附録B
病室のソウルメイト
作者:李白雲
二十七歳の誕生日まで、あと三か月という頃、崔璇は「一生の伴侶を見つけた」と宣言した。
「一生の伴侶」というのは、崔璇のルームメイトである李白雲による言い換えで、崔璇自身の言葉では「soulmate」だった。
「一生の伴侶」は崔璇より三歳年上だった。多くも少なくもなく、ちょうど三歳。さらに奇妙なことに、二人は同じ誕生日だった。この人口五百万人を超える鉄筋コンクリートのジャングルでは、同じ月日生まれの男女など掃いて捨てるほどいるだろう。それでも崔璇にしてみれば、これはほとんど天から与えられた暗示だった。
「良縁は前世から結ばれ、佳き伴侶はおのずと天が成すものよ」
彼女はそう言った。
もっとも、その意中の男性が、良縁や天命を信じているのか、人には前世があると信じているのかについては、李白雲は疑っていた。
その頃、崔璇の人生はまさにどん底にあった。
「漢語言文学」という、人からは「天坑専攻」と呼ばれる、就職先の少ない専攻の大学院三年生。卒業は目前なのに、将来はまったく見えない。
自分が愛しているのか憎んでいるのかさえ分からない、この象牙の塔に残り続けようと思えば、道はどうやら二つしかなかった。
一つは、住むところさえ定まらない哀れな空想家――「Pathetic Homeless Dreamer」になること。
もう一つは、大学に残って教員になること。
だが後者は、望み薄だった。彼女の通う「双一流」大学では、博士号がなければ教壇に立って学生を教えることすらできない。
もっとも、本当の問題は彼女自身にあった。
もう勉強したくなかったのだ。
本人の言葉を借りれば、大学院の修士論文のテーマを考えるだけで、すでに「力倦身疲、命が半分なくなった」状態だった。
ちなみに彼女は、「力倦身疲」という言葉は「和什么什么」という名のWeChat公式アカウントの物書きが発明したのだと言っていたが、李白雲は、それは『西遊記』に出てくる言葉だと訂正した。
まして博士課程に進めば、残った半分の命まで香りを失って散ってしまいそうだった。
そんなふうに崔璇が将来のことで頭を抱えていた矢先、運命は彼女にさらに悪質な冗談を仕掛けてきた。
実の弟だった。
夏休みに外食宅配のアルバイトをしていた大学二年生の弟が、2017年最強の台風が上陸したと騒がれた、あの午後、信号待ちをしていたところを、猛スピードで走ってきたSUVにはね飛ばされ、そのまま轢き潰された。
ICUで二日間にわたる救命措置を受け、弟はかろうじて一命を取り留めた。
だが病床のそばにいた崔璇は、何かがおかしいことに気づいた。
弟は天井をじっと見つめていた。
瞬きをする。涙も流す。
それなのに、姉が呼びかけても、まったく反応しない。
一か月後、医師は弟に診断を下した。
無反応覚醒症候群。
いわゆる「植物状態」だった。
「いつ目を覚ますんでしょう?」
崔璇が医師に尋ねると、
「明日かもしれないし、一生目を覚まさないかもしれません」
医師はそう言って彼女を励ました。
「弟さんにたくさん話しかけてください。意識障害の患者さんの中には、周囲の人の話を聞いている人もいます。できるだけ刺激を与えてあげてください」
崔璇は弟の日記を読んだことがあった。
弟は歴史物語が好きだった。中でも宋代史が大好きで、高校卒業前には歴史学を専攻しようと考えたことさえあった。
そこで毎晩六時か七時になると、崔璇は弟の病床へ行き、小さな声で本を読んで聞かせた。
『ケンブリッジ中国史』から『東京夢華録』、そして『建炎以来系年要録』まで。
ある秋の夜、彼女が病棟の廊下でエレベーターを待っていると、エレベーターの扉が左右に引き込まれ、一人の男が現れた。
脇には、白い表紙の『プラトン対話篇』を挟んでいた。
崔璇はその本にも気づいたし、本を持っている男にも気づいた。
男は痩せていて、身長は一七五センチほど。襟の革が剥げかけた茶色のジャケットを着ていた。
二人がエレベーターの中で四度目に顔を合わせたとき、崔璇のほうから声をかけた。
互いに自己紹介をし合い、二人は相手の素性をひと通り聞き出した。
男は三十歳に満たず、哲学博士課程に在籍していた。
崔璇とは違い、男には明確なキャリアプランがあった。それに運にも恵まれていた。大学内に二つしかない採用枠を勝ち取り、まもなく大学教員――いわゆる「青椒」の仲間入りをすることになっていた。
男の父親は浴室で足を滑らせて転倒し、股関節を骨折して入院していた。一か月以上たっても回復しない。
男は父親の病床のそばで、本を読んで時間を潰していた。
「今どき、本を読む人なんて少ないわよ。人の心も昔とは変わったし」
崔璇が言うと、
「まず、『昔』って何なのか定義しないとね」
男は答えた。
「今の読書人口は、グーテンベルクの時代より多いよ」
崔璇と男はWeChatで友達になった。
男のモーメンツには、一件の投稿もなかった。
「十分ミステリアスね」
崔璇はそう思った。
崔璇は男の勤務先にも行った。
彼の勤めるのは二本立て大学で、彼女が普段授業を受けている場所から、通りを三本隔てただけだった。
二人は職員食堂で昼食を共にした。
崔璇は、それが異性との初めてのデートだったとは認めなかった。
だが彼女が借りている部屋へ戻ったとき、その頬の赤みは、あの日の夕暮れの残照によく似ていた。隠しようもないほど浮き立っていた。
大学三年の頃から彼女と校外で同居している、大学の同級生にして親友の李白雲は、それを見て焦った。
この、母親の胎内から出て以来二十数年間ずっと恋愛経験ゼロだったおバカな娘が、どうして突然、古い家に火がついたように恋に落ちたのだ?
