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涙のハグ  作者: 櫟 千一
自然の力で出来たエネルギー
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10話

 目を開けると、星が僅かに見えていて、空は明るみに帯びていた。

 夜明けの空は、とても綺麗だった。

 網戸の向こうからは、波の音がわずかに聞こえていた。

 肌寒かったが、僕は布団から出て朝焼けに燃えている海を眺める。

 自然はここまで美しいものを見せてくれるのかと思うと、地球は良い星なのだと改めて実感する。レニーニャのいたイニジードはどう言った星なのかは分からないが、彼女の母星もきっと、美しいのだろう。

 時計は午前四時だったので、もう一度布団に入り、もう一度眠りに就いた。

 僕の横からは、布と布が擦れる音がする。レニーニャの方を向くと、レニーニャは眠そうな目で僕に話しかける。

「ん……レイゼイ、起きてたの?」

「ごめん、起こしちゃった? まだ明け方だから、寝てて良いよ。僕もまた寝るからさ」

 言いながら僕は自分の体温で温められた布団の中に入る。足先から温まった布団の中はとても居心地が良い。

「外、明るいね」

「ああ、僕もさっき見ていたんだ。イニジードもこんな光景が見えるの?」

「見えるよ。だけど、地球の夜明けは、イニジードより綺麗だよ。空気がイニジードより澄んでいるから、そう思えるのかな」

「そうなのか」

 レニーニャの声を聞きながら、僕は地肌で温められた布団の中で二度寝をする。

 しばらくして目を覚ますと、レニーニャの布団が片付けられ、外からはセミの鳴き声が聞こえていた。時計に目を向けると、午前7時30分であった。居間からは、祖父母とレニーニャの笑い声が聞こえていたので、僕も居間へと向かうと、今、まさに朝食を食べようとしていた。

「おはよう。ちょうど今からご飯食べるんだ。早く座りなよ」

 レニーニャは床をバンバンと叩きながら、自分の横に座るように言ってくるので、そっと彼女の横に座る。

「じいちゃん、昨日は布団敷いてくれてありがとう。おかげでぐっすり眠れたよ」

「気にするな」

 レニーニャもお礼を言いながら、そっと頭を下げていた。

 すぐ目の前には白米と焼き魚、貝の味噌汁が並べられる。他にもキュウリの浅漬や、ナスの漬物、ホウレンソウのおひたしも置かれていく。

今朝、祖父の畑で収穫されたものなのだろう。

 この辺りは海から非常に近いが、畑や田んぼもたくさんある。海水で育っているのかは分からないが、水分は困らないので、海からの恵みはこのようなところでも享けているのだろう。

「味噌汁、熱いから気をつけてね」

 祖母は僕に味噌汁をよそって、渡してくる。味噌汁の香りが鼻腔をくすぐり、日本人で良かったと心から思う。

「どうしたの?」

「いや、僕さ、朝はほとんどご飯食べないんだ。だけど今、久々に朝ご飯を、しかも白いご飯と味噌汁を食べられて本当に良かったと思うんだ。これもレニーニャのおかげだよ」

「や、やめてよ。お礼を言うのは私の方だよ。本当にありがとう。今日もよろしくね」

 レニーニャはそう言うと、魚を食べていた。

 朝食も食べ終わり、ニュースを見ていたが、相変わらずいつもと同じようなニュースばかり流れている。次第にニュースではなく、都内にしかないような店のオトク情報に切り替わったり、占いが流れたり、天気予報が流れていた。

「レイゼイ、そろそろ行こうよ」

 レニーニャの声で我に返る。テレビの左上に表示されている時間は10時前だった。どうしてこんなに早くに家を出たがるのかと思ったが、きっと船の様子を見に行きたいのだろう。

「ああ、それじゃ、少し散歩して、体を慣らして行こう」

 レニーニャの心情を察した僕は、遠回しに船の様子を見ることを伝える。

 僕たち人間は空気を読むと言っているが、読めない者はとことん読めない。

 そして、輪から外されてしまうのが現実なのだ。自分の住み心地の良い世界にするために、気に入らない相手を迫害、追放をする者は、少なからず存在している。

「どうしたの? 行こうよ」

「あ、ああ」

 僕たちは祖父母に挨拶をして、外へと向かった。

 午前10時と言えど、日差しはとても強い。真夏日という言葉が最もしっくりくるだろう。

「散歩へ行こうだなんて考えたね」

「毎日船の様子を見ているからね」

 船のある岩場へと僕たちは歩き出す。

「今日行く場所って、どれくらいすごいの?」

「僕も名前しか知らないんだ。でも、自然の力で出来たのは本当だよ。昨日行った神社より昔からあったと思う。いや、確実にある。僕たち人間が出てくる前よりずっと、ずーっと前からあるよ」

