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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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閑話 王族対抗歌合戦 43 夕飯の前に


帰りの牛車は、のったりのたり。


フードゥル王都を、兄ネクテールの下宿先、小さいけど人気な料理店、キュイエへ向かっている。

妹コンテは、今夜そこへ泊まる。狭い2階だが、まあ何とかなるだろう。


牛車は人が歩く速度よりも遅い。

早く着きたいから乗るのではなく、のんびり道行を楽しみながら乗る、優雅な乗り物である。

王都の道を人通りの中、夕方近く、出店はおしまい気味、片付けのあれやこれや。今日は稼げたのか、それとも今日の働きを成し終えたからか、店の親父が、そっくりな男の子供といい顔をして。少し売れ残りの豆袋を何種類も、牛荷車に積んでいる。豆は保つから、新しく足して持ってきたりもして、引き続き明日、この場所で売るのだろう。

ネクテール兄は食料品店マルマッジの仕入れ担当、王都中の主だった出店の動向もそれなりに把握している。


あちらの牛は、こっちの牛車の牛よりがっしり型だな。巻角の巻きが、一つぐるんと多い。荷車に向いた黒牛だ。

首の木片の牛飾りが、古色ながら色とりどり。かちんからから、牛の身じろぎに合わせて微かに鳴る。太い首を、うん?とばかりに、こっちを見ている。

睫毛がバシバシの牛の視線は、いつもどこか、のんびりしていて、優しい。


アナウンサーに推薦されたフロマージュ兄妹の兄の方、ネクテールは、そんな事をつらつらと思いながら、隣で着せ替えの人形(見本)をもらってくりくり可愛がっている妹コンテに。

あ〜、と、頭ポリポリ。


「お前さぁ、本当にアナウンサーになるわけ?牛飼いはどうすんの?」


ん?

淡いピンクのワンピースでドロワーズ、茶色の上着。今のコンテに似ている少女のお人形をとんとん、ほっぺにくっつけて、ほんのり微笑む妹は、何だか落ち着いているのだ。


「う〜ん。お兄ちゃんもなるんだべ?アナウンサー。」

「そりゃ俺は、うん、そうだな。いい話だな、って思っているけど。お前は、プレリーに見せつけるためなんかで、そんな理由で、本当に。」


牛飼いも面白かったはずだ。

家業だから仕方なくでは全くなく、牛が好きで、父ちゃんに似て、田舎でのんびり大らかに、でも忙しく仕事を切らさず暮らすのが、働き者の妹には合っていた。


恋人のプレリーは近所の男で、バターやチーズなどの乳製品加工の工房を一家でやっている。

破局すれば田舎のこと、スパッと切れずにご近所の縁は続くから、その時は王都に来たいのは、選択肢として分からんでもない。が。

それとアナウンサーをやる、が何だか結びつかない。牛飼いは情熱がないとできない。その思いを、本当にサラリと軽々しく。


「兄ちゃんがアナウンサーになるからって、私も〜、なんていうバカ娘じゃねえだろ、コンテは。」

「アハハハ、見込んでくれてるねえ。お兄ちゃんがいるから、心強いはあるけど、確かにただの真似っこじゃないよ。プレリーにガツンといわしたい気持ちも少しあるし、それも嘘じゃない。でも、それだけじゃないんだべ。」


アナウンサー。

兄ちゃんが、食材の事を、熱を持って伝えたいと思っているように。


夕日がグラデーション、赤から紫に澄んだ奥深い空。星が一つ、ぴかりとしている。

こちらに、ふ、と目線を寄越し微笑んだ妹は、離れている内にいつの間にか大人に、こんなに美しかっただろうか。


「牛飼いは面白いよ。だけど、プレリーのとこにお嫁に行ったら、家業のチーズづくりやなんかを手伝うんだろうなあ、って思ってた。女はさ、結婚したら、相手の環境に飛び込んでいく。合わせがちだよね。何でか、………私自身も自然に、こっちが合わせると思っていたんだ。」


