2-2 もう一組の退魔師
やがて川沿いに出ると、大きな赤い橋が見えた。全長百五十メートルほどの緩いアーチ状のその橋には、通勤や通学の途中と思われる自動車や自転車などが頻繁に行き来している。
早馬と聖菜がその橋に向けて歩いていくと、出入口の赤い欄干のそばに二人の高校生が立っているのが目に入った。
一人は黒い詰襟姿の男子。身長は百八十センチほどで、体の線はやや細め。眉や耳にかろうじてかからない程度の校則ギリギリの長さの黒髪で、その端整な顔立ちに穏やかな表情がよく似合う。
もう一人は紺色セーラー服姿の女子。身長は百六十センチ台後半で、女性らしい曲線美のある体つきをしている。セミロングの黒髪を一つ結びにしていて、その美麗な顔立ちと微笑みが通行人の視線を奪っている。
一言で言えば、美男美女。きちんと着こなした学生服に、黒い学生鞄と黒い革靴がこれまた絵になっている。
そんな二人は早馬と聖菜の姿を見るや否や、その高校生退魔師二人に向けて小さく手を振った。
早馬と聖菜は大きく手を振り返し、悠々とした足取りで短い坂を上っていった。
四人が橋の出入口で合流する。
すると、早馬がまるでどこかの貴族のようにお辞儀をした。
「これはこれは。おはようございます、月影良也様、皆津木鈴様」
上品を装った彼の大仰な挨拶に、二人も同じように返す。
「おはようございます。山坂早馬様、月宮聖菜様」
「お二人とも、ご機嫌麗しゅう」
良也と呼ばれた少年と鈴と呼ばれた少女は、品のありそうな微笑みを携えて深々と頭を下げる。
そんな二人を、聖菜は呆れた顔で見ていた。
「いや、早馬のおふざけにつき合う必要ないからね」
彼女はそう言ってため息をつく。
良也と鈴は頭を上げ、聖菜に年相応の笑みを向けた。
「せっちゃんはいつもこうだよね」
「セーナはほんと、真面目よね」
「単純にこのノリについていけないだけだってば。ほら、くだらないことしてないで学校行くよ、リョウ、リン」
聖菜は少し厳しめの口調で言い、良也と鈴の背中に手を置いた。
二人は聖菜に押されるまま歩き出す。
「あはは、ごめんね」
「遅刻したらいけないものね」
聖菜、良也、鈴の三人は車道の手前まで歩く。
早馬も三人についていこうとするが、そこで聖菜が彼に振り返った。
「あんたはストップ」
「え? なんで?」
「早馬はそこで貴族らしく挨拶運動でもしてればいいーよ。学校にはあたしら三人で行くから」
聖菜は「べーっ」と言って舌を突き出し、顔を歪ませる。
良也と鈴は前を向いたまま緩んだ笑みを浮かべた。
「そんなの、そー君が可哀想だよ」
「そうよ~。早馬くんも一緒に行きましょうよ~」
そんな二人からの言葉に、早馬は右腕を両目に当てて声を震わせた。
「うう~。やっぱり良也と鈴は優しいなぁ~」
彼は涙を拭うフリをしながら、聖菜をチラチラと見る。
聖菜はそこで耐え切れなくなり、表情を崩して吹き出した。
「冗談だって。ほら、早馬も一緒に行くよ」
「おうよ」
早馬は顔から腕を離し、三人のもとに歩み寄った。
その後、四人はタイミングを見計らって道路を横断し、小さな坂道を下って、銅鏡川に沿う道路を歩いていく。
普通自動車が二台分通れる道を、四人は横に並んで歩いていく。並びは川に近い方から、良也、鈴、聖菜、早馬の順だ。
道路の左手側には、石垣とその上に建てられた住宅や宿泊施設などが並んでいる。交通量はほとんど無いため、こうして四人横に並んで歩いてもあまり問題にはならない。自動車が近づいて来たら、すぐに道を譲ればいいだけのことだ。
この道を少し歩いたところで、聖菜が両手を頭の後ろに回しながら口を開いた。
「あーあ、今日から授業が始まっちゃうなぁ」
「セーナどうしたの? 授業がそんなに憂鬱?」
鈴は聖菜の前に身を前に乗り出して尋ねる。
聖菜は小さく頭を横に振った。
「ううん、その逆。よしやったるぞー、って気分だよ」
「俺も、聖菜と似たような感じだな」
聖菜は口元を大きく上げ、早馬はすました顔で言う。
「そー君もせっちゃんも、やる気満々だね。僕たちは中学の時と変わらないかなぁ。できる範囲でやればいいかなって」
良也はおっとりとした口調でそう返した。
聖菜は両手を胸の前で握り締め、遠くの空を見つめる。
「なんたってあたしの目標は、大都会で活躍することだからね! 一流大学を出て、一流企業に入って、昼は敏腕オフィスレディ! 夜は悪霊から人々を守る退魔師! 最高にかっこいいじゃん! それで、素敵な彼氏もできたらいいよね!」
