プロローグ
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そのお方の視線を感じるたび、私の背筋はいつも、甘い恐怖で小さく震えてしまう。
「神様。今日も迷える羊たちに、あなたの慈悲と救いがありますように……」
静謐な礼拝堂の中、私は胸の前で両手を組み、静かに祈りを捧げていた。ステンドグラスから差し込む五色の光が、ひんやりとした大理石の床を染めている。
意識を集中させようとすればするほど、背後に立つ「誰か」の気配が、肌を刺すように強く伝わってきた。
振り返らなくてもわかる。
柱の影から、我が導き手である神父様が、じっと私を見つめているのだ。
彼の名はソロン様。
その視線は、あまりにも熱く、痛いほどに重い。
まるで私の呼吸の合間、衣擦れの音、指先のわずかな震えまで、そのすべてを一つも溢さずに数え上げようとしているかのような、圧倒的な眼差し。あまりに余裕のないその視線に射すくめられると、胸が苦しくて息が詰まりそうになる。
(……ああ、またソロン様を呆れさせてしまったのかもしれない。私の祈りに、不純なものが混ざっているからだ)
私はぎゅっと目を閉じ、赤くなりそうな顔を必死に伏せた。
ソロン様は街の人々から「聖者」と慕われる、誰よりも高潔なお方だ。まだ半人前で失敗ばかりの私が心配で、こうしていつも、張り詰めた気配で私を監視されているに違いない。
(それなのに)
叱責されているはずのその瞳に見つめられるたび、私の不甲斐ない心臓は、ドクドクと不謹慎な音を立てて跳ね上がってしまう。
(――神に身を捧げたシスターの身でありながら。私は、天上の神様ではなく、一人の男性としてのソロン様に、恋をしてしまっている。)
もしもこの不純な心がソロン様に知られたら、私はきっと、この聖なる場所から追放されてしまうだろう。
「――クラリス。顔が赤いようですが体調でも?」
突然、すぐ耳元で、鼓膜を優しく揺らすような、低く穏やかな声が響いた。
私は心臓が止まるかと思いながら、あわてて振り返り、深く頭を下げた。
「は、はい、ソロン様……! 申し訳ありません、少し考え事をしてしまって……」
ソロン様はいつも通りの慈悲深い微笑みを浮かべている。けれど、私を見つめるその切れ長の瞳の奥には、どこか痛々しいほどの、張り詰めた熱が揺らめいていた。神父様はそっと私の額に手を当てる。その手が、わずかに震えている気がした。
「熱があるのではないですか? 息も荒いようだ。……今日の夕刻の礼拝堂の掃除は、私が代わりにやりましょう。あなたは今すぐ部屋に戻って、横になりなさい」
「えっ!? い、いえ、そんな、ソロン様に私の仕事をさせるわけには――」
「駄目です。これは命令ですよ、シスター。あなたが無理をして倒れでもしたら……私は……」
ソロン様は一瞬、言葉を詰まらせ、酷く歪んだ、悲痛とも言えるような表情を浮かべた。まるですべてを投げ出して私をどこかへ隠してしまいたい、とでも言うような、そんな必死な顔。
けれどすぐにいつもの聖者の微笑みに戻り、「さあ、行きなさい」と私の背中を優しく促した。
(やっぱり、私の不真面目な態度がバレて、遠ざけられそうになっているんだ……)
胸を突く切なさに耐えながら、私はトボトボと礼拝堂を後にする。
窓辺には、神父様がいつも丁寧に手入れをされている花瓶に、可憐な紫色のベル形の花――『ペンステモン』が飾られていた。
図書室の辞典で調べたその花言葉は、『正義』、そして『誠実』。
真っ直ぐに上を向いて咲くその花は、不誠実な恋心を隠して微笑む私を、厳しく咎めているように見えた。
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