ディラン視点①
「あっ! 男と会ったぞ!」
フェリシーの尾行を開始して数十分。
とある店の前で、フェリシーが若い男に挨拶しているのを見た。
相手は2人いるが、満面の笑みで挨拶を返している黒髪の男が例の『ケーキを一緒に食べた男』だろう。
あいつか……!!
無意識にギロッと睨みつけていたらしく、レオンに「そんな顔してたら街の人に通報されるよ」と言われてしまった。
久々に外に出たせいか、レオンはすでに疲れた顔で少しだけ息切れしている。
「うるせーな! 見つかるからもっとこっちに来い!」
「ディラン兄さんのがうるさいけど……」
レオンの腕をグイッと引っ張り、近くの店の陰に隠れる。
やけに周りにいる女からチラチラと見られている気がするので、無意識に大きな声を出してしまったようだ。
「……バレてないよな?」
「大丈夫だよ。フェリシー全然後ろなんて気にしてないし」
「…………」
気づかれていないことはいいが、それだけ目の前の男のことしか見ていないのだと思うとそれはそれで腹が立つ。
くそっ。なんであんな男と……!
あんな男──と言いつつ、黒髪の男は遠くから見てもわかるほどの美形だ。
背の高さ、立ち姿、服装、仕草、フェリシーに対しての態度……どれも認めざるを得ないほどに完璧に見える。
どこの家の者だ?
「レオン。あいつ、誰だかわかるか?」
「僕がわかるわけないでしょ。たとえ同じ学校にいたとしても、誰1人顔なんて覚えてないし」
「なんだよ。使えねーな」
「そういうディラン兄さんは知らないの? あの人、絶対僕より年上だよ」
「ん――……」
どこかで会ったことはないかと、通っていた学園や参加したパーティーの記憶を呼び起こしてみる。
どれも俺の周りには仲の良かった友人しかいなくて、知らないヤツの顔は誰も浮かんでこない。
知らねーヤツとは話さないからな……。
挨拶とかそういうのは全部エリオットに任せてるし。
「俺もまったくわからない」
「……どっちが使えないのさ」
「うるせーな! それより、フェリシーはあの男にクッキーを渡してないだろうな!?」
「渡してないよ」
俺が作らせたクッキーをあの男に渡すのは許さない。
そう言いつつ、実際に渡していたらどうするのか自分でもよくわからない。
本音はすぐに出ていってクッキーを奪いながら「コイツには渡すな!」と言いたいところだが、俺の中にある小さな理性がそれはダメだと言っている。
ああ……くそっ!
なんかわかんないけどイライラするな!
「あっ、歩き出したよ」
「えっ?」
バッと店の陰から顔を出して見ると、フェリシーが黒髪の男と並んでこちらとは反対方向に歩き出していた。
付き人の2人は少しだけフェリシーたちから離れてあとをついている。
なんであの2人が並んでるんだよ!?
あんの眼帯男、しっかりフェリシーを護衛しろよ、バカが!!
ビトとかいう付き人に恨みの念を送ったとき、クルッとそのビトがこちらを振り向いた。
レオンと一緒に慌ててサッと身を隠す。
見つかった!? なんで急に振り向くんだよ!
ソーーッとまた顔を出し確認すると、もうビトは前を向いていた。
一瞬目が合った気がしたけど、どうやら気づかれなかったらしい。
振り向いたのはただの偶然か?
バレたかと思ったぜ……!
「あのビトって男、俺の気配を察したのかもしれない。レオン、気をつけろよ」
「ビトって誰?」
「さっきこっちを振り向いた男だよ! フェリシーの付き人!」
「振り向いた男……あの後ろを歩いてる2人のどっちだっけ?」
「…………」
ついさっきのことなのに、それすら覚えてないのかよ!?
そもそも、ビトは屋敷からずっとフェリシーと一緒にいた。
それをレオンも見ているはずなのに、今はあの黒髪男の連れと見分けがつかないらしい。
他人に興味がないにしても程があるだろ!!
昔から変わらない弟に呆れつつ、そんな弟がフェリシーのことだけはしっかり名前で呼んでいることにも違和感を覚える。
レオンが家族やジェフ以外の名前を呼ぶのは非常にめずらしい。
コイツ、もしかして結構フェリシーのことを気に入ってるのか……?
よくわからない感情が、俺の中に湧き出てくる。
弟の変化をどこか喜べずにいる、不思議な感情が──。
いや。今はそんなことどうでもいい。
あいつらの行動を監視するほうが先だ!
俺は頭をブンブン横に振るなり、レオンに問いかけた。
「あいつら、どこに行くんだ?」
「孤児院じゃない?」
「ああ……そんなこと言ってたな……」
エリオットの話によると、フェリシーは孤児院にボランティアをしながらエリーゼを捜しているらしい。
エリオットに問いただされるまで言わなかったということは、俺たちに対する偽善者ぶったアピールではないようだ。
エリーゼが見つかれば、自分は用無しになるっていうのに……。
この貴族令嬢としての暮らしを捨ててもいいって、本気で思ってるのか……?
「ねえ。追いかけなくていいの? そろそろ見失いそうだけど」
「!」
レオンの問いかけに、ハッと我に返る。
気がつけばフェリシーが豆粒のように小さくなっていた。
「い、行くぞ!」
余計な感情を頭から切り離して、俺はレオンの腕をグイッと引っ張りながら道に飛び出した。




