04その手は救いか
♪前回までのあらすじ♪
ランゼンを追いかけてから初めてたどり着いた村で拒絶され、恐怖を味わったアイゼン。
しかしいつまでも野宿するわけにもいかず、気持ちの整理をしてから次の手を考える。
せめて食料だけでも調達すればよかったと後悔したのは野営の準備に取りかかってからだった。
全身の震えが収まった頃には陽も傾いており、次の村まで行く余裕はなかった。
不運は続き、発見できたのは木の実と果物ばかり。己の血肉となれる野獣は皆無。空腹で力つきる直前に湖を見つけられただけでも幸運だったか。
この日の晩餐は森の恵みと魚数匹。魚は手で捕まえ、ナイフで内臓を取り出した。飲み水も補充しておく。薪には赤属性の初級魔法で火をつけて、魚が焼かれていく光景をアイゼンはぼんやり見守る。
やがて食事を終えて一息ついていると、食事をしない心菜が気軽に話題を振ってくる。
『旅に出てからもう一週間だよ。旅には慣れた?』
「まだ」
アイゼンは膝と膝の間に顔をうずめ、うなだれた。
いくら遠征経験があるとはいえ、今日の経験を昇華するには幼すぎた。形のない恐怖に苛まれ、この旅に終わりがあるのかどうか考えてしまい、心がすり減り始めている。
『まだってことはあきらめてないんだね。それでこそわがアルジ! 今日のことは早く忘れて、明日のために寝ちゃおうか』
「……まだ」
寝ないと告げて、アイゼンは横になる。燃ゆるかがり火が赤い瞳に静かに映った。
『じゃあもう少しおしゃべりに付き合ってくれるんだね。ボク気になってたんだけど、王国跡地を出て、キミの探し人はどこまで行ったのかな? 馬も乗れる? 今更だけど、ボクらも馬で行くべきだったんじゃない?』
「もうもううるさい」
荷袋から毛布を取り出して、アイゼンはくるまった。
『えー? 正論でしょ? そうやってキミは思考停止してきたんだね。何もかも受け入れるのは楽? あ、ごめん……責めたいわけじゃないんだ。キミにとって、心から突き動かされたのは初めてだったんだよね。つーまーり、別離が成長のきっかけとなるわけだ。これからも応援しているよ、片割れさん。苦しいと感じられたとき、キミは絶対に前に進める』
「苦しい? ……ふぁ」
ふとアイゼンは強烈な眠気に襲われてあくびをした。心菜の忠告を咀嚼する前にまぶたが落ちてくる。
安寧の光に包まれて、怒濤の一日は終わりを告げた。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ヴィアカ王国崩壊後、未開拓の土地が多く、村々を渡るだけでも一苦労であった。加えて世界の理により武器よりも魔法が重宝される。遠距離魔法を打てる魔法兵がいれば勝敗は決したようなものだ。単騎で敵陣に乗り込める技量があるならば、さらに重用される。そうして条件を満たした者が斥候として選出されるのだ。
――陽と陰の国境付近の街である日、目映い鉄槌が落とされた。
一足先に村に侵入していた斥候により内側から壊され、第二波により制圧が完了される。
色の抜け落ちた髪をなびかせて、一人の少年が背の高い木の上から西の地を凝視していた。
身にまとう使い古したボロ切れでは四肢に刻まれた痕を隠せず、涙さえも拭えない。
瞳に涙をためて、少年は言葉を詰まらせながら歌う。かつては皆で歌った歌を。今となっては誰も知らない聖なる歌を――。
かの滅ぼされた街でも歌を奉ずる人影があった。夜の闇のせいで正確な色はわからないが、おさげを垂らした年端もいかない少女が鼻をすすりながら悲しみを旋律に変えた。
最後にもう一人。ヴィアカ王国跡地のはずれ、小さな石碑の前で片膝をついて祈る姿があった。周囲を赤と白の光が舞い、口ずさむ調べとともに波のごとく渦巻く。
歌に込める気持ちは三者三様でありながら、曲は同じものであった。
届けたい、世界の果てまで。どうかあの人にまで伝わりますように――。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
頭上で響く、鳥のさえずりにアイゼンは起こされた。
かがり火は消えているが、周囲に荒らされた形跡はない。荷物がそろっていることも確認し、身支度を整えた。
『おはよう、アルジ。よく眠れたようでなによりなにより』
声の発生源は手元に置かれた剣からだ。アイゼンはその剣を拾い、腰に下げようとして。
『ねね、アルジは短剣以外も使える? 短剣二本っていうのも不利でしょ?』
「…………弓だけ」
「そっかあ、まだかぁ! 誰か訓練してくれる人、いないかなあ。実はボク、近距離苦手なんだ。だって痛いじゃん? 弓もできるのは嬉しい誤算だなあ」
「…………」
『ノリわるっ。そこは剣のくせに? って突っ込むところ!』
「ん……? ん」
呆気にとられながらも、アイゼンは少しだけ口元をほころばせた。まだ彼女の頭の中では「痛いじゃん?」がこだましている。試しに視界をちらつく獣へ心菜を投げつけてみたら、「よっ、村一番!」となぜか賞賛された。
長距離移動を覚悟した朝、こうして念願の肉を手に入れた。
一人と一振りの剣の旅はにぎやかであった。というのも剣(心菜)はアイゼンに休む暇も与えないほど一方的に話しかけ、だんだんアイゼンも疲れてきたのか、返事をせずに聞き流すようになってきた。
