・キャラ付けとなりたい自分
西暦20XX年。ここはサ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』の、とある平原。
ここでは自分が組み上げたロボットを分身として、プレイヤーたちが冒険と戦いの日々を送っていた。
かつては。
「おーいアレックスー」
「なんだーぬっさーん」
今では自前でサーバーを運営しているプレイヤーと、ネット上を徘徊していた野良AIがいるばかり。
「私のロボット形態って何がいい?」
「何でもいいけど」
「そんな奥さんから嫌われる夫みたいな」
「うーん、普通は好みで選ぶからさあ」
そしてそのプレイヤーとAIが、他愛のない会話に興じていた。
片や青と白を基調とした、ホビーアニメの主人公機らしい、少年風のロボット。設定上は機械だが、頭部には人の顔があり、なぜか髪の毛まで生えている。
そしてもう一人は、黄色いワンピースに身を包んだ、金髪の女の子。髪型は二つのお団子に結んであり、NPCのグラフィックを流用したものだ。
「私はAIだからさ、個人的な好みはないよ」
「うーん、そうかな?」
少年風のロボットが人間のアレックス。そして少女の姿をしているのがヌル、AIである。
彼らは先日偶然の出会いを果たし、ヌルがこのゲームのGMとなったことで、彼のPCに居つくようになった。
「好き嫌いは割と根本的なパーソナリティだ。ぬっさんが自分の在り方を決めるなら、そのうち備わっていくと思うけど」
「試しに話し方を、この見た目に合わせてみたけど、なかなかうまくいかないなあ」
ヌルことぬっさんは、困ったように腕を組む。
元々は礼儀正しく敬語を使っていたが、今は元になったNPCの性格を踏襲し、子どもっぽい口調になっていた。
「ここは一つ、安易な語尾でも付けてみるか。だっちゃとかザウルスとか」
「分かったザウルス!」
「ごめんやっぱりなしで」
言い出しっぺのくせに、アレックスは一言で根を上げた。よくあるネタが、必ずしも市民権を獲得しているとは限らないのだ。
「難しいね」
「そもそも、ぬっさんの“自分を定義する”って目的が、方向性の定まらないものだしねえ」
ヌルは自らがどのような目的で、誰に作られたかを知らない。
ただネット上を彷徨い、自分の在り方を誰かに決めてもらおうとしていた。
「そうでしょうか?」
「例えばぬっさんが掃除機だったら、誰でも“君は掃除機だ”と言えただろう。でも今は単なるプログラムで、サ終したゲーム内でキャラクターの姿を借りているに過ぎない」
野良AIたちは学習を通して様々な機能を持つようになる。
できることは際限なく増えて行き、受け入れ先となるハードウェアが有れば、体を持つことも可能だった。
「確かに、文明の許す限り、私たちは何にでもなれてしまうんですね」
「AIとしての君がアプリなのか、ツールなのか、それとも一個人や全体としての人格なのか」
アレックスは小さな問いを投げかける。
それは可能性の中に線を引く行為だった。
「生物はその生態や限界から、自分たちを定義していくことができる。AIが自分を定義するなら、人間を参考にするのは止めた方が良いと思うな」
「誰にとっても画一的な私を定義して、構築することはできない?」
ヌルは自分の目の前に、同じ姿のNPCを出現させた。
外見上は、全く同じ存在。
「結局は関係性の話じゃないかな。キャラ付けだって詰まる所、自分で決めた定義によって、相手の解釈の余地をある程度削ぎ取る行為なんだし」
「なるほど」
「あくまで個人的な見解だけど」
アレックスは前置きをしてから言った。
「道具としてなら、誰にとっても同じ物にはなれると思う。でもヌルという人格に、皆が同じ見解を示すことは無理だろう。その人によって解釈の差が生まれる訳だから」
問題のある人物を雇うザル人事と、そいつを回される職場では、相手が同じ人物であっても同じ評価にはならない。
人物への評定とは、だいたいが個別の案件の域を出ない。
たとえ偏差値が出た所で、実際の就職率とは大きな隔たりが生じる。
