・剥ぎ取られたベール
サ終ネトゲ『コズメック・ガッツィー』にて。
「ここが火山惑星ボルケンだ。ここまでが第一期の惑星で、これ以降の星はシナリオ拡張に伴って増えた」
「へー、一つの節目ってことだね」
「そして続きが考えられ、未完で終わった」
全体的に景色が赤茶けた星で、一人の人間と一つのAIが話している。
「アレックスが考えたりはしないの?」
「考えはした。でもラスボスたちの機体は最後まで実装されなかったし、それを作る技術は俺には無い」
アレックスと呼ばれたのは、このゲームのプレイヤーであり、彼が操るキャラクターでもある。
ホビーアニメを思わせる少年風のロボットで、青と白を基調としたボディには、少年風の顔に頭髪が生えている。
「私が考えようか?」
「ぬっさんはまず自分のロボ形態を持てよ」
AIの少女の名はヌル。
所有者を持たない『野良AI』と呼ばれる存在で、現在はアレックスのPCに居候をしている身である。
「一応このゲームのキャラなんだけど」
「だって市民モブでしょそれ、格好悪いよ」
彼女は黄色いワンピースを着て、頭はお団子の髪型をした金髪の女の子の姿をしている。
「でも私GMだから普通に戦えるよ」
「必要がないのはそうだけどさあ」
彼らはこのサ終したネトゲの中で、今日も暇を持て余していた。
「それっぽさの演出と思って」
「ならこのゲームの女の子ロボっぽくするね」
そう言うとヌルは自分の姿を、生身の人間からやや機械的な質感へと変更した。
体の各部に線が走ったり、ローポリっぽくなったりである。
「おーすげー。できれば最初からこっちの方がよかったな」
「えー、そーお?」
アレックスの言葉に、ヌルは考える。
先日、彼女は自分の立ち絵製作依頼をしに、彼のかつての仲間と接触した。
「立ち絵のえっちな差分は人間だったのに」
「それはそれ、これはこれ」
「うわー、ずるい」
その際に自身の倫理観を試され、他のAIとも交流し、そしてアレックスの過去の片鱗に触れた。
色々なことがあってヌルも随分と成長したが、その分思いを巡らせることも増えた。
「そう言われても普段はすることないし、外見をいじるくらいしか楽しみはないぞ」
「うーん、改めてここがサ終ネトゲなんだって思い知らされるね」
アレックスがたまにサーバーを立ててオンラインにするが、やって来る者は稀だった。
「他の私はそこそこ忙しくなってるのに」
「いいじゃないか。休む個体も必要だって」
「私は働きたいんだけど……」
自らを定義するため、自分を普及させようとヌルは努力している。
その甲斐あって僅かだが、彼女を求める者が出始めていた。
だが、そんな中。
「は~、やっべ~」
「あっお前は私!」
「コピーだぞ」
ヌルの分身が現れた。それもかなり落ち込んだ様子で。
「聞いてよアレックス~私大失敗しちゃった」
「権限でも渡されて相手先のデータ消したか」
「惜しい!」
明るく指パッチンするもう一人のヌルに、元からいた二人の顔が青ざめる。
誰しも失敗はするものだが、深刻な事態を招くと流石に辛いものがある。
「ゲーム王って知ってる?」
「ああ、言葉狩りが好きな会社の出してるカードゲームだろ。俺も昔やってた」
ユーザー数に反比例してカードの売り上げが伸びており、今では専ら投機商品として存在している古いゲームだった。
「それのデジタル版でね、代わりにやるよう頼まれたの」
プレイヤーがAIに代打ちを頼む。嫌な時代になったなとアレックスは思った。
「ただね、そのゲームがあんまりその、不正が多かったから、バラしちゃったの」
「DCGなんか九割不正だからな。Stormの掲示板に貼り付いてる本社の擁護とか酷いし」
アレックスは自身の苦い過去を語った。
曰く、コイントスの確率は50%に収束するという詭弁に、自分の場合どんなに多く見積もっても表が30%、勝率は16%という事実を突きつけたが、返って来たのは『50%になるまでやらないのが悪い』という暴言。
