24.不都合な事実
ロッセル達が姿を消した数十分後、俺は再び王宮の敷地内へと転移していた。
本来ならすぐにでも転移したかったのだが、魔物の群れが俺の行く手を阻んでいたのだ。
一匹一匹の動きは決して速くはないが、何せ数が多すぎる。
魔物達は俺の四方をぐるりと取り囲み、次から次へと攻撃を仕掛けてきていた。
それでも俺は一瞬の隙を見つけて、高々と空中へとジャンプする。
落下の勢いに任せて巨大なゴブリンの頭を踏み台にすると、再び空中へ舞い上がった。
そのようにして魔物達の頭を足場にしながら、やっと群れが途切れる場所へとたどり着いた俺は、すぐに転移魔法陣を展開したのだ。
そして今、俺は再び宮殿の建物を見上げている。
そこはちょうどロッセルと落ち合った東館の裏だ。今では兵士達の姿はなく、周囲はしんと静まり返っている。
ギルバートやデルバートは、まだ王宮には到着していないだろう。
奴らはロッセルを連れて、いずれ王宮に戻ってくるはずだ。
ロッセルには何度も念話で呼びかけているが、未だに応答はない。
俺はとにかく人目を避けるために猫の姿へと戻り、そのまま宮殿の中へと足を踏み入れた。
正直、王宮に戻った途端に攻撃されることを予想していたのだが、今そこは驚くほど静かだった。
まるで何事もなかったかのように、兵士達の姿は一人も見えず、臣下や使用人の姿すら見当たらない。まさに平和そのものという静けさだ。
いや、何事かが起きているから、宮殿はここまで静まり返っているのだ。
俺はそのまま歩き続け、何の障害にも遭遇せず、謁見の間へと到着する。
閉ざされた扉の前に立ちながら耳を澄ませてみたが、中からは何の物音もしなかった。
しかし俺が前足をその扉にかけて、押し開こうとしたその時、
部屋の中から声が聞こえた。
「遅かったではないか。ずっと待っていたのだぞ」
それは国王の声だった。
俺はそのまま前足に力を入れ、扉をぐっと押し開ける。
ギイイィと不吉な音を立てて開いた扉の奥には、部屋の奥で玉座に腰かけた国王が、笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
それは何となく、既視感のある光景だった。
謁見の間には、国王以外の人間の姿はない。この非常時に、それはありえないことだった。
俺は四つ足でスタスタと部屋の奥へと歩き、玉座の数メートル手前でピタリと止まった。
こちらを見下ろしながら、国王は変わらずその顔に笑みを浮かべている。
「其方が戻るのをずっと待っていたのだ。此度は我が兵士達が無礼を働いたようで、誠に面目次第もない。どう償えば良いか……」
「おい。しょうもない演技はもう止めたらどうだ」
俺が口を挟むと、国王はピタリと言葉を止める。
そしてますますその顔に広がる笑みを深くした。
「一体何の事だ。余はこうして其方に謝罪しているのだ。其方は魔物の討伐に、多大なる貢献をしてくれたと言うのに……」
国王はそう言って改めて俺を見つめる。
しかし俺が黙っているので、ついに高々と笑い声を上げた。
「はははは、やはり見抜かれるか。まあ良い、もう十分に楽しめた。なかなか愉快だったぞ、君達を観察するのは」
まるで突然人が変わったように、その声色も口調も、ガラリと雰囲気を変えた。
俺はそれに似た話し方をする者に、前にも会ったことがある。
「それで、お前はやはり魔王なのか。一体なんだってこんなに早く復活しやがったんだ。次の復活は二百年後のはずだろ」
国王は肘掛けの上で頬杖を突きながら、相変わらず俺を見つめ続けている。
この瞬間を心から楽しんでいるといった様子だ。
「知りたければたっぷりと教えてやるさ。ただし事実を説明したところで、それは君を絶望のどん底に突き落とすだけかも知れないぞ」
それでも俺は黙って魔王の話を待つ。
「まあ、そう焦るな。せっかくなら君の相棒も、共に絶望したいだろう」
そう言って国王に扮した魔王は、部屋の扉の方へと視線を向ける。
すると申し合わせたかのように扉が開き、誰かが部屋の中へと足を踏み入れた。
それはギルバートとデルバートだった。
まだ気絶しているロッセルの体を、引きずるようにしてこちらへと近づいて来る。
「国王陛下、連れてまいりました」
デルバートがそう言うと、魔王はちらりと視線を向けて応じた。
「さて、これで揃ったかな。それにしても君、よくあの魔物の群れから逃れられたものだ。最もあれはほんの遊びのつもりだったのだが……。そうか、君は母親と同じように、転移魔法が使えるようになったのかな」
やはりこいつは、俺がこれまでに二度対峙した、あの魔王だった。
こいつは俺の母猫を従魔にしていた。あの時、その母猫が転移魔法で、ハルトの体を盗んだのだ。
胸糞の悪い記憶が、俺の中に鮮やかに蘇って来る。
「素晴らしい。さすがは魔族だ。しかしその力を人間のために使うなど、やはり君の魂は勇者によって汚されたのだね。……いや、あの時は気づかなかったが、もしかすると君自身が勇者なのかね」
ますます興味をそそられたように、魔王は俺をじっと見下ろす。
「まあ良い。所詮は皆、いずれ命を落とすのだ。今から四百年後、人間の神は力を失い、君達の世界は終わるのだよ。……なぜそんな事が言えるのかって、それは事実だからさ。私自身が身を持って経験した事実だ」
奴が何を言っているのか、すぐには理解できない。
四百年後に起きたことを、なぜこいつは経験したと言っているのだ?
楽しくてたまらないというように、魔王は語り続ける。
「知っているかい?魔族は本来、一度命を落とせばその魂は転生しない。同じ魂として生まれ変わるのは、魔王である私と、その従魔だけだ。
そして我々の魂は、生まれ変わる毎に強くなる。二百年前の私は現代の私よりも弱い。逆に二百年後の私は、現代の私よりも強い。四百年後ともなればなおさらだ。転生の度に魂は補強され、魔力は増幅する。
……まあ、その話は置いておこう。重要なのは、私がその、四百年後の魔王だということだ」
とても信じたくはない話だが、それを否定することはできない。
なぜなら俺は時間を遡れることを、身を持って経験したからだ。
「そう、私は四百年後の未来から、過去へと転移したのだよ。可愛い私の従魔と共に」




