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ビトの言動がおかしいです


「今日はどこの孤児院に行くか、ルカ様と決めてあるのですか?」


 

 家を出て街に向かっている途中。

 子どもたちに渡すクッキーが入った大きな箱を抱えたビトが、静かに問いかけてきた。

 できることなら近場であってくれ、という願いが込められているような気がする。



「昨日は時間がなくて、次にどの孤児院に行くか決められなかったのよね。だから、とりあえずこの前行ったお店の前でルカ様と待ち合わせしてるの。その近くに孤児院はあるかしら?」

 

「たしか、昨日行った孤児院とは反対方向に1つありますね」


「じゃあそこに行きましょう」



 お互いの名前を打ち明けていないため、私とルーカスは手紙のやりとりができない。

 住所も教えられないからだ。


 そのため、今日は最初にお店の前で待ち合わせをしようと決めていた。




 大量のクッキーを持たせて、悪いことしちゃったな……。

 ルーカスの分だけは自分で持ってるけど、たった2袋だけだし。




 今まで2回ルーカスに会ったけど、どちらもルーカスは同じ男性と一緒にいた。

 聞くタイミングを失って彼については名前も立場も何も知らないけど、一応今日もいると思って彼の分のクッキーも用意してある。




 会話もしたことないし、受け取ってくれるかはわからないけど……一応ね。




 そんなことを考えながら歩いていると、少し後ろを歩いていたビトがピタッと突然足を止めた。

 顔をあまり動かなさないようにしながらも、自分の背後を気にしているのか視線が横に向いている。



「ビト? どうしたの?」


「いえ。あの……もしルカ様と一緒にいるところをディラン様やレオン様に見られたらどうしますか?」


「え?」




 急に何?




 なぜビトがこんな質問をしてきたのか謎だが、ビトは無意味な会話はしない人だ。

 もしかしたら、そんなことが起こる可能性を考えての事前確認なのかもしれない──それなら、ここは真面目に答えたほうがいいだろう。




 えっと、ルーカスと一緒にいるところをディランとレオンに見られたら?




 家から出ないレオンに見られる可能性はゼロに近いだろうけど、ディランならたまたま目撃される可能性はゼロではない。

 



 ルーカスとお茶してたことに対して怒ってたし、私がまたルーカスとお茶してないかってお店に確認しに来るかも……って、そんなことあるわけないか。

 あのディランが私のことで自ら動くなんて、絶対ありえないし!

 うん。ないない!


 


 でも、もし偶然見られたなら──。

 ディランはルーカスの顔を知っているかもしれない。

 妹エリーゼの婚約者であるルーカスと私が一緒にいたら……そんなの、ディランの怒りが爆発する未来しか見えない。


 最初のイベントのとき、私を脅してきたディランの恐ろしい顔が脳裏に浮かぶ。


 ゾッ




 うっ……! こわっ!!

 もうあのカフェでお茶するのはやめよう!

 今日も会ったらすぐに孤児院に移動しよう!




 そんな決意を胸に抱え、質問をしてきたビトに作り笑顔で返事をする。



「え――と、ちょっと困る……かなぁ」


「困るのですか?」


「うん……。ほら! 昨日、ディラン様怒ってたでしょ? だからまた怒られたら困るなぁって」


「そうですか」 

 

「だから、もし近くでディラン様やディラン様のメイドとか見かけたら、教えてくれる?」


「…………わかりました」



 なぜかやけに間を置いてから返事をされる。

 心なしか、ビトがうっすら笑ったように見えた。




 ……何?




 ざわっとするような、よくわからない違和感。

 そのとき、昨日ビトについて『私が困るところを見たがる怪しいキャラ』説が浮かんだことを思い出す。


 ついさっき、私はそんな疑惑のビトに向かって「困る」という言葉を言ってしまったのだ。




 えっ。あれっ?

 だ、大丈夫だよね?




 もし本当にビトが私を困らせたいと思ってるなら、ディランがいても教えてくれないということになってしまう。

 それは非常に困る。




 いやいや。まさか、そんな嫌がらせはしないよね?




 実際にビトがどんな行動に出るのか、そもそもなぜこんな質問をしてきたのか、その質問の中になぜレオンの名前もあったのか……そんな疑問を抱えながら、私は再び街に向かって歩き出した。















「あっ、フェリシー嬢!」



 昨日行ったカフェの前で、いつも以上に笑顔のルーカスが私にひらひらと手を振っている。

 ズキュンと心臓を撃たれたような衝撃が走り、思わずその場に両膝をついて倒れそうになってしまった。



「……イケメンがすぎる!!!」


「え?」



 私の心からの叫びに、ビトが理解不能といった顔ですぐに反応した。

『イケメンがすぎる』というこの世界にはない言葉のおかげで、意味は通じていないようだ。



「あっ、なんでもない」



 慌ててビトにフォローしたあと、急ぎ足でルーカスのもとに向かう。

 街が賑やかなこともあり、さっきの私の叫びはルーカスに届いていないようだ。




 いけない! 口から出ちゃってた!

 だって、あんな笑顔を見たら脳内だけで留めておけなかったんだもん!!




「こんにちは。ルカ様」


「今日はやけに大荷物ですね?」


「ええ。……ルカ様もすごいですね」



 ルーカスがビトの持っている大きな箱を見ながら『大荷物』と言ってきたけれど、ルーカスとその付き人の男性が持っている荷物はそれ以上に大量だ。

 私に指摘されたルーカスは、少し照れたようにはにかんだ。



「あれもこれも……と用意していたら、こんな大量になってしまいました」


「……そうですか」





 可愛いいいいいい!!!!!

 何その笑顔!! 何その照れ!! 天使!!!




 推しの笑顔の破壊力がすごすぎて、冷静に対応するのがいっぱいいっぱいだ。

 少しでも顔の筋肉を緩めたら、ニヤケすぎて顔面崩壊してしまう。



「今日はどちらの孤児院に行きますか?」


「昨日とは逆方向にある孤児院に向かいます。ここからそんなに距離はないみたいですので」


「そうですか。では、行きましょうか」


「はい」



 ルーカスと並んで歩き出そうとしたとき、ビトがこっそりと話しかけてきた。



「クッキーは渡さないのですか?」


「え? うん。荷物もあるし、帰りでいいわ」


「……そうですか」


「?」



 ルーカスに今クッキーを渡さないと知って、なぜかビトがガッカリしている。

 ビトはつまらなそうに「はぁ……」とため息をつきながら、後ろのほうの人混みをチラッと見つつ私の背後に移動した。




 な、何?

 今すぐクッキーを渡してほしかったの? なんで?




 ビトにとっては何も関係のないことなのに、なぜこんなにガッカリしているのか謎だ。

 まるで期待を裏切られたかのような態度である。



 

 私がルーカスにクッキーを渡したら、何か楽しいことが起きるとでも思ってるの?

 ……まさかね。何も起こるわけないし。




 ビトの行動を不思議に思いながら、私はルーカスと一緒に孤児院に向かって歩き出した。


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