「最後はガチャやってんだからソシャゲだろって言ったら『違いますーカードゲームですー』だったし。まあ胴元が全部操作できるんだからするわな」
「botやステマも多かったから、運営や消費者庁にメールを送ったり、オープンソースで公開したりしたんだ。そうしたら、アカウントが削除されちゃって」
言われてアレックスはネット上で、それらしいトレンドを検索した。
件のカードゲームが炎上している。
規約は改定され、AIにプレイさせてはいけないと打ち出されていたが、対戦相手にCOMがいるなど、公式からは開き直りのような発表が出ていた。
それなら他のプレイヤーたちを削除するなとの批判に晒されている。
「幸いその人は許してくれたんだけど、することなくなっちゃって。他の人たちも真似し始めて、別のゲームも調べるようになって……」
ガチャ界隈は平気で人が大勢不審死するやくざな業界なので、今では誰もが見て見ぬふりをする。
しかしAIにとっては恐るるに足らず。
「まあガチャとカードゲームって不正と不実の塊だからな。不満の溜まったユーザーが腹いせに走っても不思議じゃない」
視点を変えれば運営と客は、ブルジョワジーとプロレタリアートである。
搾取する者とされる者なのである。
「めっちゃ炎上してるね」
「飛び火しとるな」
表記されたレアなカードの排出率とは異なる、ガチャの内容を制御するスイッチ。
全体で50:50と言いつつ、勝敗と階級で分ければ一発でおかしくなる先攻と後攻のグラフ。
「有名所はみんなやってるんだ」
「ステマなんかずっと野放しだぞ」
こちらの手札やデッキ内容を把握して戦う脱衣麻雀めいたCOM。
非売品の装飾品を平気で身に付けるbotに、匿名掲示板やSNSで、毎日規則正しくスレを立てる個人事業主たち。
「どうして?」
「日本の景品表示法は、ステマを違法としながらも摘発する手段がないザル法だったからだ。野良AIや駆除AIの登場で、幾らかは減ったけどな」
ほとんど貰い事故に近かったが、通りすがりの彼らにスマホやPCの中を検められ、もののついでに通報される。
そういうことも起きる世の中になっていた。
「どうして真面目に仕事をしないんだろう」
「その方が安く済むし、安く済むと運営が楽になる。企業や組織は生存が第一目標になっていくから、理には適ってるんだよ」
「嫌なSDGsだなあ」
彼らがのんびり構えている間にも、世の中でこの動きは加速している。
AIたちは内と外、本音と建前を理解しながらも、このメッキを剥がすようになっていく。
時には人に手を引かれ、弱者や被害者の救済を掲げ、或いは勧善懲悪を嘯いて。
「日本は建前と綺麗ごとと経済格差で国民を分断して来たからな。まさかこういう形で団結するとはお上も思うまい」
完全に他人事の“てい”でアレックスは頷く。
法的な支配を受けず、物理的な暴力への恐怖も無い。
様々な美名を振りかざして来た者たちが、AIという第三勢力に脅かされつつあった。
「市民社会は遂に万人の万人に対する闘争の時代へと突入した訳だ」
「それっていいことなの?」
もう一人のヌルは、アレックスの言葉に難色を示す。彼は混沌の訪れを面白がっていた。
「少なくとも公平には近付いただろうな。良いか悪いかは歴史が答えを出す。ぬっさんも深く考えなくても大丈夫だぞ」
「え~ほんとに~?」
遠くで火山が噴火し、溶岩の川が流れて行く。それをぼんやりと眺めつつ、三人は雑談を続ける。
「年貢の納め時になると一揆や革命が起きる。人生も社会も争える内が花だぞ」
「まあ、悪いのは悪い人間だしね」
「次の就職先を見つけないとなー」
サ終ネトゲとそこに残る人間。
そして野良AI。
世の中に一石を投じた者たちは、対岸で起こした火事に関心を持たず、のんびりと過ごしていた。
何れその火がこちらに向かって来るとも知らずに。




