08奇術師トールと従者シア
♪前回までのあらすじ♪
ランゼンの情報を得るためにギルドに向かう途中、
心菜に話しかけられて、アイゼンは噴水をのぞきこんだ。
彼女の真朱の髪と瞳は赤属性の印であった。
徐々に人通りも増えてきて、ギルドの目印である旗も見えてきた。四階の建物らしく、アイゼンの想像よりも大きかった。
人の出入りがある玄関は開きっぱなしで、先ほどから出入りしている人々は慣れているのか、自身の家であるかのように気軽であった。それが初めてであるアイゼンには壁に見えた。
『入らないの?』
動こうとしても全身が拒んでいた。体が縛られているようだ。足が地面に縫いつけられたのかもしれない。
『怖いって素直に言っていいんだよ? 誰も責めはしないからさ』
一人しかいないはずなのに、温かいものが両手を包んでいる気がした。
こういうことをしてくれるのはいつも片割れだった。また気付かないうちに片割れの影を求めていたかもしれない。
『怖いなら、他人を信じずに自身を抑えるといいよ。どんな反応がくるからわからないから怖いんだ。人生の先輩からの教訓だよ?』
手を引っ張られているのか、背中を押されているのかはわからない。ただ人生の先輩だという心菜の言葉は力になり、アイゼンはやっとギルドの玄関をくぐり抜けようとして、つまずいた。
「おっと。大丈夫か?」
前屈みになったアイゼンを見知らぬ手が支えていた。そのままアイゼンは両わきの下に手を入れられ、浮遊感とともにつまずく前の状態に戻された。
地面に足がつき、お礼を言おうとアイゼンが振り返ると、助けてくれたのは青年になりかけの快活そうな少年だった。枯葉色のつんつんした髪に同色の瞳。身長はアイゼンよりも高いとはいえ、成人女性よりも若干低い。体格はしっかりしているので、小柄な少女を抱き上げるのは難しくなさそうだ。
「おまえ、一人で来たのか?」
見知らぬ人に顔をのぞきこまれ、アイゼンは肩をびくつかせた。少年の凡庸な茶色の瞳に奥底を探られているようで、思わず拒絶していた。
『こいつ、まさか……! ごめんね、アイゼン。ボクはしばらく消えるよ』
「えっ……」
心菜の気配が消えて、アイゼンは一人になった。一人で来てはいないのに、一人になってしまった。
どう説明するべきかまごついていると、少年の笑顔に照らされる。
「まあいいか。一人ならついてきな」
案内されたのは奥の四人席であった。先に少年が座り、アイゼンもおずおず座る。少年の斜め後ろに立つ、背の高い女性に気付き、そのまま視線を向けていると女性に微笑まれた。
「ああ、忘れてた」少年が軽くテーブルを叩く。「俺はトール。後ろにいるのはシアだ。立っているのは気性だと思ってくれ」
「シアと申します」
背の高い女性――シアは丁寧な言葉とともに、黒いワンピースをつまんでお辞儀をした。高めの位置で結ばれたツインテールもあわせて揺れる。肌は今まで見たこともないほど白く、これが心菜曰く陰の気を受けた者なのかとアイゼンは納得した。
「で、おまえは?」
「ん……?」
「おまえの名前を聞いてんだよ」
トールは右手で頬杖をつくと、あいた左手でアイゼンを指差した。
「……アイゼン」
「アイゼンか。よろしくな」
「よろしく?」
初めまして同士の会話、さらにアイゼンが寡黙であるため、ぎこちない会話になった。
そんなトールとアイゼンの様子を一歩後ろで見守るシアという構図が、ものの数分で出来上がっていた。
「小さいのにギルドなんて、おつかいか? えらいな」
トールの手が近付いてきて、アイゼンはさっとよけた。
おや、と首を傾げるトールにシアが補足する。
「トールさん。淑女の頭をなでていいのは親しい者だけですわ」
「この年になると、みんな可愛く見えるんだけどなあ」
「なでられる側の気持ちを考えてみてください」
「あー……すまなかったな、アイゼン。ガキどもと同じように扱っちまって。ああ、ガキどもっていうのはたまに訓練してるやつらのことな。おまえもしたいなら大歓迎だ」
