表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水面のうさぎ使い  作者: 柿丸
第一章 夜の街編
6/38

第6話 魔女が欲する琥珀糖

 大きな杉の葉のようなものが付いている枝を右手に持ち、左手には湿った布をもっている。


 その布は細長くて、白い。


 桶には半透明の液体が広がっている。


 その液体は、ルアが準備した白と茶色の粉末を水で溶いたものだ。


 左手で持っていた布はその液体に浸したものだ。


 そして紙を枝に巻く。


 これがイェタン除けだという。


 この葉のにおいはイェタンが嫌いなもので、粉末はドータの天敵である魔物を素材としたものらしい。

 これを七つほど作ってお客さんに渡す。


 今回の場合はオルダ・デンさん。

 しばらくしてからデンさんは頭痛薬とイェタン除けを貰いに来た。


ルアはデンさんにイェタン除けは家の外に四つ、中に三つ設置するように言っていた。

 この世界でのお金は銀色と銅色の硬貨は見た。恐らく金貨もあるだろう。


 今空に昇っている月は一つ、セレネだけだ。


 二つある月のうちのヘリオスが沈むと、いわば元の世界では夜に当たる時間が来る。

 ヘリオスとセレネの大きさは異なっており、昼に当たる時間だけ昇るヘリオスの方が大きい。


 もう一つ、四ヶ月に一度のペースで沈む方の月であるセレネは前の世界のそれと同じくらいの大きさ。


 今日のセレネは、三日月だった。


「ラビィ、今日はもう少し店を開けてるよ。先に帰っててもいいけど」


「いや、僕も最後までいるよ」


「そう? じゃあ、もうちょっとしたらお客さん来ると思うんだけど、あんまり、じろじろ見ちゃだめだよ」


「う、うん……?」


 いつもならヘリオスが沈んだタイミングで店を閉めるんだけど、どうしたんだろう。


 たまにだけ来るお客さんってことなのかな?お得意さんとか?

 あんまりじろじろ見ちゃダメってことは、少し変な人なのかな。


 さっきからしばらく待っているけど、いつ来るんだろう?


 僕はやることがないからぼーっとしているけど、ルアはこれから来るお客さんの商品を準備したり、棚の薬瓶の整理をしたりしている。


 これまではルアって変な人のイメージが強かったけど、よく見ると結構美人だな。

 いくつくらいなんだろうか。


 はぁ~……。

 なんか、ため息がでてくるな。


 あ、こっち見た。

 目が合うと、彼女は優しく微笑んでくる。


 今まで気にする暇もなかったけど、もしかして僕ってめっちゃ幸運なのでは?


