び込んだ数日の間、あんたらの町の名前を連呼していた事かな。たしかキョウトと言っていたと思うが。たしかニチの首都だろ?」
寒気が走る。なぜこんな所にいる人族が、我々の首都を知っているか謎だ。別に秘密主義という訳ではないが、一般的にこの辺りまで竜人族の首都が知られてはいない。
「正解のようだね。まあ、そんな事は私たちには関係ないよ。聞くんなら本人に直接聞きな。ただし、目を覚ました後に聞いても、記憶を失っていた以外、なんとも言えないが」
「そのほうが良さそうだな。適当な時期を見て、彼から直接聞かせてもらう」
「他には?」
レンが側にある戸棚からカップを取り出す。
「まあ、これから長い付き合いになりそうだ。いいお茶があるんだが、一杯どうかな?」
「お気遣いすまない。折角だからありがたくいただこう」
レンは、お茶をカップに注ぐと、話を続ける。
「これは、あんたらが占領したペキンから取り寄せたお茶だ。口に合うといいが」
「よく取り寄せられたな。それとも占領前の物か?」
部屋に、お茶の良い香りが充満する。
「いや、占領後の物さ。我々にも独自ルートはあるのでね。お茶ですまないが、まだ仕事中だ。これで乾杯させてもらうよ」
「本当に恐れ入るよ。君たちのギルドの反映に!」
「君の目的が達せられる事に!」
二人はお茶で乾杯すると口に含んだ。
「確かに上物のお茶だ。まさかこんな所で飲めるとは思わなかった」
「だから言ったろ、独自ルートとだとね。でも正直困るよ。あんたらが各地を征服してくれるおかげで、仕事が減り始めてる。先日もハノイが占領された。こちらから入り込むのは容易な事じゃないからね」
レンは、迷惑そうな顔をあからさまにする。
「なるほど……それは私としても困るな。町に入れなくては、情報の集めようが無い。分かった。占領後の町に入れるよう、私の方から手筈しよう。二、三日待ってくれるかな?」
「その程度で済むなら大歓迎さ。よろしく頼むよ」
レンは微笑むと、さらにお茶を口に含んだ。
「他に何かあるかな?」
「さすがにその格好で、メンバーというのも不味い。多分サイズは合うと思うから、後で着替えてくれないかね。武器は携帯していてもらって構わないよ」
レンはシロンが着ていた服の隣に、よく輸送隊が着るような服を置いた。
「それも了解した」
レンの準備のよさに、あらためて感服するしかない。
「私の方のお願いは以上だよ。あと聞きたい事があるけど、答えてくれるかね?」
レンの口調は、お願いというよりは命令に近い感じを受ける。
「内容によっては答えられないものもあるが、出来るだけ協力しよう」
「あんたら竜人族は、この町も占領するつもりかい?」
「今のところその予定は無いはずだ。占領している地域はある一定の条件を満たしている場合だけだ。今のところ、その条件にこの町は該当していない」
さすがに真顔で答える。嘘は言えない。
「今後、竜人族が支配した町と交易再開出来る可能性は?」
「すぐにではないが、問題が解決した後、開放する予定だ」
「分かったよ。今のところはそれだけ聞ければ十分だ。とりあえず服だけ着替えてもらえないかい? その間に全員を集める」
「分かった。すぐに着替えよう」
そう言われ、部屋に一人残された。
レンは奥の部屋の扉を閉めると、独り言のように呟く。
「吉と出るか、凶と出るか、ギャンブルにしちゃチト掛け金が高いね。さて、アーガイルはどう思うかね」
シロンの服を箱に片付けると、部屋の隅に置いた。
「アーガイル、シロン、こっちにおいで」
すぐにシロンたちは部屋に戻ってくると、私の前に机を挟んで立つ。
「明日から二人の馬車を変更する。少し大型だから、今までのように早くは行けないかもしれないが、その分納期にゆとりのある依頼をまわすよ。馬車の方は三号に用意してあるから、後で見ておいで」
「気前のいい話ですね。何かあったんすか?」
アーガイルは、不思議そうな顔をしながら聞いてくる。まあ当然だろう。
「今日から一人加わって、三人で配送業務についてもらう。その為に必要な馬車だと思ってもらって構わないよ」
「三人? まさかあいつじゃないでしょうね!」
「アーガイル、あんたの言いたい事は分かるが、暫く我慢して頂戴。こっちも色々事情があるんだよ」
言いたい事は山程あるが、こんなところで部下とやり合う程馬鹿ではない。
「あいつは信用出来ません! まだ知り合って二週間ほどしか経っていないんですよ!」
アーガイルは思った通り、一歩も引き下がらない。シロンは、訳の分からないといった顔をしている。まあ、仕方がないかもしれないが。
「十分承知だよ。でもね、彼のおかげで、竜人族の支配下の町へ入れるんだ。それ位は我慢して、仕事に専念するんだ。それとも私の言う事が聞けないかい?」
アーガイルの顔色が明らかに変わる。
「わ、分かりやしたよ。でも俺は信頼している訳じゃないですからね」
「そりゃ私だって同じだよ。こんな時代に竜人族を信頼する奴の方が、どうかしてるさ。シロンも分かったね?」
「はい、隊長」
「いい返事だ。それじゃあシロン、他のメンバーを呼んできて」
シロンが他のメンバーを呼びにいっている間に、着替えたカロンが奥の部屋から出てきた。
「ほう、結構似合ってるじゃないかい」
「それはどうも。サイズは少し大きい位だが、まあ贅沢は言えないな」
「当たり前だ」
アーガイルはまだ不服そうだ。そうしている間に、ギルドの他のメンバーが続々入ってくる。
「全員整列!」
犬族の男が大きな声を張り上げると、その場の空気が張り詰めた。アタランテの副長兼会計責任者、クルウェルだ。