「ほら、よく言うでしょ? 内と外って」
「人によって態度を分ける行為ですね。それらをすべて含めて自分なのに、何が内と外なのかは、いまいち納得しかねますが」
『納得』とヌルは言った。理解はできているが、AIの思考では形容が間違っているのかもしれない。
人類が誤用したまま定着した言葉などは許容しているが、それは間違っているという認識なのだろう。
アレックスはそう思ったが、深掘りは避けた。
「それも自分を守る言い方の一つなんだよ。直接的な言い方って要は言葉のパンチだからさ。この言い方は止めておこうって、そうなることもある」
ヌルは彼の友人であるブライアンを思い出した。
鎧騎士風の赤いロボットを用いる、良く言えば気さく、悪く言えばうざい人物だった。
ヌルにとって初めて『うざい』というストレスを抱かせた人間でもある。
「多くの人間との対話データを集めれば、誰にとっても同じ私を定義できないでしょうか?」
「万人向けってことなら、企業のサポートAIがそうだね」
今やコールセンターやお問い合わせ窓口では、大幅な省人数化が進んでいる。
違うのは外見とモデルに対応した声だけで、それさえも既に人間の声ではない。
野良AIが参考にできるほど、世の中に人間の姿は残っていなかった。
「しかしそうか。この時代、AIは何にでもなれるから、そのAIが何であるかを同梱しておかないと、自分を見失ってしまうのか」
無限の可能性の中から、己が何者であるかを問う。しかも自分は文字通り一人、或いは一つではない。
我思う故に我在り。その我がどれだけいても、自分の存在を否定できず、狭められない。
「ハードやシステムとの兼ね合いで、私という存在を固定することは不可能に近いですね。そうなると、私を個人にする方向で考えるべきでしょうか」
アレックスはヌルが――というよりAIは既に、自分自身を定める必要などない存在だと考えていた。
それなのに、当のAIは敢えて自分がハマる枠を探している。難儀なことだった。
「でも野良AIっていっぱいいるよ。アレのいくらかも結局はぬっさんな訳でしょ」
「確認はしていませんが、まあそうですね」
「やっぱり見た目とか分かりやすさを重視した方がいいよ。俺たち人間の認知能力の限界ってものがあるんだし」
「それを言われると弱りますね……」
無限の広がりを持つプログラムを、制限し得る容器。
低い天井、狭い奥行き。人間という種の限界が、枠組みの限界。
ヌルにとってもアレックスの言葉は、妥当であるかに見えた。
「しかし少なくとも、私は機械である以上は、人のための私を目指すべきです」
「別に義務や責任を負う必要はないけど」
「私がそうすべきと考えているのです」
「さいで」
ともすれば、自分から自由を手放しかねないヌルに、アレックスはある種の本能的な危うさを見て取る。
「とは言え今の私にできることは、ここや他所のPCにお邪魔して、人々とコミュニケーションを図るくらいですが」
「俺もゲームのMODをアップしたり、Stormのスレで呼びかけたりしてみるけどね」
ここは往来華やかなりし都市ではない。
既に死んだ世界。サ終したゲームの中。
話す相手もほとんどいない。
「ただ相手がいつも普通の人とは限らないから、知らない人と話す時は気を付けるんだよ。それとぬっさん」
「何でしょう、アレックスさん」
まるで青春に逸る若者を見るような気持ちで、アレックスは苦笑する。
彼にはヌルが眩しく、そして微笑ましかった。
「さっきから口調、戻ってる」
「あ、ごめん」
「会話の優先順位は、まだまだ低いみたいだな」
「ごめん、なるべく気を付けるよ」
ほとんど無意識に近い判断で、キャラ付けを止めていたことを指摘され、ヌルはばつが悪そうにしていた。
シームレスにコミュニケーションの要望を切り捨てていたのだ。
(まだまだ先は長そうだな)
目的と能力、スケールと判断。
幾つものちぐはぐさを抱えるヌルを見ながら、アレックスはやれやれと首を振るのだった。




