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すべて、あなたがくれた  作者: 喜楽直人
第二章 アーマニ・トフランもしくはアーマニ・イル・フォルト
12/12

2ー7 そして旅立ち



  


 そうして翌日。

 ファーマ様から遣わされたという男性と共に王宮より派遣されてきたという使者が持ち寄ったのは、弁済金とクレアへの結婚祝いの品々だった。

 まるで王女の嫁入り道具のような煌びやかなドレスと宝飾品の数々で埋まった侯爵邸の応接室に、クレアは途方に暮れていた。

「どうすればいいのかしら。お礼の品は…目上の方にはカードだけ、なのよね?」

 まさか国王陛下へ自筆のカードを送る日が来るとは思わなかったクレアは、その書くべき内容を考えるだけで目が廻りそうな気分になった。

 国王陛下だけではもちろんない。ファーマ理事長からも届いていたし、宰相や現外交大臣からも届いている。

 目録に並ぶ錚々たる顔ぶれに、クレアはまたしても顔を青ざめることになる。


「困ったな。このドレスたち」

 応接室を埋め尽くす贈り物達に向かってアベルが苦い顔をした。

 それを見たクレアはしょんぼりと眉を落とした。地味な顔のクレアには煌びやかな流行のドレスはやはり似合わないのだろうと悲しくなった。

「まだ私は一着もクレアにドレスを贈っていないというのに! 注文はしたけれど、できあがるのはまだ先で…。宝飾品だって、私が一番に贈りたかった…あぁ、出遅れた私が悪いんだ。判ってる! でも…あぁ~!!」

 その場で頽れたアベルのいきなりの言葉に、クレアは身動きが取れなかった。

 その言葉の内容が、自分が一瞬考えてしまったような負となるものが一切なかったからだった。

 くすくすと笑いが出る。アベルの動揺した様子にも、自分の自己評価の低さにもだ。

「アベル様。どうかお顔をお上げください。そうして、どうぞ私の手をお取りになって下さいませ」

 情けない顔も可愛いな、とそんなことを思いながら、手に乗せられたアベルの手をもう片方の自分の手に乗せる。

「ここにあるドレスよりも宝飾品よりも、もっとずっと綺麗で、きらきらして、美しいものを、私はアベル様から戴きました」

 何度も心折れそうになる度に、クレアの顔を上に向けてくれたのはアベルの言葉だ。

 そうしてそれは、今でもクレアの胸の中で輝き続けている。

「…それは、なに?」

 心当たりがないアベルの顔はとても不思議そうで、怪訝なその表情は、いつもよりずっと年相応に見えた。

「…内緒です」

 くすくすと笑って口元へと愛しい人の手を寄せる。

 絶対に内緒だ。アベルから貰った言葉達は、一生秘密の、クレアだけの宝物だから。

「ねぇ、アベル様。幸せになりましょうね」

「勿論だよ。そうして、クレアが今すぐその秘密を私に教えてくれたらもっと幸せになれる」

 そんな拗ねた口調のアベルを、クレアは幸せな気持ちで眺めた。




「それではお兄様。ここで…」

 クレアはそれ以上言葉を続ける事は出来なかった。

 半年以上もの間、生死不明となっていた兄が無事に戻ってきてまだ一週間だ。

 実父達の罪が公表され、罰が下されたのが4日前。

 そうしてクレアの結婚が正式に決まり婚約者たる王太子が迎えに来ているのだと発表がされたのも同日だった。

 学園の同窓生たちはその婚約者があの『アベル・フィールド』と同一人物であると知り狂喜乱舞したという。

 お陰で、リーディアル侯爵邸は、お祝いとお見舞いの品と、招待状で埋め尽くされることになった。

 お茶会や夜会への招待は時間がないこともあって全てお断りした。その代わり、一度だけ国王陛下の名前で贈られたドレスを身に着けて王家主催の舞踏会にアベルと一緒に出席した。

 初めて、アベルと一緒にダンスを踊る。

 それも主賓としてファーストダンスをと言われ、クレアは緊張で足が震える思いをしたが、「大丈夫。私のリードに身体を任せてくれればいいよ」とアベルが言ったとおりに笑顔のアベルに合せて身体を動かすだけで自分がダンス上級者にでもなったように軽やかに舞うことができた。煌びやかなシャンデリアと色とりどりの華やかなドレスを身に纏った令嬢達が熱い視線を送る中、愛する人とダンスを踊る。