「楽にしていいよ。紹介する。彼はカロン・ヤエ。見ての通り竜人族だが、アーガイルの隊に今日から配属になった。あんたたち、仲良くしておやり」
カロンを見る目は様々だったが、しかしどれも困惑している事に変わりはない。まあ当然だろう。
「そんな目で見るんじゃないよ、失礼だろ。種族はどうあれ、新しいメンバーだ。アタランテは、そんなに器の小さなギルドじゃない筈だよ!」
ちょっと声を上げたのが功を奏したのか、少しだけざわつきながらも、すぐにそれは収まり、それぞれの隊の隊長がカロンに挨拶を始めた。挨拶は三分ほどで終わり、全員が再び整列した。
「今日は以上だよ。アーガイルたちは、ちょっとここで話しがあるから、他のみんなはこれで解散だよ」
メンバーたちは少し困惑しながらも、シロンたちを残して部屋からいそいそと出て行った。後に残ったシロンも、少し困惑しているのが見て取れる。
「全くどうしたものだろうね。アーガイルも、もう少し大人の態度をおし」
すぐに箱を手前に持ってくると、シロンの前に置いた。
「これは竜人族にいずれ渡す荷物だよ。とりあえず、三人の馬車に置いといておくれ」
「中身は何ですか?」
シロンは、箱に何の説明書きも無い事を確認しながら、どこか戸惑っている。
「竜人族の服だよ。渡す相手はカロンが知っているから、その時になったら渡しておくれ」
「隊長、分かりました。勿論そいつの服も、持っていくんですよね?」
アーガイルの言い方は、誰にでも分かる程とげとげしい。
「アーガイル、勘がいいねぇ。カロンの服もそっちの箱に入ってるから後で馬車に乗せときな」
「分かりましたよ。シロン、お前が運んでおけよ」
アーガイルが、シロンに面倒な仕事を押し付けようとしていたのは、どう見ても明らかだった。
しかしシロンは、何も疑問に思わないように返事をするだけだ。
見ていて面白い。アーガイルの顔は、明らかに不満そうなのは言うまでもない。
「私も手伝おう」
カロンがそう言うと、アーガイルはまた不満そうな顔をする。
「ふふ、仲良くおし。当面は三人一緒だからね。必要な道具は馬車から移しておきな。それじゃあ解散だよ」
レンさんが奥の部屋へと消えていくのを僕たちは見とどける。
「カロンさん、あらためてよろしくお願いします」
「正直、気にいらねえが、ギルド長の言う事だ。迷惑はかけるなよ?」
「これからも世話になる。このような仕事は始めてだから、最初は迷惑をかけるかもしれないが、その辺りは勘弁してくれると嬉しい」
カロンさんの言葉にアーガイルはムッとした態度だったけど、それでも三人は一応握手した。
僕は、なぜアーガイルがこれほどまでにカロンを嫌うのか――それもつい先ほどまでは仲良さそうに話していたのに、急に仲が悪くなったようになるのかが分からずに困惑してしまう。
でも、そのうち話してくれるだろうと思い、今は黙っている事にした。
「じゃあ俺は馬車を見てくるから、その荷物を頼んだぞ」
そう言い残すと、アーガイルだけ、先に馬車房の方へ消えていった。
アーガイルは一人三号馬車房に着くと、新しい馬車を眺めていた。
以前の馬車よりも横幅も長さもあり、確かにレン隊長の言うように、多くの荷物が積めそうだった。
今までの馬車が高速馬車で、俺のお気に入りだったので、その点は不満はあったが、アタランテでは、大きな馬車を任されるという事はそれなりの実力が認められた事であり、その点には満足するしかない。
「まあ、確かに言い過ぎたかな。あいつには、恐らく関係ないだろう」
一人ため息をつく。
「あいつに文句を言ったところで、過去は帰ってこないか……隊長も人が悪いよな」
馬車を一回りすると備品の点検をした。
「いい馬車じゃないか……それなりの配慮という事か。ま、これじゃあ文句は言えないな。奴はシロンとは馬が合うようだし、シロンに任せる事にするか」
馬車を点検していると、先ほどのクルウェル副長が、いつの間にかそばにいた。
「アーガイル、ちょっといいか?」
質問というよりは命令に聞こえる。
「クルウェル副長、何か御用ですか?」
さっと馬車から飛び降りると、軽く埃を払う。
「君の気持ちは分かる。チョンチン防御戦の折、君の兄さんが犠牲になった。しかしそれを持ち出しても前進はしないぞ」
気にかけている事の一つを言われてばつが悪い。ただ、俺が気に入らないのは、それだけが理由じゃない。だけど、話すつもりもない。
「副長も人が悪いですね。さっきの事はなかった事に」
「君が、カロンを嫌っているのは分からないでもない。確かにチョンチンで、兄さんは竜人族に殺されたかもしれない。しかし、ここにいる半分は、同じような経験をしている奴ばかりだ。私だって納得がいっている訳ではない。しかし、長がお決めになった事だ。一番辛いのは、レン様だって事も忘れないで欲しい」
そう言われては、何も言い返せない。
「恐らくシロンの事で、カロンを君の隊に入れる事になったのだろう。今だから教えておく。シロン君は竜人族の持ち物を所持していた。カロンはそれを取り返しに来たか、もしくは他に何か狙いがあるのだと思う。逆に言えば、シロン君はこちらの切り札にもなるかもしれない。そこを良くわきまえて行動してくれ」
唾をぐっと飲んだ。まさかシロンにそんな過去があるとは、思っていなかったからだ。
「最後に一つ。今の話はなかった事にしてくれよ」
俺の顔を覗き込みながら言ってくる。
「どの話ですか、副長?」
わざとらしく笑いながら、馬車の中へと戻った。
「カロンさん。この中身って何かご存知ですか?」
僕は興味を抑えられずにカロンさんに聞いてみた。
「誰も他にいないのだし、開けてみてはどうかな?」
