宿敵の正体は? (6)
「女王様の転生を見届けた、ちょうどその瞬間、クリヌラップ兵が部屋になだれ込んで来たんじゃ……」
マドゥーラ……まどか少年は、そこで話を切り、辛そうに目を伏せた。あどけない小学生の顔でありながら、苦悶の表情を浮かべているさまは、人生経験を積んできた年配者のものだ。
人生経験の豊富な者であっても、その先の出来事はこれまでにない苦痛だったのだろう。
まどか少年の中のマドゥーラは、その先を話そうとしては諦めて口を閉ざすということを繰り返した。
「マドゥーラ。無理に話さなくていい。その表情で、だいたいのことは分かったぞ。代わりに俺が察したことを話そう。違ったらその都度修正してくれればいい。どうだ?」
鷹介の申し出に、まどか少年はこくんと頷いた。
もしかしたら私は、触れてはいけないことに無理やり触れようとしてまどか少年を傷つけているのではないか?
「そんなにつらい出来事なら、話さなくても……」
「今更何を言ってる。ここで終えたら、お前の望みは叶わないぞ」
「でも……」
「お姉さん、大丈夫です。自分で話そうとするとなぜか声が出なくて。お兄さんの言うとおり、マドゥーラが辛くて話したくないって思ってるんだと思います。お兄さんが話してくれるなら助かります。ぼくもあんな目にあったのはどうしてなのか、ちゃんと知りたいし」
ずいぶんと、大変な展開になってきて、私は責任を感じてしまう。でも、前世の記憶を持ったままの三人にとって、まどか少年の言うように、前世の意味を知るのは大切なことなのかもしれない。
それを繰り返さないことを願って、私たちは出会ったのだから!
「まどかくんがそう言うなら……」
「じゃあ、ゾルザックが予想していたことを話すぞ」
まどか少年と私は真剣に頷いた。
「マドゥーラは、抵抗する間も無く、クリヌラップ兵に捕らえられた…………」
とても抵抗できる状態では無かった。
無防備な老人に、兵士たちは逃すまいと何人も群がって身体を抑え込む。
そして老人の身体に縄を何重にも掛けて拘束した。何も話せないように猿ぐつわまで噛ませた。
捕らえられたまま、しばらくは兵士たちの監視の元、床に転がされていたマドゥーラに、やがてゆっくりと近づいてきた人物がいた。
その人物は、床に横たわるマドゥーラの鼻先にまで歩み寄って、上から甲高い笑い声を降り注いだ。
「キャー、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………」
「「ちょっと待て! 笑い声長すぎ!」」
私とまどか少年が、同時に突っ込む。
「失礼……」
咳払いをひとつして、鷹介は続きを語った。
―― ぴんぽんぱんぽーん。
この先、葉月とまどかのツッコミが容赦なく入ります。ご注意ください!
ぱんぽんぴんぽーん ――
「とうとう捕まえたぞ! その名も高き魔術師マドゥーラ!」
マドゥーラは背中を兵士に抑えられたうつ伏せの状態で、何とか顔を起こした。そこには、見事な黄金の甲冑で全身を固めた男が立っていた。
マドゥーラの目前で悠々と兜を脱ぐ。ぽってりとしたそばかすだらけの赤ら顔の、中央に集めたような小さな目と鼻と口、強い癖のある赤毛を肩先まで無造作に伸ばした、なんとも間抜けな男の顔が現れた。
男はマドゥーラの前に屈みこみ、今度は自分の顔をマドゥーラの鼻先にまで近づけてきた。昨日、強烈な匂いを放つマトンのガーリック焼きでも食ったのだろう。酷い臭いがマドゥーラの鼻をつく。
「何で、においまで想像できるんじゃ?」
「あいつは、常にそんな臭いだったからな」
「ほぅ、確かにな……」
「あいつって、そのあいつっていうのが誰なのよ!」
「「焦るな!」」
まどか少年と鷹介に同時に諭され、私はシュンとなって、続きに耳を傾けた。
「はっ、はっ、はーーー! お前を手に入れるのをどれだけ楽しみにしておったか!
とうとうこのジギルハイド・ローデングリーブ・コーカサス・ユーリアント・クローヌド・ミュートカス……………」
「だから、長いって!」
「仕方ないだろう。あいつは何時も名乗るとき、自分の長い名前を全部言わずにはいられない性分だったんだ」
「いや、今はそこまで再現しなくていいから、簡単に……」
「要は、クリヌラップのジギル王子のことだ」
「それがクリヌラップのバカ王子だったのか……」
「あんな長い名を、よく覚えておるな」
「ついつい、昔の習慣でな……。
総司令官として、嫌でも毎日顔を合わせていたからな。挨拶をするとき、その名前を最後まで正確に覚えて呼ばないと機嫌が悪くなるのだ。中には、それが言えなかったり、間違えたりして処刑された奴もいるくらいだ」
「ゾルザック……。お前何気に大変な生活を送っていたんだな……」
「何気にとは、何だ! 尊敬に値する上司(=女王)の元で、エリシュカとともに暮らすお前は、どれほど恵まれていたか、分かっただろう!」
「……う、確かに」
「ま、今さら言っても始まらないがな。その分、俺はあらゆる危機に敏感になった。お前が鈍感なのは、恵まれすぎてしまったせいだ。幸せなのも考えものだ」
「……どういう!」
「まあまあ。
確かにゾルの感覚は鋭いぞよ。これまでの話はほぼその通りじゃ。それでその先のことをおぬしはどう想像したのじゃ、ゾル」
私と鷹介がもめそうになったところで、まどか少年が止めに入り、鷹介は続きを話し始めた。
ジギル王子は嬉しそうにマドゥーラの顔を間近で見つめた。
マドゥーラは悪臭に耐えながら王子を睨みつける。けれど容赦なくその臭いが鼻の奥に入り込んできて、吐き気がしてきた。
「余は、愛おしいアドリエンヌに会いたいのだ。そこの抜け殻も、素晴らしいはく製にして余の部屋に飾ってしんぜよう。しかし、それでは飽き足らない。やはり、本物に会いたいのだ。お前がこの世から逃げて転生などと馬鹿げたことを提案しなければ、余とアドリエンヌはこの世で幸せな生活を送っておったであろうに、お前のせいでその夢も消えてしまった。この責任は取ってもらわねばな」
猿ぐつわをかまされていたのでは、反論することも、舌を噛み切って自害することもできない。
言いたいことだけ言って、ジキル王子がマドゥーラの前から離れると、マドゥーラの身体は兵士たちによって引き立てられた。
振り返った先で、他の兵士が女王の亡骸を運び上げるところが見えた。
いくら転生が済んだとはいえ、その亡骸に手を掛けられるのは忍びない。マドゥーラは、猿ぐつわのはめられた口から、あらんかぎりの声を発して抗議した。
しかし、それでジギル王子が諦めるわけはない。むしろ王子は、これまで無抵抗だった老人が嘆く様子をかえって面白がった。
「おそらく、お前の心は張り裂けそうだったろうな……マドゥーラ」
「むふふふふ……」
気遣う鷹介に、まどか少年は押し殺したような笑いをこぼした。
「さすがのゾルザックも、そこまでは想像できなかったか。
わしはそうなることも予想しておった。だから女王様には、隠し部屋で息を引き取っていただいたのじゃ。王子が見つけた女王様のご遺体はわしが見せた幻影じゃ。兵士たちが運び出そうとした瞬間消えてしまった。
あのときの王子の顔と言ったら……。おぬしたちにも見せたかったものよのぉ」
「「……マドゥーラ。つよ……」」
私と鷹介は、思わず声を揃えていた。