05歓迎
♪前回までのあらすじ♪
初めてたどりついた村に拒絶され、アイゼンはまた歩き始めた。
すると幸運にも馬車が通りがかり、ムインと名乗る男性に乗らないかと声をかけられる。
アイゼンと心菜は警戒しながらも提案を受け入れ、馬車に乗った。
馬車で一夜を過ごし、目的の地――ムインの住む町が見えてきた。
ヴィアカ王国跡地は干からびており、土壁の住宅に地面は砂か土である。
対照的に到着した町は雑草が生い茂り、道が緑色に染まっている。しっかり育った木々には果物がなっており、子供達がむぎって食べている。咲き乱れた花の名前もアイゼンは一つさえ知らない。
故郷とはまた違った風景にアイゼンの口は塞がらなかった。
『鼻が曲がるほど緑が強い地だね。大丈夫? キミは赤の申し子。場の赤が弱いからキミの能力も下がってる』
心菜の耳打ちにアイゼンは自身の不調を知った。故郷にいたときよりもなんだか体が重い。旅の疲れかと思っていたが、慣れない地に拒否反応が出ているらしい。
先日の村と同じく、町の入り口には衛兵が立っていた。身につけている鎧は綺麗であり、傷一つない。
ムインが一歩前に出て目配せをすると、衛兵も頭を下げる。それから一拍置いてムインは口を開く。
「おつかれさまです。後ろの子は帰り道で一緒になりまして、しばらく僕の家で預かりたいと思っています。よろしくお願いしますね」
「おお、そうなのですね! 歓迎しましょう」
衛兵は大げさに喜び、隅によけて道を開けた。
ムインがずんずん先に進んでいくため、アイゼンは追いかけるだけで必死だった。
衛兵とすれ違う際、アイゼンの瞳がいやらしく歪む衛兵の口元をとらえても、疑問を抱く余裕はなかった。
ただ一人、心菜のみが全てを見通していた。
とある一軒家に案内されるまで、アイゼンは気が休まらなかった。道行く人がアイゼンに向ける視線は例外なく好意的であり、それがさらにアイゼンの身を萎縮させていた。
「ここが僕の家です。これから長に話をしてきますので、しばらくこちらで待っててくださいね」
玄関を開けて中に通されると、一人の女性がお湯をわかしていた。背中を隠すほど伸ばされた緑色の髪は手入れがされており、身にまとうワンピースはアイゼンの故郷のものと生地から違った。表面は滑らかであり、手編みをしたようには見えない。
背中を穴が開くほど凝視していたせいで、女性が振り返った瞬間にアイゼンは跳び上がりそうになった。
「まあ。ムイン、おかえりなさい。予定より早かったわね……?」
赤い髪の少女――アイゼンと目が合い、女性は語尾を上げて小首を傾げた。
「ただいま。良い収穫を得られましたよ」ムインはアイゼンの肩に手を置いた。「紹介しましょうか。この子はアイゼン。しばらく預かることになりました。……アイゼンさん、彼女が僕の妻のオーロラです。なにか不便がありましたら僕でも彼女でもいいので、遠慮なく言ってください」
「まあそうなの。よろしくね、アイゼンちゃん」
「……ん」
素っ気ないアイゼンの返事にムインもオーロラも苦笑いした。
挨拶を終えたところでムインは長の家に向かった。
アイゼンが借りてきた猫の状態で椅子にこじんまりと座っていると、オーロラがコーヒーをいれてくれた。初めてみる濁った液体に不安になりつつも、アイゼンは時間をかけて飲み干した。
手持ちぶさたの時間ができると、アイゼンはオーロラの協力のもと、空き部屋の掃除に取りかかった。最初は部屋をもらうことに抵抗があったものの、せっかくだからと押し切れられて、家具の配置までもオーロラに決められていった。
ムインが戻ってくる頃にはベッドのシーツも新品に交換され、アイゼンの生活環境は整った。
「君は心配しなくていいから」と尽くしてくれるムインとオーロラ。
差し出せるものが何もないのに、衣類や寝床に食事まで用意されてアイゼンは動揺を隠せなかった。故郷において、食物は自分で育てたり狩ったりしなければならなかった。全て自分のことは自分でする環境で育ったために、一方的な享受にむずがゆくなった。
手伝いの申し出も当然のなりゆきであった。始めは断られたが、辛抱強いアイゼンの説得に二人は折れた。
夕食もびくびくしながら三人で食卓を囲み、話を振られたら返事するぐらいであったとはいえ、アイゼンはムインとオーロラに温かく迎え入れられたのだった。
『いたれりつくせりって感じだね』
初日の夜、興奮して眠れないアイゼンに心菜が話しかけた。
今まで床に毛布を敷いて寝ていたためか、体が沈むベッドで上手く寝返りを打てず、アイゼンはごろごろと体の向きを変えていた
『もう……貧乏性め。それにいつこの家にお邪魔することになったの? 流されちゃってさ。たいていはキミに任せるけど、守ってほしいことが一つ』
心菜の真剣な語り口にアイゼンは寝返りをやめた。
『絶対に心菜を手放さないで。寝るときもお風呂も、絶対にだめ。ボクら武器に足は生えてないんだ』
「錆びない?」
『聞くことがそれ? 調子狂うなあ。……錆びないよ。たとえ幾星霜が経とうとも、錆び付く日は訪れない。必ず第一線でキミの願う武器になってみせる』
「……重い」
『そうだね、重いね。ボクのこと、嫌いになった?』
「……ううん」
もぞもぞと動きながらアイゼンは目を閉じた。
アイゼン は ねどこ を てにいれた!
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