カロンさんは少し笑いながら――ちょっと不気味だったけど、答えてくれた。
「それじゃあ……ちょっとだけ」
箱の蓋をそっと開けて、中身を確認する。
「これって……軍服? どこのか分からないけど……」
傷んではいるけど、軍服とはすぐに分かる。ただ、軍の経験がないので、どこの国の軍のものかは分からない。
「それは、竜人族の軍服の一種だよ。ある一定の地位や、役職にある者は服装を決められている。身分によって色が変わる事もある。この服の持ち主は、それなりに位の高い者の物だ」
「何でそんな物が、ここにあるんですか?」
僕は、訳が分からなく、カロンさんを見つめていた。
「それは私にも分からない。しかし一つ言える事は、これは持ち主に返す必要があるという事だな。ただ、その持ち主が今どこにいるのかが、今は分からない」
カロンさんはちょっと考えてから話を続けてくれた。
「いずれ、これから私たちは、竜人族の支配下の町に行く事になるから、そこで情報を集める必要がある。誰の物か分かったら、その人物に返却するために持っていくのさ」
「そうですか……」
静かに箱の蓋を閉じると、両側の取っ手をつかんで、馬車の方へと運び出した。
俺は一人先に以前の馬車から荷物を運び出す準備をしていた。
準備といっても運び出すものはそれ程無いので、必要なものを空き箱に詰めていくと、シロンの槍が目に入った。
「そういえば触った事もなかったな……」
それを持ち上げようとしたときだった。
「え?」
シロンが軽く振っていたので、きっと軽いのだろうと思っていたが、片手では持ち上げる事が出来ない。
それは悪夢のような事実だった。
ウェアウルフ族は他の種族から見ても比較的力のある方だが、両手で持つのがやっとの槍を、シロンは片手で軽々と振り回しているのを何度も見ていたからだ。
なぜ今までこんな事に気が付かなかったのだろうと首を傾げる。人族が扱うには明らかにおかしな槍である事は明白だ。
「シロン……あいつ何者だ? 人族がこれを軽々持ち上げるなんて、絶対に無理だ」
俺は静かに槍を置き、槍そのものをよく観察した。幾度も戦闘で使っている筈なのに、全く刃こぼれが無いどころか、まるで新品のような刃。いくつ物部品が組み合わさっているように見える柄。その柄にはドラゴンや竜人族の彫刻。
「だとしたら、これを扱えるシロンは何者だ?」
不安に駆られながらも、今は黙っている事にした。その答えは必ずカロンが握っていると考える方が自然だ。
「カロン……シロンの事を何か知っているな。そのうち聞き出す必要がある」
シロンの槍を残して、新しい馬車へと荷物を移しに行った。
アーガイルは馬車の影にある人影には気が付く事が出来なかった。クルウェル副長はひとり呟く。
「おかしな事にならなければ良いが……」
クルウェル副長は建物の奥へと消えていった。
三
僕たちは、新しくメンバーに迎え入れられたカロンさんと共に、アタランテ近くの食堂にいた。
食堂には他のメンバーも大勢いて、席の三分の一はアタランテのメンバーだ。アタランテにも食堂はあるけど、近所の店を利用する事も多い。
特に滞在が長くなるときは、気分転換にと町中に繰り出す人も多かった。
アタランテに戻ったばかりの僕たちは、隊員食堂で昼食にしても良かったのだけど、アーガイルが少し外の空気を吸いたいというので、近くの食堂に来ている。
「今日のこの後の予定はどうなっている?」
カロンさんが、アーガイルを見ながら、何か予定がすでにあるような口ぶりで言う。
「今日は特に予定は無い。というより、レン隊長から指示があるまで、俺たちは待機さ。何か用事があるなら済ませてくればいい」
アーガイルの言葉に、カロンさんは小さく頷くと、目の前の飲み物を飲み干した。
「ではお言葉に甘えて、そうさせてもらうよ。夕方には戻って来る」
カロンさんはそう言い残して席を立つと、自分の食事の代金をテーブルに置いて食堂を後にする。
アーガイルはカロンさんが食堂から出て行くのを見届けると、大きくため息をついた。
「さっきは、俺らしくなく取り乱しちまったな。過去に色々あってな、竜人族は正直苦手なんだ」
アーガイルの言い方は、どこか遠くを見ているように感じた。
「良かったら、何の事か教えてよ。あんなに興奮したアーガイルは、初めてだったよ」
僕はアーガイルの顔を心配になって見る。
「そうだな……ちょっと外の空気を吸わないか。ここでは話したくないんだ」
アーガイルは、周りに仲間がいる事を明らかに嫌がっている。なぜ嫌がる必要があるのか、僕にはよく分からなかった。
僕らも食事の代金をテーブルに置くと、ウエイターに声をかけてから食堂を後にする。
「アーガイル、どこへ行くの?」
僕はアーガイルが足早に進むので、少し駆け足になりながら何とかついていった。しばらくすると、町の中にいくつかある公園の一つに着く。まだ日が高く、気温も少し高いためか人影はまばらだ。
「そこの椅子でいいか」
アーガイルは、少し木陰になっている長椅子を見つけると、そこに静かに腰掛けた。僕もすぐに隣に腰掛けると、アーガイルが一人話し始める。
「俺は兄弟を戦争でなくしている。竜人族との戦争でな。まあ、これは、ギルドの連中なら、大半が知っていることだ。だけどな、俺が竜人族を嫌う理由はそれだけじゃない」
そうは言いながらも、アーガイルの顔は沈んでいるように見えた。
「あれは二十九年前だ。シロンも知っているとは思うが、俺たちウェアウルフ族や犬族は幼年期が短い。まだ三歳といっても種族の中では立派な大人だな」
空を見上げながら、アーガイルは話を続ける。その先に、何が見えているのだろう?
