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2話「んにゃ~! 可愛いでちゅね~!」

 あけましておめでとうございます(笑)

 秋葉原の、大きなビルとビルの狭間にある小さなペットショップ。さらにその店内の、大きな陳列棚と陳列棚の狭間にあるカウンターに、城井遥は座っていた。学校指定の制服に、この店のエプロンという恰好。店内には彼女しかいない。ペットショップといえば動物がいるのが普通だが、ここにはいない。ここにいるはずの動物たちは、とあるお金持ちの女の子が預かっている。彼女は狭いショーケースに入れられている動物たちが可哀想だと言って、みんな家の敷地に持っていってしまった。このお店で購入はできるが、彼らに会うにはその女の子の元へ行かなくてはならない。

 ペットショップなのに、静寂。退屈だ。遥はあくび一つ、カウンターを蹴って回転いすをクルクルと回す。赤く短い髪が遠心力で傘みたいに広がる。

 暇だ。こんなはずではなかった。本当は私はここで、動物たちに囲まれて午後のひと時を過ごしているはずだったのだ。

 わざわざ人が来ないようなここを選んだのは、人目にはばかられることなく動物たちと触れ合えると思ってのことだ。遥は人と関わるのが少し苦手だ。自分から他人に話しかけることはあまりない。目つきが鋭く、怖がられてしまうことが多い。目つきの鋭さのせいで、可愛い服を合わせてみても、これじゃない感。選ぶ服は自然とかっこいい系になってしまう。自分が着たい服と、似合う服は別物である。遥はいつも後者を選ぶ。しぶしぶだけど。

 そんな彼女も、華の女子高生であることに変わりはない。女の子は可愛いモノが大好きである。遥も例外ではない。可愛いモノを可愛いと叫んで何が悪いというのが一般的な女子高生の主張で、学校の教室で彼女たちはその権利をここぞとばかりに行使している。

 でも、遥は自分にその権利があっても、資格があるとは思っていない。みんなが憧れるクールな私。それが私にはお似合いなの。可愛らしい動物を、可愛らしい女の子たちに混ざって愛でるのは、遥のキャラクターではない。だからここで、一人の時にだけ動物たちとたわむれようとしたのだけど。


 店の扉の前に、一匹のスラリとした黒い猫が座っているのを、遥は見た。黒猫のまん丸な瞳も、遥を見ている。

「おいで。黒猫ちゃん」

 遥が店の扉を開けてやると、黒猫は躊躇なく店内に入ってきた。警戒心というものが微塵も感じられない。遥は黒猫をひょいと両腕で抱え上げると、カウンターの上に乗せた。黒猫はそこが定番の場所みたいにちょこんと座り、大人しく店の外を眺めている。

「誰か来るのかい?」

 返事はない。もし来客があるのなら、君みたいな猫がいいなと、遥も外を眺めた。




「魔力供給安定! いつでも行けます!」

 白衣を着た悪魔が叫ぶ。彼にむけて、ギエドは分かったと手を少し上げ返事をする。


 地下研究室。魔王城は空高くそびえているだけでなく、地中深くにもその巨体をうずめている。その最下層にあるこの研究室では、日夜世界の秘密を解き明かすための研究が続けられている。人間は自らの力を伸ばすために魔法の研究をしているが、それはあまりにも小さな野望だと、ギエドは思う。魔法とは無限の可能性を秘めた技術だ。それを破壊のための技術のみに留めておくのは、もったいない。現に悪魔たちの世界を知ろうとするその知的好奇心によって、転移門ゲートは開かれたのだから。人間が今のままじゃ数千年経ってもたどり着けないレベルまで、ギエドたちの技術水準は達している。

 もちろん、今のままではの話である。人間が広い世界に目を向けた時、彼らは一体どれぐらいで俺たちのレベルまで追いつくだろうか。


 広い研究室を、縦横無尽に白衣の悪魔たちが駆け回っている。みなの顔には緊張と疲労の色が濃く浮かんでいる。前訪れた時は、もっと楽しそうに研究をしているみたいだったが。

