3-4 巣窟
部隊は縦二列に並び、静かに山道を進む。
獣道と言うには広すぎる道だ。おそらく、もとは人が往来していた道なのだろう。そんな道で、十人は土と石と落ち葉を踏み締めながら悪霊のもとへと向かっていく。木々の間を見上げると、天の高いところに半月が浮かんでいるのが見える。その青い光を頼りに、退魔師たちは歩いていく。
目標地点が近づいたところで、隊列を円形に組み替えた。総二郎と菫が先頭に立ち、左方に良也と鈴、左後方に早馬と聖菜、右方と右後方に他の大人四人が配置される。
十人全員が霊力を活性化させ、戦闘に備えた。
菫以外の女は武器を作り出し、その手に持つ。聖菜は蛇矛を両手に携え、鈴は柄の長い日本刀を鞘に納めて左腰に添えている。他の大人二人は標準的な日本刀と薙刀を両手で構えている。
隊列が整い、再び歩き出す。
それから数秒後、早馬が体を震わせた。
「これが任務レベル4の空気か……本当に大悪霊が三体いる……」
彼はそう呟き、生唾を飲み込む。
そんな少年の言葉に、総二郎は含みのある笑みを浮かべた。
「どうした早馬? ビビっているのか?」
「は、はい! かなりビビってます!」
早馬は跳び上がるようにして背筋を伸ばし、つい本音を出してしまう。
場違いとも言える彼の言動に、退魔師たちは小さく笑った。総二郎と菫もつられて笑う。
「正直でよろしいことだ。悪霊を感知したうえで適度に恐れている。それでいい」
「怖くて当たり前よ。むしろ、少しビビっているほうが任務も上手くいくわ」
総二郎と菫はそう言って、早馬を肯定した。
早馬は小さく頭を下げる。
「そ、そうっすか……ちょっと楽になりました」
彼は隊長二人の気遣いに感謝しながら、安堵の息を吐いた。
そうしている間にも、退魔師たちは目標に向けて進んでいく。
そして、ある一歩を踏み締めたとき、聖菜、良也、鈴の三人が一斉に顔を引き攣らせた。
「なにこの空気……っ!」
「ま、禍々しいにも限度があるよ……」
「こ、これが、大悪霊三体分の霊力……ふ、ふぅん。お、面白いじゃない……」
三人は声を震わせる。
総二郎は前を向いたまま、凛とした表情で後ろの高校生たちに声をかける。
「お前たちもあの気配を感じ取ったようだな。気を引き締めろ。そろそろ奴らの巣に入るぞ」
その言葉に、四人は一斉に唾を飲み込んだ。
それから少し進むと、目標地点の集落跡に辿り着いた。
木々の少ない開けた土地に、朽ちた建物が点在している。そのすべてが茅葺き屋根の平屋建て。かつては民家だったのだろう。昔は村人の声に満ちていたこの場所は、今となってはヒト一人の気配すらない。
「住人がいなくなって、二十年は経っていそうね。残留思念を餌にしようと、悪霊がここに集まったのかしら」
集落跡の中心地で、菫が首を傾げながら言う。
その直後、退魔師十人が反射的に身構えた。明らかに周囲の空気が変わったのだ。
「全員、ここで待機! 隊列は円形陣を保て! 奴らが一斉に来るぞ!」
総二郎の声が退魔師たちの耳に淀みなく届く。
その指示を受け、全員がその場で構え直し、すぐにでも戦闘可能な態勢に入る。
数秒の静寂。それを破るかのように、多数の黒い触手が退魔師たちに襲いかかった。
「はあっ!」
退魔師たちが敵の襲撃を認識する前に、菫が動いた。
彼女は瞬時に二本のククリナイフを生成し、両手に握る。菫は目にも留まらぬ速さで辺りを一周しながら触手をすべて斬り落とし、元の位置に戻った。
悪霊の攻撃が止まり、切り離された部分が霧散する。
その直後に、聖菜と鈴は悪霊の攻撃を認識し、迎撃に移ろうとした。
そんな二人を、菫は何事もなかったかのような顔で制止する。
「動いてはダメ。乱戦になったら長引く」
副隊長の言葉で、聖菜と鈴は動き出していた自分の体を強引に止めた。
それと同時に二人は現状を把握し、混乱した。
「悪霊の体が伸びてきたと思ったら、消えてる……?」
「菫さんが、一人で全部斬った……? は、速すぎる……」
二人は驚愕してしまう。それでも、彼女たちは襲撃者がいる方向を注視した。
数十メートル離れたところに、球体型の悪霊が姿を現す。その体長は五メートルほど。黒い体に、妖しい赤光を放つ二つの目。体の輪郭はぼやけていて、全身から黒い霧のようなものが絶え間なく漏れ出している。
一体だけでも恐ろしい相手だというのに、それが三体も同時に存在している。それらが一斉にこちらに近づいてきている。退魔師たちはすでに囲まれていた!