「チョンチンは知っているか? 俺の生まれ故郷だ」
「うん、行った事はないけど知ってるよ。ちょっと内陸の町だね。ここからだと大分離れているけど」
「ああ。俺は三歳まであの土地で育った。二十三人兄弟の、二十一番目だった俺は、なかなか親元を離れる事が出来ずにいた。チンチョンはその頃景気が良く無くてな、町には浮浪者も多かった」
僕は、黙ってアーガイルの話を聞く事にした。
「そんなあるとき、近くの鉱山の仕事が見つかって、見習いで手伝う事になったんだ」
「アーガイルが鉱山で働いた事があるなんて初めて聞いたよ」
あまりに驚き、アーガイルを見つめてしまう。でも、アーガイルは相変わらず空を見上げたまま。
「それはそうさ、アタランテでこれを聞くのはシロンが初めてだ」
「そう……そんなに隠さなければならない事なの?」
「いや、隠したいんじゃない。喋りたくないだけさ。それに今まで聞かれた事も無かった」
アーガイルは、再び空を見つめながら話を続ける。
「鉱山で働いて一ヶ月ほど過ぎた時の事だ。そのときから奇妙な噂を聞いた」
「奇妙な噂?」
「俺も未だに良く分からないんだが、とにかく鉱山の奥で何か得体の知れないものが出たらしい。最初は宝石の原石が出たと噂が流れた」
「すごいじゃない!」
宝石が出たとなれば町には活気が出る筈だ。悪い事じゃない。
「いや、実際には原石じゃなかったんだ。俺も間近で見たが、巨大な宝石そのものだったよ。大きさはそう……一つが俺の腕の長さ位はあったと思う」
「そんなに大きいのが!」
僕は驚きを隠せなかった。それに、そんなのを、宝石の原石とは言わないと思う。
「しかも、それが一つじゃないんだ。俺が知っている限り二十個はあった。しかも色々な色をしていたから、むしろ気味が悪かったさ」
「そうなんだ……」
「とにかくだ、俺たちはその得体の知れない宝石のような物を地上に運び出すと、とりあえず資材置き場の片隅に覆いを被せて置いておく事にした。本当ならどこかの倉庫に入れたかったんだが、そのときはどの倉庫も偶然満杯でな、他に置き場所が無かったんだ」
「宝石の原石かもしれないのに、結構無用心だね」
「ああ、それが災いしたのかもな」
「災い?」
「そう焦るなよ。ちゃんと話すから」
相変わらずアーガイルは空を見つめながら話を進めた……
「アーガイル、何時になったら結婚するんだよ。もう三歳過ぎたんだろ、早くしないと結婚出来ないぞ」
「コルト、手を休めずに働けよ。それに結婚はまだするつもりは無いさ。それよりもお前こそ子どもはどうするんだよ」
「かみさんがまだいいって言うんだ。仕方ないじゃないか」
「俺だってお前と同じさ。それよりも仕事だ仕事」
それに、こんな景気じゃ、ろくな収入もない俺に、結婚相手なんているはずもない。
「ふん、この前見つかった宝石の件で上は大騒ぎだ。多少サボったところで」
「相変わらずお前らしいよなぁ。後で報告しようか?」
薄ら笑いを浮かべながら言う。
「おいおい、冗談はよしてくれ!」
「はは、お前をからかうと面白いよ」
笑いながらつるはしで坑道を再び掘り始めた。
「なぁ、あの宝石みたいなものなんだと思う? このあたりの鉱山で出るのは銅だよな?」
コルトは再び手を休めると、俺を真剣に見つめながら考え込んでいる。
「おいおい、あれが宝石って決まった訳じゃないだろ? 普通宝石って最初はあんなに綺麗じゃないって言うぜ。俺はむしろ悪い事が起きなきゃいいと思うぞ」
別に過度の心配性ってわけじゃないが、気味が悪いことに変わりはない。
「相変わらずの心配性だなぁ。ま、それがお前らしい所でもあるんだけどな」
「俺は危ない橋を渡りたくないだけさ」
そう言った瞬間、俺のつるはしが、何か金属にあたるような音がした。
「おい、なんだよ」
コルトがつるはしの先を見たが、暗くてよくわからない。
「何かに当たったよな? なら、もう一回だ!」
つるはしをもう一度振り上げ、先ほど音がしたすぐ近くに振り落とした。
つるはしの先からは鋭い金属音が響き、前の壁がぼろぼろと崩れだす。
「やばい、崩落するぞ!」
コルトはそう言うなり、俺を引っ張って、近くの待避所に大急ぎで連れ込んだ。
数十秒だろうか、先ほど掘っていた壁一帯が崩れ、大量の埃が辺りに舞った。
暫く埃の所為で周囲が真っ暗になり、俺たちはどうして良いのか分からず、待避所の隅に隠れるようにして小さくするしかない。
「おーい、大丈夫か?」
遠くで誰かの声がする。しかし埃と、まだ小さな崩落の所為で、誰なのか確認する事は出来なかった。
「生きているなら返事しろ!」
「アーガイルとコルトだ。俺たちは無事だ。そっちはどうだ?」
俺は大声を張り上げた。
「良かった、俺だ、レキシンだ。崩れたのはそこだけか?」
「いや、良くわからない。俺たちは急いで待避所に駆け込むのに夢中だった」
レキシンの声のする方に大声を再び張り上げた。
「そうか、なら大きく崩れたのはお前らの所だけだ。無事で何よりだった。怪我は無いか?」
「ああ、大丈夫だ。俺たちウェアウルフ族で助かったよ。でなきゃ崩落に巻き込まれてたかもな」
埃で真っ暗な中、とりあえず返事だけはしてみる。だけども、一体、何があったんだ?
