幕間6.公爵令嬢と侍女の密談
「そう、失敗したのね」
見張り役の侍女からの報告にクラーラ・フォン・オルデアは抑揚のない声で返した。
「外出の際、騎士を連れていないのは調べ済みでしょう?」
「騎士はおりませんでした。ですが、手練れの侍女がいて一人で三人を制圧しました。十中八九、私と同じく護衛も担う侍女でしょう」
「ふぅん……。そうでしょうね」
淡々と答える侍女にクラーラも同意する。
普通の侍女なら荒くれ者たちの出現に狼狽えてまともに対応できない。
しかし、護衛も兼ねている侍女なら話は変わってくる。彼女らは武術を嗜んでいるからだ。
現にクラーラ付きとなっている目の前の侍女も、護衛の仕事も担っている。
(公爵令嬢である私にも護衛も担う侍女が付けられている。なら、公爵夫人なら当然ね)
国王派の結束力を強めるために結ばれた婚姻。だから、公爵夫人に何か危害が加えられるのは困るのは分かる。
だが、だからと言って納得できるかはまた別の話だ。
(アリシア・フォン・ランドベル。……いいえ、アリシア・フォン・エインズワーズ。本当に、気に入らない)
気に入らない女の旧姓を思い出しながら、青い瞳をゆっくりと目を細める。
国王派の娘で政略で選ばれた伯爵令嬢──。最初にシルヴェスターの婚約を聞いた時に思ったのがそれだ。
飾りの妻だと思っていた。宰相の右腕である宰相補佐官の娘だから選ばれただけで、結婚しても見向きもされないと思っていた。
だって、いくら敵対している派閥の娘だとしても、公爵家の娘である自分に対してあの人は冷たかったから。
生家であるオルデア公爵家は建国時から存在する名家中の名家だ。
数多くの官僚を輩出し、時には大臣まで生み出したオルデア公爵家は今まで内政面で多く貢献したこともあり、王家でも慎重になる一族だ。
そんなオルデア公爵家の唯一の娘として生まれ育ったクラーラの周りには、自分たちに頭を下げる人間が殆どだった。
だけど、同じく建国時から存在するランドベル公爵家の当主であるシルヴェスターは違った。
多くの者たちが頭を下げる中、彼は凛々しい佇まいで父と舌戦を繰り広げる。
頭を下げられるのも悪くはない。だが、あの人目を惹く美しい人が自分の夫になれば、と思ってしまった。
(だってそうでしょう? 私はオルデア公爵家の娘なのだから。……それなのに)
手に持つ扇がギリッと小さく悲鳴を上げる。
結局、ランドベル公爵夫人という権利を得たのは、彼と同じ派閥の国王派の娘だった。
政争の道具として公爵家に嫁いだ女。それは間違いない。
それでも、書類上は彼の妻として振る舞えるのが腹立たしかった。自分は許されないのに、あの女が隣に立つことが許せなかった。
加えてさらに気を荒くさせたのは久方ぶりに開催された狩猟大会だ。
男性陣の帰還を待つ間に彼女と接触し、釘を刺して傷つけてやろうと思った。
なのにあの女は事もあろうか言い返してきた。だからさらに言葉で傷つけて黙らせたら、あの女の友人であるローレンス侯爵家の令嬢が応戦してきた。
それだけでも腹立たしいのに。それなのに。
(──あの人が、あの女に微笑んでいた)
彼──シルヴェスターは感情をあまり表に出さない。だから、微笑むのなんて殆ど見たことない。
なのに大会終了後に駆け寄るあの女にシルヴェスターが確かに優しい眼差しを向けて、微笑んでいるのを見て固まってしまった。
飾りの妻だと思っていた。実際、結婚当初の二人は距離があるように見えた。
それなのに、いつの間に彼はあの女に微笑むようになっていた。
あの女はもちろん、自分に楯突いたローレンス侯爵令嬢も気に入らない。
だがローレンス侯爵令嬢まで狙ったら候補が絞られるだろう。そうなったら危険だ。
(だからあの女だけに絞ったというのに……使えない)
失敗した荒くれ者たちに舌打ちする。
オルデア公爵家には古くから諜報や荒事に長けた使用人がいる。
だが後継ぎでもない自分は父や兄たちのようにオルデア公爵家を影から支える人間に命令することができない。そもそも、どの使用人がその役割を兼ねているのかすら教えてもらっていない。
だからこそ目の前の自身に仕える専属の侍女を通じて金銭で雇い、あの女の容姿を伝えて襲撃するように命じたのに。
「分かっていたけど、やっぱり期待はずれね」
「所詮は素人集団ですから」
不満を零すと目の前の侍女が淡々とした口調で同意する。
そして見慣れない侍女の髪色に目を向ける。
「それにしても、似合わないわね」
「私もそう思います」
感想を述べると侍女が自身の髪を一房掴む。
目の前の侍女の本来の髪色は黒髪だ。それを今回、万が一のことを考え、追跡を逃れるために髪を染めるように命じて現在は焦げ茶色になっている。
「証拠は残していない?」
「踵の高い靴を履いて背丈を高くしたので大丈夫かと。会話も少なめに、顔も極力隠したので問題ないと思われます」
「そう、ならいいわ。洗い落としなさい」
「はい。それでは失礼いたします」
命じると侍女が深く一礼して退室し、部屋にはクラーラのみとなる。
失敗した荒くれ者たちへの苛立ちが消えず、扇が再びギリッと小さく悲鳴を上げる。
「失敗して。もう狙うのは難しくなったじゃない」
ウェステリア王国で殆ど見られない特徴的な瞳の色まで伝えたのだ。狙いはあの女と気付かれただろう。これからはあの女を守るために例の武術に秀でた侍女はもちろん、護衛の騎士もつくだろう。
本当はもう一度依頼したい。だが先の中立派のメイヤーズ男爵襲撃で同派閥のスコット伯爵が下手を打って父が苛立っている。これ以上行動するのはよくない。
だから──今は雲隠れするべきだ。
そうして部屋にあるベルを鳴らすと、やって来た先ほどとは別の侍女にお茶の用意をするように命じた。