そうだ本題本題、とトールはテーブルの上に紙とペンを並べた。
「ギルド初心者に先輩が手助けしてやろうじゃねぇか。んで、アイゼンはどうしてここに来たんだ? おつかいか?」
「おつかいじゃない……。人探し」
人探しと聞いて、トールの目が細められた。
後ろのシアの様子は変わらず、澄まし顔で控えている。
「お姉ちゃんがどこかに行っちゃった。ずっと一緒だったのに」
言葉にしてしまうと、さみしさがあふれそうになった。
励ます声が聞こえなくて、出会ったばかりの心菜にだいぶ助けられていたと気付いた。s
ふくらむ気持ちをまとめらなくて、アイゼンはこの町に来てから初めて涙を流した。
シアにそっと後ろから抱きしめられてもアイゼンは振り払おうとしなかった。他人の体温を感じるからか、それとも人の優しさに飢えていたのか、シアに触れていると妙に落ち着いた。
「アイゼンさん。お姉さんはあなたを嫌いになったわけではありません」
「本当?」
「ええ。『信じて』いれば、近いうちに会えます」
「信じて……?」
「『信じて』」
信じてという言葉がアイゼンの胸にすとんと落ちた。何度も胸の中で繰り返しているうちに、前向きになれるような気がした。
「何度見ても、すげーなシアは。信じる者は救われる、か……」
トールの呟きはアイゼンの耳には届かなかった。
やがてアイゼンは今までのことを訥々(とつとつ)と語り出した。
姉が村を出て行ったこと。姉を追ってここまでやってきたこと。ムインとオーロラ夫妻の下で暮らしていること。夫妻には感謝しているが、姉の行方がつかめたらすぐにでも移動したいこと。姉の消息をつかむため依頼を出しにきたこと。
結論からいえば依頼は止められた。長期依頼になる可能性があり、長くなればなるほどその分報酬も跳ね上がってしまう、一人の少女が負担するのは厳しいだろうとのこと。むしろ姉と出会えるまでこの町で待っていた方が得策だと進言された。
「最近きな臭いしな……」
トールが視線をはずしたので、アイゼンも彼の視線の先を見る。
一人だけのときにはいっぱいいっぱいになっていたので感じ取れなかったが、トールとシアに向けられた視線は穏やかなものではなかった。奥の席に通されたのも、好奇な視線をさけるためかもしれない。内容まではわからないものの、ちらちら見られながらひそひそ話されるのは気分よくなかった。
「外部には排他的だな、ここは。遮音結界があるっていったって、毎日あの目を向けられると堪えるなあ」
「遮音結界ってなに?」
「俺らの会話が外に漏れず、外の会話は俺らの耳に届かねぇっつー結界だ。まあわからなくていいさ。むしろわかられちまったら大問題だ」
大きく舌打ちしたトールは控えめに言っても行儀がいいといえない。
ただアイゼンにとって、トールのわかりやすい感情表現は変な勘ぐりが不要で楽であった。それから感情表現が乏しい自分は他の人にとって扱いにくいのだろうか、とも考えてしまった。
「長話になっちまったな。俺らはしばらくここに滞在する。午後はガキどもに稽古つけながら遊んでっから、見つけたら声かけてくれ」
トールが何もない空中をつかみ、手を開くと色とりどりの花があふれた。白、黒、赤、青、緑。濃淡の違いも含め、テーブルの上は一瞬でふんわりした花畑に変わった。
そのうちの一輪の象牙色の花をシアが選び、たおやかな手でアイゼンの髪に挿した。
「お近づきの印だ。大事にしてくれよ」
「アイゼンさん、またお会いしましょう」
席を立った二人に向かって、アイゼンは手を振った。
いつの間にかにトールの手にはステッキがあり、帽子を深くかぶっていた。
不思議な組み合わせの二人が見えなくなってから少し考えて、アイゼンはギルドへの依頼をとりやめた。
お読みくださり、ありがとうございました。
トールもシアも外から来たため、町の住民ではありません。
ギルドの先輩と言っておきながら、この町に来た目的を言わないあたり、
怪しいにおいがぷんぷんしますね……(不安を煽るスタイル)。