「悪い冗談は止めてくれ。一体何があったんだ?」
「俺のつるはしが、何か金属のような物に当たったんだ。それでもう一度振り下ろしたら、突然崩れやがった」
「そうか、とにかく無事で何よりだ。埃が落ち着くまで、しばらくそのままでいてくれ」
レシチンの声が木霊する。
「言われなくても、この埃じゃ動けねーよ。このまま暫く待つから、他の所に異常が無いか調べてきてくれ。かなり大きく崩れた筈なんだ」
コルトは天井を見上げながら、俺たちのいる待避所の天井に亀裂が無い事をホッとしているようだ。俺は当然不安だが。いくら補強してあるとはいえ、さっきの崩落だ。安全かどうかなんて、分かったもんじゃない。
「とにかく、動かずに待っていてくれよ」
レシチンの声がしたと思うと、足音がだんだん遠ざかっていった。
「たくぅ、お前の所為だぞ、アーガイル」
「誰がやっても崩れたさ、運が悪かっただけだ」
そう言いながら、傷がないか確かめる。とりあえず、大きな傷はなさそうだ。
「相変わらず頑固だな」
「ふん、お互い様だろ」
「はぁ、何で男二人でこんな所にいなきゃならないんだ」
「お前は女の事ばかりだな」
俺が少し笑うと、レシチンも少し笑った。
「アーガイルが無頓着なだけさ。さて、埃も少し落ち着いてきたかな?」
「ああ、遠くまでは無理だが、近くなら見える。ランタンが無いと真っ暗だ。あちこちで明かりが消えたな。というより消し飛んだか。監督の青い顔が目に浮かぶよ」
「はは、監督は俺たちの命よりも、金が大事だからな」
そういうコルトの顔は苦笑いを浮かべていた。
「さて、音もしなくなったし、状況確認といくか。出口から見るか、坑道の先から見るか、どちらにする?」
「そりゃ出口だろ」
コルトが間髪いれずに答えてくる。
「こっちのランタンにも明かりをくれ。二つあった方がいい」
壁にかけてあった予備のランタンを取り外すと、蓋を開けて火がつくようにした。コルトはランタンの種火をもう一台のランタンにつける。二つのランタンで周囲は大分明るく照らされた。
「参ったな……グチャグチャじゃないか。この先通れるのか?」
ランタンを少し高く上げると、遠くを照らした。かなり崩れてはいたが、出られないというほど、崩落はしていないように思える。
「とにかく先に進んでみよう。声は聞こえたんだから、通れ無くても穴なら有るだろう」
高く掲げられたランタンで、坑道はかなり遠くまで見えるようになった。
まだ少し埃は舞っていたが、坑道の奥でたった二人でいる事が、何よりの不安だ。軽く顔を見合わせると先に進み始めた。
「他の連中が無事ならいいけどな。お前もかみさんが心配しているんじゃないか?」
「どうだろうな、まだそこまで情報は伝わっていないんじゃないか?」
「かもな……先を急ごうか」
ランタンで照らされる坑道は、まるで地獄への入り口のように思える。
三十メートルほど進んだ所で、壁面が大きく崩れ、人一人がやっと通れる程に狭くなっていた。顔を見合わせると、少し体の小さいコルトが先に入る。
「うーん、ぎりぎりだな。また崩落があったら不味いぞ」
「そんな事より、先に進んでくれよ。後がつっかえてるんだ」
「わりぃ、わりぃ」
俺が通り終えると、細くなった通路が余計に細くなったように感じる。
「あのまま待っていたら通れなくなっていたかもな」
「コルト、お前も怖い事言うな」
「先を急ごう」
坑道の側道には人の気配は無く、そのまま上へ通じる梯子の所まで来てしまった。
「ちぇ、待ってろって言ってた割には誰もいないじゃないか」
コルトが不満を漏らす。勿論、俺も不満だったが、予想していた事なので声に出す事はしない。
「なあ、ここにつるはしがあるよな。これであの狭い通路を少し広げた後、奥がどうなっているのか見てみないか?」
俺の突然の提案に、コルトは驚きを隠せないようだ。
「お前、本気か? また崩落するかもしれないんだぞ?」
コルトは、明らかに止めたほうがいいと言わんばかりの口調だ。まあ当然かもしれないが。
「崩れる前に何かあったろ、あれが何か気になっているんだ。埋まってなければ見てみたい」
「お前の好奇心には脱帽するよ。ただし約束してくれ。さっきの狭い通路が通れなくなっていたら、諦めるんだ」
「俺だって、そこまで馬鹿じゃないさ」
来た道を戻り始め、途中途中にある横穴に、誰がいないか声をかけて回った。
どの横穴からも静寂のみが聞こえるだけで、誰かがいる気配は全く無い。
先ほど通った崩れかけた坑道の傍まで来たとき、どこからとも無く風を感じる事が出来た。
俺たちは顔を見合わせ、一体どこから来る風なのか辺りを見回す。崩れかけた坑道は微妙なバランスで何とか崩落をせず、その通路はまるで悪魔の口を思わせた。
「なあ、アーガイル。どう見ても通らないほうがいいように思うんだが」
「俺もそう思っていたところだ。戻って上に行ったほうが懸命だな」
二人は足早にその場を立ち去ると、急いで梯子の方へと向かった。
梯子についた時に後ろの方から、何かが崩れる音が聞こえた。何が崩れたか想像するのは、そう難しい事ではなかった。
俺たちは急ぎ梯子を頂上まで駆け上ると、一瞬、日光の光で目がくらむ。
「アーガイル、コルト、無事だったのか!」
レシチンの声がすると、何人もが周りを取り囲む。
「一体下で何があったんだ? 重傷者こそいなかったが、落石で三人が負傷した。お前たち二人もかすり傷だらけじゃないか」
監督のその言葉に、俺はあらためて自分たちが傷だらけである事が分かった。コルトは緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んでしまう。
「作業中につるはしが何かに当たったんです。そしたら崩落しました。あたったものが何かは不明です。先に行く通路も、恐らくもう崩れて通れなくなっていると思います」
俺は要点だけ、手短に監督に報告する。
「レシチンは救助に行きたかったが、埃がひどく穴も狭くて、先に進めないと言っていたぞ」
監督は少し呆れ顔だ。
「そりゃ、レシチンは太り過ぎなんですよ。俺たち二人でも、やっとでした」
レシチンが少しムッとしていたが、レシチンはアーガイルたちウェアウルフ族と違い牛頭族だ。骨格のいい彼には、狭い通路は通れそうもない事は明白だった。まあ、その分、体力や力は俺たちよりもあるが。