「みんな、魔王様を安全に地球に送るために全力を尽くしているのです」

 隣に来たディエノラが、ギエドに耳打ちをする。

「そうなのか。もっと気楽にやってもらっていいのだが」

 ギエドのために、みな忙しく働いていると聞いて、ギエドは申し訳なくなってしまった。もっといつも通りに、魔王を異空間に飛ばすとどうなるのかとか、みなでワイワイ話し合いながらやってもらっても一向にかまわないのだけれど。

 ギエドは自身の足元に広がる、巨大な穴を見た。上から見ても、下から見ても、どこまでも続いてそうな、しかし本当は人一人分の薄さしかない穴。夜空みたいに星が数多も光り輝くわけでもなく、ただただ、墨をため込んだみたいな黒さをたたえている。

 転移門ゲート。これからギエドがくぐりぬけねばならぬ漆黒。

 しかし、ギエドに恐れはない。すでに何人かの者がこの穴をくぐり、地球の大地を踏みしめている。その成功例と、周りをせわしなく走り回っている悪魔たちを見れば確信が持てる。自分は絶対に、地球に行けるのだと。

「魔王様。地球に、いや、日本に最も長い時間いた小悪魔インプの、スモヘルです」

 ディエノラの横には、背の小さい、異様な格好の小悪魔インプがいた。

 頭から生えた小さな角を隠すように被った帽子は、右の方にだけつばがついている。鳥のくちばしを潰したようなつばだ。上着は青色半そでで、何やらギエドの知らない文字と、やたら目の大きな人間の女の子の絵が描かれている。その細い脚がより強調されるピッタリとした青色のパンツは、なかなか動きやすそうではある。

 これが地球の衣服というやつか、とギエドは一人で納得する。

「魔王様。僕が地球での案内を務めるスモヘルです。以後、お見知りおきを」

 男にしては高い声で、スモヘルが言った。そのまま手を差し出す。

「ああ。よろしく頼む」

 二人は握手をした。困った時にはこの日本通の少年が頼りになるだろう。ギエドの未来は、この少年に左右されないとも限らない。頼むぞ、とギエドは胸中で願った。


「それでは、そろそろ出発することにしましょう」

 ディエノラは何の躊躇いもなく下にある漆黒へと身を投じた。

「ギエド様。先に行きますか?」

「おう。お先に失礼するぜ」

 ギエドはひょいと飛んだ。空中で一瞬止まったかの様な錯覚を覚えたが、次の瞬間には周りの景色が上へと遠のいて、そして見えなくなった。



「何だ。意外に近いんだな」

 1秒もかからずに、ギエドの足は何かを踏んだ。足もとを見ると、ディエノラが地面にはいつくばっていた。おおよそ、自由落下の時間を図り間違えたのだろう。ギエドも、こんなに早く地球に来れるとは考えていなかった。穴の中をしばらく漂うものだと思っていたが、まさかこんなにすぐ通じているとは。

「魔王様、考え事は私の上でしなければいけませんか?」

「ああ、すまん」

 ディエノラの絞り出した小さな声を聞いて、ギエドは足をどけた。しかし、起き上がろうとしたディエノラの上に、更なる衝撃が加わる。

「よっと!」

「ああああああああああ!」

 ディエノラの上にスモヘルが着地した。それも何故か一本足で。両手を広げて器用にバランスを取っている。

 ディエノラは叫び声をあげながらも、四つん這いになってその衝撃に耐えている。

「何故一本足なんだああ?!」

「いや~、着地を華麗に決めようと思って」

「私も今あなたに技をキメたい気分ですよ……!」

「ごめんごめん」

 スモヘルはとう、と掛け声一つ飛び上がり、空中で一回転、そのまま綺麗に着地を決めた。さすがの身体能力だ。小悪魔インプは攻撃に特化した種族ではないが、それでも人間に比べれば基礎的な身体能力は高い。

「ああ! 圧力が! 圧力が!」

 飛び上がる時に少ない面積に大きな力が加わったため、余計に痛みが増したのだろう。ディエノラが背中を抑えて転げまわっている。

 しかしギエドの目にその様子は映っていても、意識の上に浮かび上がることは無かった。彼は自分がいる塔の上から見える、眼下に広がる光景――未知なる異世界――地球の姿に目を奪われていた。

