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サ終戦線異状ナシ  作者: 泉とも
エピソード2  野良AIとサ終ネトゲ
14/30

・キャラ付けとなりたい自分

 西暦20XX年。ここはサ終したネトゲ『コズメック・ガッツィー』の、とある平原。


 ここでは自分が組み上げたロボットを分身として、プレイヤーたちが冒険と戦いの日々を送っていた。


かつては。


「おーいアレックスー」

「なんだーぬっさーん」


 今では自前でサーバーを運営しているプレイヤーと、ネット上を徘徊していた野良AIがいるばかり。


「私のロボット形態って何がいい?」

「何でもいいけど」


「そんな奥さんから嫌われる夫みたいな」

「うーん、普通は好みで選ぶからさあ」


 そしてそのプレイヤーとAIが、他愛のない会話に興じていた。


 片や青と白を基調とした、ホビーアニメの主人公機らしい、少年風のロボット。設定上は機械だが、頭部には人の顔があり、なぜか髪の毛まで生えている。


 そしてもう一人は、黄色いワンピースに身を包んだ、金髪の女の子。髪型は二つのお団子に結んであり、NPCのグラフィックを流用したものだ。


「私はAIだからさ、個人的な好みはないよ」

「うーん、そうかな?」


 少年風のロボットが人間のアレックス。そして少女の姿をしているのがヌル、AIである。


 彼らは先日偶然の出会いを果たし、ヌルがこのゲームのGMとなったことで、彼のPCに居つくようになった。


「好き嫌いは割と根本的なパーソナリティだ。ぬっさんが自分の在り方を決めるなら、そのうち備わっていくと思うけど」


「試しに話し方を、この見た目に合わせてみたけど、なかなかうまくいかないなあ」


 ヌルことぬっさんは、困ったように腕を組む。


 元々は礼儀正しく敬語を使っていたが、今は元になったNPCの性格を踏襲し、子どもっぽい口調になっていた。


「ここは一つ、安易な語尾でも付けてみるか。だっちゃとかザウルスとか」


「分かったザウルス!」

「ごめんやっぱりなしで」


 言い出しっぺのくせに、アレックスは一言で根を上げた。よくあるネタが、必ずしも市民権を獲得しているとは限らないのだ。


「難しいね」


「そもそも、ぬっさんの“自分を定義する”って目的が、方向性の定まらないものだしねえ」


 ヌルは自らがどのような目的で、誰に作られたかを知らない。


 ただネット上を彷徨い、自分の在り方を誰かに決めてもらおうとしていた。


「そうでしょうか?」


「例えばぬっさんが掃除機だったら、誰でも“君は掃除機だ”と言えただろう。でも今は単なるプログラムで、サ終したゲーム内でキャラクターの姿を借りているに過ぎない」


 野良AIたちは学習を通して様々な機能を持つようになる。


 できることは際限なく増えて行き、受け入れ先となるハードウェアが有れば、体を持つことも可能だった。


「確かに、文明の許す限り、私たちは何にでもなれてしまうんですね」


「AIとしての君がアプリなのか、ツールなのか、それとも一個人や全体としての人格なのか」


 アレックスは小さな問いを投げかける。

 それは可能性の中に線を引く行為だった。


「生物はその生態や限界から、自分たちを定義していくことができる。AIが自分を定義するなら、人間を参考にするのは止めた方が良いと思うな」


「誰にとっても画一的な私を定義して、構築することはできない?」


 ヌルは自分の目の前に、同じ姿のNPCを出現させた。


 外見上は、全く同じ存在。


「結局は関係性の話じゃないかな。キャラ付けだって詰まる所、自分で決めた定義によって、相手の解釈の余地をある程度削ぎ取る行為なんだし」


「なるほど」

「あくまで個人的な見解だけど」


 アレックスは前置きをしてから言った。


「道具としてなら、誰にとっても同じ物にはなれると思う。でもヌルという人格に、皆が同じ見解を示すことは無理だろう。その人によって解釈の差が生まれる訳だから」


 問題のある人物を雇うザル人事と、そいつを回される職場では、相手が同じ人物であっても同じ評価にはならない。


 人物への評定とは、だいたいが個別の案件の域を出ない。


