03 それを人は祟りと言うんだぞ
キーコーキーコーとペダルを踏み込みながら、帰路をゆったりと走る。
時折立ち止まっては、傍を流れる川に視線を向ける。すると、綺羅びやかな青い影が猛スピードで駆け抜けていく様子を観ることができた。
「カワセミですわ! まだまだ、ここも捨てたものではないですわね!」
「……何で着いてきてるのさ?」
俺はジト目を向けながら彼女——ウズメに問う。
すると彼女はしたり顔で胸を張って宣言する。
「私のプロデューサーだからですわ!」
「いや、やるなんて一言も言ってないが?」
「神の直言ですのよ!」
……神様だからって何でも許されると思うなよ。
口にはしない——が、目で語ろう。
しかし、目の前の女神には効果がないようだ。
「見られたからには責任を取ってもらわないとなりませんのよ! 責任を取らずにこの私をポイ捨てしようだなんて、絶対に許しませんわ!」
「うん。何て言うか、すっごく語弊しかないね、その台詞」
見れば見るほどに、こんなのが女神とは……まったく日本の神様事情はどうなっているのか甚だ疑問だ。
それはそれとして、この女神は自身の祀られている撃鼓神社から離れて着いて来ているのだが、果たして大丈夫なのだろうか?
「なあ? 神社から離れてるけど良いのか?」
「大丈夫ですわ! 何故なら、これから私はプロデューサーの家に居候しますので!」
「うん。許可した覚えないから、帰りな?」
唐突に素っ頓狂なことを言い始める駄女神。
ただ、俺が心配していたのは住まいの話ではなく、神様がいなくなった神社である。君のことなんざ、何ひとつ心配などしていない。
「神社ぁ? あんな時代遅れの場所に留まる理由なんてありませんわ!」
「……一応、神様で女神様だよな?」
「ええ、神様で女神様ですわ!」
「そんな女神様が、自身を祀っている神社を時代遅れって……実際どうなん?」
結構な引き具合で俺は言う。
「あんな正月やお祭りの時にしか参拝に来ない人間しかいない場所に、定住なんてできませんわ! 故に、私はアイドルになるのですわ!」
うん。よく分かんねぇわ。
しかし、今の言葉でわかることもあった。
「定期的に人が参拝へ訪れるようになれば、神社に定住しても良いってことか?」
「そうですわ!」
「なるほど……それでアイドル活動と?」
流石は芸能の女神。信仰を集める方法も実に独創的だ。
……だが、待て。それはそれとして、この駄女神が俺の家に居候する理由にはならないのではないだろうか?
そのことを告げると、あろうことか駄女神ウズメは「ちっ」と露骨に舌打ちをしやがった。
「勢いで押し切れないタイプでしたわ」
「寧ろ何で押し切れると思ったんだよ」
結構失礼な奴である。正直、神社へ寄り道したことを、ちょっとだけ後悔し始めた。
神様との遭遇と言えば、漫画やアニメ的にはテンション上がるもの。しかし、実際は実に面倒でしかない。いや、出会ったのが、この女神だったことが運の尽きだったとしか思えない。
別の神様と遭遇できたのなら、何かとんでもないことが始まっていたのだろうか?
まあ、始まっていると言えば、始まってはいるが……これじゃないんだよなぁ。
「ちなみにアイドル活動って何をやるつもり?」
きっと断っても憑いて来るとしか思えないので、やるやらないは別にして一応は彼女の意向を聞いておくことにする。
すると、「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりに、ウズメは表情を明るくして口を開く。
「ようやくプロデューサーになる意志が固まったのですわね!」
「いや、固まってない」
「良いですわ! 早速、私のアイドルとしての第一歩を宣言いたしますわ!」
高笑いする悪役令嬢のようなポーズを取りながら言うウズメ。その言葉遣いからも、それはそれは違和感を感じさせないものである。
さて、一応は聞かせてもらおうか? アイドルとしての第一歩ってヤツを!
「武道館ですわ!」
寝言は寝て言え!
心内にて、迫真の形相と共にそう叫んだ俺は悪くない。
「よーし、全国で活動しているアイドルたちへ謝ろうか!」
「何でですの!」
「アイドル活動の第一歩を、何をとち狂ったのか武道館ライブなんて宣う馬鹿がいたからだよ」
大ベテランのプロデューサーであっても、この件については間違いなく俺と同意見のはず。幾ら芸能の女神とは言え、昨今のアイドル戦国時代において、そう甘くないことは、火を見るよりも明らかだ。
「ぐぬぬ……なら、どうすれば良いんですの?」
手拭いを噛みながらウズメは問う。
待て、その手拭い何処から出しやがった。
……まあ、それは一旦置いておこう。
「まずは動画投稿やライブ配信をしながら、こじんまりと活動する。幸いなことに歌は上手いんだから何とかなるだろ?」
「なるほど……千里の道も一歩からってヤツですわね! 流石ですわ、プロデューサー」
「うん。プロデューサーじゃないから」
「ところでプロデューサー? どうがとうこう? らいぶはいしん? ってなんですの?」
……それは俺が「なんですの?」なんだが?
「もしかしてご存じじゃない?」
「馬鹿にしてますわね?」
「馬鹿にはしていない。ただ、呆れたんだ」
俺は頭上に広がる清々しい青を見上げる。
「ところで本当に憑いて来る気か?」
「ええ! プロデューサーになってもらうまで憑き纏いますわ」
コイツ……胸を張って、堂々と言い切りやがった。
「女神のアンタが言うと、それはもう祟りなんだよなぁ……」




