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悪魔の囁き、天使の甘い言葉

俺は、どこまでも続かのような廊下の迷路を右へ左へと進んでいった。かなり広い空間だが、いずれは外に出れるはずだ。幾度となく曲がり続けた後、後ろから声を変えられた。


「待て」


そこにいたのは俺と入れ替わりで部屋に入ったはずの細身男だった。きっと迷っているうちに部屋の近くに戻ってきてしまっていたらしい。


「すみません。帰りたいんですが、迷ってしまって。」

「面接に来た方ですよね。」

「はい。しかし、何も知らないできてしまって。恰好もこんなですし、申し訳ないのですが、帰らせていただけますか?」

「こちらです」


男は丁寧でありながら、親しみやすい口調で、清潔感があり、どこか人が良さそうな感じすらした。


「ところで、年齢は?」

突然、男の口調が厳しくなった気がした。だが、そんなことはどうでもいい。これは出口までの雑談に過ぎないのだから。


「ああ、年齢...27です」

「若いとは言えないな。学歴は?」

「大学院を出ています」

「なるほど、大した大学じゃないな。」

男は資料をパラパラ見ながら言った。何の資料だろうか。それに、質問もすでに知っていることを確認するような感じだ。さっきまで親しみやすいと感じていた男が急に不気味に思えてきた。


「職歴は?」

「バイトはしていましたけど...」

「他には?」

「大学院生だったので...」

「職歴なし。」

「君が一番望んでいることは?」

奇妙な時間が流れていた。面接ならともかく、出口まで歩いている間にする雑談という感じはもうない。きっと帰れないな、と思った。いくら何でも出口までが遠すぎるし、これは明らかに面接だからだ。俺は面接をしても無駄だと思わせるために奇妙な答えを言った。


「あり得ない死に方をしたい。だれも経験したことのない死に方を。見たことも聞いたこともないやつ。」

嘘ではない。誰だってそんな生き方、死に方をしたいという願望はあるのではないか。面接には適さない答えだが。男がどんな反応をするかと思ったが、男は無表情で次の質問に移る。

「君が一番恐れていることは?」

「力を発揮できないことです。自分らしくいられないのは恐ろしい。最も、私はニートで、何もできない空っぽ人間ですがねww」

「なるほど、少々お待ちください。」

「待つ?何を待つんですか?出口はどこですか?いい加減にしてください!」

男は質問に答えてくれない。そんな男の態度に、メールを寄越した先輩が頭によぎった。どうして俺の周りにはこういう人間ばかりなんだろうか。

「よし、着いてこい」

男は再び歩き始める。

もう、着いていく以外に選択肢はなかった。僕はまた、帰れないなと思った。


「今から百年以上前の話にはなるが、人々を妖怪の恐怖、迷信から解放し、合理性によって妖怪退治をした人を知っている?」

「何の話ですか?」

「知らないんだね。彼は実際に、合理性によって人々を啓蒙していたが、それだけではなかった。妖怪は迷信だけではなかった。本当にいた。」


妖怪?なるほど、この人は頭がおかしいらしい。しかし、この感じだとこの建物の人間全員が頭のおかしい連中とも限らない。ここは一応話を聞くふりでもしておくか。

「何がいたんですか?」

「妖怪。だが、彼は真実を隠した。時代の流れがあったから。彼の立ち上げた組織は国家によって解体され、本当の妖怪退治は秘密裏にやらざる負えなくなった。私たちはそういう組織。」

「そうなんですね」

「妖怪は忘れ去れ去られることと、合理性に解決されることを嫌う。」

「どうしてですか?」

「消えるから。存在ごと何もかも。」

「それは確かに嫌ですね」

「だから妖怪には芸術家やプロスポーツ選手、芸能活動をする人が多い。秘密を持ちながら、同時に忘れられない存在になれるから。それに自分の能力を発揮できる。もっと言うと君が好きなあのVtuberも妖怪。」