聖菜は鼻息を荒くし、目を輝かせながら夢を語る。
それに続いて、早馬が腕組みをしてふんぞり返った。
「俺の目標は、大都市のエリートになって上品なお嬢様を捕まえる。そのために勉強して上の大学に行く。それだけだぜ」
彼も聖菜と同じ夢を見ているようだった。
二人の話を聞いて、良也と鈴は微笑む。
「動機はホントに不純だけど、目標があるのはいいことだよね」
「わたしと良也くんなんか、あなたたち二人と同じ地域に進学できれば、それでいいものね」
鈴のその言葉で、聖菜は一転して真面目な顔になった。
「同じ地域って言っても、村は国公立大か難関私立しか選ばせてくれないよね? そうじゃなかったら、村の都合でテキトーな私大に飛ばされちゃうし」
「つまり、良也と鈴も頑張って勉強しないといけないわけだ」
聖菜と早馬は含みのある笑みを良也と鈴に向ける。
「そうね。二人には負けていられないね、良也くん?」
「そうだね、すーちゃん。僕たちも頑張って良い成績取らないとね」
鈴と良也は大きく頷き、目に力を込めた。
そんな二人に、聖菜がウインクをする。
「あと、浄化任務もね」
その言葉で、四人の活気はさらに高まった。
それを代表するかのように、早馬が宣言する。
「俺たち四人で浄化任務をバリバリこなして、勉強もガンガンやって、大都市での永住を退魔村に認めさせてやろうぜ!」
「「「「おー!」」」」
四人は右手を高く挙げ、高校三年間の目標を掲げた。
気持ちが少し落ち着いたところで、四つの手が下ろされる。
その直後、鈴が早馬と聖菜の顔を覗き込んだ。
「でも、彼氏彼女はすぐにできるんじゃない?」
鈴はそう言って頬を緩ませる。
その言葉に、早馬と聖菜は首を傾げた。
「どういうことだ?」
「すぐに、っていうのは難しいと思うけど?」
二人は心底理解できないといった様子で鈴を見る。鈴の瞳に映る二人は、非常に間抜けな顔をしていた。
そんな早馬と聖菜の答えに、鈴は顔を赤らめた。
「もう、二人ともとぼけちゃってぇ~。最高のパートナーは村が決めてくれているじゃない。ねぇ! 良也くん!」
鈴は声を弾ませながら良也の左腕に抱きつく。
良也もそこで表情を緩ませた。
「そうだね。霊力の相性が一番いい男女でペアを組ませているから、恋愛関係になるのは必然的だよね」
幸せそうに笑う良也と鈴。
そんな二人の言葉に、早馬と聖菜は顔を歪ませた。
「ほとんどの奴らはそうかもしれねぇけど、俺たちは違うからな!」
「あたしと早馬はあくまでもビジネスパートナーだから! それ以上でもそれ以下でもない! 村の思う通りには絶対にならないから!」
早馬と聖菜は唾が飛び散る勢いで声を荒げる。
「もう、二人とも素直じゃないんだから」
「ほんとよね~」
良也と鈴は緩んだ顔のまま、ひらひらと右手を振る。
聖菜は歯をむき出しにして唸った。
「あんたたちねぇ……からかうのもいい加減にしろー! ってか、お天道様の下でいちゃつくなー! 部屋でやれ部屋で!」
我慢の限界に達した聖菜は、良也と鈴の間に入って二人を引き剥がした。
「や~ん、セーナのいじわる~」
「意地悪で結構! 不純異性交遊禁止! 校則違反! ピピーッ!」
「不純じゃないのよ純粋なのよ~」
「ダメなものはダメー!」
そんなことを言いながら、女子二人はじゃれ合う。
それを列の両端から見つつ、良也と早馬は苦笑いをして目を合わせた。
「ははは……朝から元気だねぇ」
「都会に出てきても変わんねぇな、こいつら」
そういった感じで、四人は賑やかに通学路を歩いていった。
川沿いの道を途中で北に曲がり、住宅地を抜けて大通りに出る。片側三車線のその道路は自動車が行列を成していて、その中央では路面電車が二両すれ違っている。これまでの道とは真逆の慌ただしい雰囲気に、四人はまだ慣れない様子だった。
大通りを横断した後はアーケードに入り、その商店街を抜けて少し歩く。そうすると、屋上の時計台がシンボルの、鷹原高校に到着した。
四人は正門から土足のまま本校舎へと入る。第二次世界大戦前から存在するこの校舎は、木材とコンクリートが混合した造りになっている。その古き良き空気を感じながら中央階段を上り、二階に着く。そこで四人はそれぞれの教室へと別れた。
理系クラスの早馬と聖菜は一年五組へ、文系クラスの良也と鈴は一年一組へと入っていく。
そうして、高校生活が本格的に幕を開けた。