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みゆの思い出話 其の二


 みゆの思い出話 其の二


 今日もスーパーで仕入れたお得食材を用いて、太陽先輩が手料理を作ってくれる予定となっています。今日の夕食は先般、バイトで磨きに磨いた腕を活かしたオムライスを作ってくれるとのことです。

 バイトの時は太陽先輩の作るオムライスに、仕上げとして私がケチャップで文字を書くサービスをしているのですが、今日は遂に食べる事が出来るので楽しみにしています。


 尚、私には料理は作らせてもらえません。いつも食器を並べたり後片付けをしたりと雑用ばかりをお願いされます。別に構わないのですが、なぜなのでしょうか……。


 さて、先輩がフライパンを振り出しました。どうやらケチャップライスの仕込みに入ったようです。

 いつも影ながら見ていますが、フライパンの振り方が当初と比べて非常にリズミカルになっていることが見受けられます。どうやら度重なる実践で無駄な力を抜く事を覚えられたようです。


 料理の完成にはもう少しかかりそうなので、また少し昔を振り返って今の幸せを噛みしめ、悦に浸ろうかと思います。


 そう、あれは初夏の日差しすら感じる春爛漫の時でしたね……。



≪≪≪≪≪


  

「達兄ぃ、最近随分と丸くなったとの声が上がってますよ」


「ん? そんな事……あるかもな」


 庭先のテラスで氷の沢山入ったアイスティーを飲みながら陽気に笑う達兄ぃ。私に対するリアクションはさほど変化はないのですが、他の人への対応も私に接するのと大差なくなってきているようです。


 少し前までは自ら孤独を望み、ナイフの切っ先のような気性の持ち主だったのにも関わらず、今ではもっぱら孫の手のような落ち着きを見せています。


 もちろん、私としてもやんちゃな達兄ぃよりも今の丸くなった達兄ぃの方がより好感度は高いです。


「俺も大人になったって事だよ。それよりもみゆは自分の心配をした方がいいんじゃないか? そっちの方は相変わらずだと聞いてるぜ?『絶零度の安藤みゆ』ってな。せっかくそんな綺麗な顔と恵まれた体をしてるのに、つんけんした態度ばっかりしてたら誰も寄ってこないしもったいないぞ?」


 む……。別に誰かれ構わずつんけんしているわけじゃありません。ただ、特定の人以外、他の方とあまり関わりたくないだけです。


「あの達兄ぃからそんな事を言われるとは思ってもみませんでした」


「おおっ、怖っ! だからその冷たい目、やめた方がいいぞ? 綺麗な顔が台無しになるって言ったばかっじゃん」


 余計なお世話です。まったく……達兄ぃも随分と変わってしまいました。決して悪い事ではないのですが。


 原因はきっと……あの方でしょう。


「「ばうっ!!」」 


 先ほどまで私達の足元で寝そべっていた又三郎、紋吉改め、ジョンとマイケルが急に起き上がって玄関の方へ走って行きました。


 どうやら達兄ぃを丸め込んだあの方が来たようです。


「お、どうやら太陽が来たようだな。しかし完全に懐かれてるな、あいつらは匂いで分かるんだろうな。じゃあちょっくら行って来るわ。あ、そうだ、もし良かったらみゆも一緒に遊びに行くか?」


「いえ、私もこれから用事がありますのでご一緒は遠慮しておきます」


 嘘です。本当は用事なんて何もありません。ですが、従妹の兄の友達と一緒に遊ぶほど私は心が広くありません。一人が気楽なのです。


「そうか? だけどまあ、気が向いたら声をかけてくれ。あいつなら名前の通り、きっとお前の心の氷なんて一瞬で溶かしてくれると思うぞ? なんたって太陽の温度は表面で6000℃だっけか? いかに絶対零度でも一瞬で氷解させられるぞ?」


 笑いながら煽ってきました。しかし心の底から笑ってますね……ほんとに丸くなったものです。


「私の心は凍ってなどいません。ほら、早く行ってあげて下さい。またあの方、よだれまみれにされてますよ」


「あっ! お~い、ジョン、マイケル! にしてもあいつら絶対に太陽が来たら襲い掛かるよな……」


 頭をかきながら玄関へと向かう達兄ぃ。そのはるか先に二匹のシベリアンハスキーに蹂躙される男性が見えました。


 和宮太陽……先輩ですか。近くに来ただけで周囲が騒がしくなるなんて。なんて目障りな方なんでしょうか。まったくもって私とは合わなさそうです。



≪≪≪≪≪



 ……昔の私に往復ビンタしてあげたいです。どうしてあんなに意地を張って太陽先輩を馬鹿にしていたのか分かりません。


 そんな不甲斐ない自分の過去に嫌悪感が滲み出していたところ、ふと目線をキッチンに向けると、ちょうど湯気の上がる黄色いオムライスを運ぶ先輩が見えました。とろふわ半熟の黄身がなんとも食欲をそそります。


「いやぁ、めっちゃ料理の腕上がりましたわ。やっぱ飲食系のバイトは日常生活にも役立ちますね!」


 屈託のない笑顔を向けられると、先程の負の感情が全て吹っ飛び、思わず胸がときめいてしまいました。ほんと、名前の通り太陽のような方です。


「大変美味しそうですね。ではケチャップでのメッセージは私にお任せ下さい」


「え、俺にもメッセージ書いてくれるの? なんか女の子にそんなことされるのって新鮮でいいなぁ…ってええ!! なんて文字書いてるんですか!?」


「『大好きです♡』ですが? 読めませんか?」


「もちろん文字としては読めますけどぉ!? こう見えて小学校、中学校、高校と通ってきてるので識字能力はあるつもりですぅ!」


「そうですか、ならば良かったです。これは私の気持ちそのものですね」


「みゆちゃんって基本クールだけども、ちょいちょい冗談を挟みこんでくるコミカルさがあるよね……。さ、ご飯にしましょう! ご飯ご飯!」


 おっと、今、私はありえない程の直球を投げたのですが、受け止めてくれませんでしたね? 本気ですか? これ以上の告白は無いと思うのですが……。


 更に、想いを振り絞り手を震わせながら書いたケチャップ文字をさらっとスプーンで塗り広げられる始末。

  

 脳に異常があるのは本当に間違いなさそうですね。一度CTを取って専門の医師の方に診断をお願いしたいぐらいです。恋愛バカにつけるお薬はあるのでしょうか?


 それにしてもコミカルさ……ですか。まさか私にそのような言葉を投げられるとは思いもしませんでした。その昔、雪女、感情無し、冷血と陰で罵られ、誰からも一線を引かれていた頃が懐かしく感じます。


 気付いていないでしょうが、今の私があるのは貴方が私の心を突き動かしてくれたおかげなんですよ?


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