崔璇は相変わらず病院へ行き、植物状態の弟に本を読んで聞かせた。
場所はICUからリハビリ病棟へ移った。
理由は二つあった。
一つは、事故を起こした運転手の要望だった。
彼は上場企業の董秘――取締役会秘書――で、ICUの一日八千元ほどかかる費用が重い負担になっていた。
もう一つは、医師の勧めだった。
ICUからリハビリ病棟へ移るメリットは、面会の制限がそれほど厳しくないことだった。
もっとも、弟がいたICUも、実際には面会規則がそれほど厳格に守られていたわけではない。
同じICUにいた一人の老婆など、口が達者で、病室の中で太極拳までやっていた。
院長の義母だった。
看護師の言葉を借りれば、
「この人、そもそもICUに入る必要なんてないんですよ」
リハビリ病棟は病院の静かな一角にあった。
白いタイル張りの外壁をした、三階建てのリハビリセンター。
そこには、一年中、子供たちや車椅子に座った老人たちが暮らしていた。
医師は崔璇に言った。
植物状態の昏睡期間が長くなればなるほど、意識を取り戻す可能性は低くなる、と。
絶望が、心の中で少しずつ膨らんでいった。
崔璇は正直に認めた。
弟は、もう永遠に目を覚まさないのではないかと思っていた。
病床のそばで本を読むことは、いつしかスマートフォンのアプリによる女性の音声朗読に変わった。
朗読は意外なほど滑らかだった。
『二十四史』の中で最も長い『宋史』でさえ、半年もかからずに読み終えた。
面白いWeChat公式アカウントの記事を見つけると、崔璇は自分で弟に読み聞かせた。
ときにはニュースや時事問題を読むこともあった。
男は一度、リハビリ病棟へ崔璇の弟を見舞いに来た。
弟の病状について話し始めると、崔璇は少し興奮した。
いったん口を開けば、もう止まらなかった。
一時間以上、とうとうと話し続けてから、ようやく男の父親の具合を尋ねた。
「父は亡くなったよ」
男は言った。
しばしの沈黙。
「幸い、安らかだった。苦しまずに済んだよ」
男が付け加えた。
――私、なんて自分勝手なんだろう。
崔璇は心の中で思った。
罪悪感が、堰を切ったように押し寄せてきた。
その夜、崔璇は借りている部屋には帰らなかった。
同居している親友の李白雲にも無事を知らせるメッセージを送らなかった。
李白雲は一晩中、心配した。
翌日、崔璇は「スマホの電池が切れて、充電するのも面倒だった」と説明した。
「どこで一晩過ごしたの?」
李白雲が聞いた。
崔璇は笑って、
「彼と一緒にいた」
とだけ答えた。
李白雲は、それ以上聞かなかった。
崔璇と男の連絡は、ますます頻繁になった。
崔璇はよく李白雲に相談した。
「彼、高校時代に一度しか恋愛したことがないって言うの。本当かしら?」
「もしかして私、本当に大当たりを拾ったんじゃない?」
「神様はどうして私にこんなに優しいの?」
李白雲は言った。
「どうして『彼があなたっていう大当たりを拾った』とは考えないの?」
「神様はどうして彼にもそんなに優しいの?」
李白雲は認めざるを得ない。
――いや、懺悔しなければならないのかもしれない。
彼女はひそかに、男と崔璇が別れてくれないかと願っていた。
だから崔璇に、
「あなたの体から漂ってくる恋愛の酸っぱくて臭い匂いには、もう耐えられない」
と言ったとき、それは本気だった。
崔璇と男の恋は、試練を迎えた。
もちろん、少し広く考えれば、どんなことだって恋愛の試練にできる。
長い裁判と障害認定を経て、弟の交通事故の賠償金が振り込まれた。
先に支払った医療費を差し引いても、二百万元近く残った。
これほど大金を一度も見たことのない崔璇は、李白雲に尋ねた。
「このこと、彼に話したほうがいいかな?」
男には才能があった。
中国の主要学術誌――いわゆるC刊――に何本か論文を発表した実績もある。
だが、経済状況は決して楽ではなかった。
李白雲は、崔璇もきっと不安だったのだろうと思った。
もし賠償金が振り込まれたことを彼に正直に話したら。
もし二人が結婚したら。
彼が自分の金を目当てにしていないと、どうして分かるのだろう?
