事務官と騎士団長 2
二人きりで会った日から早くも2週間が経過した。
あれ以来、彼には会っていない。
互いに会おうとしなければ会えない人だったのだ。
ああ、失恋したというのに、なんて未練がましい男なんだろうか。
*
「団長。またため息ついてますよー?」
呆れを隠そうともしない僕の声に、団長は頬杖をついたまま、また、ため息を吐く。
「一体どうしたっていうんですか?らしくない!」
「…失恋したんだ。少し、放っておいてくれ。」
プイッと顔を背ける様は冗談では無さそうだ。
「…失恋、したんですか?団長がぁ?」
「ハア…私だって人間だ。恋だってするし、叶わない事だってあるさ。」
「は?え?どこの王族ですか?いや、人妻とか?」
「…なんの話をしている?」
「だって!団長程の、地位と名誉とルックスが揃っていてもダメなんて、そんな相手思い浮かばないじゃないですか!」
「…ニルス。私は、『世の中に絶対は無い』と教えた筈だが?」
騎士団に入って団長のシゴキを受けた者はみんな聞いてるだろう。その後に続くのは
「『だから考えつく限りの備えをしろ』ですよね?」
魔獣討伐には運もあるからな。
「つまり、私にだって出来ない事があるのだよ。」
「…でも、団長が、振られたなんて信じられませんよ。」
「振られてはいない。告白もしていない。…させて、もらえなかった。」
ぽつりと溢された内容に目を見開く。
「良い友だと言われてしまった…信頼してもらえて嬉しいと。」
…ん?
「あのぉ?団長?」
「ん?」
「もしかして、ソレ、相手から予防線張られてません?」
「?予防線?」
「相手が、貴方に。」
「?どうゆう事だ?」
「世間一般的に、団長程の人に好意を寄せられて悪い気はしません。婚約者がいても、大半は乗り換えます!それくらい団長は地位も名誉もルックスもあって価値があります。
断るなら、すでに余程の想い人がいるか、自分では貴方に相応しくないと身を引いてるか、です。
でも、想い人がいるなら貴方からの信頼を得られる程、近寄る事はまずない、と思います。」
「つまり、何が言いたい?」
「団長。お相手は身分が釣り合わないとか何か問題がある方ですね?」
「…。」
沈黙は肯定ですよ?なるほど、なるほど。
思考をまとめる為、沈黙して部屋の中を歩く。
あの団長が信頼できると言う位なら、お相手も中々の人格者の筈。
身分が釣り合わないのは、下位貴族。
団長の態度から出会ったのは、最近。
急に大物と縁づいて尻込み…は宮に出入りする貴族では考えにくい。
なら、団長に自分は相応しくないと考えた?
「団長!その人は、団長に対して『信頼してる』と言ったんですよね?」
「え?ああ…名前を呼んで欲しいと頼んだら、それは不敬だから出来ないと断られてな…。尊敬する団長の為なら親愛なる友として駆けつけるとまで言ってくれたのに…」
その言葉のチョイス…駆けつける…ははぁん!お相手は『男性』ですか。
「ハァ…なる程、分かりました。多分、その方は団長の事を思って身を引いてます。」
「ん?」
「侯爵家当主である団長の伴侶は『子が産めて利益のある高位貴族の令嬢の方が良い』と言う、極めて一般的な貴族の考えで判断してますね!」
「は?」
(自分の想いより、団長の未来を優先して、わざと『友』とか口にして言ってるな。理知的な方だ。ご自分も辛いでしょうに…!)
「ちょっと待て、何を一人で納得している?」
「自分が言えるのは、団長が、その方の事を伴侶にしたいくらい好きなら、諦めない事です!」
「い、いきなり、伴侶とは…」
「それくらいじゃないと、相手は全力で逃げます。団長の横は相応しくないと言って。」
「…相応しいかどうかは私が決める事だ。」
「それは、団長の気持ちがはっきり分からないと考えられないかと」
「…」
「と、言う自分の推測です。いかがですか?」
「…半信半疑だが、討伐において、お前の推測には助けられた実績があるからな…一考の余地はあるか。
」
眉を寄せた顰めっ面は布陣をどうするか考えてる時の顔だ。つまり、団長は僕の推察をすでに認めているな!