 地球が誕生してから、長い年月をかけて作られたものということに間違いはない。

「それじゃあ、神社の力よりも大きな力が得られるかもしれないな。あの神社で得た力も相当なものだったけどね」

 話している間に、海が見えてくる。波の音もわずかに聞こえる。海の向こうには、積乱雲が見えていた。

 慣れた足取りでレニーニャは階段を下りて行き、すぐに僕の名を呼ぶ。

 彼女に着いて行くと、干潮だったこともあり、波が引いていた。

 そんなことも気にせず、レニーニャは宇宙船のある場所へ向かうため、海の中へと入って行くので、僕はただその光景を階段前で眺めていた。

 僕は、海が好きだ。地球上に存在する生命はこの海のおかげで今日まで進化してきたと言っても過言ではない。海が存在していなければ、僕たち人間はここまで高度な知能を持つこともなかったのかもしれない。言うなれば、海は全ての生命の母親のようなものなのだろう。

「どうしたのー?」

 岩場の前でレニーニャは僕に叫んでくる。

「レニーニャは宇宙船が水分を吸い込んでくれるけど、僕はそんなこと出来ないから、レニーニャだけで確かめてきなよ。僕はここで待っているから」

 レニーニャは生返事をして、僕に背を向けて再度、岩陰に隠れている宇宙船がある場所へと向かって行った。

 レニーニャが戻ってくるまで、寄せては返す波を見ていたが、決してこの周りはお世辞にも綺麗とは言えない。

 これも人間が汚したものなのだ。

 このゴミの山を見てもレニーニャが何も言わないのは、人間に呆れているのか、はたまた母星であるイニジードは地球よりも汚れているのだろうか。

 向こう側からレニーニャが戻ってくるのが見えてきたので、僕は立ち上がる。彼女は笑みを浮かべて戻ってきていたので異常はなかったと分かる。

「大丈夫だったの?」

「うん、いつも通りだった。だけど、まだ半分も力が戻ってないけどね」

 あははと笑ってはいるが内心、どれだけ傷ついているのだろうか。未知の惑星で一人ぼっちでいられる彼女の心は相当図太いのだろう。

「よし、じゃあ行こう」

 僕たちは階段を上り、祖父母の家へと向かった。

 玄関前には自転車が置かれているが、その自転車に乗って僕たちは今から出かけるので、念のために空気圧を調べておく。

 もちろん空気が抜けているわけでもなく、空気は満パンに入っている。

 レニーニャは僕がタイヤの点検をしている間に、屋内に入ってお茶などが入ったリュックを持ってきていた。

「レイゼイ、この中にお茶やおにぎりが入っているって」

「どうする? もう行く?」

「行く!」

 目を輝かせて僕に訴えていたので、後部に彼女を乗せ、僕は自転車に跨り、力いっぱい地面を蹴る。

 フラフラしていた自転車はすぐに真っ直ぐ動き始めた。

 地図を開いてみると、今回、県道はわずかにしか通らない。

 まずは港まで行かなければいけない。

 港の横を通って、そこから県道へ向かうのが一番良さそうだ。

「一度港を通るんだけど、その前に、また坂道があるんだ。大丈夫?」

「えっ……」

 あからさまに嫌そうな声だったが、意を決したのか、彼女は肯定の言葉を話していた。

 神社へ行く際は、右へと曲がっていたが、今回は左へと曲がる。左側を道なりに進んでいくと、急な坂道になっているが、その向こうは港になっている。港と言っても非常に小さな港である。地元の人しか使わないような場所だが、あの辺りは、僕は好きだ。

 坂道の前で一旦停止し、レニーニャに話しかける。

「怖かったら、自転車を引いていくけど、どうする?」

「でも、早く力を手に入れたいから……頑張るよ」

 僕のシャツをギュッと握るのを確認して、僕は地面を蹴る。

 そして、ものすごい速さで自転車は下って行く。

 坂道は斜め45度と言っても過言でないくらい急な坂道だ。

 その坂道を、後ろに僕と同じ、いやそれ以下の体重の女の子を乗せているわけだ。スピードも格段に違う。

 下っている途中で港が見えていたが、今は目の前の急カーブの坂道を確認するので精いっぱいだった。

 坂道を半分ほど下ったところで、思い切り両方のブレーキを握る。甲高い音を立てて自転車は港の傍へと到着する。もちろん、辺りには誰もいない。

「大丈夫?」

「前よりかはマシだったよ」

 声が震えていたが、レニーニャがそう言うのなら、そうなのだろう。

 ふと後ろに目を向けると、イカ釣り漁船であろう船をレニーニャはジッと見ていた。

「船の上に電気がいっぱい……?」

「あれはイカ釣り漁船だよ。イカって言う生き物は光に集まる習性があるらしくて、夜に海を見るとたまに光っているけど、あれを光らせてイカを釣っているんだよ。僕もそこまで詳しく知らないけど」

