02 八百万の神々は伊達じゃない
彼女は自身の名をアメノウズメと名乗った。
アメノウズメ――天宇受売命とは、一般的には有名どころではないが日本神話に登場する芸能の女神だ。
そんな女神が登場する有名な話を上げるならば、天の岩戸や天尊降臨だろうか。
しかし、「目の前にいる少女を神様として見れるか」と問われれば、答えは残念ながら否である。
寧ろ、彼女が自称する『芸能の女神』ということに自体に疑義がある。
――と、言うよりも「私、芸能の女神なのだわ!」なんて、何処の誰がそんなことを信じるんだろうか?
「……いや、神様なんているワケないだろ? 寝言は寝て言うべきだぞ」
半ば呆れたような視線を自称アメノウズメへと向けながら、俺はバッサリと彼女の言い草を斬り捨てた。
「な、ななな……何て言い草⁉ それが女神である私に向ける言葉なんですの⁉」
「いや、余程のスピリチュアルマインドを持っている人以外の大半は、きっと俺と同じ反応をすると思うぞ。て、言うか……神様見たことねぇから信じられねぇよ」
「その神様が目の前に居るって言ってるんですの!」
ガシガシと目の前で地団太を踏んでいるその姿に、神様である威厳は何とひとつ感じられない。
それどころか癇癪を起している同世代の女の子にしか見えない。
着物姿の装い等々を鑑みて、一言も言葉を発せずに流し目で佇んでいれば――百歩譲って神秘的な雰囲気は感じられるかも知れない。
いや、実際に彼女が言葉を発するまではそう感じていた。
「まあ、いいですわ。見られてしまったからには、アナタを私のぷろでゅーさーなるものになってもらうのですわ!」
「え、嫌だけど?」
「なんでふ⁉」
それは古語なんだ――と思いつつ、俺は首を横に振る。
「いや、君がアイドルになるならないは勝手だぞ。だけどさ、それに巻き込むのは止めてくれ。そもそも、俺は唯の高校生。君は……自称……女神様――ぷっ」
「馬鹿にしてますわね! 心の底から大真面目に馬鹿にしてますわね!」
思わず吹き出してしまった俺を見た彼女は、頬を膨らませ、お嬢様口調で捲くし立てるように声を上げる。
うーん、何だろう。
恋が始まるようなトキメキはない。ただ、そう――いちいち反応が面白い。
「馬鹿にはしてないって。ところで君の名前は?」
そろそろ自称及び自認アメノウズメではなく、本当の名前を聞いてしまおう。
「はあ? 先ほどアメノウズメって名乗りましたわよね!」
「いやいや、自称芸能の女神様な名前は流石にないだろ」
「信じていませんの⁉ それよりも私はアナタの名前を存じ上げておりませんわ!」
ふむ、確かに。
「俺は笠城海音だ。ま、今日限りの関係だと思うけどな」
「今日限りの、関係? それは――ヤリ……捨て……は、破廉恥ですわ!」
「ワザとだよな? ワザとやってるよな?」
思考が斜め上の方へと飛躍する彼女に、俺は溜息を堪えながら言う。
「で、仮に本当に君がアメノウズメだとしてだ。ほら、神様って各地の神社に祀られているものだろ? こんなド田舎の寂れた神社に、アメノウズメ本神がいるとは思えないんだが?」
「私は紛うことなきアメノウズメ本神ですわ! ですが、アナタの疑問ももっとですわね。簡単に述べるのなら――田中太郎さんみたいなものですわ!」
「…………はい?」
「世の中には田中太郎という同姓同名が数多くいるように、私たち神様にも同姓同名がいるってことですわ! そして、私はアメノウズメ様の同姓同名であり、それ故にこの神社の管轄を直々に任され、芸能の女神を委任されたアメノウズメなのですわ!」
ほう……彼女の言い分が正しければ、祀られている神様の数だけ同姓同名の神様が存在しているということになる。
流石は日本。八百万の神々という言葉は伊達じゃないということか。
だがしかし、それが彼女を芸能の女神であることを裏付けるものでもなければ、そもそもその話を信じる根拠もない。
「まあ、君の名前がアメノウズメであるとしよう。だけど、流石に芸能の女神はない。そういうお年頃かも知れないけど、神様の設定も面白いと思う。いっそのこと作家を目指してみてはどうだ?」
「キィィイィ! 本当に生意気な人の子ですわね!」
再び地団太を踏み始める。
「ならば、私の神力をお見せしますわ!」
そう高らかに宣言した途端、周囲で鳴き喚いていたセミの鳴き声が止む。
それどころか取り囲むようにある鎮守の森が、ざわざわと枝葉を揺らしはじめる。
ふと、俺が彼女の顔へ視線を向けると、その双眸が淡い金色の光を放っている。
「――オーケー。わかった。君が女神であることは信じる」
「はじめからそう言えば良かったのですわ!」
俺が認めると再びセミの鳴き声が響き渡り、枝葉の振れも鳴りを潜める。
「だけど、俺が君のプロデューサーになるならないは別の話だからな?」
「な、なんでですの!」
「そもそも何で俺? 寧ろ、此処を管理している神主にお願いしたら良いじゃないか」
「――――ですわ」
「はい?」
ごにょごにょと何かを口籠る彼女に、俺は訝し気な表情を浮かべて聞き直す。
すると――、
「見られるのが恥ずかしかったのですわ!」
「それでよくアイドルだのなんだの言えたな! つーか、本当に芸能の女神か、アンタ⁉」




