48話 第一回ハーチス領会議
純度の高い魔素の濁流が室内を巡るのと同時に、崩落していた天井や壁が修復されていく。
「アヒャッヒャー! ガチでウメェエエエエ! 最高の飯だぜ、染み渡るぅぅううう」
メイズは波に身体を任せながら、危ない薬をキメたかのように高笑いを上げる。
私は素早く崩落していない天井にしがみつき、魔素の濁流から身体を離した。シロタは埋もれてどこにいるのか分からない。
ツバキは溺れそうになりながらも、スイレンを抱えながらどうにか魔素の濁流から顔だけを上げていた。しかし、顔色は悪い。
「……き、気持ち悪うござりんす」
「このままではツバキが魔素の過剰摂取で身体が弾けてしまいます! 一旦、避難を!」
スイレンの叫びに反応し、私はスキル<転移>を使って世界樹の外に全員を移動させた。
「リリナ商会長! 怪我をしているではありませんか。いったい何が……」
外で待っていたエンジュが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「心配ない。スキル<超再生>でほとんど傷も塞がっている」
私は額の血を拭うと、地面に転がったシロタを持ち上げた。
「短時間で随分と太ったな」
シロタはどう見ても健康的ではないむっちりボディタヌキに変化していた。
「無意識に魔素を吸収してしまったようでして……ゲェフッ」
まあ、精霊だから死にはしないだろう。
シロタを放り投げると、他の面々の様子を見る。
ツバキとスイレンは息を切らしながら蹲っているが、怪我はないようだ。
メイズに関しては腹を出しながら、「おいしい、もっとぉ」と言いながら寝ている。血糖値スパイクだろうか。
「ご主人様、世界樹に新芽が!」
シロタが指した方向を見れば、世界樹の枝先に緑色の葉がついていた。そして葉は徐々に世界樹全体に芽吹いていく。
「ああ、世界樹様。本当に良かったです」
スイレンが手を組み祈りを捧げると、同じ獣人族のツバキとエンジュもそれに倣った。
長く苦しい時代を生きた獣人族にとって、衰退の象徴であった世界樹の復活はどれほどの想いが生まれるのか私には想像もつかない。
そしてこの変化が世界にどれほどの影響を与えるのかも。
☆
今後の事を話すために、ツバキが住んでいた小屋に私たちはいた。
欠けた湯呑に入れられた安物のお茶を飲みながら、世界樹の中での出来事をエンジュに話していく。
「……世界樹の復活により、ハーチス領の消滅は回避できたということでしょうか」
エンジュの質問に、世界樹の巫であるスイレンが首を横に振る。
「150年という長い年月で消費された魔素は、元通りになるのには時間がかかります。世界樹がある程度復活するのには数か月はかかるでしょう。世界樹から大地に魔素を行き渡らせるのはその後になりますから時間がかかりますし、問題があります」
「問題とは?」
私が問いかけると、スイレンはシロタを見た。
「魔素の源泉とは様々な属性が混同していますので、それを火や水などの属性ごとに分離さて下級精霊が扱いやすいように性質を変化させる必要があります。これは大精霊にしかできないこと。しかし、シロタ様はまだ完全に覚醒をしておりません」
「世界樹が元気になるまで数か月は時間があるんだ。その間に覚醒したらいい」
「そんな簡単に……」
「いいからやれ、シロタ」
「はぁい」
しおらしく耳をへにょりと下げているが、シロタの目はあきらかに無理だと抗議していた。もちろんそれは無視する。
「大丈夫ですよ、シロタ様。わたくしがサポート致します。教育も得意ですよ。シロタ様は洗脳にもかかりやすいみたいですし、安心してわたくしに身も心も任せてください」
「せせせ洗脳!?」
シロタは目を見開いて驚きのあまり飛び上がった。
そういえば、スイレンが現れた時にシロタが急に好戦的になっていたが、あれが洗脳なのか?
私はスイレンにスキル<鑑定>を行う。
*********
スイレン・ケロニウス
種族:獣人(亀種)
ユニークスキル
記憶操作A
ノーマルスキル
洗脳A 怪力D
*********
「……なるほど。世界樹を託される巫なだけあるな。強力なスキルだ」
洗脳に記憶操作とはかなり相性のいいスキルの組み合わせだ。それに両方ともAランクとは、かなり使い込まれてるとみて間違いない。
「悪しき思想を浄化していただけですよ」
スイレンは聖母のように微笑む。なかなかの食わせ者のようだ。
「ツバキとスイレンは私の部下になるということでいいのか?」
「もちろんでありんす。リリナ様にわっちの将来を捧げんす」
「異存ありません」
ツバキとスイレンは意志の強い瞳で私を見た。
「それならツバキは領主としての私の補佐を。スイレンは世界樹の管理とシロタ……ついでにメイズの教育を頼む」
「心得ました」
「げぇ! ぜってー嫌だ」
「ようやく起きたのか、メイズ」
私はメイズに優しく微笑んだ。
「え、マスター。怖いんだけど。あーし、なんか気に障ることした?」
「腹は満たされたか? お前のユニークスキル<ダンジョン作成>について説明しろ」
「生き物が持っている魔素をDPに変換して、あーし好みのダンジョンを作るだけだよーん」
「どんなものが作れる?」
「あーし、まだまだ子どもだからわかんなーい」
ぶりっ子動作でこちらをイラつかせながらメイズは言った。
「カタログがあります。そこからDPで支払いすることによって、地形やオブジェクトを設定することができます」
「テメェ、クソ亀男女!」
スイレンに掴みかかろうとしたが、私がメイズの肩を掴む方が早かった。
「私に嘘をついて騙そうとしたのか? 今すぐお前の本体を消滅させてやろうか」
「ごごごめんなひゃい、ますたぁ」
メイズは涙目になりながら空中に電子画面を呼び出した。
そこにはダンジョンに置ける物のカタログが表示されている。ダンジョンのテーマと書かれいる場所には、森と地下道があり必要なDPが書かれていた。
その他には木や岩などのオブジェクト、さらには魔物や罠なんかも選べるようだ。
カタログと言われていたが、どちらかと言えばネット通販の画面に近い。商品をカートに入れてDPで支払いができる便利仕様となっていた。
「……大したものがないな。魔物はゴブリンしか買えないようだし」
「それはあーしの魔物としてのレベルが低いからでぇ。成長すれば買える物の種類が増えていく感じぃ」
「どうすれば成長する?」
「人間とか魔物があーしのダンジョンで死にまくってぇ、いっぱい養分になってくれれば!」
目をキラキラさせながらメイズは言った。
「死ぬ以外にDPを取得する方法はないのか?」
「死ぬのが一番効率がいいけどぉ、ダンジョンに入った生物は一日一回入場料としてカスみたいなDPを徴収できるよん」
「死ぬのが100DPだとすると、入場料はどれくらいだ?」
「そんなの1DPぐらいにしかならないしぃ。マジでカスッ」
メイズは不満げだったが、私は十分に勝算を得た。
「ダンジョン内に街をつくり、そこに人を住まわせて、仕事をさせればいい。そうすれば、安定的にDPを稼げるだろう」
正統派のダンジョン経営なんて生ぬるい。ダンジョンを生活インフラにして、がっぽり金を稼ごうじゃないか。