つまり、金銭という要素が入り込んだことで、結婚はいつの間にか、一種の試す行為へと姿を変えてしまったのだ。
思えば、崔璇は一日も早く賠償金を受け取りたいと願っていた。
ところが実際に金が手に入ると、今度は新しい悩みが生まれた。
崔璇は、何も持たず、貧乏で、財布を振っても音一つしなかった頃を、少し懐かしく思った。
彼女が、自分なら本当は欲しくなかったこの思いがけない大金について男と腹を割って話したのは、婚約した翌日のことだった。
今になって振り返れば、実に微妙な日取りだった。
親友の李白雲でさえ驚いた。
――なるほど、この小娘、なかなか腹黒いところがあるじゃないか。
「賠償金が下りたの」
崔璇は男に打ち明けた。
「ちょっと金額が多いんだけど、少し出して、私たち夫婦の共有財産にしない?」
男は首を横に振った。
「じゃあ、あなたはどうしたいの……?」
崔璇が尋ねた。
「それは君の弟さんの治療費だろう」
男は言った。
「弟さんのために使えばいい」
「弟、もう目を覚まさないかもしれないよ」
「それでも彼のお金だよ」
男は言った。
「僕は、その金には手をつけたくない」
分かった。
――この男、合格だ。
しかも満点で。
男の答えに、崔璇は嬉しくなり、そして得意になった。
自分は人生の「soulmate」を見つけたのだ。
彼女は借りていた部屋を引き払った。
引っ越しの日、彼女と李白雲は部屋で「解散飯」を食べた。
ビールの酔いに任せて――いや、酔いなど借りていなかったのかもしれない。
李白雲は胸の内をすべて吐き出した。
「なるほど。あんたが『一生結婚しない』って言ってたのは嘘だったのね」
「なるほど。『実の弟以外、この世の男は全員嫌い』って言ってたのも嘘だったのね」
「それから、あんたが『私は絶対に子供を作らない主義』って言ってたのも、嘘なんじゃないかって、私は疑ってる」
崔璇は言った。
「子供を作るかどうかは、彼がどうしたいかによるわ」
「恥知らず、恥知らず」
李白雲は嘆いた。
「言ったことを忘れて、あとで掌を返さないようにね。なんだか、あんたがすごく遠い人になった気がする」
「あなたにも、あなたの恋が見つかるわよ」
崔璇が言った。
李白雲は半分本気、半分冗談で言った。
「でも、私はもうあんたの中に恋を見つけてるけどね。あんたが私を『旦那』と呼んで、私があんたを『嫁さん』と呼ぶ。たまには同じベッドで寝たりもする。それって恋愛じゃないの?」
「なのに今じゃ、あんたは別の人を『旦那』って呼ぶ。そのうえ、その人は男だ」
「あなたは私の大切な親友よ」
崔璇は言った。
そして、もう一度言った。
「本当に、本に書いてある通りなのかもしれない。人って、自分とぴったり合うもう一人をずっと探してるのよ」
「私と弟は、小さい頃に両親を亡くしたでしょう。私のsoulmateに出会うまで、父親がそばにいるってどんな感じだったのか、ほとんど覚えてなかった」
「でも彼に出会ってから、とくに彼のお父さんが亡くなった時期に、こう思ったの」
「両親がいないって、もしかしたら、それはそれで幸せなことなのかもしれないって」
「父親の愛情も母親の愛情も知らなかったから、失う苦しみも知らずに済んだんじゃないかって」
「もういい、もういい」
李白雲が言った。
「そんな酸っぱい話、未来の旦那さんにでも聞かせなさいよ」
そして彼女は言った。
「崔璇、幸せになってね」
崔璇の結婚式は、予定どおり執り行われた。
その頃、李白雲は故郷へ帰る高速鉄道の車内に座っていた。
崔璇の弟は、今もなお昏睡状態から目を覚ましていない。




