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水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
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第7話 その2 新月の前日

今回の話のように『第〇話 その〇』という場合は、閑話のようなものです。

 アプリストが現れる新月の前日。

 その日はいつもよりも早く店を閉めたのだけれども、営業中は忙しかった。


 ルアから聞いた話だと、外出のできない新月に備えてその前日は人がよく買いに来るということだった。


 また店の扉が開く。


「こんにちは、ルアさん。胃腸薬はあるかい?」


「こんにちは! ありますよ~。スロム由来のものですよね」


「ああ、たすかるよ」


 木製の扉を開けて入ってきたのは男性のお客さんだった。

 ルアは棚に並んでいるたくさんの薬の瓶の中から、適切な薬をまっすぐ選んでいた。


 薬は小瓶に詰められており、その小瓶は綺麗なガラス製だった。


 ルアの薬はどれくらいの価値なのだろうか。

 いつも買い出しとかはルアがやっていたから、僕はこの世界の金銭感覚や物の価値をあまり知らない。


 お金も持たされていない。


 この薬屋にいるときは、僕は基本カウンターか作業室で文字や薬の精製を教わったり実践したりしている。

 たまにカウンターでお金をお客さんから預かるようにルアから頼まれることもあるが、渡された銀貨のようなものの価値もよく分かっていない。


 今回はルアが直接、お客さんとお金や商品のやり取りを行っていたようだ。


「ルアさん、ありがとう」


 そう言って男の人は店を出て行った。

 ルアは先ほど薬を取った棚を覗く。


「うーん……。ねえ、ラビィ、スロム由来の胃腸薬がなくなっちゃったみたい。新しく調合しようか」


「はーい」


 カウンターの奥の扉から作業室へと入る。

 スロムとは、北の国で取れる薬草の一種だ。


 胃腸薬は大体は植物性のものと魔石性のものに分けられるらしい。


 魔石とは魔力を含んでいる結晶のこと。

 もともと魔石は自然性の無機質の結晶のことを指しているものだったが、人々が魔力を頻繁に活用するようになり、自然性以外の魔力を含む結晶や無機質以外のものも魔石と呼ばれるようになった。


 先ほどのお客さんが買って行ったスロム由来の胃腸薬は、植物性の胃腸薬に分類される。


「じゃあ、ラビィはスロムを擦ってヒリルと混ぜてくれる」


「わかった」


 ヒリルはスロムと相乗効果を示す薬草。

 スロム以外にも様々な薬草と相乗効果を示すので、このルアの薬屋にあるうち4割の薬にはヒリルが入っている。


 その間、ルアは別の植物を擦って粉末状にしている。

 僕はレシピを見ながら調合するしかないが、ルアは何も見ずに調合をしている。


 しかも、ルアの調合はいつも完璧なのだ。

 さすがルアだ。


 僕はスロムとヒリルを混ぜるだけでも神経を使っている。

 この二つをちょうどよく混ざるように水を含めさせるのが難しい。


 水が多すぎると液体みが増すのに、水が少ないとヒリルは効果しない。

 そのちょうど中間になるのが難しい。


 けれども、今回はなんとかうまくいった。


「あ、見てみてルア! ちょうどいい感じになったよ」


 うれしくて思わずそんなことを言ってしまった。


「さすがラビィ」


 ルアは粉末を持ってきて、僕の様子を見に来る。


「どれどれ、お、いいね。よしよし」


 ルアは僕の頭を撫でてくれる。

 恥ずかしさもあるけど幸せだ。


 この世界では、僕の姿は少女のような見た目になっている。

 髪も肩のあたりまで伸びており、つやつやでさらさらしている。


 そんな頭をルアは優しく撫でてくれる。


「じゃあ、ここに私の作ったこれを混ぜれば完成だね」


 ルアが僕とは別に植物を調整していたのは、その植物は効果が強すぎるためルアにしてもらった方が安全だから。


 調合の過程でまったく違う性質になることもあるため、レシピを記憶できるだけでなく、触ることで効能がわかるイトを持つルアに任せるべき作業だった。


 椅子に座りながら調合していた僕は、ルアに席を譲ろうと立ち上がろうとしたが、後ろからルアにハグされた。


「そのまま」


 そういってルアは僕に体を預けながら手を前に伸ばして机の上の調合台に薬草の粉末を注いでいる。


 背中にルアの柔らかくて温かい体を感じる。

 ちょうど彼女の胸が僕の後頭部に当たっている。


 粉末を注ぎ終えると、ガラスの棒を使いかき混ぜる。


「ルア……」


「動いちゃだめだよ、ラビィ」


 ルアの吐息が僕の耳に当たる。

 僕の鼓動が早くなっているのを感じる。


 ルアの鼓動も早くなっているのだろうか。


 僕の前ではルアがかき混ぜているガラスの棒と陶器がぶつかる音が聞こえる。


 しばらく混ぜ終わったら、ルアは僕から離れた。

 温かさが離れてしまい、寂しさを感じる。


「はい、瓶持ってきたよ」


 ルアは木箱を持ってきた。

 その中には薬瓶が十本ほど入っていた。


「じゃあ、これに詰めようか」


 二人で薬を瓶に詰めていく。


「ルア、このガラスの瓶、きれいだよね」


「あ、わかる? これはイートアの街のホルス地区というところで作られているんだよ」


「へ~」


 イートアの街の地区についてはあまり詳しくわからない。

 僕は普段からルアの家と薬屋しか行き来していないから。


「すごく綺麗だよね。これはイートアの街の名産として、フォルタート領の外にも売り出されているんだって」


「フォルタート領の外?」


「そう。フォルタート領の中だけでは不足するものもあれば、フォルタート領内だけの珍しいものもあるから、普通の人達は自由に外出できない分、フォルタート領の中と外の交流を支援してくれる団体もいるんだよ」