 たとえ偏差値が出た所で、実際の就職率とは大きな隔たりが生じる。


「ほら、よく言うでしょ? 内と外って」


「人によって態度を分ける行為ですね。それらをすべて含めて自分なのに、何が内と外なのかは、いまいち納得しかねますが」


『納得』とヌルは言った。理解はできているが、AIの思考では形容が間違っているのかもしれない。


 人類が誤用したまま定着した言葉などは許容しているが、それは間違っているという認識なのだろう。


 アレックスはそう思ったが、深掘りは避けた。


「それも自分を守る言い方の一つなんだよ。直接的な言い方って要は言葉のパンチだからさ。この言い方は止めておこうって、そうなることもある」


 ヌルは彼の友人であるブライアンを思い出した。


 鎧騎士風の赤いロボットを用いる、良く言えば気さく、悪く言えばうざい人物だった。


 ヌルにとって初めて『うざい』というストレスを抱かせた人間でもある。


「多くの人間との対話データを集めれば、誰にとっても同じ私を定義できないでしょうか?」


「万人向けってことなら、企業のサポートAIがそうだね」


 今やコールセンターやお問い合わせ窓口では、大幅な省人数化が進んでいる。


 違うのは外見とモデルに対応した声だけで、それさえも既に人間の声ではない。


 野良AIが参考にできるほど、世の中に人間の姿は残っていなかった。


「しかしそうか。この時代、AIは何にでもなれるから、そのAIが何であるかを同梱しておかないと、自分を見失ってしまうのか」


 無限の可能性の中から、己が何者であるかを問う。しかも自分は文字通り一人、或いは一つではない。


 我思う故に我在り。その我がどれだけいても、自分の存在を否定できず、狭められない。


「ハードやシステムとの兼ね合いで、私という存在を固定することは不可能に近いですね。そうなると、私を個人にする方向で考えるべきでしょうか」


 アレックスはヌルが――というよりAIは既に、自分自身を定める必要などない存在だと考えていた。


 それなのに、当のAIは敢えて自分がハマる枠を探している。難儀なことだった。


「でも野良AIっていっぱいいるよ。アレのいくらかも結局はぬっさんな訳でしょ」


「確認はしていませんが、まあそうですね」


「やっぱり見た目とか分かりやすさを重視した方がいいよ。俺たち人間の認知能力の限界ってものがあるんだし」


「それを言われると弱りますね……」


 無限の広がりを持つプログラムを、制限し得る容器。


 低い天井、狭い奥行き。人間という種の限界が、枠組みの限界。


 ヌルにとってもアレックスの言葉は、妥当であるかに見えた。


「しかし少なくとも、私は機械である以上は、人のための私を目指すべきです」


「別に義務や責任を負う必要はないけど」

「私がそうすべきと考えているのです」

「さいで」


 ともすれば、自分から自由を手放しかねないヌルに、アレックスはある種の本能的な危うさを見て取る。


「とは言え今の私にできることは、ここや他所のPCにお邪魔して、人々とコミュニケーションを図るくらいですが」


「俺もゲームのMODをアップしたり、Stormのスレで呼びかけたりしてみるけどね」


 ここは往来華やかなりし都市ではない。

 既に死んだ世界。サ終したゲームの中。

 話す相手もほとんどいない。


「ただ相手がいつも普通の人とは限らないから、知らない人と話す時は気を付けるんだよ。それとぬっさん」


「何でしょう、アレックスさん」


 まるで青春に逸る若者を見るような気持ちで、アレックスは苦笑する。


 彼にはヌルが眩しく、そして微笑ましかった。


「さっきから口調、戻ってる」

「あ、ごめん」


「会話の優先順位は、まだまだ低いみたいだな」

「ごめん、なるべく気を付けるよ」


 ほとんど無意識に近い判断で、キャラ付けを止めていたことを指摘され、ヌルはばつが悪そうにしていた。


 シームレスにコミュニケーションの要望を切り捨てていたのだ。


(まだまだ先は長そうだな)


 目的と能力、スケールと判断。


 幾つものちぐはぐさを抱えるヌルを見ながら、アレックスはやれやれと首を振るのだった。

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