「スカイツリーからの眺めはいかがですか?」

 いつの間にか隣に立ったスモヘルが言った。

「ああ、すごいな。魔法を持たないというからどんな前時代的な光景を見せられるかと思っていたが、こんなに文明が発達しているとは」


 ギエドの目に映る全てのものが、彼がいる世界では見たことがないような代物だった。空を飛ぶ巨大な無機物。道を行く、等間隔に進む直方体の群れ。巨大な建物の数々。その側面には、大きな動く絵画のようなものまで取り付けられている。


 まるでこちらの世界の方が、魔法を使えるみたいではないか。ギエドは自分の想像力の外側にある世界に、ただただ圧倒された。


「そろそろいいですかい?」

 スモヘルの一言で、ギエドは現実に引き戻された。そうだ、自分は魔王だ。使命があって、ここにいるのだ。決して観光に来たわけではない。

「ディエノラ、起きろ。スモヘル、案内を頼む」

床にうつぶせで倒れていたディエノラは、ギエドの一言でサッと身を起こした。さっきまでのお馬鹿な雰囲気はどこへやら、その表情は、仕事をこなす真剣なプロの顔。切り替えが早いのは良いことだ。

「では早速、ペットショップにご案内しますね」

 スモヘルは背中から小さな翼を出し、地面からフワリと浮き上がった。小悪魔インプの翼は舵取りのような役割を果たす。だから悪魔ほど翼は大きくない。飛ぶための推進力と浮力は彼の魔力から供給される。

 ディエノラも背中から大きな黒い翼を出現させ、見せつけるように大きく羽ばたく。

 魔神族には空を飛ぶ翼はない。だが、膨大な魔力ならある。

「《重力ノ反逆アゲインスト・グラビティ》」

 ギエドが腿を上げ、階段を上るように足を下ろす。その足は、空中で足場を見つけたと止まる。魔法で足場を作ったのだ。地球でも魔法が使えることに、ギエドは少しホッとした。しかし、魔力は全て自分の中から捻出せねばならない。あちらにいるときは、そこら中に魔力が漂っていた。その漂う魔力から簡単に補給やサポートができたのだが、こちらではそうもいかない。大きな魔法を使うときは来ないと思うが、もしその時がきたら残りの魔力を考えねばならないだろう。

「行こう」

 ギエドの言葉を聞いて、スモヘルが飛び立った。ディエノラも後に続いて飛ぶ。羽ばたくたびに、ものすごい風圧がギエドにかかるが、ギエドはそれをものともぜず、堂々とその後ろを歩く。これから出会うであろう未知への期待を胸に抱いて、ギエドは日本の空を歩いた。




 人気のない暗い路地に、ギエド達は降りたった。転移門ゲートの時とは違う、完璧な着地。ディエノラが満足そうに翼を服の内に引っ込める。あの大きな翼が服の下にスッポリ収まるのだから驚きだ。ギエドは何度見ても、その光景に感心せずにはいられない。

「では人のいる場所に出ますよ」

 ギエドは自身の恰好を見る。スモヘルとは全然違う服装に、頭の角。どう見ても地球の人とは違う。

「本当にこの恰好で大丈夫なのか……?」

「大丈夫ですよ魔王様。ここは日本の秋葉原。ならず者が集う街です」

 ギエドが路地から少し顔を出すと、見えたのは人の群れ。人間のことは良く分からんが、彼らがならず者なのだろうか。皆真面目そうに見える。眼鏡をかけている者が多いのは、本を良く読むからではないだろうか。彼らのどこがならず者なのか、ギエドには理解できない。

 ただ確かに、彼らはギエドを見ても何のリアクションを示さない。頭から生えている角を見ても、それが人についていない不思議な代物であろうとも、ちっとも注目しない。ギエドは彼らのその何事にも動じない強い心が、彼らがならず者たる由縁なのだろうと勝手に納得し、堂々と大通りに出ることにした。