「そうだったんだ。じゃあ、ルアの薬とかも?」


「そうだね、その場合もあるよ。ちなみにこの瓶は、イートアの街が夜の街って呼ばれるように、夜のガラスという名前でフォルタート領の外では高く取引されているんだって」


 確かにイートアの街だけで完結するよりも、その外側も巻き込んだ方が経済が動きやすくなるし、そのことをフォルタート家の人達も認めているのだろう。


 ルアからイートアの街について話を聞いていたら、薬をすべて瓶に詰め終わっていた。


「できたね。……この店においてある薬って全部ルアが作っているの?」


「そうだよ。すごいでしょ?」


「うん。本当にすごいと思う」


 ルアのお店にある薬は一体いくつあるのだろうか。

 百以上、数百種類あってもおかしくはない。

 それを一人で……?


「ラビィが素直に褒めてくれるなんて……」


 ルアが勢いよく僕を抱きしめた。


「これは……時間を掛ければ一緒にお風呂に入ってくれる日も近い?」


「どうだろうね」


「もうラビィは私のものだからね。特にアリナには渡さない」


 ルアはさらに力を込めていた。

 そしてルアは体を動かしている。


「ん……? 何してるの?」


「ラビィに私の匂いを擦り付けているんだよ」


 これはこの世界の文化なのだろうか、それともこの人だけなのだろうか。

 でも温かくて幸せなんだよね。



 しばらくすると、扉を叩く音が聞こえてきた。


 その音は、店の正面入り口からではなく、裏口の方から聞こえてきた。


「あ、そういえば今日だったっけ? ラビィ、ちょっと店番してくれる?」


「うん。どこか行くの?」


「ちょっと外にいるだけだけど、お店に人が来ても対応できないから」


「……わかった」


 ルアは大きめの木箱を抱えて作業室のさらに奥の裏口から出て行ってしまった。


 僕はカウンターに向かう。


 一人で店番をしているのはこれが初めて。

 ちゃんと対応できるだろうか。


 そもそも値段もちゃんと把握できていないのに。

 普段、ルアがお客さんにしていた対応を思い出す。


 まずは入ってきた人に挨拶して、何が必要か聞いて、それに対応した薬を取り出して、お金をもらう。

 大丈夫。多分。


 一方で、ルアは一体何をしているのだろう。

 お得意さんだろうか。

 仕入れだろうか。


 いや、ルアは薬瓶が入っている木箱を持って行っていたから、仕入れではないか。

 確かノックが聞こえる前に馬車のような音が聞こえていた気がする。


 ちょっと偉い人が来ていたりするのかな?


 そう考えていたら、店の扉が開く音が聞こえた。

 お客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませ」


「こんにちはー。また会ったわね、かわいい子」


 お客さんは魔女さんだった。

 確か名前はアリナ。


 ミーニという不思議なものを持ってきた人だ。

 ところで、僕のことを「かわいい子」と言っていることを初めて会った時は気がつかなかった。


 名前を伝えた方がいいだろうか。


「やっぱり、今はルアさんがいないみたいね」


 アリナは棚に並べてある薬を眺めている。

 ええっと、次はなんて言えばいいんだっけ?


「何かお探しですか?」


 こんなことを言っておきながら、僕よりもアリナの方が薬には詳しいだろう。

 だって僕はここに来てから十数日くらいしか過ごしていないのだから。


「うーん。ちょっとこれについて聞いてもいいかしら?」


「え? わかりました」


 どうしよう、僕に答えることができるのだろうか。

 恐る恐るアリナのそばまで寄っていく。


 彼女はルアよりも背が高く、僕は彼女を見上げる。

 彼女の瞳は前見た時と同じで鮮やかで深い緑色をしている。


 綺麗だ。

 ミーニにも負けないような綺麗さ。


 すると、いつの間にか彼女は僕のことを抱きしめていた。

 それまでアリナが動いたことも一切気がつかなかった。


 前回もアリナの瞳を見ていた時、不思議な感覚があった。


「ア……アリナさん?」


「こんなにかわいい子、ルアさんにはもったいないわ」


「僕がこの街に来て初めて優しくしてくれたのがルアなんです」


「あら、そう。でも、私も優しくできるわよ」


 アリナはそう言って僕の背中をさすっている。

 そして顔を僕のそばまで近づけた。


「でもルアさんはこんなに匂いをつけて……。ねえ、私の家に来ない?」


 アリナは耳元でそうささやく。

 アリナの声を聞くと頭がぼーっとする感覚がした。

 体中の力が抜けていく感じ。


「……おっと、私、もう行かなきゃ、また会いに来るわね」


 急にアリナはそう言って僕から離れて、店を出て行った。

 そのすぐ後に作業室からルアが出てきた。


「ラビィ、お待たせ」


「あ、ルア」


 アリナはこのことを察して店を出て行ったのだろうか。


「いま、お客さんいなかった? 話し声が聞こえたと思ったんだけど」


「いや……?」


「そう」


 思わずアリナのことを隠してしまっていた。

 それにしても、この世界の人達はハグが本当に好きなんだな。


 僕のことをハグしてくれる人はたくさんいるけれど、僕の方からハグしたことはないかも。

 今度は僕の方からしてみようかな。


 そう思ってルアの方を見る。

 ルアは先ほど調合した薬を棚に並べている。


「さて、今日のお客さんはこんなところかしら」


「え? こんなところ?」


 外を見るとまだ太陽の代わりの月、ヘリオスが沈む前だ。


 普段はヘリオスが沈むちょっと前あたりまでやっているのに。

 不思議に思っている僕に、ルアは言ってきた。


「今日はいつもより早く店を閉めるね」

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