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『岳飛伝』  作者: RiHakuun
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六

七月流火。暑さも次第に和らぎ、涼しさが感じられるようになってきた。太陽は西へ傾き、日が暮れるまでにはまだ一刻ほど――すなわち二時間ほどある。

門にもたれかかっていた韋小宝は、遠くから歩いてくる人影に気づくと、手を振った。

「秦学士!」

脇に線装本を三冊抱えた秦桧が門をくぐりながら言った。

「小宝、お前ももう十五、六歳だ。そろそろ一人前の大人だぞ。毎日ふらふらして、汴京の放蕩息子どもと同じように遊び歩いてばかりいるんじゃない。字帖はもう全部書き終わったのか?」

「秦先生が帰ってきて、検分してくれるのを待ってたんですよ。秦先生、俺、親友と約束があるんで、夕飯は家で食べません」

「このところ、どうして毎日のように外へ出ている?」

「秦先生もご存じでしょう。俺、もうすぐ童太師に従って遼国へ出征するんです。だから、いろいろと自分の用事を片づけておかないと」

「最近、太学院に新入生が大勢入ってきてな。教務に追われて目が回るほど忙しく、お前に聞く暇もなかったんだが――」

秦桧は言った。

「遼国への出征など、皆が避けたがるものだ。それなのに、なぜ自分から志願した? 戦場では刀も剣も人を選ばぬ。危険極まりないぞ」

「秦先生、ご心配なく。俺には天命があるんです。そう簡単には死にませんよ。皇帝陛下はさすが英明だ。『金と連合して遼を滅ぼす』なんて、あんな天才的な策を思いついたんですから。宋国の民として、宋軍がどうやって遼を滅ぼすのか、この目で見てみたいんです」

*

韋小宝と岳飛は、汴京東城の小さな酒楼で落ち合った。

「牛肉を一皿、落花生を二皿。それから饸饹麺を二杯」

韋小宝は袖袋から銅銭の束を取り出し、百二十枚を数えて、白布を肩に掛けた店員へ渡した。

「それと高粱酒を三両」

岳飛が言った。

上は丸襟の麻布の上着。腰のあたりには親指ほどの穴が二つ開いていて、へそまで見えている。下は青い苧麻のズボンだった。

「高粱酒は一両十文、合わせて三十文です」

韋小宝は銅銭の束から三十枚を外した。店員は酒代を受け取ると、韋小宝に一礼した。

「岳飛、お前、嫁さんの言うことを聞いて、酒は少し控えたほうがいいぞ。俺は、嫁さんがお前に腹を立てて実家へ帰ったんじゃないかと思ってる。それに、お前の長男の岳雲も五歳だ。そろそろ金を貯めて、勉強させることを考えないとな。俺がお前に軍へ入れと言ってるのに、お前はどうしても行こうとしない。もうすぐ乱世になる。国には兵が必要なんだ」

「国に兵が必要だって? だったら、国が必要としてる奴に行ってもらえばいいさ」

岳飛は笑った。

「お前だって、養父さんの忠告を聞かずに、科挙を受けて功名を立てようとしてるじゃないか」

二人は顔を見合わせ、笑った。

「科挙は簡単じゃないぞ。五十歳、六十歳になっても受け続けて、一生かかっても進士になれない奴だって大勢いる」

「それなのに、お前の養父さんの秦桧は、一度受けただけで合格したんだろ? きっと試験に受かる秘訣を編み出してるはずだ。何か二、三個くらい教えてもらわなかったのか?」

「秘訣? 『書山に道あり、勤を径と為し、学海に涯なし、苦を舟と為す』――それが秦先生に教えてもらった秘訣だ」

料理が運ばれてきた。

韋小宝は竹筒から箸を二本抜き取り、牛肉の薄切りをつまんで店からサービスされた黄豆醤につけると、大口を開けて麺をすすった。

岳飛は澄んだ高粱酒を椀に注ぎ、首を反らして一気に飲み干した。

「これからは、そう何度もお前に会いに来られなくなる。俺は童太師に従って遼国へ出征する。この飯は、俺の送別会ってことにしてくれ」

「小宝、お前は俺の一生でいちばんの親友だ」

韋小宝は饸饹麺を食べ終えると、半皿ほど残った落花生をつまみ始めた。

岳飛は燗酒の徳利に入っていた高粱酒を飲み干し、さらに二両の白酒を注文した――もちろん、これも韋小宝の支払いである。

二人が酒楼を出たころには、岳飛の頬は薄暗い赤に染まり、全身から酒の匂いが漂っていた。それでも韋小宝と肩を並べて歩く足取りには、少しの乱れもない。

韋小宝は、幼なじみのこの男の酒量に心から感服した。

*

西華門の一角に、石を積み上げて造った高台がある。その上には、汴京でもっとも豪華な勾欄が建てられていた。

韋小宝は金を払って、二枚の観劇券を買った。

芝居はすでに始まっている。

木の囲いの下には七、八十人ほどの観客がひしめき、座っている者もいれば、立っている者もいる。そのいちばん外側で、韋小宝と岳飛は踏み台に乗り、どうにか舞台を見ていた。