 地球の人々が幾人も、ギエドの横を通り過ぎていく。交差する視線。しかしぶつかるのは視線までだ。彼らはすれ違い、スーッとギエドの視界から消える。

「何あれ? 何のコスプレ?」

「さあ。でもすごいクオリティだよな」

 魔法で翻訳された言葉が、ギエドの耳に入る。言語と幻覚の魔法に特化したスモヘルがかけてくれた魔法が、ちゃんと仕事をしているのだ。言葉の意味は分からないとはいえ、別段彼らが気にしていないことが分かる。

「魔王様の放つオーラに、みな称賛の声を上げずにはいられないようですね」

 ディエノラが自分のことのように胸を張る。多分、違うと思うぞ、とギエドは思うだけにしておく。


 そんなディエノラの前に二人の青い服を着た人間が近づいてきた。

「ちょっと君。それ本物?」

「署まで来てもらおうか」

 二人はディエノラの腕を掴むと、どこかに連れて行こうとディエノラを引きずっていく。

「あれは何者だ?」

 ギエドはスモヘルに問う。

「あれは警察といって、日本の治安を守る人達ですよ。ディエノラさんの帯刀がまずかったみたいですね……」

「なるほど。ここの法についても学ばねばならぬな」

 世界が違えば、適用されている法もまた違うだろう。あちらの常識は、こちらでは通用しない。発言や行動には注意せねばならない。


 そうこうしている間に、ディエノラは遠くまで行ってしまっている。スモヘルがディエノラの後を追う。

「じゃあギエド様。僕がまるっと事態を収めてきますんで、そこにある暗いお店に先に入っておいて下さい!」

「ええ?!」

 ギエドは止めようと手を伸ばすも、スモヘルはもう遠くに行ってしまっていた。まさか魔王をほっぽりだして側近がみなどこかに行ってしまうとは。想定外の事態にギエドはおろおろとその場に立ち尽くす。


 人、人、人。道行く人がみな自分を見ていく。俺は彼らを知らない。危害を加えられないとは分かっていても、見せ物にされているようであまり好ましい気持ちにはなれない。


「仕方ない……」

 ギエドはスモヘルが言った暗いお店を探して歩きだした。この秋葉原には、背の高い建物とカラフルな建物が多い。街の中でいう、市場的な立ち位置の場所のようだ。そんな場所に、暗いお店なんてあるのだろうか。


「あった……」

 数分後、ギエドの前に姿を現したのは高い建物の間にある、すごく小さな建築物であった。太陽光が入らないであろうそのお店には、人がいる気配すらない。ここでペットとやらを購入できるのか、はなはだ疑問である。しかし大通りにいて、注目を引くよりかはここの方が安全そうだ。暗いとことか魔王城と似てるし。

 ギエドは意を決して、その店のドアを開けた。

「失礼するぜ」


 店内も予想通り、暗い。光源はあるのだが、それが空間内隅々まで行き届いているとは思えない。店の壁際には檻のようなものが並んでいるが、一つとしてその役割を果たしているものはない。暗いとはいえ、質素で清潔な店内だとギエドは思った。

 店の奥から女の声が聞こえる。耳につく高い声で、なにやらブツブツと言っている。一応店の人はいるようだ。ギエドは奥に進む。だんだんと女が何を喋っているのかが分かってきた。


「んにゃ~! 可愛いでちゅね~! にゃんにゃん! あれ~どうちたんでちゅか~! あっちに何かあるにょ~? どれどれ~……あっ」


 女、いや、少女と目が合った。瞬間、少女の顔が彼女の髪のように真っ赤になる。

「なっ! なななっ!」

「あ、お邪魔してま~す。さ、どうぞ続きを。俺には構わなくていいので」

 ギエドには地球の人間の慣習が分からない。少女がやっていることを邪魔して気分を害するわけにはいかない。ここは紳士的に少女を見守ろうと、その怖い顔を歪ませ精一杯の優しい笑顔を作る。


 少女は細い腕で抱きかかえたモンスターで咄嗟に顔を隠して、俯いてしまった。



「見、見られた……」

「?」

 少女はかぼそい声でそう言った後、モンスターと共にだんだんとテーブルの後ろに沈んでいった。

 




 






 更新ペースをあげられるように精進します(汗)

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