「正体不明の石の次は落盤か。今日は日が悪過ぎるな。道具をそろえてから、各坑道の調査をしよう。とにかくみんな無事で何よりだ。今日のところは帰っていいぞ」
監督から、予定よりも早い帰宅が命じられたので、皆が喜んで家路につきはじめた。しかし俺は、監督の顔が優れないのを見逃さなかった。
「監督、そりゃ落盤となれば大損害ですが、俺たち生きてるんです。また掘りましょう」
「そうだな……ところでアーガイル。ちょっと聞きたい事がある。落盤する前につるはしが何かに当たったと言ったな? 何に当たったかは見たか?」
「いえ、しかし金属ですね、あれは。かなり鋭い音がしましたから」
「アーガイル、ちょっと付き合ってくれないか?」
監督は事務所へと向きを変え、俺もそれについていった。
監督の後についてゆくと、この前に掘り起こされた、謎の鉱石の前に来る。
「監督、何でこんな所へ……」
「いいから、そこにあるハンマーで、こいつを叩いてみろ」
俺は、監督が何を考えているの分からなかったが、とりあえず言われたとおりにする。
勢いよくハンマーで鉱石を叩くと、坑道でつるはしが当たった時と同じ、甲高い音がする。
「これと同じ音だったんじゃないか?」
監督は腕を組みながら、予期していたように言った。
「はい。でも何故それが?」
「前回も同じだったんだよ。それで調べてみたらこれが出てきたんだ」
「そうだったんですか」
「とにかくだ、今はこの事については秘密だ。坑道で大変だったんだろう? 今日はもういいから休め」
監督はそう言い残すと、その場を後にした。
「たく、これじゃあ仕事にならないよな。大体これは何なんだよ」
不満だったが、やる事もないので、その場を後にする事にした。
その日の夜はやけに風が強かった。
雲ひとつない夜なのに風だけがとても強く、まるで竜巻の中にいるのではないかと思えるような夜だった。
「今日はまるで嵐みたいだね、母さん」
外の風の音が、まるで悪魔の声に聞こえていた俺は、少し震えていた。
「家の中にいれば、心配する事はないわ。それよりもお父さん遅いわね」
「そうだね。まあ、親父の事だから心配はいらないと思うけど」
「今帰ったぞ」
家のドアが開くと、ウェアウルフ族の男がさっと入って、すぐにドアを閉める。
「お帰り、父さん」
親父の頭がボサボサな事に気が付き、少し笑ってしまった。
「ああ、この頭か。外の風はすごいぞ。父さんもこんなのは初めてだ。ところでレルフ、お前、今日落盤事故にあったんだって?」
親父が落盤事故の事を知っている事に、驚きを隠せなかった。事故の関係者以外、口止めされている筈だったからだ。
「父さんを騙せるほど甘くはないぞ。それより大きな怪我がなくて何よりだ。仕事が仕事なんだから気をつけろよ」
親父の顔は、冗談で言っている顔ではなかった。
「分かってるよ。全く、どこでその話を聞いたんだい?」
「はは、町中の噂になっているぞ」
「参ったな」
「お祝いって訳じゃあないが、酒でも飲むか。母さん、とっておきの出してくれ」
「いいんですか?」
「息子が無事だったんだ。こんなときに飲まずに、いつ飲むんだい?」
「それもそうですね」
そう言いながら、戸棚の奥から、少し高そうな酒瓶を取り出すと、親父の前に置く。
「母さん、お前も飲むかい?」
「良いんですか?」
「たまには良いじゃないか」
「では、お言葉に甘えまして」
それぞれのグラスに酒を注ぐと、簡単に乾杯してそれぞれ一気に飲み干した。
「やっぱり高い酒は違うなぁ」
「俺にはよく分からないよ」
普段から飲んでいる酒とどう違うのか、俺にはよく分からなかった。ただ、親父が美味しそうに飲んでいるのだけを邪魔するのは悪いと思い、それ以上は何も言わなかった。
「それより、外の風やけに強いね」
「ああ、今日はおかしな天気だ。雲ひとつないのに風ばかり強い。何か悪い事の前触れでなければいいが」
父親は心配そうに外の様子をうかがう。
「そんなに強いんですか?」
「ああ、歩くのもやっとといった感じだ。今日は外に出ない方がいいな」
「悪い事の前触れなんて、おかしな事を言うな、親父」
俺も外の様子をうかがったが、風が強い以外は変わった様子は無い。
「理由もなく、風だけが強くなる事などない。風が強くなるには理由がある」
「そう……」
訳も分からなく、聞くだけしか出来なかった。
「以前にもこんな日があったな、母さん」
「そうですね……あまり思い出したくないけど」
「あれは、お前が生まれるずっと以前の事だ。その日もこんなふうに風が強かった」
親父は外の風景を見ながら、思い出すように語る。
「ここに来る前まで私たちはヘイジョウに住んでいた。ここよりもずっと北にある小さな町だ。昔は大きな町だったんだろう。町外れには巨大な廃墟がいくつもあった」
親父は酒を一口含むと、話を進める。
「まだ母さんと結婚したばかりで、やっと家も建てたばかりだった。今思えばおかしな事だが、その町は殆どが人族で、他の種族はいないも同然だった」
「そうですね。でもそんな中でも私たちは幸せだったわ」
母さんは親父の空いたグラスに、酒を注ぎ足した。
「ああ。だが、ある夜の事だ。今日みたいに風ばかりが強い日が突然訪れた。その風が突然止んだんだ」
「突然?」
俺は怪訝な顔で聞く。
「そんな顔するな。まあいい、それで私たちは家の外に出てみたんだ。そしたら町中の人族が逃げ出すように町の外へと出てゆくんだ」
「だから私たちも何事かと思って、とりあえず大事なものだけすぐに出せるようにしておいたのよ」
「そうしたらしばらくして、空を横切る影が見えた」
「空を横切る影?」
「白いドラゴンさ。噂には聞いていたが、実際に見たのはあの時が初めてだった」
「ドラゴンって、竜人族の一種なんじゃ?」
「私たちもそう思って、通りがかった竜人族の連中に聞いたんだ。しかし奴らも何がなんだか分からないといった感じだった」
親父はグラスをいじりながら、話を進める。
「ドラゴンは人族の方向に向かっていたので、我々は人族が向かった、反対側の廃墟のほうへと向かった。我々が町から離れた直後の事だ。町の中心部付近から、火柱が上がるのを見た」
親父は、相変わらず外を見ながらグラスをいじり、話を続けている。
「私たちは何とか廃墟へと逃げ込んだわ。遠くから悲鳴が聞こえたのだけど、私たちには何も出来なかった」
母さんは天井に何かを見るように話を付け足した。
