エピローグ
結局僕らは、暫くコルカタの町に滞在する事にした。
虫はベルベ三〇九と名乗った。
後ろの数字は、何かの認識番号らしいけど、ベルベにも分からないらしい。とりあえず僕らは彼をベルベと呼ぶ事に決めた。
彼は、元々北の方で冬眠していたらしいけど、それをガルッフとアチカに拾われ、ここに連れてこられたと言っていた。
ベルベには、家畜などを与える事で養分としてもらい、卵の中の人たちはとりあえず救う事が出来る。それでも最低半年は時間がかかるらしい。町の再建を考えると、さらに何年もかかってしまうかもしれない。
一度作り替えた体を、再び作り替えるのは、想像以上に大変という話だった。特に一度生えた毛や鱗は、元に戻す事は大変らしい。
ベルベが出来るのは、元となる生物を養分とした後、それを元にして複数の生物を掛け合わせる事で肉体を作り替えていく事だけで、全く新しい体を作るとなると無理だと言っていた。それに、一度作り替えた体を完全には元には戻せないらしい。
もう一つ、何故記憶を失ってしまうのかはベルベにも分からないと言っていた。
でも、出来るだけの事はしてもらうつもりだ。
獣人にされた人たちは、もう一度ベルベに取り込まれた。
あのままでは永遠に自分の意志を持つ事は出来ないらしい。ただ命じられたままにしか生きられないのは、いくら何でも酷過ぎると思う。
体は元に戻らないかもしれないけど、せめて自分の意志で行動出来るようになって欲しい。でも、取り込まれていくのは見ていて辛かった。
取り込まれたばかりの僕らの仲間は、その後一ヶ月程で解放された。
体の形はそのままだったけど、昔の記憶はない。ただ、昔よりも全体的な能力では上がっているらしい。
喋る事などは一応出来るので、レンさんが身柄を引き受ける事で一応の決着を付けた。ギルドのメンバーとして、一から鍛え直すと言っている。
でも、簡単な生活の事から教えないといけないので、ギルドのメンバー総出で大忙しだ。まるで赤ん坊を相手にしているようだと、愚痴を言っている。
僕は遠くの空を見ていた。それは竜族の僕の心がそうさせるからだ。
「シロン、どうかしたのか?」
「生まれ故郷の事を……僕の両親の事を」
「そうか……もう記憶もあるんだよな?」
僕は槍に念じて、竜族の体になる。
「私はニチの王子だった。すべての記憶が戻ったわけではないが、あれからどれ程の時間が経ったかは分からない。アーガイルの両親と同じように生きていると信じたい。それに、私には妃も子供もいた。彼らがどうなったのかも知りたい」
それは僕も同じ思いだ。姿は変わっても、両親は見てみたい。
「え? お前、妻子持ちなのか? しかし、今のお前なら、空を飛んですぐに行けるんじゃないのか?」
「確かに、ニチに行く事は容易だ。しかし、どこにいるのか分からない今、闇雲に探しても、時間を無駄にするだけだ」
アーガイルが僕を見ている。アーガイルがとても小さく見えた。実際、竜族の体からすると小さいんだけど。
「奇妙だな……お前は三つの体と三つの心を持っているんだろ? よくそれで破綻しないな」
そんな事考えてもみなかった。竜族の時は竜族の心が支配するし、人族の体では僕の心が支配するのだから。
「お前には分からない事もある。それよりも本当にすまない。お前の家族があんな事になってしまい……」
アーガイルは首を振っていた。
「前にも言ったろ。もう恨んではないぞ。それに、お前が元の体に戻れて俺も嬉しい」
「そうか……すまない」
「それよりも、いつかはニチに行くんだろ?」
「ああ、当然だ。しかしその前にやる事もある」
今度は、人族の僕に戻った。
「ここでやらないといけない事が、まだあるからね」
「ああ、その肩も治さないとならないしな」
クルウェルさんにやられた肩は、二ヶ月たってもまだ完治していなかった。一応動くようにはなったけど、完治まであと三ヶ月はかかるらしい。それに、受けた傷はどの体になっても引き継がれるようだ。
「じゃ、行くか!」
後ろからカロンの声がした。振り返ると、いつの間にか馬車を連れてきている。
「ちょっと、いくら何でも気が早いよ! 大体人の話聞いてなかったでしょ」
そうは言いつつも、僕は笑っていた。
「その前に、レンさんにお願いだってしなくちゃならないし、この町だってこのままじゃ駄目だ。やるべき事をやってからじゃないと。それとも、カロン一人で行く?」
「うむ、そうだな……」
カロンも、ベルベの犠牲になった同じ竜人たちの事で悩んでいるらしかった。
その中には昔の部下もいたらしい。せめて知っている人のだけはと、墓標だけ町の外に作っていた。僕らもそれを手伝ったけど、その間、カロンはずっと泣いていた。
「それに、ベルベにも色々まだ聞きたい事がある。ガルッフの作りだした物と対決するには、ベルベの知識が必要な気がするんだ」
「あんな奴のがか?」
アーガイルが、呆れた顔で僕を見ていた。でも、知っておくべき事は多い筈だ。
「僕らの知らない事を知っているのに、それを無視するなんて馬鹿げてるよ。もしかしたら、同じような事がニチで行われているかもしれない。ガルッフたちの事だからね」
「そ、そう言われればそうだな……」
相変わらず、アーガイルは肝心なところでぬけている気がする。
「僕だって、あれを信頼している訳じゃないけど、闇雲に動く方が危ないでしょ。ガルッフが何を考えていたのか全部分かった訳じゃないし、出来る準備はしないとね」
「シロンがそう言うなら、そうなんだろうな」
今度は竜人族としての僕に変わった。カロンと話す時はこっちがいいらしい。
「カロン、闇雲に事を進めても何も出来ないぞ。忘れたのか?」
竜人族の僕の格好になると、カロンは苦笑しながら片膝をつく。
「その格好で命じられたら、拒否出来る物も出来ません。中佐にお供します」
「私はもう中佐ではないぞ。今はアタランテのメンバーの一人だ。お前もな」
竜人族の僕が笑う。それにつられて二人も笑った。
「目的はあるんだ。後は行動あるのみだな」
カロンが僕を見ていた。カロンには、僕の気持ちが分かっているようだ。
『この姿だと本当に二人の表情が面白いな。カロンは当然だが、アーガイルが怖がるのが面白い』
竜人族の心が僕に言ってくる。心の中で僕は笑った。
『暫くは、人族の体でいるといい。力は必要な時に使えばよい。それに、違う目線でみるのもまた面白い』
今度は竜族の僕だ。確かにその通りだと思う。竜族の体で飛ぶ時の感触は、たとえ心が入れ替わっていても感じる事が出来る。
『ふふ、それなら人族の目線でみるのも面白いぞ。私には全く新しい世界だ』
『私の立場はどうなる? ヤエはいいとしても、アーガイルが私を見る視線はやはり違う』
そんな事、僕に言われても!
瞬間、体が人族に戻る。アーガイルとカロンはもう見慣れたようだけど、他の人たちの前でやると、その度に驚かれる。まあ、当然かもしれない。
「私たちが出来る事は、しないとならない。これからがむしろ本番か」
「そうだね。僕らに出来る事は限られているけど、何も出来ない訳じゃない。やるべき事をやろう」
カロンが握手を求めてきた。僕はその手を堅く握る。その上にアーガイルが手を置いた。
「ま、やってみるだけやってみるか」
僕らの進むべき道は、まだ始まったばかりだ。




