校門で……
その日、最後の授業が終わったと同時に俺は足早に達也の席に向かった。ここ最近の安藤さんの挙動について従妹である達也からも注意をしてもらおうと思ったからだ。早くしないと安藤さんが来ちゃうし。
「なあ達也、安藤さんの事でちょっと相談があるんだけどさ……」
「おっ? なんだ? 遂にやっちまったか?」
一斉にイスが引く音が教室内にこだました。超特大の『ガタッ!!』ってすんごい怖いね。
「なぁ、安藤さんはこの学校の姫だってことを理解してるよなぁ!? なぁ、なぁ、なぁ!?」
「痛い、痛いってwwwすまんって和宮パイセンwww冗談、冗談っ!」
両こめかみに拳をぐりぐり押し当ててやった。尚も草生やしながら挑発してきたので渾身の力を込めてやった。
この俺の行動に周りのギャラリーはかなり引いているけどね。
いかんせん、俺が達也にちょっかいかけると毎回驚かれるんだよなぁ。それに俺だって好きでこんな真似はしたくない。ただ、いつもいつもふざけてくるこいつが悪いのだ。
「流石にギブ、ギブッ! はぁ……ほんの些細な冗談じゃないか。従妹ジョークってやつだぞ?」
「な~にが従妹ジョークだ! んなもんあるかっ!! ったく! ちなみに俺は何もしてないからな!!」
「え? 何も? 何もって……本当に何もか? お前、いくらなんでもそれは流石に嘘……だろ? 二週間ぐらい泊まり込んでるん筈なんだが?」
「なんだよ、その入念な確認は。当たり前だろ、お前の従妹だぞ? 手を出す訳無いだろ。着替え、風呂、トイレの度に俺は外に出てるぞ。ただ洗濯物だけがどうしようもなくてな……悩みの種だよ」
「マジか……そこまでぶっ飛んでた奴だったか……。もしかして太陽って性欲無いのか?」
「溢れんばかりにあるわ!! そんな奴に美少女の従妹をぶん投げてるのを理解しろよ!?」
どれだけ俺が隠れて賢者になったと思ってるんだ? もう悟りを開けそうだわ!!
「しかし太陽も太陽だが……アイツも何してんだ……?」
なにやら信じられないという顔をしているが、正直、達也の方が信じられない事をしてるからな?
自分の従妹を男の家に放り込んでいるんだからな? 正気の沙汰じゃないぞ?
「しかし今日は安藤さん、ずいぶんと遅いな。いつもなら気配を感じさせずに会話に入ってくるのに。今日はバイトも無いし、スーパー回ってドラッグストア寄って備品の補充をする予定なんだけどなぁ」
「そんなに込み入った生活してほんとに何も無いのかよ……。それに高校生なのに所帯染みてんなぁ」
いやいや、これぐらい一人暮らしの時からしてたからな? 結構備品の補充って頻繁にしないとダメなんだぞ? ティッシュとトイレットペーパーだけが備品じゃないんだからな?
将来一人暮らししたら絶対ぶち当たる壁だかんな? 親のありがたみがマジで分かるから。
「……ああ、そう言う事か。ほれ、見て見ろ、あれ」
俺の熱い一人暮らしトークを振りまいてやろうと思ったのだが、間髪早く達也が言葉を発した。
そんな達也が手招きして窓から指差すのは校門だった。どういう訳か物凄い人だかりが出来ている。その中心に居るのは……女子生徒?
ただ、人だかりにはなっているものの、女子生徒を中心に半径50mぐらいは誰もいない。
言わずもがな、校門前に居るのは間違いなく安藤さんだ。一体何をしているのだろうか……校門の前で待ちぼうけしているようだが。
「お、命知らずが向かって行ったぞ? ほれ、太陽も見てみろよ」
なにやらこれまた悪どい顔しいるが、確かに少しばかり気にはなるので少し様子を見させて頂こうと思う。
男が半径50メートルの絶対領域の中に入り込み、安藤さんの前に立つや、頭をぺこりと下げて手を差し出した。
……あのモーションって告白ではなかろうか? 思いを伝えて『宜しくお願いしますっ!』的な。
「お、おい! あれって!?」
「お、流石の太陽も焦ったか? そうだよな、ほぼ男子校のこの学校じゃあ、女子というだけで男は寄って来るからな」
達也の言う通り、この学校は安藤さんが一人居るだけで事実上はほぼ男子校。そして当然ながらイケメンも一定数いる。
どうやら今は告白の真っ最中のようだ。
しかし安藤さんが彼氏を作ったら……俺の部屋から出て行ってくれるんじゃね!? 流石に彼氏が出来れば他の男と共同生活は無理があるでしょ!?