「私たちは空腹に耐えながら、七日間待ったわ。時々町のほうを見ると、火の海だった。本当に怖かったわ」
「一週間して、町が静かになったのを見た我々は、町がどうなったか慎重に見に行った。しかし、そこには町はもうなかった。瓦礫を掻き分けて我々の家のあった所まで行くと、町外れだったのが幸運してか、家は崩れていたが荷物の大半は無事だった。我々は必要な荷物を集めると町を後にしたんだ」
母さんも外の様子を心配そうにうかがっていた。
「初めて聞いたよ、そんな話。兄さんたちも、一言も話してくれなかった」
「そりゃそうだ。お前に話すのが初めてだからな」
「え!?」
「こんな事話しても、普通は仕方ないだろ。今日みたいな天気でもない限り、話はしないよ」
「そうね、こんな天気は今までなかったもの」
俺は、あらためて外の様子を見る。外は相変わらず、強い風が吹いていた。
「さて、こんな陰気くさい話はやめて、酒を楽しもうじゃないか」
空いたグラスに親父から酒を注がれると、俺も酒を楽しむ事にした。酒の味は分からなくても、今聞いた話が酒で洗い流される気がした。
その日の深夜、部屋で眠れずにいた。
半地下構造のその部屋は、風の音は遠ざけてくれるものの、今日の嫌な出来事と、親父の話を思い出させるには、十分な部屋だ。
ときどき天井近くにある窓に、強い風が当たるたびに、枕を頭に押し当てて、その音を聞かないように、懸命に努力していた。しかしその努力の大半は、たいして効力はなかった。
「全く、嫌な天気だ。よりにもよって、落盤した日にこんな天気にならなくても、いいだろうに」
俺は、恐怖心を声に出す事で落ち着かせようと、懸命だった。効果はないみたいだが。
「大体親父も親父だよ。あんな話をされちゃあ、余計に眠れやしない」
少なくとも同じ台詞を、十回は言っている筈だが、それを数えている自分も嫌になっている。
「それにしても、あの鉱石は一体何なんだよ。叩いただけで落盤させる石なんて、聞いた事がない」
監督に見せられた鉱石を思い出し、一体ここの地下には、何があるのだろうと考えてみたが、当然答えなど出る筈もない。
監督さえ分からない事を、俺が分かる筈もない事は十分に承知しているつもりではいたが、それでも考えてしまう自分に余計に腹が立つ。
そんな時だった。突然大きな風を切る音がしたと思うと、家全体が激しく揺れた。雷でも落ちたのかと思ったが、光った形跡もなく、何事かと思っている間に再び激しい揺れが襲う。
「地震か!?」
しかし、地震にしては、揺れ方が明らかにおかしく、ベッドから飛び出すとドアに駆け寄った。
ドアの取っ手を引いてみるが、まるで何かに引っ張られているようにびくともしない。引いてだめなら押してみろと言わんばかりに、ドアに体当たりしたが、それでもドアはびくともしなかった。
「おいおい、一体どうなってんだよ!」
そんな時、ドアの向こう側から悲鳴が聞こえた。明らかに母さんと思えるその声に、ドアを何度も叩く。
「母さん、どうしたんだ、母さん!」
悲鳴のようにな声で、何度も叫んだ。何度もドアを叩いたり引いたり、体当たりをしてみたがドアはびくともしない。
そんな時、天井から大きな音がしたと思うと、バリバリと音を立てて崩れ始めた。
とっさに部屋の隅に飛び移ると、さっきまでいたドアの辺りに、大量の木材が崩れる。
「一体、何なんだよ……」
その先を言おうとしたが声になる事はなかった。天井があった所に白いドラゴンの尻尾があり、父親たちが寝ていた辺りでは、そのドラゴンが親父たちを、手で文字通り鷲掴みにしていた。
「親父!母さん!」
裂けんばかりの大声を出したが、親父たちはびくともしない。二人ともぐったりしており、気を失っているのは明らかだった。
「くそぉ!」
ドラゴンに向けて、足元にある瓦礫を投げつけてはみたものの、まるで何事もなかったかのように反応はない。
そのとき、ドラゴンの翼が空を覆った。そして翼がはばたき始めると、ドラゴンが宙に舞う。その風をまともに受け、部屋の隅に叩きつけられてしまった。遠ざかってゆくドラゴンの姿をただ見ているしかなかった。
「……ガイル……起き…、無事か!?」
微かな声で、俺は目を覚ました。頭が激しく痛み、頭以外も全身痛い気がした。痛みのためか、誰に声をかけられているかも分からない。
「よかった、お前だけでも助かって何よりだ」
その言葉、に俺は何か大事な事が起きたと思ったが、頭が痛く良く思い出せない。
「とにかく今は休め。その傷じゃあ暫く動けないだろうしな」
やっとの思いで目を開けると、目の前にコルトがいた。
「一体何……が」
「ドラゴンや竜人族の連中が襲ってきたんだ。町中大混乱だ。鉱山もやられたし、この町はおしまいだよ」
コルトの顔には悲壮感が漂っている。
その言葉に、俺ははっと親父たちの事を思い出す。
気を失ってドラゴンに鷲掴みにされた親父たち。飛び去る白いドラゴン。
「お、親父たちは!」
痛みをこらえながら、必死の思いで声を振り絞った。
コルトは、分からないとばかりに首を振る。
「突然の事だったので、何がなんだか分からないんだ。君の両親は町にはいない。瓦礫を掻き分けてみたが、姿は無かった。お前は四日間も気を失ってたんだ。お前だけでも助かって運が良かったんだぞ!」
その後も、何か言われている気がするが、頭が動転していてよく分からない。
「とりあえず何か食べろ。ろくな食べ物は無いが、今のお前には食事が必要だよ」
コルトの横にはパンとミルク、それにいくつかの果物があった。
「今は食べたくない……」
「馬鹿言うな、これで食べなかったら死ぬぞ!」
コルトはそう言うと、口に無理やりミルクを流し込んだ。少しむせたが、ミルクは美味しかった。
「親父と母さんが……」
痛みをこらえながら、必死に見た事を口にしようとするが、あまりの痛みに声すらまともに出ない。
「それ以上何も言うな……町の人間が大勢死んだ。何十人かは連れ去られるのを目撃されている。きっと、お前の両親もどこかで生きているさ」
コルトの慰めも、虚しく聞こえるだけだ。
「アーガイル、監督も死んだよ。鉱山で一緒に働いている連中も、かなりがやられている。鉱山の入り口も崩れちまった。復旧は絶望的だって話だ。俺はこの町を出るよ」
コルトの落ち込みは明らかだったが、どう声をかけてよいか分からない。
