表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

プロローグ「世界は全て、俺の手中に収まった。俺の膝の上にはチワワがいる」

よろしくお願いします。

 世界は全て、俺の手中に収まった。


 外部からは光の差さない、数多のランプの灯が照らす薄暗い王の間。国の頭が腰を落ち着ける場所だけあって、その広さは一つの軍隊が入っても余りある。床の広さもさることながら、その高さも尋常ではない。大翼を持った竜ですら、その長い首を悠々と伸ばせる空間が広がっている。


 その最奥。色とりどりの宝石たちと、それを手に持つ龍の彫刻で飾られた玉座に、その男は座していた。


 男の名はギエド・ロックハート。法治国家「雲間ノ雄叫ビクラウドクロウド」の第二十九代国王である。




 雲間ノ雄叫ビクラウドクロウド。大陸の半分を占めるほど巨大な土地を持ち、一年中その空を分厚い雲が覆っている。その灰色の空を鏡で移したように、大地には鮮やかな緑も、さわやかな海の青もなく、ただ荒廃している。

 人々はこの国を名で呼称することはない。大勢の人間はそもそもこの場所が固有の名を持ち、法が整備されていることすら知らない。人々はこの国をただ、「魔界」と呼ぶ。どうしてこの国がそんな物騒な名前で認知されているか。それは単純な話だ。この国に入って生きて帰った人間が存在しないからである。

 雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドに住まうことを許されるのは人ならざる者――モンスターや魔物だけだ。雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドは大陸の歴史上初の、人ならざる者による、人ならざる者のための統治国家である。


 しかし、それも数日前の話。雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドは事実上、大陸に存在する唯一の国となった。隣接する大国、「ディグニテ」との戦争に勝利を収めたことで。もっともそれは戦争と呼ぶにはあまりにも一方的な侵攻であり、そしてそれはあまりにも一方的な蹂躙であった。大陸の半分を占める人の国、ディグニテ。人間は魔界のことをロクに知ろうともせず、人間が持つ先天的性質――傲慢さと愚かさに任せて、雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドに侵攻を開始した。国中の兵士をかき集め、自信と勝算に満ち満ちた大行進は大地が震えるほどであった。




 実際に震えることになったのは人間だったが。




 雲間ノ雄叫ビクラウドクロウド国内は突然の事態に最初は焦り、一時は混乱の渦に飲まれた。雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドには兵士がいない。法治国家といえども、魔物の国である。魔物は単一の種で行動することが主であり、それが生活する上でも、戦闘をする上でも一つの単位のようなものだった。種を超えて団結しようという気はさらさらない。魔物の国における法とは、今現存する種族のどれもが、お互いに干渉せずに種を残すことを保証する最低限の規則だ。人間のように国を挙げて団結せずとも、魔物は個々でそれなりに強い。行き過ぎた法整備は、逆に各々の自由を奪うことになる。

 しかしこの時はそれが仇となった。大勢の人間が攻めてくると知らされたとき、魔物たちはその数の多さに圧倒された。最強と謳われる竜でさえ、海が攻めてくるようなおびただしい数の人の動きに、少なからず恐怖を抱いていた。


 何とかしようと思考を巡らせるも、思いつく術はない。他の種に協力を仰ごう。他の種? 他にどんな種族がいるだろうか。竜はどうだろう。はて、竜にゴブリンの言葉が通じるだろうか。そもそも竜はどこにいるのか。


 魔物たちは他の種のことを詳しく理解しようとしていなかった。自分の周りの天敵と守るべき規則さえ把握しておけば、何不自由なく暮らせたのだ。竜という伝説の生き物が実在するか知る者すら、ほんの一握り。事態は彼らにとって深刻で、深刻を通りこして絶望的であった。


「お前らァ! 死にたくなかったらよぉく聞けェ! 聞こえたら雄叫びを上げろォ! 一番奥のドラゴンさぁん! 聞こえたら火ィ吹いてェ!」


 一人の若い男の叫び声が、荒れた大地に轟く。魔法を使い数百の言語と意思伝達手段に転換された彼の意志は、国中の者に届いた。


「俺は雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドォ! 現当主のォ! ギエド・ロックハートだァ! 今ァ! 俺らの安全がァ! 人間の手によって脅かされそうなんだァ! 本当は戦いたくないんだがァ! みんな、力貸してくれェ!」