「相手が誰か教えて頂けたら、更に詳しく分析できますが…」
「言わんぞ?」
「ええ、それは野暮ってもんですからね。ええ、ええ。ご伴侶になられたら紹介してください。」
団長程の人が惹かれる相手とは、どんな傑者だろうか。
紹介してもらえるのが楽しみだ。
「あ、団長!とりあえず、手紙を出してみるのをおすすめします!」
「会いに行く、では無くか?」
「はい!お相手は貴方を思って避けてますので、近づいても逃げます。手紙で文通してから呼び出した方が会えると思います!あ、後!お相手に婚約者とか居ないか確認した方が良いですよ?貴族なら親に知らぬ間につけられてる事ありますから!」
「ハッ!そうだな!確認しておかんと…ありがとう、ニルス!私は少し出てくる!」
「午後の始業までには戻ってきてくださーい!」
団長にも人の心があったんだなぁ。良かった。
出来れば幸せになって欲しい。
*
ニルスの助言に従い、とりあえず彼の家や婚約状況を確認したら、危うく伯爵令嬢との見合いが組まれる所だった。我が家門の娘だったので違う縁談を纏めてやり、ルッツ家には貴殿宅の三男オリバー氏を側に置きたいと考えている。とだけ伝えた。
彼の気持ちを確認しない事には婚約の打診など出来んからな。
ルッツ卿は『閣下のお目に適うとは鼻が高い。しばらくは干渉しません』と言う内容を返事してきた。
…オリバーの父君の文章は大変優雅すぎて分かりにくい!
オリバーにも手紙を出した。
元気にしているのか、会えなくて寂しい、次はいつ会えるか、オリバーに会いたい。というらしくない、歌劇の乙女のような恋文になったが構うものか!
一時の恥じらいより恋をとる!
…恋は、人を変えると言うのは本当らしい。
*
父親から、見合い相手に良い縁談が来たので破談になったと、相変わらず装飾の多い文面の連絡がきて、ホッと息を吐く。
彼と会った三日後に、そろそろ結婚を考えないか?と見合い話が来た。彼を諦めるチャンスかも知れないと見合いを受けるつもりだったのだが…
(まだ、諦めなくても良いと言う事だろうか?)
翌日。彼から手紙が来た。
心臓が煩く、指先が震えてペーパーナイフが中々進まない。
無惨な程ボロボロになった封筒から便箋を出す。
開いた便箋には、少し震えた彼の字。あの日見た泣きそうな顔を思い出して胸が潰れそうになる。
『会いたい』と書かれている分を、指先でなぞる。
友として駆けつけると誓ったくせに。
だが、今この胸にあるのは恋情なのだ。
直接会えば、彼に触れたら、もう、隠せない程に膨らんで破裂しそうな…。
「アウグスト…」
そっと彼の名を呟き、手紙に口づける。
「僕は、君を求めても、許されるんだろうか?」
*
返事は来ない。
顔を見れないなら、せめて文字だけでも触れたいのに。
「呼んだら、駆けつけるって言ったくせに…」
ポロリと涙があふれ、慌てて避けたが、書きかけの手紙に落ちてインクが滲む。
「オリバー…」
*
仕事に逃げている間に月日は経っていく。
「おい、ルッツ!大丈夫か?顔色悪いぞ?」
「お前がそんなになるなんて、そんな難しい案件なのか?」
「あ…いや、配分をミスしてしまってね。今日のコレで終わりだよ。それに明日から三日も休みだからね。ゆっくり寝るさ。」
「そうか?ダンネベルク団長も討伐で怪我したって言うし、運気が悪いな。」
同僚の言葉に一瞬、世界から音が消えた。
「…何?その話、知らない…」
「ああ、今伝わって来たんだ。怪我したから先に王都に帰るって。今夜には着くらしいぜ?」
「あのダンネベルク団長が怪我とか、ヤバくねぇか?」
「あー、なんか、元々体調が良くなかったらしい。副長が指揮取ってたって。」
同僚達が話しているのが遠い。
彼が怪我だなんて!今まで一度も、なかったのに!?