「お前はとにかく傷を治す事が先決だよ。その傷じゃあ、一週間はまだかかると医者は言っていた。俺はこれで町を離れるが、お前は両親を探すんだろ? 無理はするなよ」
コルトはそう言い残して去っていった。
「今の俺には、何も出来ないのか……」
ベッドから見る空は虚しさを増すだけだった。
「これは、その後家の残骸から見つけた母親の形見だ」
両耳に付けている青い二連のイヤリングを指した。
「それから俺は、あちこちの町を捜し歩いた。それで分かったのは、同じような事が、北方の町では数年に一度、どこかの町で繰り返されているという事だ」
アーガイルの目には、うっすらと涙のようなものが浮かんでいるのが見えたけど、僕は何と声をかけてよいのか分からない。
「もうひとつ分かったのは、ドラゴンと竜人族にはやはり何か関係があるらしい。その先の事までは分からなかった。竜人族の支配する町は、入るだけでも一苦労だ。そんな中で親父たちの行方を調べる事など、かなわなかった」
僕は、ただ俯いて聞く事しか出来なかった。
「それ以来ドラゴンと竜人族を俺は憎んでいる。そして、何かを隠している竜人族もな。そりゃ、竜人族だって、全員が悪いやつじゃないだろう。そんな事は俺にだってわかる。しかし、憎むべき対象としての竜人族は、俺の中にはっきりある」
アーガイルは、空を見つめて続けた。
「カロンには、後で謝るつもりだ。しかし同時に信用出来ない事も、その理由も伝えておく。お前も、それを承知しておいてくれ」
僕は、黙っている事しか出来ない。
「ふっ、長々と俺の話につき合わせちまったな」
「いいよ、アーガイルが辛い思いをした事が分かって、何であんな事を言ったのか分かったから。しょうがないよね」
「お前はやさしいよな」
そう言われて、少し照れくさかった。
「ところでシロン、ひとつ聞いていいか? お前のあの槍なんだが……」
「あの槍がどうかしたの?」
「お前、持ってて重くないか?」
「え、そりゃあ槍だから、アーガイルの短剣に比べたら重いけど……」
僕は、何故そんな事を聞くのか、分からなかった。
「そうか……お前の槍を新しい馬車に移し変えようとしたが、俺には持ち上げるのがやっとだったぞ」
「え!?」
僕は驚きを隠せない。
「その顔じゃあ、お前に聞いたところで、答えは出そうにないな。まあいい、忘れてくれ」
アーガイルは、少し考え込むような顔をした後、再び空を見上げた。
四
カロンはシロンたちと別れた後、一人で一軒の酒場に向かっていた。
酒場に入ると、店主は何も言わずに奥の部屋に案内し、そこには竜人族が数人集まっていた。
「待っていたぞ、カロン」
赤い竜人族の男が、腕組をしながら待っている。
「すまない。少し手間取った。しかし収穫はあった」
「でなければ、我々がここまで来た意味がない」
青い竜人族の男が、即座に答える。
「で、どんな収穫だ?」
赤い竜人族の男は、待ちかねたように急き立てる。
「シロンだが、思ったとおり我々の服を持っていた。しかも我々の服を着ていたらしい」
「それはおかしな話だ。あの服を着て人族が歩けば相当目立つ筈だ」
青い竜人族の男は、訳が分からないとばかりに考え込んでしまう。
「それだけじゃない。やつは指揮官用のマントまで持っていた」
それを聞いた全員の顔が、青ざめているのが分かる。
「今、なんて言ったのか分かっていますよね?」
緑の竜人族の男が聞き返す。
「私は実物を見てきたんだ。誓って嘘は言わない」
「と、とにかくだ。監視は十分にしてくれ。それからこれが新しい指令書だ」
赤い竜人族から、私は紙を受け取り、内容を確認する。
「本気か? 連中を連れて廃墟を探索しろと? まかり間違ったら死ぬぞ?」
私は驚きを隠せずに言う。
「正式な命令書だ。危険を感じたら君の判断に任せる。まあ、小手調べといったところだな」
青い竜人族の男が、冷静さを取り戻して言った。
「分かった。指示には従おう。ただし、本隊には『危険を感じたら撤収する』と伝えてくれ。私もまだ死にたくない」
「いいだろう。伝えておく。それと君にとってはビッグニュースだ」
赤い竜人族の男が、さらに紙を渡した。
「内容を確認したら返してくれよ。君の身分は秘匿なんだからな」
私は、渡された紙を見て微笑んだ。
「なるほど、諜報部秘密諜報一課作戦指揮官か。部下はいないんだろう?」
「それを俺に聞くのか?」
赤い竜人族の男は、微笑を浮かべながら、渡した紙を回収する。
「秘密諜報一課が、いくつあるか知りたいものだな」
私も微笑みで返す。
「支援要員は、適時配置する手筈になっているから安心してくれ。それと当面の資金だ」
青い竜人族が、紙幣の束を手渡した。
「予想より多いな。大丈夫なのか?」
「君の働きに期待しているという事さ。準備が整い次第、シロンたちを我が国へ連れてきてくれ」
赤い竜人族の男が、いくつかの紙を手渡しながら言う。
「通行証だ。これでヘイジョウまでは来る事が出来るだろう」
「わかった。準備が整い次第向かう。ところで一つ頼み事をしてもいいかな?」
「君の事だ、また面倒な事だろう。いいさ、引き受けるよ」
青い竜人族の男が、メモとペンを取り出す。
「レルフ・アーガイルという男について調べてくれ。何か我々に恨みがあるような感じだ」
「恨みとは、また物騒じゃないか」
緑の竜人族の男が、面白くなさそうに言う。
「ちょっと感情的になったのを見てな、恐らく家族に関係する事だと思うんだが、この先道中を共にするとなると、少し心配になる」
「たしか人狼族だな。分かった」
青い竜人族がそう言うので、慌てて付け加えた。
「やつに関係する者には、人狼族とは言わないほうがいい。その言い方を忌み嫌っているようだ」
「ふん、狼野郎にしては、言ってくれるじゃないか」
緑の竜人族の男は、憮然とした態度をとる。
「仕方ないさ。ここは我々の占領下ではない。問題を起こして欲しくないと言っているだけさ」
「分かった、注意する。他にはあるかな?」
青い竜人族の男が、ペンを止めて聞いてくる。
「いや、以上だ」
立ち上がろうとすると、緑の竜人族の男がそれを制止する。
「仕事以外の話をする余裕は作ってるんだろうに」
「ふ、秘密諜報課に、仕事以外の事などないのさ」
そう言いながらも、微笑を浮かべながら座った。
「勿論、いいお茶を奢ってくれるんだよな?」
私のその言葉に、その場にいた全員が微笑んだ。