 僕の説明を聞いて、興味を示すのかと思いきや、そこまで興味はなさそうだったので、僕は自転車を再度走らせる。

 港の横を通って行くと、トンネルが見えてくる。

 出入口には看板があり、巌門と書かれている。

「この暗がりを通るの?」

「トンネルって言うんだ。向こう側まで、今までこの道を道なりに真っ直ぐ進んで行かなきゃいけなかったけど、そうするとかなり遠回りすることになるんだ。だから、このトンネルを通れば、かなり近道になるよ」

 右足で前輪の横にあるライトを点けると、僕は再びペダルを漕ぎだす。

 独特な音を出しながら自転車はトンネル内を照らす。もちろんトンネル内に電気は点いているが、向こう側から車が来る可能性がゼロではないので、念のために点けておく。

 長いトンネルではないので、すぐに向こう側に到着する。その後は長い坂道を通って行く。

「はあ、はあ……」

 立ちながら自転車を漕いでいるが、半分も来ていないのに、もう汗でシャツが濡れている。

 前髪を伝って汗が地面に一滴一滴落ちているのを、息を切らしながら眺めていると、レニーニャが話しかけてくる。

「レイゼイ、キツいなら、降りようよ」

「あ、ああ、そう、させて、もらうよ……」

 僕は自転車から降りて、自転車を押しながら坂道を上って行く。レニーニャも自転車から降りて、僕の横を歩いている。

「この坂道を、私を乗せて上ろうって言うのは、無理があるよ。……ごめんね?」

「いや、良いよ。僕の方こそ、レニーニャが急いでいるのに、こんな坂道があるだなんて知らずに、こんな道を通ったりして、悪かったよ」

 こんなことなら、遠回りでも県道から通って行くべきだったかもしれない。祖父母の家の坂道を上って目の前にあった県道を通るだけだったのだから。結局、目的地までは県道を通らないと行けないのだ。やはり、通りべきだったのかもしれない。

「んーん。気にしないで。汗、拭かなくて良い? 水分補給する?」

レニーニャは僕にタオルと凍らせたお茶を渡してきたので、坂道の途中で一旦休憩する。自転車を立てずに、左手でハンドルを持ちながら、右手でお茶を飲む。汗はレニーニャが拭いてくれた。

「すごい汗だね。こんなに汗って出るんだ」

 拭っているレニーニャに目を向けると、彼女は一滴も汗を掻いていなかった。確かに、ずっと僕の後ろにいて、ペダルを漕ぐこともないことを考えれば納得だが。

「人間は暑いと体内の熱を逃がすために汗を掻くんだ。レニーニャはどうなの?」

「私も汗は掻くよ。だけど、レイゼイがほとんど漕いでいるし、後ろで座って風を感じているだけなんだもん。そりゃ掻かないよ」

「やっぱりそうだったのか……」

「地球人とイニジード人、身体の構造も似ているのかもね」

 返事はしなかった。自転車のペダルに何度も脛をぶつけつつも、坂道を上って行く。

 5分程すると、県道へと到着する。すぐ横にはトンネルがある。ここを渡って来るべきだったのかもしれないが、今さらそんなことを言っている暇はない。

「さ、乗って。すぐに着くよ」

 彼女は僕の服を掴みながら後部に座ると、僕はすぐに自転車を漕ぎだす。

 しかし、ほんの少し進んだところで既に立って漕ぐことになる。

 それもそのはず、緩やかだった坂道が、段々こう配になっているのだ。

「……レイゼイ、また、降りる?」

「はあ、はあ、そう、しよう、かな……」

 僕のペースは坂道を上る疲労と真夏の日差しで確実に下がっている。

 これなら歩いた方がまだ早いだろう。

 結局、僕は自転車を押し、レニーニャも僕の横を歩いている。

「自然の力で出来た場所の力がどうして必要なの? 昨日も言ったけど、レニーニャの船がある場所で十分じゃないの?」

「んー、あそこでも良いんだけど、そうなると、あの辺りの岩がほとんどなくなっちゃうんだ」

「ど、どういうこと!? 神社のときみたいに、エネルギー変換するんじゃないの?!」

 汗を拭きながら僕は驚きを隠せずに質問する。

「あっ、い、いや。エネルギー変換はするよ。どうせ行くなら観光名所になっている場所の方が良いのかなって思っただけ。冗談で言っただけだよ。別に騙すつもりはなかったけど、まさかそんなオーバーリアクションするとは思わなくて」

 あははと笑っているレニーニャだが、僕は彼女の考えていることが分からない。

 レニーニャは僕の心を読めるのかもしれない。

 仮に読めたとして、彼女も僕たち人間が心を読めると思っているのだろうか。

「あの。聞きたいことがあるんだけど、良い?」



つづく

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