エピローグ
「はあ、早く出てこねえかなあ……」
テレビを観ながら、呟いたのは加藤徹だ。
「本当だよ。引っ張るんじゃねえっつーの。それにしても、信じられねえよな」
そう返したのは、中間浩である。その両目は、テレビに釘付けであった。
このふたり、二十年前は暴走族の一州連合に所属していた。セント・エルモ学園の一年D組に乱入したのも、このふたりである。今は真面目に暮らしているが、当時の仲間とは年に一度くらいのペースで会っていた。
そして今日は、一州連合のOBが勢ぞろいして、馴染みの居酒屋でテレビを見ているのだ。
「本当に信じられねえよな。あの只野が、まさか大統領になるなんて……何かの冗談かと思ったよ」
当時、一州連合の総長だった岸田直樹が、しみじみとした口調で言った。ちなみに、彼のバイクは未だにサイドカーとユニコーンの頭が付いたままである。今では、幼い子供を横に乗せて走るくらいだ。
只野聖斗が、アメホン国の大統領になった──
そんなニュースが日本を駆け巡ったのは、つい一月前の話である。
アメホン国は東欧の小国であるが、日本人には馴染みのない場所だ。戦争でも起きない限り、日本のニュースで名前が登場することはない。
そのアメホン国が注目されるようになったのは、日系人の只野聖斗が大統領選挙に立候補してからだった。もっとも議員の経験もなく、現地の言葉も片言程度にしか喋れないことから、単なる泡沫候補としてしか見られていなかった。
ところが、選挙の結果は皆の予想を覆すものだった。只野は、大統領に選ばれてしまったのである。マスコミは、この奇跡の勝利を連日のように報道した。
本日、屋外の会場にて、只野は大統領として演説を行うことになっている。当然ながら、世界のマスコミが集まり、彼の一挙手一投足をカメラで映し出していた。
そして今、かつて只野とかかわりのあった者たちは、懐かしい思いを噛みしめながらテレビを見ている。
一州連合の面々もそうであった。
「それにしてもさ、サイドカーを付けられた時はどうしようかと思ったけどよ、ウチのポチが自分からちょこんと乗ってきたんだよな。あれから、ポチも集会に参加するようになっちまったんだよ」
岸田は、微笑みながら語った。
◆◆◆
同じ頃、別の場所では──
「おい鎌田、こいつは誰じゃ?」
テレビを観ながら尋ねたのは、東亜松千代組の先代組長・松田である。既に八十を過ぎているが、未だに外をジョギングするくらいの体力は維持している。
「はい、こいつは木杉といって、只野のマネージャーのような奴です。なかなかのキレ者、との噂ですよ」
答えたのは、現組長の鎌田である。もう六十近い年齢だが、それでも逞しい肉体を維持していた。
屋敷の庭には、先代より受け継いだ火之迦具土神が置かれている。もちろん、只野が作ったコンクリートの台座付きだ。
東亜松千代組の組長となる者は、コンクリート台座付き火之迦具土神を毎日百本振ることが義務付けられている。それができなくなった者は、組長引退となるのだ──
「それにしてもよう、只野が大統領になるとはな。どういう経緯だったんだ?」
尋ねた松田に、鎌田は苦笑しつつ答える。
「それがですね……まず只野は、プレスリーものまね大会に出たんですが、全参加者中で最低点を叩き出したらしいんですよ。それが逆に話題になって、ネットで只野の名前が一気に広まりました。そんな只野に目をつけたのが、前アメホン国大統領だったんですよ」
「おいおい、前大統領は何を考えてんだ」
「まあ、前大統領も最初は日本のコメディアンを呼ぶようなつもりだったんです。ところが、いざ実際に会ってみたら、只野の毒に侵されたようでして……それで、次期大統領に立候補してくれ! と頼んだそうです」
「なんていい加減な大統領なんだ……」