「ラビィ……」


 ルアが僕に何か言いかけたタイミングで、店の扉が開いた。

 扉にはルアと同じくらいの背丈で、黒いローブに身を包み、大きなつばの付いた円錐形の帽子を被っている。


 いかにも、魔女。

 初めてこんな格好をしている人を見た。

 本物の魔女なのだろうか。


 魔術を使ったりするのだろうか、するんだろうな、だって、夜の街があるんだから。


 ルアはじろじろ見るなって言っていたけれども、この世界では魔術師もいると言っていたし、魔女も別に珍しいものではないんじゃないかな。


 その魔女は右手に小さな布の袋を持っていた。


 袋は石でも入っているようで、それを持つ腕は白く細かった。

 帽子からは艶やかな薄紫色の髪が見えた。


「ルアさん、いつも通りこれ、お願いね」


「はい、アリナ」


 ルアは笑顔で返事をし、袋の中身を確認すると、カウンターの方へ移動して、袋からそれらを取り出す。


 それらは、とても透き通っていた。

 ガラスでできた石みたいな。


 透明の中に、一つは青や緑の色が混じっていて、一つは赤やオレンジの色が混じっている。

 一種の宝石なのだろうか。


 前の世界ではここまできれいな石は見たことがない。


 ルーペを取り出し、ルアはその様子と、手触りと、重さを確かめる。


 ルアが持つその宝石を眺めていると、その向こうに鮮やかな緑色を見る。


 鮮やかな緑色で染められている魔女の瞳は、ルアが眺めているどの宝石よりも透き通っていて、深さを感じる。


 目をそらすことができなかった。


 数分もの間、見つめあっているような感覚がした。


 彼女はその瞳の奥で何を考えているのだろうか。

 彼女は微笑む。


「ねぇ、ルアさん、そこの可愛い子、どうしたの? 私がもらっちゃってもいい?」


「だめ。私が拾ったんだから。それよりこっちの方でしょ。ラビィもアリナの方はあんまり見ないで。」


 アリナと呼ばれている魔女とルアは、その宝石について何か話をしているようだった。


 あの宝石は薬の材料にでもなるのだろうか。

 数分もしないうちに魔女とルアの話は終わったらしく、ルアは数十枚の銀貨のようなものを手渡し、それを受け取った魔女は帰っていった。


 その魔女は帰る前に一言残していった。


「可愛い子、また来るわね。ルア、食べたりしちゃだめよ」


「努力するわ」


 僕が宝石を見つめていると、ルアはその宝石を魔女の持ってきた袋にしまい込み、一粒の小さなかけらだけを僕の前に置いた。


 それは黄色と若干のオレンジが混ざり合ったような宝石だった。


「だいぶ気になっているみたいだね、食べてみていいよ」


「え? 食べるの? これを?」


「うん、それにはいろいろな使い道があるのだけれど、食べることもそのうちの一つ」


「……えー」


 さすがにこれを口に含めるのは怖い。

 噛んだら歯が折れるんじゃないかな。


 飲み込んだらそれはそれで大変でしょ。

 人体は鉱物を塊のまま消化するようにできていないんだから。


 いや、もしかしたらこの世界の人間は鉱物を消化できるのか?

 そしたら僕もうこの世界では生きてはいけない。


 うーむ、どうしたものか。


「ほら、おいで」


 ためらっている僕を見て、ルアは椅子に座り、その膝の上に座るように促してきた。

 僕は素直に従う。


 すると、座った瞬間、信じられないほどの速度でルアの手が動き、僕の口の中にその宝石を突っ込んできた。


「うわっ」


 その突っ込まれた宝石はほんの少し温かかった。

 最初はルアがさっきまでずっと手に持っていたからかと思っていたが、あとで宝石自体が温かかったということを知る。


 さすがに噛むのは怖くて、すぐに吐き出そうと思ったのだけれど、その温かみと、独特の甘さがあり、しばらく舌の上で転がしていた。


 なんだろう、こんな感じのものを前にも味わった気がする。


「ラビィ、噛んでみて」


「え? 噛めるの?」


 口に含みながら緩い滑舌で聞き返す。


「うん」


「歯、折れない」


「うん」


「食べたことある?」


「……うん」


 謎の間があったが、優しい力で宝石に歯を当ててみた。

 舌触りでもわかっていたが、どうやらガラスや宝石の類ではなさそう。


 もうすこし力を込めると、カリッと音がした。

 表面は少し硬い膜のようなものがあり、その中は意外と柔らかかった。


 すると中の部分、恐らく黄色やオレンジの色の部分にしたがあたった。

 その部分はすごく甘く、温かみがあった。


 すごく不思議な感覚だったが、前の世界でも食べたことのあるものに少しだけ似ている感じがした。

 琥珀糖というお菓子だ。


 ただ砂糖を溶かして寒天とかで固めただけなのだが、その材料の少なさから色や味など、個性が反映されるお菓子。


 例えて言うなら、それが最も近いものだっただろう。


 琥珀糖でも、中も温かいという性質はなかったが。

 何度か噛み、味わったが口の中からなくなってしまうと、その温かさと甘みをすぐに忘れてしまった。


「ルア、これは何なの?」


「これはね、さっきのアリ……魔女さんが作ったんだよ。ちなみに魔女の名前はアリナ」


「作った? これはお菓子とか?」


「うーん……お菓子とは違うかな。さっきも言ったけど、あくまで食べる行為は一つの使い道であって、それだけじゃないからね」


「ふーん。じゃあ、ほかにどんな使い方があるの?」


「私なら、お客さんにたまに処方することがあるけど、ほとんどは専門の人に売るかな。魔女が作っているものは大体高く売れるから」


「そうなんだ、これ、高かったんだ」


「そう。で、これはね、ミーニっていって、人の記憶を固めたものなんだよ」


「記憶?」


「記憶はね、優秀な魔女なら形として取り出すことができるの。それは記憶の結晶って感じかな。記憶の感情によってその形とか味とか、効力とかは全く違うんだ」


「記憶を取り出すの? すごいね」


 あの魔女の目は確かに何でも見透かせそうな眼をしていた。

 記憶を取り出される感覚はどのようなものなのだろうか。


 というか、この世界では人の精神も人の手を加えられるのか。


 前の世界みたいに技術は発達してはいないけど、前の世界よりもずっと世界を理解しているのかもしれない。


「記憶を取り出せる魔女は、人の記憶を取り出す魔法を使って商売をしてる人もいるんだよ。アリナみたいに」


「どんな商売をするの?」


「嫌な記憶を忘れさせたり、逆に楽しい記憶を忘れさせたりね」


「……ふーん。嫌な記憶を忘れさせるってのはわかるけど、楽しい記憶を?」


「……そうだね、人によっては、楽しい記憶がすべて残したいってことじゃないからね」


「そっか」


 ルアは微笑んだ。


 どうやら、さっきの魔女が待っていたお客さんだったらしく、ルアと二人で薬屋を出た。


 外に出ると、相変わらず夜。

 けれども空を見上げるとチラチラとした光が見える。


 青色や紫色、たまに赤や黄色が混じっている。

 この世界の星かな?