大悪霊の体から再び触手が生え始める。
隊員たちが狼狽えるより先に、総二郎と菫が声を張った。
「今から結界を張る! 男は俺に霊力を貸せ! 女は結界の中で武器を体に戻して待機しろ!」
「女は十分に霊力を溜めてから、全力で悪霊に体当たりして! 敵を分散させて、各個撃破に持ち込むわよ!」
二人の指示が他の八人の耳に通る。その言葉は脳に直接響いているかのように、明確に伝わった。退魔師たちは考える間もなく動く。
総二郎は両手を高く挙げ、半球状の結界を展開する。他の男四人は前方に両手を伸ばし、ドーム状の防膜に霊力を送った。男たちが力を加えるにつれて、半透明の結界はその青色を濃くしていく。
女五人は武器を光粒に変えて体内に戻し、その場に屈んだ。結界内でクラウチングスタートの姿勢をとり、攻撃の時を待つ。
そうしている間にも、三体の大悪霊は少しずつ距離を詰めてきていた。大悪霊は球状の体から再び黒い触手を生やし、その本数を増やしていく。
そして、大悪霊の攻撃が始まった。
数多の黒い鞭が退魔師たちに襲いかかる。あるものは波打つようにその身を結界に叩きつけ、またあるものは豪速で激突してくる。
莫大な衝撃が結界を震わせる。
「なんて力だ! 一撃一撃が重い!」
「気を抜いたら、すぐに破られちゃいそうだよ……」
早馬と良也の顔が曇る。
すかさず、総二郎が声を上げた。
「心配するな! 俺たちの結界は強い! 霊力を送ることだけに集中しろ!」
「……っ! は、はい! わかりました!」
「僕たちが支えます!」
総二郎の言葉で、早馬と良也は気を強く保つことができた。二人の霊力がわずかに増大し、結界の振動が微かに小さくなる。
高校生二人の勢いに応えるかのように、大人たちも踏ん張った。
その一方で、聖菜と鈴は焦っていた。
「結界だけで足りる? あたしだけでも前に出たほうがいいんじゃ……」
「まだ、かしら……ほんとにヒヤヒヤする」
二人は不安げに呟く。
そんな少女たちに、菫が優しく声をかけた。
「大丈夫。総二郎とあなたたちのパートナーを信じなさい。今は霊力を高めることに集中するのよ」
「……っ! そうですよね!」
「遠くまで蹴り飛ばしてあげましょう!」
菫の言葉で、聖菜と鈴は迷いを断ち切ることができた。二人は自分の体内に霊力を巡らせることだけを意識する。二人の体が赤い光をより強く纏う。
そんな彼女たちの健気さに後押しされ、大人たちも霊力を活性化させていく。
だが、大悪霊の猛攻は止まない。距離も縮まり、ほんの数メートルのところにまで近づかれている。無数の触手が結界を叩き続ける。悲鳴にも似た衝突音が絶え間なく空気を震わせる。
それでも、結界は割れなかった。男たちが懸命に守っていたからだ。
そして、女たちの体がまぶしいほどに赤白く光る。霊力が十分に高まった。
「今から五秒数える! ゼロで結界を消す! 突撃の合図で女は一斉に攻撃しろ!」
総二郎の声が結界内に響き渡る。
全員が短く返事をする。
総二郎はさらに声を張り上げた。
「5! 4! 3! 2! 1! 0! 突撃!」
結界が消える。
同時に、五人が地面を蹴った。
大悪霊からの触手が無防備な退魔師たちに襲いかかる。だが、それよりも遥かに速く女たちが駆け出し、大悪霊の本体に接近。その球体部に突攻した。
菫は一人で体当たりし、大人二人は肘を入れ、聖菜と鈴の二人は突進の勢いそのままにドロップキックをぶちかます。
三体の大悪霊は大きく吹き飛ばされた。特に、大人二人が攻撃した相手は目で見えなくなるところまで飛ばされていった。
女五人が着地する。
溜めた霊力を先ほどの一撃でほぼ使い切ったのか、彼女たちの体を包んでいた赤白い光はほとんど消えていた。今の女たちは、通常の戦闘時と同じく微かに光っているだけだ。
大悪霊が分散したのを確認し、総二郎が声を張る。
「各班、浄化に移れ!」
その指示を受け、大人四人のグループはすぐに大悪霊のもとへと走っていった。
総二郎と菫は高校生四人に目を向ける。
「頼りにしているぞ、お前たち」
「頑張ってね」
二人はそう言って、返事も待たずに大悪霊へと向かっていった。
「はいっ!!!!」
高校生四人は大きな声で応え、自分たちの標的に向けて駆け出した。