…僕のせいだ。僕が彼を悩ませたからっ!
時計を見る。終業まで後1時間!
僕は急いで残りの仕事を終わらせて荷物をまとめ、終業と共に部屋を後にした。
*
王都に向かう馬車の中でため息を吐く。
「別にコレくらい問題なかったのだが…」
頬に張られたガーゼを撫でながら呟けば。
「何をおっしゃるんですか!団長が顔に傷を受けたなんて!士気ダダ下がりでしようが!邪魔ですよ!」
衛生兵のパトリックに怒られた。
「全く!最近は特に上の空ですし、いい加減しゃんとしてください!」
「ああ…すまないな」
「…団長のお屋敷に寄ってから詰所戻りますんで!1週間しっかり休んで、復活してくださいね!」
「ハハハッ…善処するよ。」
屋敷に着いて降りると門番のスコットから客人だと言われた。
「?約束はなかったはずだが?」
「閣下がお怪我なさったと聞いて心配されておられましたよ!もちろん我々もですが!」
「すまない、見ての通りのかすり傷だ。士気が下がるから返されただけだ。」
「その様で安心しました。ルッツ卿は中でお待ちですから早く行ってあげてください。」
「…え?」
今、ルッツ卿と言った?
「ルッツ卿とは、事務官のオリバー・フォン・ルッツ、か?」
「ええ、この間いらした方です。彼も顔色が悪くて」
スコットの話を中座して屋敷に走る。
「旦那様!?」
「オリバー…ルッツ事務官が来ていると?」
「は、はい、お怪我されたと聞いて心配されて訪ねて来られましたのでお待ちしてもらって」
「どこに!?」
「前回お通しした応接室です」
応接室に向かって走り、ドアを勢い良く開けた。
*
「団長!お怪我なさったと…」
言い切る前に抱き込まれた。
「オリバー…会いた、かった…!」
ギュウギュウと抱きしめられる圧に負けて後ずされば体勢を崩してしまい長椅子に座り込んだ。
「団長!怪我!怪我は?」
と肩を揺らすが、彼は頭を上げずに
「…オリバーが来てくれるなら、怪我なんていくらでもする」
なんて言う。
その言葉に背筋が冷たくなった。
震える手を彼の頬に添えて上げさせる。
頬に手当ての跡があるのに、気づいて視界が潤む。
「そんな、怖い事、言わないでっ」
「オリバーに、会えない方が痛かった…こんなのただの、かすり傷だ!怪我なんて大層なものじゃない。痛かったのはこっちだ!ずっと、ずっと!」
そう言って胸を押さえる姿が、あまりにも悲壮で。耐えきれずに彼の頭を抱き寄せた。
また腕が回り抱きしめられる。
僕の胸に預けてある頭をゆっくり撫でた。
*
「…すみません。手紙、返せなくて…」
ぽつりと降ってくる囁きに
「なぜ、か、聞いて、も…?」
涙は止まっても声は震えてしまった。
「貴方を、愛してしまったから」
「えっ?」
思わぬ言葉に顔を上げれば
強い瞳があった。
「僕は、貴方を愛しています。でも、貴方の為を思えば、僕を伴侶にして欲しいとは、言えなかった。貴方は侯爵家の当主。家の為の結婚をするべきだ。だから、友として、貴方の側に居られるなら、それでもいいと、言い聞かせていました。」
「…」
「でも、貴方が、愛しくてたまらなかった。気を抜けばフラフラと貴方の元に行ってしまいそうで、無理に仕事を詰めました。」
スルリとオリバーの指が頬を撫でる。優しいのに、なぜか背が震えた。
「オリバー?」
「ねぇ?団長?まだ、僕に名前で呼んで欲しいですか?貴方に恋情を抱いてる愚かな男に」
囁く様な音量なのに、胸を締め付けられるように衝撃的だった。
「…ぁ」
口を開くのに、声が出ない。
オリバーはじっと待ってくれている
「…呼んで、くれ。オリバーにだけ、呼ばれたいっ」
止まった涙がまた溢れていく。
「アウグスト。君を愛しています。」
チュッと眦にキスされて涙を吸われる。
ビクンと体が勝手に震えるけど、オリバーは反対側にもキスを落とす。
「人を可愛いと思ったのは、君が初めてだよ。」
囁かれているのに頭の中がオリバーの声でいっぱいだ。
遠のく意識の中耳に吹き込まれたのは
「僕の可愛い、オーグ。」
甘い甘い、囁きだった。
温もりを感じながら目が覚めたら、真上にオリバーの顔があった。瞼を閉じ微動だにしない。
(寝てる?)
