力
グラントの笑い声が街中に響く。
ケイトは動くことができない。状況をうまく理解することができない。
「……フゥ。失敬、王族らしからぬ姿を見せてしまったな。世界の王たる者、常に冷静であらねば」
グラントはメイの腹部に突き刺した剣をぐりぐりと押し付ける。
メイはあまりの激痛に、血を吐きながら耳を劈くような絶叫を響かせる。
「止めろ!」
ケイトはやっと正常な思考を取り戻し、グラントに向かって走り出す。
しかし、その途中で突如出現した光の壁に阻まれて前に進むことができなくなる。
「大丈夫だ。聞いていただろう? メイは不死の加護を持っている。この程度の傷で死ぬことはない」
「そうじゃない! メイが苦しんでるって言ってるんだ!」
「抵抗できないようにしているだけだ。すぐに終わらせる」
「何を――」
グラントがメイの頭を掴む。
そして小声で何かを発したかと思うと、メイの姿が消えた。
「なっ、何をした!」
「融合さ。ドゥワローズ王家に伝わる融合魔術によって、メイを俺の中に取り込んだ」
グラントの鮮やかな金髪が伸びていく。
金髪は足首にまで達し、全くの別人のように変貌したグラントがケイトの目の前に立っていた。
「ああ、魔力が溢れてくる。こんなに素晴らしい力を隠していたなんて、ずるい妹だ」
グラントは手のひらに光の玉を生み出す。
光の玉は急速に膨張し、人間ひとりを飲み込めそうなほどにまでなったところで、空高く打ち上げられる。
打ち上げられた光の玉は新たな太陽となり、目に入る限りの夜を遍く照らす。
「ここが始まりだ。俺に照らせぬ夜は在らず、俺が照らさぬ世は要らぬ。新たなる力を手に入れ、俺は世界の王へと至る」
「待てよ!」
どこかへ行こうとするグラントをケイトが引き止める。
グラントは無感情な顔でケイトをジロリと見る。
「世界の王だかなんだか知らねーけど、メイを融合したなんてのは見過ごせねぇ! メイはずっと独りで戦ってた! 全ての責任を負ってまで国の人たちを守ろうとしてた! そんな人がこんなふうに終わるのは許せねぇ!」
ケイトの力強い否定を、グラントは鼻で笑う。
「……もし何かひとつ欲しいものが手に入るとしたら、お前は何を選ぶ?」
「何……?」
「金か? 名誉か? 最愛の人か? この世に存在しないものでもなんでもいい。お前が一番欲しいものはなんだ?」
グラントの質問の意図が分からない。
この問答に一体何の意味があるのか。
「俺が選ぶものは『力』だ。何者にも負けず、全てを捩じ伏せるほどの圧倒的な力だ」
「力……」
「そうだ、弱肉強食こそがこの世界の絶対真理。完全なる力さえあれば他の全てを得ることができる。俺は力を得て最強の存在となり、この世界の全てを掌握する」
「そんなのは間違ってる!」
「俺の支配する世界では俺がルールだ。正も不正も俺が決める」
今までのグラントとは違う傲慢な物言いだ。
何かに操られていると考えたいところだったが、その発言も佇まいも、全てグラントの本心であるとしか思えなかった。
「……それじゃあなんだ、メイのやってたことはお前にとって間違いだって言うのか?」
「先の発言のことか? それなら、『興味が無い』というのが正しい。俺の世界に守るべき民など存在しないからな」
「ッ!」
今のグラントは間違いなく敵だ。
そう理解するやいなや、ケイトは光の壁をぶち破ってグラントへ駆け出す。
「お前の強さは知っている。だからこそ、今の状態でお前とやり合うつもりは無い」
ケイトは大量の光の壁によってガッチリと囲い込まれる。
光の壁を次々に破壊していっても、新たな光の壁が生成されて全く前に進めない。
「素晴らしい力だ! 先程までの俺では考えられない! フォノイア!」
「うぐっ……なんだ……? 瞼が……重い……!」
「眠気を誘う魔法だ。俺が新たな力を得るまで眠っててもらおう」
「新たな力だと……!」
「俺は何も魔力の為だけにメイを融合した訳ではない。メイがそれよりももっと重要な役割を持っていることをお前らは知っているだろう?」
「……王笏か……っ!」
グラントの不敵な笑みが微かに見えた。
ケイトは地面に倒れ込む。瞼は殆ど落ち切り、立ち上がることもできない。
「全く幸運だった。城内のどさくさに紛れて王笏を探そうと思っていたら、まさかメイに融合されていたとは。解き明かしてくれたアドレラ・ダイスには感謝しかない。ああ、もちろんメイを取り戻してくれたお前らにも感謝はしている」
「てめぇのために……助けたわけじゃねぇ……!」
「そんなこと言うな。王と王妃はどれだけ拷問しても教えてくれなかったんだ。頭にきてつい殺してしまったよ」
グラントがさっぱりと笑う。
ケイトは、父母の死体を発見して泣いているメイの顔を思い出して怒りが込み上げてくる。
「てめぇ……救いようのねぇクズだな……!」
「なんとでも言え。今夜は無礼講だ。今夜はな」
反論しようにもケイトはもう全身が動かない。意識を保つので精一杯だ。
「さて、そろそろ行くとしよう。ゲートキーパーと戦っている内に追いつかれてしまっては敵わないからな」
グラントは大きな光の使徒に跨る。
そして、光の使徒が発進した足音を最後にケイトの意識は途切れた。




