1話
「ねぇ!」
背中を突き刺すような一声に、
身体がそり返りそうになる。
冒険者向けの依頼掲示板の前が、
嘘みたいに静まり返る。
振り返るべきじゃない、と直感で思った。
「あなたよ!あなた!」
無視だ、無視。
こういう声は関わったら面倒になる。
「だ・か・ら!あんた!」
真後ろから声がする。
逃げよう、そう考えたときには肩を掴まれていた。
え、ちょっと待って。
瞬間、
視界が強引に振り向かせられる。
目の前にいるのは、背丈の近い少女だった。
「やっとこっちを見た」
まったく知らない顔だ。
燃えるような真っ赤な眼に射抜かれ、
脚がすくんだ。
「私はアリス!」
怖い。
聞いてません。
助けを求めようと周りを見渡すが、
周囲の大人たちは視線を逸らしていく。
まるでふたりの周りに見えない壁があるようだ。
「依頼があるの!」
目の前に差し出されたのは、一輪の花の絵だ。
見覚えはない。
でも、吸い寄せられるような魅力がある。
「これを、探してほしいの」
声が僕を現実に引き戻す。
「……いや、これ、どこにあるかも書いてないけど」
「知らない。でも“ある”はずなのよ!」
剥き出しの刃を叩きつけるような勢いで強く断言する。
「報酬はこれ」
小さな袋を押し付けられる。軽い。
「少なくない?」
「……これしかないの。お願い」
そのときだけ、声が少しだけ欠けた。
——
冒険者という夢の先を描けず、勝手に失望し、
何もない自分に言い訳を続ける毎日。
なんでもそこそこできる。
だからこそ何も選べない。
そんな自分に嫌気がした。
逃げだしてばかりの人生に、
微かな、鈍い光が差し込んだ気がした。
断る理由はいくらでもある。
それでも、
——先が見えない道を照らすには十分だった。
「分かったよ」
気づけば、そう言っていた。
後から思えば、あれが——
二度目の始まりだった。
——
「ライル!この方が依頼人よ!」
刺すような声に顔をしかめる。
いつも通り、何か厄介ごとを持ってきたな。
あの日から5年、
依頼人と冒険者という関係は、
今では冒険者とその仲間に変わっている。
あのときの少女——アリスが、
今も変わらず目の前にいる。
放たれる熱気にむせ返りそうになる僕とは対照的に、
依頼人と呼ばれた女性は、
アリスの隣で微動だにしない。
まるで、誰かから身を隠すような、
わざと印象に残らないような格好をしている。
「どうどう。
落ち着いてよ、アリス。
まずはどんな依頼か教えてよ」
満面の笑みで、
今にも襲いかかってきそうな彼女を宥める。
もはや猛獣使いだ。
「ふふふ、あなたも知ってるものよ!」
一枚の資料を差し出してくる。
思い出す。
“あの依頼”。
これは……あのときの花。
「100年以上前、
“国から完全に消された”はずの花の確保」
今となってはこの世界に、
断片的な記録しか残っていない花。
アリスはニヤリと笑う。
「それが依頼よ」
面白そうだ。
——それに、アリスが望んでいるのだから。
「退屈しのぎにはなりそうだね」
あの時から、
いまだに人生の目的はないし、
見つかる気配もない。
なら、
刺激を求めて生きる。
それが今の僕の生き方だ。