 ……ん?そういえばこの街って、霧にかこまれていなかったっけ。


「ルア、あの光は何?」


「あ~、あれはね、魔力だね。」


「魔力?」


「魔力は、魔術に必要になるものだね。ちなみに魔力は魔素のうち活用できる部分の事だよ。魔素には活用できる部分と活用できない部分があって、その活用できない部分は反応させることも見ることもできないよ。でも、その存在だけはあるって言われているんだよね」


「へ~、魔力って見えるんだ」


「微精霊のイェタンは見えないのに、そのイェタンが吸う魔力は見えるって、変な話だよね!」


 そう笑っているルアは、すごく綺麗に見えた。


 空に見える不思議な魔力の光と、もう見慣れつつある月の光と、オレンジ色の街頭に照らされているルア。


「ラビィって、ときどき綺麗な目をしているよね」


「え……?!」


 急にルアがそんなことを言ってきたので、びっくりした。

 

 ルアのことを綺麗って思っているのがルアにも伝わってしまったのではないかと焦った。

 僕自身、自分のイトについてちゃんと理解していないから。


「さっきも思ったんだけどね、ラビィって、まっすぐな目っていうか、うるうるした目っていうか、なんて言えばいいのかわからないんだけどね、愛でたくなるような目をするときがあるの。」


「ふ、ふ~ん、そうなんだ」


 これは、どう反応するのが正解なのだろうか。

 こういう問題については、昔から苦手なんだ。


 反応するときは人が期待するものでなくてはいけないのではないか、とか。

 なにか聞かれたときは相手が望む答えを言わなければいけない、とか。


 別に誰かに強制されたわけでも、怒られるのが怖いわけではない。

 でも、もしかしたら、相手に失望されるのが怖いのかもしれない。


 考えすぎってわかっていても、これはもう治せないと思う。

 ただ、僕はこれさえ守っていれば大体何とかなる三つの言葉を知っている。


 ごめんなさいと、ありがとうと、おはようだ。


 この場合は……


「ありがと……うわっ!」


 ルアは急に僕を抱きしめる。

 この世界ではこんなによく人はハグする習慣があるのだろうか。


 でも、ルアは温かくて、柔らかくて、良い匂いがするから、すごく幸せ。


「寒いから、早く帰ろう、ルア」


 少し顔を話してゆっくり歩き始める。


「そうだね、ラビィ、一緒にお風呂に入ろうね」


「あ、それはないです」


 そう言ったらルアはちょっと強めに手を握ってきた。


 もしかして、離さないつもり?

 これは後で何とかスキを見つけないと。


 ルアの家に着くと、落ち着く匂いが香ってくる。

 薬草と、ルアの匂い。


 ニータはもう毛布の上で丸まっていた。

 ルアは帰るなり、さっそく薬瓶がならぶ棚に向かっていき、見覚えのある瓶に手を伸ばしていた。


 けれども既にその気配を察知していた僕は鼻をつまんでいます。


「ルア、その瓶は蓋をしめて戻してください」


「え~、でも、ラビィはこれ嗅がないと一緒にお風呂に入ってくれないでしょ?」


「そうならないために、戻してと言っているの」


「う~ん、わかったよ」


 ルアはしぶしぶ瓶を棚に戻す。


 ルアのお風呂は相変わらず花やら薬草やらが浮かんでおり、とても心地よかった。

 僕がお風呂から上がり、ルアがお風呂に入っている間、今日は僕が夕食を作る。


 なんとなくこの世界の料理も作れるようになった。

 食材は元の世界と違っているけど、共通点は多い。


 今日はポトフ的なものを作ってみた。といっても、ルアが作っていたものをまねしたものだけど。 

 ルアはおいしいって言ってくれながら食べてくれた。


 食事が終わり、少しゆっくりしたら、同じ寝室でルアと寝る。

 この世界だからなのか、ルアの家だけなのかはわからないが、ルアのベッドは部屋の八割がベッドというとてつもなく大きい。


 扉から寝室に入ると、靴や植物を置いたり、暖炉があるスペースが壁一面側にあり、ほかの壁三面はもうベッドと触れている。


 ベッドの上には十数枚ほどの毛布がたくさん置いてあり、気温にあわせて掛ける毛布の枚数を変える感じだ。


 これも、ルアの匂いがする。

 ルアの匂いは、確かに良い匂いだけど、前の世界の柔軟剤みたいな良い匂いって感じじゃなくて、ルアという人の匂いがする。


 僕にとって好きな匂いだから、良い匂いなのだ。


 その毛布に包まれて、ルアの横に丸まって寝る。


「ラビィ、おやすみ」


「ルア、おやすみ」


 ルアは僕の頬に手を伸ばす。


 ルアの手の温かさに触れながら、今日も眠りにつく。


 自分の気持ちを伝える手段は言葉だけではないのかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