「確かに妖怪みたいな配信者ってのはいますねwwじゃあ大谷も妖怪ですか?」

「あれは人間。」


「話を戻すけど、妖怪の中には善良な奴が多い。でも、そういった活動をしない妖怪もいる。」

「そういう妖怪はどうしてるんですか?」

「疫病になったり、災害を起こして、人々に忘れられないようにする。」

「最近、疫病とか災害が多いのはそういうことなんですね。」

「違う。妖怪の仕業ではあるけど、人間が環境を破壊していることと、悪意をむき出しにする人間が増えたから。妖怪は人間の意識に潜んでいて、それに呼応する形で現れる。」

「善意には善の妖怪が出てきて、悪意には悪の妖怪が応えるってことですか?」

「そんな感じ。」

「人間は愚か。何かが起これば国家や政治家、悪魔、妖怪のせいにする。その悪意がまた妖怪を生み出す。そして...」

「愚か♡愚か♡愚かといえば、神や天使に縋って、思考停止しちゃうのもね♡雑魚雑魚な脳みそ♡」


スーツを着たブロンドツインテールの少女が話を遮るように耳元でささやく。

「どこから現れた?」

「ふつーに後ろからだよ♡気づかなかった?お耳よわよわお兄さん♡そんなお兄さんは私たちに協力してくれるのかな?」

「協力って、何をすればいいんだ?」

「妖怪退治♡正確には私たち、悪魔と天使を使役して欲しいんだよね♡」

振り返ると、後ろにいた細身の男の姿がない。代わりに中性的なグレーでショートカットの少女?がいた。こちらもスーツを着ている。

「二人ともスーツを着るような年齢ではないと思うけど、このごっこ遊びのためにそ子供用スーツを作ったの?それに、ここはどこか教えてくれないかな?」

「もー、察しが悪すぎぃ♡」

「愚か。」

今日はずっとアウェイだなと思った。そういう日なのだろう。もう仕方がない。どうしようもないのだ。

「私たちは天使と悪魔。」

「お兄さんは私たちを使役して♡妖怪退治して♡」

両耳で囁かれる。

一瞬、気が持ってかれそうになったが冷静になり質問を絞り出す。

「何で俺が必要になる?」

この子達が本当に天使と悪魔なら勝手に妖怪退治とやらができるはずだ。人間である俺には関係ない。

「天使は人間の祈りに応えて力を発揮する。逆に悪魔は人間との契約によって力を発揮する。」

「だからお願い♡ざこざこお兄さん♡私と契約しよ♡」

「少し考えさせてもらえないか?」

「だめ、ここで決めなきゃいけない。知ってしまったからには、このまま外に返すわけにはいかない。」

「でも契約内容とか知りたいし...」

「契約内容はこれ♡」


ツインテールの少女が一枚の紙を差し出してくる。

そこには小さな文字で事細かに業務に関することが記されていた。


「え?」


目を疑った。契約内容の中に「名前を失う」「これまでの人生を捨てる」という項目があったからだ。


「これってどういう...」

「そのままの意味。」

「なくなるの♡君がいたってことも♡社会から消えちゃうんだよね♡」

「さすがに、これは...」

「ねー♡ねー♡お兄さんはこれまで、あれが悪い♡これが善い♡っていつも繰り返して、今日はアウェイだとかツイてない♡仕方ない♡って現実から目を背けて、甘い言葉に誑かされてきた人生を送って来たんだよね♡」

「何でそんなことが分かる?」

「わかっちゃうんだよね♡私、悪魔だから♡」

少女の目はトカゲのようなヤギのような不気味な目になっていた。

「お兄さんは薄々、人生をあきらめてる。人生を茶番だと考えている。それじゃ救済はない。お兄さんが救われるためにも、私たちに協力してほしい。」

「抜け駆け♡ね?お兄さん、私となら欲望を解放することだってできちゃうんだよ♡はー♡」

悪魔が腕を体に回し、耳に息を吹きかけてくる。

焦って、振りほどこうとするが悪魔の力は強く、すぐに無理だとわかった。苦しいながら何とか言葉を絞り出す。

「いや、でも、やりたいことなんて、特にないし」


「それはお兄さんが役割を持つことができてないから。でも、こっちに来れば未知なる神秘、新しい世界が見えて、きっと神の救済を望むようになる。」

天使が裾をつかみ、上目遣いでこちらを見つめる。


「お願い。」

「お願い♡」


「ちなみに、断るって選択肢は...」

「ないよ♡」

「あるけど、それなりの処理をさせてもらう。」

天使が悪魔を小突きながら言った。



こうして俺は「白黒の組織」に入ることになった。白いシャツにスーツを着るから「白黒」らしい。確かに断ればどうなるかわからないという恐怖もあった。しかし、これは誰が決めたことでもない。天使と悪魔は俺の心を見透かしているように正しいことを言っていたし、事実、俺には失うものもなかった。何より、必要とされたことが嬉しかったのだ。こんな風に人から何かを求められることは、もう何年もなかった。俺は悪魔の囁きに惑わされ、天使の甘い言葉に縋っているだけなのかもしれない。だが、そのことについては後で考えることにした。今、考えても解決できそうにないからだ。

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