 クレアは自分がまだ夢の中にいるような気がした。

 あの、アベルを熱心な崇拝者だと羨ましがった同窓生の令嬢たちに囲まれて、クレアは赤くなるのに忙しかったが、アベル自身は「光栄です」と王太子然にさらりと流し、令嬢達から更に熱い支持を得ていた。

 最初に誰がその勇気を奮ったのだろうか。

 アベルに向かって手を差し出し「踊ってくださいますか」と申し出た令嬢が続いたけれど、アベルはその誰の手も取らず「申し訳ありません、美しい人。私には最愛の婚約者がいるのでその手を取る事はできないのです。彼女の手を離したくないもので」と柔らかな笑顔で断り続けた。

 その言葉も令嬢達の心に突き刺さったらしい。

「婚約者がいるから踊れない」のではなく「最愛の婚約者」そして「手を離したくない」の2つが堪らないそうだ。

 お陰で翌日はクレアにその感動をどうしても伝えたいのだと普段貰ったことのない相手からまで手紙が山の様に届いた。

 クレアはトリントンにいる間に返事を書くことを早々に諦め、フォルトについてから、ゆっくりと読んで返事を書くことにした。

 戴いたお祝いへの返礼のカードも、リーディアル侯爵家からということで統一して、品物を整理するのも目録を作るのもクレアが関わるのは諦めた。リーディアル侯爵家にすべて任せて後日フォルト王国宛に送って貰うことにした。

 何故なら、王太子であるアベルは家出したままだったし(結局、『クレアが心配だ』と捏ねを押し通した)、クレアを迎えに来た正式の使者であるアーマニも、自国で子供たちを待たせている母である。

 行きとは違い船で帰ることにした一行ではあったが、それでもこれがギリギリ限度いっぱいの滞在期間であった。

 行きは海流の関係で大回りになることと、そちらの海域では今は嵐の季節であり海難事故の可能性が高かったため陸路を選んだそうだ。だが、帰りは比較的穏やかな海域を通れるので安心だという。

「もう二度と会えない訳じゃあるまいし。会いに行くから。まずは身体を治して、領地を治める勉強もしないとね。もしかしたら結婚式には間に合わないかもしれないけれど。でも、子供が生まれたら絶対に会いに行くから。甥っ子姪っ子の顔を見に行かないとね」

 そう、ユニスはクレアの顔を覗き込んで言った。

 けれど、クレアはなかなか一度俯いてしまった顔を上げることが出来なかった。

 その様子に、アベルが代わってユニスへと声を掛けた。

「是非。その時は、1週間とは言わず長く滞在して下さい。クレアとの交流は続けて行って欲しいと思います」

 アベルのその言葉に、ユニスは深く頷いた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。不束者ではありますが、私にとっては自慢の、誰よりも大切な妹です。よろしく、お願いします」

 そういって深く深く頭を下げた。

 連れ去りたい訳ではない。家族との縁を切らせたいわけではない。

 縁を繋ぎ、心を繋ぎ、命を繋いでいく。

 その為の婚姻だとアベルは教えられてきた。

 そうして今、心の底からそれに同意する。

 すぐ横にいたアーマニも、それに深く頷いてユニスの手を取った。

「辛い事があったらわたくしのことを思いだしてくださいね。力になれることがあれば何でも言って頂戴ね。もちろん、楽しく嬉しい事があった時も、わたくしのことを思いだして下さると嬉しいわ」

 わたくしにとって、ユニス様も孫のつもりなの、とアーマニが目を眇めてそう告げた。

 その理由は既に聞かされ知っているのだろう。

 ユニスは苦笑すると「はい。その時は、是非」と特に否定することもなくありがたく受け入れる。


 そうしてついに。船員に促され、一同がタラップを踏んだ。

 甲板から、クレアは兄に向って手を振った。

 波止場から、ユニスは妹に向かって手を振った。

 見えなくなるまで。見えなくなっても。

 


「大丈夫?」

 心配そうに覗き込む愛しい婚約者の顔は、今は涙で滲んで見えるけれど、それでも悲しいだけ辛いだけの涙ではない。

「えぇ、大丈夫。でも、ごめんなさい。辛い訳ではないのだけれど、何故だか涙が止まらないの」

 そういってただ涙を流す愛しい人の肩を、アベルはずっと抱き寄せた。

 自分に嫁する為に国を捨てさせたのだという、その事実をぐっと胸に刻んで。

 大切にしよう。その想いを新たにした。


 



いつも読みに来て下さってありがとうございます。

お付き合いありがとうございましたv


アーマニとガイルの出会い編。

『すべて、あなたが教えてくれた』も、よろしくお願いします!


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