淡い期待に高まる鼓動を感じつつ、その一部始終を眺めていたところ、急に一歩前に出た男が膝から崩れ落ちた。
ふら……れた、のか? ま、まあ、安藤さんにも選ぶ権利がある訳だもんな。ましてや姫だし、好みの問題もあるし、そうそう簡単には付き合わないよな。
「おっ? また行ったぞ?」
今度の方は対面するまでもいかずに途中で膝をついた。どうやら遠くから言葉を投げかけられたようだ。
残念ながら遠くて言葉こそは聞き取れなかったが、遠くからでも寒気を感じる程の鋭さがあった。
「まだまだあいつは子供だな。俺の方がよっぽど大人じゃねえか。取り繕ってはいるが、すぐにぼろが出ちまう感じだな。さて、太陽。このままじゃ校門の前が地獄の一丁目になっちまうからさっさと迎えに行ってやれよ」
確かに一人、また一人と膝を付く男子生徒が校門前で増殖している。中に膝を抱えて顔を埋めてふさぎ込む人も増えている。
一体何て言葉を投げかけられているのだろうか……?
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「あのぉ……安藤さん?」
「はぁ……さっきから気安く呼ばないで下さいと言っていますよね? 羽虫のように群がって、虫唾が走り——虫達は走るのが苦手らしいですよ? それよりもやっと来てくれたのですね太陽先輩。随分と待ちましたよ? これはたい焼きぐらいおごってもらわないといけませんね」
校門前の安藤さんに声をかけたところ、振り向きざまに心臓に突き刺さるような非常に冷たい目を向けられ、一切感情のこもっていない言葉が飛んできた。
今はいつものクールビューティなお顔になってたい焼きをねだられているが……。
あと、虫達ってそんなに走るのが苦手だっけ? 結構、地面を走り回ってるイメージがあるけど……。あ、虫唾と虫Sをかけたのか。
そんな苦しいダジャレを紐解いた後、周囲を見渡すと校門前は想像以上に被害が広がっており、まさに死屍累々の状態であった。
地面を見ながらぶつくさとつぶやく方ももごまんとおり、まさに世紀末状態である。
そしてどいつもこいつもよくよく見るとほぼイケメンさんであった。そんな綺麗なお顔に全員漏れなく死相が出ていた。一体どんな言葉を投げかけられればそこまで心を砕かれるのだろうか……。
「あ~、たい焼きの件は問題ないのですけど……。この地面に染みを作っている方達は?」
「はい、私に言い寄ってきた方達ですね。もちろん全員にお断りを入れさせてもらいました。少しばかり心に傷を負ってしまった方もいらっしゃるようですが。まあ、失恋とはそういうものです」
「失恋の代償でこんな修羅の国になりましたっけ?」
完全に目の光を失っている人が大勢居るのですが……。
「下手に希望を持たせるのも残酷なので徹底的に叩いておきました」
「叩いちゃダメ。達也の影響ですね? だめだよ、そんなところは真似しちゃ」
どうやら悪キャラの達也の影響を若干受けてしまっているようであり、ちょいちょいJKとは思えない言葉を使うことがある。そんなところは見習わなくていいのに……。
「今日は趣向を変えて『校門前に隠れて驚かせて一緒に帰る作戦』を決行しようとしていたのですが、あれよあれよと羽虫が——こほん。男子生徒の皆さんが大勢たかってきてしまいこのザマです。非常に不愉快でした。余計な時間を割いてしまいましたので急いで買い物に行きましょう。あ、たい焼きちゃんと買って下さいね?」
羽虫て……。でも安藤さんの美貌はまさに夜に浮かぶ照明そのものですからね。それは自然現象として受け取った方がよろしいかと。
「りょ、了解……じゃあスーパーから行きましょうか……」
とりあえず死地から抜け出し、買い物に向かう事にした。どうやら安藤さんは怒らせたら怖い系の美少女のようだ。俺も気を付けねば……。