 その日、彼らは思い出した。そうだ、こういう時に頼れる人物がいるじゃないか。

 雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドとディグニテの国境。中立地帯と呼ばれる、霧で覆われた一帯のすぐそばに堂々と、灰の雲を貫いてそびえ立つ、魔王城。その最上階に一人鎮座する、孤高の主。


 皆の中に、不安を抱える者はもういない。混乱は瞬く間に収束して、皆の咆哮と絶叫と歓声の混沌が発散する、統一した希望の波へと変化した。ゴブリンは片手棍を、悪魔は槍を、ゾンビは拳を掲げ、そしてドラゴンは火を噴いた。ドラゴン以外の種は、ここで初めてドラゴンは実在すると確信した。




 結果は、雲間ノ雄叫ビクラウドクロウドの圧勝だった。


 人間たちは魔界に点在するモンスターを、一方的に倒す予定であった。魔物の中に知能が高いものもいるが、大半は獣のように、知性すら持ち合わせない者ばかりだと踏んでいた。ディグニテに存在するモンスターはそれが大半だったからだ。彼らは情報収集を怠った。

 それに魔法がある。人間は魔法の技術の進歩に大変力を入れていた。魔法は人間の限界をはるかに超えた行動を可能にし、ディグニテ内で彼らに怖い物ナシの万能感を与えていた。所謂、井の中の容溶蛙バターフロッグ。彼らは慢心した。


 人間の軍団は国境――彼らに言わせれば未知への境界線だったが――で、魔物たちの軍団にまんまと待ち伏せされ、罠にかかった。彼らの四分の一はそこで倒れ、残りの者も戦意を喪失した。想定外の事態に隊列は乱れ、命令を伝達することすらままならない。久しぶりに味わう恐怖が、胸の奥から死への不安をよみがえらせた。もはや戦闘どころではない。人間は我先にと祖国の方へ方向転換し、恐怖に震える足を何とか動かし逃げ出した。

 残ったのは四人、ディグニテで《最上級モスト》の称号を与えられた魔導士。彼らは各々が一個小隊並みの力を持つ。その力に対する責任と勇気が、彼らを恐怖の沼から引きずり出し、この地に留めたのだ。

 彼らは前線にいた魔物の軍勢に、たった四人で切り込んだ。灰色の地の、灰色の鎧群を、ただ真っすぐに進むため殺していく。それは武道の達人が披露するレンガ割りのように、鮮やかな赤の切れ込みを魔物の軍勢に入れた。

 しかし、所詮たった四人の人間である。魔力も体力も有限で、反射も思考も徐々に消耗する。彼らの進行は魔物の軍に紛れた魔王直属の隠密機動部隊、《仕込ミ刀》と、悪魔の攻撃によって、食い止められた。魔王の一声により勇気ある四人は命を奪われず、そのままディグニテに敗走。これにて戦は静かに終わりを告げた。



 戦の敗北により人間の国は魔物の国の属国となったが、魔王の配慮により表向きは対等の立場をとることと定められた。これには様々な理由があるのだが、その中でも大きなものがある。


 ギエドは、人間と友好的な関係になれると信じているからだ。


 魔物と一括りに言われても、その種毎に彼らの性質は大きく異なる。そしてそれは人という一括りの分類においても、例外ではない。人の中にも多種多様な人の性質や生活がある。魔物も人も、似たようなものではないか。大陸の限りある資源リソースをもっと効率的に活用するためにも、今必要なのは相互の正しい理解だ、とギエドは考えた。考えたまでは良かった。



 得てして一つの目的を達成するためには、それまで思いもよらない解決法を用いる場合がある。






 それから数日たった魔王城の最上階。眉間にしわを寄せ、玉座に座るギエドの膝に乗っていたのは、一匹のチワワであった。


 世界は全て、俺の手中に収まった。そして俺の膝の上には、チワワがいる。

 事実関係を己の脳内に羅列したギエドは、その意味不明さに、日頃から寄せに寄せている眉間のしわをさらに寄せ、うーんと情けない唸り声を上げたのだった。



魔王、犬を飼う。






 なるべく早いペースで更新できたらなと思っていますが、不定期更新になりそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