いま演じられているのは『単騎救主』だった。

男なのか女なのかも判然としない三人の伶人が、「イー、ヤー」と声を上げながら、唱い、語り、演じ、立ち回っている。

周囲は人の声で騒然としていた。韋小宝は必死になって歌詞を聞き取ろうとしたが、一言たりとも聞き分けられない。

もっと早く来て、前の席を二つ確保しておけばよかった。

そう後悔した。

やがて、観客が一斉に声を潜めた。

芝居はクライマックスに入った。

黒い衣装をまとい、顔一面に黒い隈取を施した伶人が、天を仰いで狂ったように笑っている。

その向かいに立つ伶人は、やや背が低い。赤い衣装を着て、胸を押さえ、頭をゆっくり左右に振っている。

観客から次々と罵声が飛ぶ。

「奸雄!」

「恥知らず!」

「この畜生め!」

「曹操、この野郎! お前の十八代先の祖先まで呪ってやる!」

赤い衣装の伶人が、棒のように真っすぐ後ろへ倒れた。

黒い衣装の伶人が、狂ったように大笑いする。

目を閉じて芝居を聴いていた韋小宝は、その高く力強い笑い声に導かれるように、雲の彼方へと舞い上がっていった。

笑い声が止んだ。

韋小宝は雲の彼方から落下した。

舞台では、黒い衣装の伶人が一人の大男ともみ合いになり、二人は絡み合ったまま床を転げ回り、互いの衣服を引き裂いている。

赤い衣装の伶人が二人を引き離そうとしたが、逆に自分の幅広い長袍に足を取られて転倒した。

そこへ一人の観客が舞台へ駆け上がり、舞台右側の幕をめくった。

三人の年老いた楽師が、どうしていいかわからない様子で硬直したまま座り込み、舞台の下を見つめている。

楽屋から小僧が一人飛び出してきて、その観客を追い払うと、幕を元通りに下ろした。

黒い衣装の伶人ともみ合っている大男には、どこか見覚えがあった。

韋小宝は舞台へ駆け寄った。

やはり――幼なじみの岳飛だった。

岳飛は拳を振り上げ、伶人の頬を何度も思いきり殴りつけた。

「今日は必ず、お前みたいな奸賊をぶっ殺してやる! 張飛爺さんの仇だ!」

額には青筋が浮かび上がっている。

韋小宝は舞台へ駆け上がり、岳飛を押し倒した。

「お前、何やってるんだ?」

韋小宝が尋ねる。

岳飛はきょとんとした顔で、呟いた。

「こいつは曹操だろ? 殴っちゃいけないのか?」

黒い衣装の伶人は仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動かない。

頬の隈取はところどころ剥げ、口元には血の跡がついている。髪はぼさぼさに乱れ、黒と赤の粘ついた液体がこびりついていた。

年の頃は二十歳そこそこに見える。

韋小宝は岳飛を支えながら、舞台の下の人混みへ潜り込んだ。

*

夜がさらに深まっていく。

街道の両側に並ぶ雑貨屋、薬屋、旅籠は、すでにすべて戸を閉ざしている。

道には一筋の明かりもなかった。

「お前、いったい何をやったんだ?」

韋小宝は岳飛を問い詰めた。

「なんで人を殴った?」

「曹操は死ぬべきだ」

「ありゃ曹操じゃない。芝居をしてる伶人だ」

「伶人だから何だ?」

岳飛はむっつりと答えた。

「誰が曹操なんか演じろと言った?」

「お前、酔ってるんだ。こんなに飲ませるんじゃなかった」

韋小宝は全身の力を振り絞り、岳飛を半ば支え、半ば背負いながら家まで送り届けた。

岳飛は土炕によじ登ると、倒れ込むように横になり、そのまま眠ってしまった。

*

二日後は、韋小宝が軍営へ出頭する日だった。

その前に岳飛へ別れを告げておこうと思い、岳家へ向かった。

だが、家の中に岳飛の姿はなかった。

いるのは、涙で顔を濡らした岳飛の母親だけだった。

「韋様、どうかうちの岳飛を助けてください。昨日の夜更け、家に二人の役人がやって来て、岳飛を役所へ連行して裁きを受けさせると言うんです」

「何のことで捕まえに来たんです?」

大体の見当はついていた。それでも韋小宝は尋ねた。

「役人の話では、ある芝居一座が県衙で大勢集まって騒ぎを起こしたそうです。十人あまりの役者が鳴冤鼓を叩いて訴状を出し、岳飛が騒ぎを起こしたとして、一緒に訴えたとか。それで県令様が、岳飛を捕まえて、法廷で顔を合わせて事実を確かめると言うんです」

