09町の名は
♪前回までのあらすじ♪
兄貴分のトールと従者然としたシアに出会い、
アイゼンはギルドへの依頼をとりやめた。
必ずランゼンに再会できると信じて。
『ぷはあぁぁぁ……息が詰まるぅぅう』
逃げるようにギルドから出てきた直後、心菜が震えながら呼びかけてきた。今まで息を止めていたのか、大量の息を吐く音が聞こえた。
『意志を押し殺して正解だったよ。なにあのプレッシャー。常人じゃなくなーい?』
常人かそうでないか問われても、アイゼンにはわからなかった。強いていえば、あの居心地悪い空間でよく堂々としていられるなあ、ぐらいである。
しばらく心菜の叫びに似た独白に付き合うため、噴水広場のベンチに座った。
『それに既視感があるのも気にくわない。嫌な気配をまとってるっ。あんな奴嫌いだ! 大暴れしてやる! ばたばたばたばた!』
「無理。手足ないから暴れられない」
『的確な指摘が痛いっ。あくまでもボクのいらいら具合を伝える比喩だからね』
「名前、トールとシアだって」
『ああん?』
アイゼンの急な話題転換に心菜は二の句が継げなかった。もしも人の姿であったならば、虫が入ってきそうなほど口を開きっぱなしにしていたかもしれない。
「アイゼン。ボクはキミに期待するのはやめた。ボクらは他人で、生まれも育ちも違って、話が通じると思ったら馬鹿を見るんだ。はいはい、ボクが大人になるよ。キミは名前を聞くほど仲良くなったんだんでしょ? へぇ? つまずいた原因が彼らにあるかもしれないのに?」
「心菜が斜めなだけ。二人はたくさん教えてくれた。探し人はまたやってくるから『信じて』待ちなさいって言ってくれた」
「ねぇ気付いてる? キミが多弁になるのは姉関連だけだ。って、そうか……依頼はやめたんだね」
「ん」
アイゼンはうつむきながら、涙をこらえていた。目元を隠しておけばただの武器には気付かれないだろうと思い、髪に挿さった花に触れた。
昼時になり、風に乗ってよい香りが漂ってきた。アイゼンは姉との出来事を思い出しそうになり、噴水前のベンチに座ったまま目を閉じた。
アイゼンとランゼンは双子であるせいか、二人セットで扱われた。とはいえ二人の仕事や家事の分担は話し合って決めていた。
二人で同じことをする日もあれば、違う日もある。二人で一緒に料理する日もあれば、食事の用意はアイゼンだけ、片付けはランゼンだけという日もある。
何ヶ月も繰り返していると決定自体が面倒になってしまったので、最終的に特別な日以外は日付でローテーションした。
たった数分早く産まれただけなのに、ランゼンはお姉ちゃんだった。あらゆる物事をアイゼンよりうまくこなしてみせた。
自分もうまくなりたくて、アイゼンはランゼンのまねごとを始めた。まねただけであったせいか、それ以上にはなれなかった。料理もランゼンが先に新しいメニューを考案し、それをアイゼンが模倣した。
ランゼンの手料理が恋しくなり、アイゼンのお腹が空腹で鳴いた。
『そろそろ帰ろっか。オーロラさんがお昼を用意してくれてるよ』
今日のメニューについて話しかけてくる心菜に、お肉が食べたいとアイゼンは答えた。
すれ違った同年代ぐらいの少年少女もお昼について話している。この町のお昼休憩は長く、仕事中でも食事のために家に帰ってくるのだ。
家に戻ってみれば、ちょうどオーロラがお昼の準備を始めるところであった。
アイゼンは手伝いを申し出て、オーロラの一挙手一投足をまねようと目に焼き付けながら口も動かす。
「あの……子供達に訓練してる人のこと、オーロラさんは知ってる?」
「あらアイゼンちゃん、気になるの? 訓練のこと? それとも訓練のお兄さんとお姉さんのことかしら?」
オーロラは上機嫌でスープをかきまぜている。アイゼンに義務的な会話以外で話しかけられたことと、自身に子供ができたらこういう感じなのだろうかという妄想が拍車をかけていた。
「今日会った。いつか参加したい」
「まあまあまあ。お名前は忘れちゃったけど、旅人らしいわ。数人が束になっても適わなくて、次の街に行くまでに一本とりたいって子が多いらしいわ。精が出るわね」
「旅人……」
『旅人か。なるほど外部から来たのは間違ってない』
オーロラから得られた情報はトールの発言と合致した。外部から来て、滞在の間に子供達に稽古をつけているのは間違いなさそうだ。
アイゼンは一歩踏み込んだ質問をしようと、拳に力を込める。
「旅人は珍しい?」
「珍しくはないけれど……永住する人はいないわね。別の街に行く足がかりとして休憩をとる人がほとんどかしら」
「別の街って例えば?」
「うーん……どこだったかしら」
オーロラにかきまぜられているスープを見つめながら、アイゼンは午後の予定を決めた。
アイゼンはランゼンを追うためにやってきたものの、生まれた場所以外を知らなかった。
絵本や歌でいろいろな生き方をした人を知っているとはいえ、具体的な位置や土地の名前は知らなかった。旅人がいるのだから他にもたくさん集落があるはずだ。
ひとまず部屋に地図らしきものがないか探してみたが、見つからなかった。本でさえ一冊も見つからず、お手上げであった。
共有スペースにもそれらしきものはなく、だからといってオーロラやムインの個室に侵入するのははばかられた。
『キミはあの跡地の生まれだもんねぇ。確かに町の地図がないのは不思議かな。……あっれ、そもそもこの町の名前はなんだっけ?』
「…………知らない」
『キミも忘れちゃったか。資料館とか図書館とか、どこかにあるかな?』
「資料館、図書館ってなに?」
『資料館は資料がいっぱいあるところ。図書館は本がいっぱいあるところだよ。アイゼンは行ったことない?』
「ない。口伝だから、いっぱいない」
『口伝だから資料も本もないって? まっさか~。いつの時代の話? ボクのときにはもうあったよ? 燃えたけど』
紙も木もよく燃えるよね~、と間延びした声で心菜は続けた。
「燃える……?」
その一方でアイゼンは里を包んだ炎がフラッシュバックしそうになり、急いで記憶に蓋をした。
『どうしたの? 学者がいるんだから、必ずどこかにあるよ?』
「ん。聞く」
『うーん? オーロラさんに聞きに行くって? ボクもだいぶキミの言葉を翻訳できるようになってきたぞ。ここまで長い道のりだったな、うんうん』
アイゼンの短い言葉を理解でき、心菜は満足そうに頷いている。
オーロラに話を聞きに行けば、ムインの仕事場に町の資料や書籍が置かれているらしい。彼が帰ってくるまで編み物で時間をつぶし、夕食時に話を切り出せば、彼がいる日だけという条件一つであっさり許可を得られたのだった。
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