8.不穏な気配
「うわあああああ!しょこらしょこら、助けてくれ!!!」
ロッセルは魔物に追いかけられ、死に物狂いの全速力で逃げ回っている。
再び現れた魔物の群れに対処するため、俺とロッセルは数十人の兵士達と共に、また帝国南部の森へと派遣されたのだ。
「おおおいしょこら!!早くしてくれ!!うわああああ、私の尻が!!」
「うるせえな、自分で何とかしろって言っただろうが!!!」
俺はイラついて叫びながらも、ロッセルに向かって水魔法を発射する。
キングサラマンダーが吐いた炎により燃え上がっていたその尻は、水魔法により鎮火され、ぶすぶすと音を立てて燻ぶった。
「ああ、助かった……もうだめかと思ったぞ……」
「ったくお前、よくそんなんで兵の指揮を任されてたな!」
「何を言う、対人戦なら私だって……」
森での討伐を再開してから、すでに3日が経過していた。
そしてこの3日間、俺とロッセルはずっとこんな調子だった。
ロッセルは確かに剣の腕はあるが、対魔物戦ではほとんど役立たずだ。
そして俺がいくら指導しても、さっぱり改善される気配がない。
「おい、無暗に相手の間合いに入るんじゃねえ!また炎を食らいたいのか!」
「ええっ!しかししょこら、近づかなければ剣が届かない……」
「俺が魔法で援護するから、その間に行けって言っただろうが!!」
再び丸焦げにされそうなロッセルを突き飛ばし、俺はサラマンダーめがけて水魔法を発射する。
大きく口を開けていた巨大な個体は、一瞬で地面に崩れ落ちた。
俺が加勢し出してから、帝国兵の犠牲者はかなり減った。魔物の討伐にかかかる時間も大幅に短縮されている。
にも関わらず、魔物は毎日次々と湧き出していた。
「なあしょこら、なんだか魔物が出現する頻度が早くなっていないか?こんなに討伐しているのに、事態は一向に改善していないぞ……」
サラマンダーの群れを一掃し終えて、へなへなと地面にへたり込みながらロッセルが言った。
「これではいずれ限界が来てしまうぞ……」
確かにロッセルの言う通りだった。
正直、今のこの状況は、燃え盛る炎に一滴ずつ水を垂らしているようなものだ。
このままではいずれじり貧になる。
そして、状況は日に日に悪化しているように思われる。
「ちっ、やはり原因を突き止めて大元をたたくしかない。だが情報があまりにもなさすぎる。おい、ここは一旦落ち着いたから、町へ戻るぞ」
「お、おお、そうだな!」
そして俺は、周囲に誰もいないことを確かめて、足元に転移魔法陣を展開した。
帝国に来てしばらく経ってから気づいたのだが、俺は国外には転移できないが、バルダン帝国内であれば、転移魔法を使うことができるのだ。
しかし、俺が転移魔法を使えることを知っているのは、この国ではロッセルだけだ。
誰に悪用されないとも限らないので、俺は他の奴らには転移魔法のことを隠している。
「とにかく情報収集だ。最近何か変わったことがないか、町で聞き込みするぞ」
バルダン帝国の王都、ブランディールの町へと降り立つと、俺はロッセルに向かって言った。
「何でもいい。どんな小さな異変も見逃すな」
「おお、任せろ、しょこら!」
そうして俺とロッセルは一旦別行動を取る。
俺は猫の姿のまま、飯屋や酒場、商店街、各種ギルド、路地裏など、手あたり次第に歩き回った。
大通りから裏道へ入ったところで、俺はふと、買い物中と思われる中年女性二人の話し声を耳にする。
俺はただの黒猫のふりをして、それとなく二人に近づいた。
「……最近物騒で本当に嫌だね。今日もまた森で魔物が出て、兵が討伐に向かったとか……」
「ええ。この調子だと、いずれ徴兵令で町人まで駆り出されるかもしれないよ。うちの旦那がビビっちゃって……」
「あんたんとこの旦那、あんなに喧嘩っ早いのに、魔物はさすがに怖いのかい?」
「いいや、それが……最近どうも様子がおかしくてね。人が変わったように引きこもって、ブツブツ独り言を言ってるんだ。なんかの病気じゃないかってぐらいさ……」
「そう言えば、ナタリアさんとこも同じようなこと言ってたな。息子さんが急に商売を止めて、人が変わったように暗くなっちまって……」
女性達は話し込んだまま、裏道を離れて帰路につく。
俺はその姿を見送りながら、嫌な予感にため息をついた。
ロッセルと合流すると、果たして俺と同じような情報を仕入れてきていた。
「なんだか最近、様子がおかしい町人が増えているようだな」
俺達は転移魔法で王宮に戻るため、人目に付かない場所へと移動する。
ロッセルは歩きながら考え込んでいた。
「そういえば、兵士達の中にも最近、おかしな奴らが出てきたのだ。急に無口になったり、無断で姿をくらませたり……。私はてっきり、魔物のせいで精神不安定になっているのだと思っていたが……」
俺はすぐには返事をしなかった。
頭の中で考えを巡らせていたからだ。
突然人が変わってしまう、という現象には、これまでに何度か遭遇した。
人々が全員フードを被り、怪しい雰囲気に包まれていた、スラシアの町。
あの時は魔王の配下が、領主の立場を乗っ取ることで町全体を支配下に置いていた。
四百年前のミストラルで遭遇した、怪しい酒場。
そこでは魔王の配下が、客に闇魔法が施された麻薬を盛ることで精神を支配していた。
いよいよ今回も、魔王もしくは配下の存在を否定できなくなってきた。
そうなると、すぐにでも元凶を見つけ出して息の根を止める必要がある。
全く、この世界は一体どうなっているんだ。
俺は今回に限って沈黙を貫いている阿呆の女神を思い浮かべ、何度目かという舌打ちをした。