はたから見れば幼い少女がふらふらさまよっているようにも見える。頭の中ではずっと姑ばりの野次がとびかっているのだが、どうも契約者との専用会話回路があるようで心菜の声は第三者に聞こえないようになっている。
これがもしも第三者にも聞こえていたならば、ぶつぶつ呟いて歩く旅人の出来上がりである。近寄りたくないと誰もが口をそろえて言うだろう。
歩みを再開してまだ一日目、幸運は思わぬところからやってくる。
先に気付いたのは心菜であった。息継ぎも知らないほど勝手に盛り上がっていたのに急に黙り込んだだめ、アイゼンも何事かと足を止めた。
遠くから何かを引きずるような音が聞こえる。
馬の嘶きが周囲を震わせると、窓であろう部分から誰かが身体を乗り出していた。
「そこの貴方!」
あいにくその場にはアイゼンしかいなかった。そのためアイゼンは素知らぬ顔をして逃げるという手段をとれず、目の前で馬車が停止するのをじっと待つ。
「こんなところでどうしたんです? 親と離れましたか?」
『その目は節穴なんだね』
街道で話しかけられた第一声がそれである。身を隠せる木もなく視界良好だというのに、どこに迷子になる要素があるのだろうか。心菜に同意しながらアイゼンは首を傾げる。
「なんだ、まさか迷子なのもわかっていない? これは困りましたね……」
『困ってるのはキミの思いこみの強さだって』
馬車から身なりのよい男が降りてきた。茶色のコートにシルクハットを被っている。目元にあるのはモノクロだろうか。
故郷とは全く違う装いに、アイゼンは無意識に男と距離をとろうとした。
「ちょうど僕も帰る途中でして。よろしければ送りましょうか?」
『馬車の中には彼だけみたいだ。二人でもそんなに狭くはないだろうけれど、見知らぬ人との相乗りは危険だ。いくら表面が良さそうな相手でもね』
心菜が冷静に状況を教えてくれるので、アイゼンの頭は真っ白になっていなかった。
初対面の相手を信じられるといえば嘘になるが、御者もいるため完全に二人っきりというわけでもない。次の村まで子供の足でどれぐらいかかるかわからない以上、乗らない手はない。
「ん」
アイゼンがこくりと頷くと、男はぱあと笑みを浮かべた。下がった目尻は優しい印象を形作り、ややこけた頬からは力強さを感じさせない。ただ儚いとはまた別である。強かさ、だろうか。
アイゼンは男の一挙一動をじっくり観察した。
「よろしくお願いします。私はムインと申します。……えー、僕、学者なんです。たまに隣村で教師の真似事をすることもありまして、今はその帰りなのです」
「教師……先生?」
「ええ、未熟者ですが」
頬をかいて照れる姿はなんとも頼りない。ふうん、とアイゼンが会話を終わらせると、ムインがちらちら視線を向けてきた。
「……貴方の名前を聞いても?」
視線は自己紹介の催促であった。
『まったくアルジは会話の流れによわーい。ほらほらセンセーに鍛えてもらおう! 目標は三回以上、受け答えすること! 心の準備はいい? よーい、はじめ!』
「アイゼン」
「アイゼンさんですね。ひとまず僕の拠点にご案内でよろしいですか?」
「ん」
「是、と受け取りますね。次にお姉さんの捜索依頼ですか……ふむむ」
アイゼンは馬車に揺られながら、姉を探しに一人で来たことをムインに話した。徒歩で来たと伝えたら盛大に驚かれたのも仕方ない。村々をつなぐ街道は子供の足で歩けるようなものではない。紛争時代に仕掛けられた罠も多く残っており、街道からずれたり一人で旅したりは推奨されていない。落とし穴にはまったが最後、一生這い上がれないのも笑い話ではなかった。
「……見つかる?」
「え?」
「見つかる? お姉ちゃん」
「もちろんです。大人に任せて、貴方は心配しなくていいですよ」
「そ」
ぶっきらぼうではあったが、三回以上のやりとりを成立させられたのでアイゼンは心菜から及第点をもらった。もっと頑張りましょう、という一言も忘れずに。
休憩時間にアイゼンが柔軟していると、心菜がそっと問いかけてくる。
『ねぇアルジ、愛称を名乗った意図は?』
アイゼンの本名はアイフェンゼである。ちなみに姉のランゼンはランフェンゼだ。
紛争時代、名前で性別を悟られないよう長めなものが増えた。愛称を決めておく者も多く、仲間内では愛称で呼ばれたものだった。アイゼンが育った村では逆に本名を隠すよう教育され、小さな頃から本音と建前を使い分けるように、本名と愛称も相手によって使い分けた。
この風習を他者に説明するのはアイゼンにとって難しく、どう思われても構わないので「別に」と口を閉ざした。
『――うわー、全然そう思ってないくせに。アイゼンって呼ばれるたびに顔ひきつってるよ、キミ』
「……知らない」
『そうそう、ボクはアイゼンって呼んでもいいんだよね?』
「好きにして」
心菜は許可を得られ、対面にいるムインに気にも留めず、楽し気にアイゼンに話しかけた。
『――ねぇ、神様っていると思う? ああ、いつにもまして変な質問? いつにもって聞き捨てならないなあ。捨てる神あれば拾う神ありって、本当なのだと思って。うさんくさい神だけどね。まあ、神様なんて全員、ボクらのことゴミくずに思ってるだろうからね』
知らぬ間にアイゼンが寝てしまったので、心菜の発言は誰にも聞かれなかった。
お読みくださり、ありがとうございました。
名前呼びを許されたので、心菜はアイゼンを名前で呼ぶようになります。