岳飛の母親は泣きながら続けた。

「私は役人に、昨日の午後、岳飛が家を出てからずっと帰ってきていない、と言いました」

「どこへ行ったんです?」

「知りません」

「姚ばあさん、まさか俺が役所へ岳飛のことを密告するんじゃないかと心配してるんですか?」

「韋様、私はこのとおりの寝たきりの身です。あの子がどこへ行ったかなんて、どうして知っていましょう」

岳飛の母親は言った。

「ただ、最近あの子は一人の屠殺人と仲がよくてね。よくその人の話をしていました」

「屠殺人? どこの屠殺人です?」

「たしか城北の肉屋の……みんな『韓屠夫』と呼んでいる男です」

「本名が韓順夫という、あの韓屠夫ですか?」

「そう、その人です」

*

岳飛は韓順夫の家の竹の涼席の上で、ぐうぐう眠っていた。

韓順夫が岳飛を叩き起こした。

「このクソガキ! お前、役所から追われてるじゃねえか! 俺まで巻き込んで殺す気か? さっさと起きろ!」

岳飛は涼席から飛び起きた。

「役人はどこだ?」

「俺だよ」

韋小宝が言った。

「役人は来てない。お前の母さんから、もしかしたら韓屠夫の家に隠れてるんじゃないかって聞いたんだ」

「岳飛、お前は人に迷惑ばかりかけやがって!」

韓順夫は、脂でぴかぴか光る人差し指を岳飛へ突きつけて怒鳴った。

「役人が追及してきたら、俺が犯人をかくまったことになるだろうが!」

「役人は岳飛を役所へ呼び出しただけだ。まだ犯人ってわけじゃない」

韋小宝が言い返した。

「とにかく出て行け!」

韓順夫は最後通牒を突きつけた。

岳飛は韓順夫の家の裏口からこっそり抜け出した。

「どこへ行くんだ?」

韋小宝が尋ねた。

「役所だ。牢屋へ入る。人を殴ったのは、確かに俺が悪かった」

韋小宝は言った。

「殴った伶人に謝って、少し金を渡せば、もしかしたらこの件もそれで済むかもしれない」

「金を払う?」

岳飛は情けない顔をした。

「俺みたいな貧乏農民に、どこにそんな金があるんだよ! 小宝、お前だって県令様の性根は知ってるだろ。金を差し出せば、人を殺そうが火をつけようが見逃される。金がなければ、針一本盗んだだけでも二百回の大板だ。俺は間違いなく、あいつに殺される」

「一つ方法がある」

韋小宝が言った。

「もしかしたら、お前が鞭打ちに遭ったり、牢獄に入れられたりするのを避けられるかもしれない」

「何だ?」

「俺がずっと勧めてきたやつだ。兵隊になるんだ」

「軍隊の訓練がきついのは分かってる。でも、昔から言うだろう。『人の上に立つには、人一倍苦労に耐えなければならない』って」

「河北路宣撫参謀の劉韐が率いる軍が、真定府で『敢戦士』を募っている。志願する奴は、手足が欠けてさえいなければ、誰でも採ってくれる。顔に入れ墨を入れられた奴や、前科のある奴だって関係ない。みんな採用するそうだ」

「そして何より重要なのは、兵に志願すれば罪を免除してもらえることだ。人殺しや放火みたいな重罪は別として、今回のお前みたいな騒ぎ程度なら、きっと免除してくれる」

「お前、なんでそんなことまで詳しいんだ?」

「秦桧が教えてくれたんだ。あの人はよく天下の大事を俺に話してくれる。それに聞いた話じゃ、『敢戦士』に採用されれば、一人につき毎年、銅銭十貫も支給されるらしい――しかも減らされることはない」

韋小宝は続けた。

「大宋は今まさに遼国と戦おうとしてる。朝廷だって軍費をケチるわけにはいかない。そうじゃなきゃ、誰が命を張って戦ってくれるんだ?」

岳飛は舌を出した。

「十貫だって! 俺なんか一年死ぬほど働いて田んぼを耕しても、せいぜい四貫だぞ。生活費を引いたら、一貫だって貯められない」

「兵隊なら、飯代がかからないだけじゃない。服も靴も、たぶん金を払わなくていい」

韋小宝が言った。

「俺、行く――」

岳飛は言った。

「俺は兵になる。張飛爺さんみたいな兵になってやる!」

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