おばさんやおじさんたちも、そのつもりで話をしてきていたし。妹コンテの家族も、そう思っていた。


「牛飼い、好きなんだ。でも、結婚するならやめなきゃなんない。まあ、話し合いしてプレリーが婿に入ってくれるってなったら、違うけど。アナウンサーってさ。」


手の中にある、コンテ似の少女人形を、なでなでしながら。

夜が近づいている。濃い藍の幕が降りてゆく。街の屋根には夕日の残照。

息が冷たく、ホウ。

空気が凛とする。


「牛飼いの事も、他の色んな世の中の事も、広く皆に話を届ける、ってなるでしょう。同じ新しい世界にいくなら、そんなワクワクするところで、やってみたいな、って思ったんだ。今日突然に現れた選択肢だけんども、リアン王太子妃様たちに話をしてて、パッと目の前が開ける気がした。こんなの、面白いなぁ、って。」


「うん。」

確かに、何でコンテがプレリーに合わせなきゃならないんだろう。女は柔らかく優しい。寄り添って、形を変えて、笑ってくれると、自然に。

だけどそれを、当たり前だと思ったら、きっとプレリーみたいに、ガツンとやられちゃうんだな。

兄ネクテールは、ちょっと皮肉げに笑った。

ざまあみろ。そして、俺はその轍を踏むまい。


「私だって、選んでみたい。フードゥルは牛飼いがたくさんいるから、牛飼いのニュースも読むだろうね。プレリーは待ってくれるかな。待ってくれなかったら、………うん、私だって思ってた。私が言葉を待つばっかりじゃなくて、プレリーにも待って欲しい、私を欲しいと願って寄り添ってって。話し合って、時間が経って、距離を置いて、今まで近すぎたんかなあなんても、思っているんだ。王都にきて、離れているのが、なんか今はしっくりしてるんだ。」


女は1人で立つ。

別々だから、混ざり合える。

プレリーとこのあとどうなるかは、分からないけれど。

妹コンテは、王都で1人、花咲くかもしれないな、と兄はどこか寂しくも、痛快にニンマリ思うのだ。


「父ちゃんが寂しがるな。」

「アハハハ!兄ちゃんが家を出て行った時も、かなり寂しがってたよ。仕方ねぇ、親の仕事だべ。」

寂しがるのもな。

「言うねぇ。」

コツン、と拳を加減して頭にぶつけると、コンテは愉快そうにアハハハとまた、笑うのだ。


今は転移魔法陣があるからね、郵便ができたから手紙が出せるし、兄ちゃんの時より慰められるべ、なんて話をしながら。

婚期が遅れる、とか、子供をつくるなら年齢が、とか、そもそも女性としての立場で生きて、その上牛飼いで繁殖する生き物を育てていたのだから、妹コンテは重々分かっているだろう。

けれどきっと、今を通過しなかったら、プレリーとの未来も考えられないと思っている。ややこしい事に、分かりやすい結果に一直線になる事ばかりが、良しとはならないのだ。人生ってやつは。

その先を決める今、だけどかたまった未来のためだけに生きるのは、このイキイキとした生命が、輝きを落としてしまうから。


「兄ちゃんは応援してやる。お前が嫁にいきおくれたら、いつまでだって一緒に住んでやるよ。」

「兄ちゃんは妹に甘いねえ。ありがとうね、ネクテール兄ちゃん。」

コテン、と幾分下の方、ちんまり兄の肩に、ふわり妹の髪、頭がのる。

牛車はそろそろ料理店キュイエに着く。

夕餉のにおいがしている。







ラベイユ王弟妃は、リアン王太子妃やエクレにシエル、牛飼いのコンテたちと別れて王弟離宮に帰った。夫のマージ王弟がギフトの竜樹に連れ去られてからもう3日である。


彼はどうしているだろう、と思いを馳せるが、悪い事にはなっていないという任せて安心感が、何故か竜樹にはある。とぼとぼ、手を引かれて俯いていた夫は、ショボショボしながらも子供のように、どこか委ねた顔をしていた。