「只野も只野なんですよ。普通なら、滅相もないと断りますよね。でも只野は、わかりました! と引き受けちゃったらしいんです」
「でも、選挙はやったんだろ。よくもまあ当選したもんだ」
「それかですね、奴にはとんでもない連中が助っ人になったんですよ。まず木杉がマネージャーとして暗躍し、星川コンツェルンが只野をバックアップしました。さらにシンガーソングライターの幸田尊が只野の応援ソングを作り、トドメにハリウッド女優の芳賀結子が応援に駆けつけたそうです」
「本当かよ……さすが只野、とんでもない人脈だな」
「そんな連中が出てきたら、アメホン国の連中もすっかりビビっちゃいましてね。さらに、只野なら何かやってくれるんじゃねえか……と期待する若者層がどんどん投票に行き、終わってみれば大差で只野が大統領に選ばれたんですよ」
「恐ろしい奴だな、只野は」
「ちなみに、アメリカのプラトン大統領もSNSで只野支持を表明していたそうです」
◆◆◆
その頃、王牙の里では──
「桜子、もうすぐ只野が演説するぞ」
「まあ、本当に?」
「あいつ、どんなことを言うんだろうな。楽しみだよ」
王牙剣之助と、王牙桜子……ふたりは夫婦となり、王牙の屋敷でテレビを観ている。
王牙と風魔。ふたつの勢力は、かつて敵対関係にあった。それが、今では恒久的な平和条約を結んでいる。両一族の交流は、互いを大きく発展させていった。
その礎となったのが、王牙剣之助と風魔桜子の婚姻である。
「お、只野が出てきたぞ」
「本当?」
「あいつ、大統領になったのに貫禄が全くないなあ。あの頃のままだ」
剣之助と桜子は顔を見合わせ苦笑したが、それも無理からぬことであった。
既に三十代半ばの年齢であるはずなのだが、只野の表情には相変わらず締まりがない。のほほんとした態度で、マイクの前に立っている。
その傍らには、マネージャー代わりの木杉が立っている。彼の方は堂々とした態度であり、にこやかな表情でマスコミらを見回していた。
だが、その表情はすぐに一変した。さらに、その口から驚くべき言葉が飛び出す。
「只野! お前、また何かやったのか!?」
途端に、カメラは上空へとフォーカスする。そこには、銀色の巨大な円盤が映し出されていたのだ。そう、いわゆるUFOである。
テレビを観ていた視聴者は、皆息を呑んだ。全世界に生中継されている映像に、本物のUFOが映っているのだ。
UFOは、ゆっくりと着陸する。よくよく見れば、機体にはデカデカと絵が描かれていた。それも、エルヴィス・プレスリーの顔である。あまり上手くはないが、それでも一目でプレスリーとわかる絵だ。
マスコミがパニックに陥る中、UFOの側面が大きく開かれた。中からは、銀色に光る鎧のような服を着た者が降りてきた。おそらくは異星人であろう。
異星人は、マイクの前にいる只野を指さす。直後、とんでもない言葉が飛び出す。
「タダノ! アソビニキタゾ!」
「えっ、今から演説しなきゃならないんだよ。ちょっと待っててね」
只野は、すました表情で答えた。UFOと異星人を前にして、全く怯む気配がない。一方、異星人はおとなしくその場に留まっている。明らかに場違いだが、そんなことを指摘できる者はいない。
さらに只野は、マイクに向かい語り出す。
「えー、国民の皆さん。楽しく生きましょう。ウィンウィンの精神です。一緒に、誰もが笑って楽しく暮らせる……そんな国を作っていきましょう」
全く重みのない言葉だ。しかし、会場に異星人が現れた大統領演説など世界史上初であろう。観ている者は完全に呑まれ、唖然となりながら彼の演説を聞いていた。
もっとも、かつて只野に接した者たちは別だ。彼らは一様に、苦笑しつつ呟いていた。
「お前、全然変わってねえじゃねえか。次は異星人かよ……」