そう言えば、仕事を詰めていたと言っていたか。
体を動かさずに視線を巡らすと、どうやら長椅子に寝かされ、膝枕されているようだ。
体に回された右手と頭を撫でていた名残りのある左手を認識する。
(今、一体何時だ?)
帰宅したのは夕暮れが終わる頃だった筈。
「オリバー?」
起きたばかりの掠れた声でそっと名を呼べば、ピクリと眉が寄り、瞼が開く。
「…なんだい?オーグ?」
声が、すごく甘い。
聞いただけで頬が熱くなるのがわかった。
「あ、の、だな?今、何時だろうか?夕飯もまだだったと思うんだがっ」
「今は8時過ぎだね。様子を見に来た執事には起きたら呼ぶと伝えた。」
サラリと取り出した懐中時計を読みながら見せてくれる。質の良い時計だ。って、執事ーートムソンが来たのか!?
「ああ、安心していい。その時はドアを開けずに対処したから見られていない、」
「そ、そうか…」
「起きて食事にするかい?執事にそう頼んでるよ?」
「ああ、そうだな。あ…オリバーも一緒?」
「そうだね、御相伴に預かるよ。」
「…今夜は泊まっていかないか?…その、できれば、だが…」
「ああ、少しでも君といれるのは嬉しいな。」
「…オリバー?」
「ん?」
「近い…」
膝枕のせいで、眼前に顔があり、照れてしまうんだが!?
「フフッ、オーグは照れ屋さんだね?」
優しく頭を撫でてから、起きやすいように身を引いてくれたので少しホッとして起き上がる。
「改めて聞くけど、本当に怪我は大丈夫なんだね?」
「ああ、コレだけだよ。大袈裟すぎるんだよ、全く。」
私は頬をトントンと指先で叩いて示す。
「…君が傷を負うのは僕が辛いから、あまり無理しないでおくれ。」
とても悲しい顔で頬を撫でられた。
ゔっ…確かに、大事な人が傷つくのは辛い、な。
「分かった。絶対とは言えないが、怪我しないために全力を尽くす!」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ。」
二人で食堂に移動して晩餐を食べ、湯に浸かる。
オリバーは先に上がって窓の外を見ていた。
「オリバー」
そっと呼べば
「ん?なぁに?オーグ。」
と反応が返ってくる。
「…夢じゃ、ない、よな?」
「フフッ、なら、一緒に寝るかい?」
オリバーは冗談のつもりだろうが、私は真面目な顔で頷いた。
「…オーグ?意味、分かってる?」
少し焦りながらのオリバーの問いかけに、彼は私を幼子だとでも思っているのか?と首を傾げたくなった。
令嬢とは違うが、流石に同じ部屋で一夜を過ごせば同衾した事になる。我が家の使用人達から恋人だと宣言するようなものだ。
「オリバーは、困るか?」
「困るな。」
即答されて、悲しくなる。
「理性が保つ気がしない…」
「!?」
聞こえた呟きに慌てて彼を見れば、耳を赤くして口元を押さえていた。
(ぇ?え?オリバーは、私を、そうゆう対象としてちゃんと見ているという事か?)
理解した途端恥ずかしくなり真っ赤になった顔を手で覆う。
「す、すまないっ!やはり、私が、恥ずかしくて無理だ!」
「うん。流石に告白した日に同衾は外聞が悪いからね。」
「ああ、そうだな。流石にな!」
「でも」
そっと耳元に寄せられた唇が甘く囁く。
「いつかは覚悟してね?」
「!?」
私の心臓はいつまで保つだろうか…。
読んで頂きありがとうございました。
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