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ディラン視点②


「……本当に孤児院に入っていったな」



 フェリシーがこのまま黒髪男とどこかへ行くのかと疑っていたが、2人(正確には4人だが)は待ち合わせをしてすぐに孤児院に向かっていた。

 一緒に孤児院を回るという話は、どうやら嘘ではないらしい。




 じゃあ、エリーゼを捜しているというのも本当か?

 いや……まだ、エリオットにいい顔を見せようとしてるだけっていう可能性も……。




 フェリシーを嫌な女だと思いたいわけではない。

 ただ、エリーゼを見つけたらフェリシーはこの家を出ていく──それを信じたくないという気持ちが強い。




 くそっ!

 エリーゼが見つかることも、その代わりにフェリシーが出ていくことも、俺が望んでいたことだっていうのに……なんでこんなにイラつくんだ?




 イライラする気持ちを抑えながら、孤児院を囲っている小さな木に隠れて様子をうかがう。

 眼帯男が持っていた箱の中に、たくさんの小袋が入っているのが見えた。


 俺の部屋に置いてあった、フェリシーの手作りクッキーと同じ袋だ。




 あれは……!

 俺やレオンだけじゃなく、孤児院の子どもたちにも作ってたのか。





「おい。レオン! フェリシーが孤児院にもクッキーを差し入れしてるぞ! やっぱりたくさん作ってたんだ。でも、さっき会ったときにあの男に渡してなかったってことは、あの男の分はないってことに……レオン?」



 意気揚々と話しかけながら背後にいるであろう弟を振り返ると、レオンはまだだいぶ離れた道をトボトボと歩いていた。

 だいぶ疲れているのか、頭も項垂れていて足をズルズルと引きずっている。




 ……あの引きこもり、体力なさすぎだろ。




 俺のもとに到着するなり、レオンは孤児院の様子を見ることもないままドサッとその場に尻もちをついた。

 体力の限界なのか、青い顔をしてゼーゼーと息切れしている。



「おい。走ったわけでもないのに、なんでそんなに疲れてんだよ」


「家……から……どれだけ歩いたと思ってんの……ハァ……ハァ……。なんで……フェリシーは……馬車を使わないんだよ……ゼェゼェ……」


「…………」



 ワトフォード家はわりと街に近い位置にあるため、歩いて街に出るのはそんなにおかしいことではない。

 運動がてら俺もよく馬車を使わずに街に出ることがあるため、特に何も気にしていなかった。


 だが、令嬢の足では馬車を使ったほうがいいに決まっている。

 引きこもりとはいえ、男のレオンですらこんなに疲れているのだ。




 そういえば、なんでフェリシーは馬車を使わないんだ?




 そこまで考えて、少し前の自分を思い出す。

 フェリシーのことが気に入らなかった頃、彼女に向かって言ったことがあるのだ。


『街に出たいなら好きにしろ。ただし、ワトフォード家の者だとバレないように馬車は使うな』と。




 ……俺のせいか!!!




 自分の過ちに気づき、両手で頭を抱えてしまう。

 ワトフォード家には家紋のついていない馬車があるため、それを利用することは可能なのだ。

 それなのに馬車を禁止にしたのは、ただの嫌がらせでしかなかった。




 あの頃の俺……なんてひどい男なんだ!

 エリーゼと同じ年の女に、馬車を禁止にするなんて!!

 



 最近、俺はこれまでフェリシーにかけてきた言葉の数々を思い出しては、こうして頭を抱えることが増えた。

 なんであんなことを言ってしまったのか、なんであんなことをしてしまったのかと、後悔ばかりが押し寄せてくるのだ。




 エリオットが勝手に連れてきただけで、フェリシーがエリーゼの代わりになると申し出てきたわけでもないのに……。




 勝手にフェリシーを『エリーゼの居場所を奪う者』と思って敵視していた。

 そんな俺の態度が、どれだけ傷つけていたのかも考えずに──。



「あ。あの本、読んでる」


「!」



 レオンの声にハッとして、孤児院のほうに視線を戻す。

 差し入れが終わったらしく、フェリシーは子どもたちと庭に座って本を広げていた。


 子どもに囲まれ笑顔で本を読んでいるフェリシーが、やけに神々しく見えてしまう。



「……女神か?」


「え? なんて?」



 レオンの眉間にギュッとシワが寄り、まるで不審者を見るような目で見つめられている。

 そこで初めて、自分のセリフを脳が認識した。




 あっ!? 俺、何言って……!?




「いや! 今のは違う! べっ、別にフェリシーのことを言ったんじゃ……!」


「なんでもいいけど、その悪人顔でそんなこと言うのやめてよね。気持ち悪いから」


「…………」




 弟が冷たい……。




 レオンは昔から物事をハッキリ言うヤツだったが、面と向かって「気持ち悪い」と言われたのは初めてだ。

 なんともいえない悲しい気持ちがズーーンと心を覆ってくる。


 そのため、レオンが小さく「まあ、俺も同じこと思ったけど」と呟いたように聞こえたが、きっと俺の空耳だろう。



「と、とにかく、孤児院にボランティアに行ってるっていうのは本当だったらしい……な……」



 そこまで言ったとき、他の子どもたちにパンを配っていた黒髪の男とバッチリ目が合ってしまった。

 本を読んでいるフェリシーをもっとちゃんと見ようと、体を少し乗り出してしまったのが原因だろう。


 突然のことに驚き、一瞬だけ体が動かなくなる。



「あ」


「何? どうした……のっ!?」



 まだ体力が回復していないであろうレオンをガバッと持ち上げ肩に担ぐなり、俺は全速力で走り出した。



「えっ!? ちょっ……何!?」


「帰るぞ!!」


「はあ!?」



 あの黒髪男があのあとどんな行動に出るかはわからなかったが、もし見つかったら最悪だ。

 フェリシーのあとをつけてきただなんて、絶対に知られたくない。




 くそっ!

 顔を見られたが、俺だってバレてないよな!?




 こっちだって知らないんだから、きっとむこうだって俺のことを知らないはず。

 そう思いながらも、フェリシーに見られることのないようにと足を止めることなく走り続けた。

 

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