「ラベイユ様、ご用意のもの、お夕食の前にご覧になりますか?」


マージ王弟が留守で、ラベイユと親しくお喋りをしていたことをやんわり咎められた事のある既婚子持ちの侍女、しっかりサムディが、ニッコリ満々笑顔で言う。

王弟離宮侍従頭のじいやも、庭師も他の者たちも、マージが竜樹に引っ張られて行ったと聞いてから、何だかニコニコと、ラベイユに明るく屈託なく笑うのだ。


ラベイユ様、窮屈なマージ殿下のあれこれがない今、この先お好きに自由に振る舞って、よろしいように。といったふう。


マージが嫌われている、というのではない。逆である。


マージ王弟殿下、もういいでしょう。傷に縛られて、またラベイユ様を縛っていないで、奥さまと、ちゃんと夫婦として打ち解けて、幸せになったって!


と、モダモダもどかしく思っているお助け王弟離宮の働き者たちなのである。今度のことで、潮目が変わったのを感じているのだ。

王弟を見守ってきた働き者たちは、ギフトの竜樹を、言い合いしているマージとリアン王太子妃たちの部屋へするんと通した、お茶目な気が利くおじいちゃん侍従と話が繋がっているのであった。


ちなみにマージ王弟とラベイユが白い結婚だと気軽に外部へ漏らした、若い侍女は。それとなく王宮に戻され配置替え、また厳しく見習い修行を再度させられている。

下級貴族ではあるものの、生家が忠実に王家を立ててきた労を鑑みて、かろうじて仕事が繋がっている。次があったら切られるだろう。

本人は泣き泣き、後悔しているらしい。


「そうね、見ても良いかしら。」


「明け星の間に広げてあります。お人形の服、ということで、布の大きさはそれほど必要ではないと思いまして、ご用意したのは端切れになります。けれど、その分、ラベイユ様のドレスを頼んでいるドレスメーカーからとっておきの素敵な生地を、沢山お持ちしましたよ!それだけではなくて、王宮の裁縫部から、普段使いの様々な種類の布、リネン類やカーテンなどの見本の布も。」


とにかく、たくさん!


ニッコニッコの侍女サムディは、結婚しても働く女性枠。話を親しくして妻ラベイユが影響を受けてしまっては、との怖がり主マージの抑制から外れて、満々嬉しそうである。


主従でありながら、結婚当初から親しく話をしていたラベイユは、お嫁に来て本当に嬉しそうだった。

色々縛られて、白い結婚で、すぐに悲しみベースの表情になってしまったが。見捨てずにマージを本当に慕っているところも、同じ女性として、いじらしくお助けしたく思っている。


「まあ、それは楽しみね!竜樹様が下さった、見本の型紙も、同じ場所に?」

「はい、もちろん。」


明け星の間へ。

ドアを開け、中に入ると、布、布、布が広いテーブルの上、美しく。

なめらかな薄布、ふわりとした生地。冬物の厚手なもの、起毛のふこふこした布。柄物、生成り。刺繍入りの見本、レースリボンに小さなボタン。

色も濃いものから薄いもの、明るいパッと目に入る鮮やかなものから、柔らかいくすみ色、渋い大人色まで。


「まあ、まあ!」

ふわっ、と浮き立つ。

ラベイユは刺繍をする。簡単なお裁縫もお手のものである。

服は自分の手で仕立てた事はないが、小物は作った事があるので、立体物の型紙の組み立てに全くの素人でもない。

竜樹がくれた、パシフィストで出す予定のお人形の着せ替え本には載せられなかった、様々な試作の型紙、作り方の粗く載っているそれを見て。


こう、なるのかしら?

ここと、縫い合わせれば?

と興味は湧いている。

手に取る布。もう片方には、作り方。


『初心者さんでも簡単ワンピース!』

これはまっすぐ縫えばいいだけのようで、完成形のイラストと、手順が書かれている。長方形の布2枚を並べて、頭を通す穴と腕の穴を残して縫うだけなのだ。貫頭衣である。お気に入りのリボンで腰のところを結ぶとカワイイ!なんて、弾むような文字で書かれている。


「本当にかわいくできるのかしら。」


それだけでできるのならば、夕食の前に一つ、つくれるかもしれない。

色とりどりの布が、おいでよ、と誘っている。


「サムディ、試しに私、つくってみるわ。」

「ようございますね!どの布にされますか?サムディはお手伝いができますか?」


そうねえ、それじゃあ、一緒に布を選んで頂戴な。

あれこれ、触る布。鳥柄の大胆な布。ベリーの散った柄。ふんわり手触りの気持ち良い白。

あれがいいかしら、それともこれ?

選び始めれば自分のドレスを選ぶより、よほど熱心に、手に取り、触り、見比べて人形に合わせて。


結局、一色、クリーム色に紋様織りで変化をもたせた清楚な布を選んだ。地味に値段の高いものだが、ドレスをつくった残りの端切れだから、勿体なくない。でも布にそもそも1枚で魅せる力があるから、期待ができる。


小物を作る時に使っている、ラベイユの裁縫道具から、定規で布を測り、チョキチョキ縫い縫い。真っ直ぐに、人の服のようには布端の始末もしないで、まずは形を作り上げる。


被せてふんわり。

白レースの1センチリボンで、キュッと腰を締める。蝶々結びが、後ろにふわん。


お人形が、手の中で、何だかニッコリしている。


「本当に、できたわ……!」

「できましたね!」


カワイイ。

ドレスのように、複雑な形ではないけれど。素敵な布がでこぼこのあるお人形の形に馴染んで、かっちりしていない柔らかさ。風通しも良さそうで、今は秋の終わりなのに、軽みを感じさせる簡単さが、布の力を直に伝えている。

遠く、近く、手に持ってお人形をしげしげと。クリーム色の布が、腰のところで寄ってできるギャザーの陰影も、可憐で、何だか剥き出しの腕が自由。


ふー

わー。


ラベイユ妃とサムディは、片方は椅子に座って、片方は立ってだけれども、仲良く頭を寄せてお人形を覗き込んだ。満足のため息である。

ふわふわ にこにこ。

いいわー。ねー。

ほんとですねー。


「あぁ、すてきねぇ。これなら、子供でもつくれるわ!」

「つくれますね!」


端をちゃんと始末しましょう。首のところ、袖のところ。ああ、直すとなおいいわ。

糸の色を変えましょうか。うーん、でも、余計な色になるかしら。


「腰のリボン、共布でも素敵と思わない?幅をちょっと太くして、ふっくら蝶々を背負っているみたいにするの。」

「リボンの端がフリンジになっているのも、素敵だと思います!」

「いいわ!やってみましょう!」


お夕食は大分時間が経ってからになった。

ラベイユは、お料理を温め直してくれた料理長にごめんなさいをしたが、食べた後に夢のような顔をして、フラァとまた、明け星の間に戻った。侍女サムディも一緒である。

心配になって湯浴みやお休みのお支度をせっつきに行った他の侍女たちも、なかなか明け星の間に入ったまま帰ってこないので、侍従頭のじいやは雷を落としにお邪魔したのだが。


パタン。


ドアを閉めて、明け星の間を後にするじいやは、仕方ないなあ、って顔。キラキラとした顔で、侍女たちとキャイキャイお人形の服づくりにどハマりしたラベイユ妃に、お夜食や、休憩時の飲み物の用意をするよう。

料理長に伝えに行くのだった。







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