37無の世界
「復讐者として役目を得たら、わたしはきっとこの世の全てを壊しただろう。だがコルグレスはそうしなかった。
わたしの名はイェスタ改めランゼン=ユニティ。ともに悠久を生きよう」
ランゼンのまわりに集結した魔力が弾丸となり、トールを撃ち抜いた。
魔法無効化の特性は発揮されず、トールは肉体の大半を消失した。
真名持ちは世界の歯車であり、条件がそろわなければ死さえも許されない。損害が修復されるまで療養し、活動可能になれば再びお役目に戻らなくてはならない。
そうして不死者は増えていく。生きた分の記憶が増えすぎて、やがて自身の大切な記憶も零れ落ちていく。残されたのは背負わされた使命と己の強い願いのみ。前世の記憶と同様に重くのしかかってくる願いのみ。
「……また貴様に敗北するとは。一介の人間がなぜ」
「強いていえば、愛の力だよグライラル」
トールの背後の空間が歪み、白く濁った手がたくさん伸びてきて、空間の中に彼を引き入れた。
手が引っ込んで、空間が閉じれば静寂が戻る。荒れた大地に刻まれた戦いの爪痕に関しては癒えるのを待つしかない。
「やってやったぞ、シャロン」
勝利を自覚したランゼンの声は震えていた。
その傍らでアイゼンは鎖に変化していた心菜を剣に戻し、鞘にしまおうとしたとき。
二人の前にもう一度、空間の歪みが現れた。トールを連れ去った無数の手が二人に伸びてきて、逃げる間もなく呑み込まれた。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
うり二つの姉妹はほぼ同時に目を開いた。
果てのない不思議な空間の中、確かに感じる他者のぬくもり。二人は手をつないでいた。
「アイゼン、手……なんでもない」
「ランゼン。背、縮んだ?」
再会したランゼンは魔法で大人の姿になっていたが、その魔法がとけて年相応の姿に戻っていた。手をつなぐと、双子の姉妹がいかに似ているか見比べてしまう。髪の結び目が反対なのは離別のときと変わらない。確実に変わったのは互いの関係性であろうか。
「身長差があると手をつなぐのも大変だからな。今はこれでいいかもしれない。魔法がとけた理由もわからないし」
「魔法を使えば誰でもできる?」
「できないさ。わたしは真名の力を借りている。……真名の話はあとでしようか。話す時間はたっぷりありそうだ」
目印もない、真っ白な空間を二人で歩く。
影もなく、光もなく、まっすぐ前を見ていなければどこから来て、どこへ行くのかもわからなくなってしまいそうだ。
腹時計も正確ではない。最初はおおよその時間を計ろうとしてみたものの、余計に疲れてやめた。
休憩の際は、進行方向に目印を置いた。
頭と足の位置を同じ方向にとどめておく自信はなかったので、ランゼンの白いマフラーと互いの髪の組み紐を置いてみた。
髪をほどいてしまったので、どっちがどっちだか判別しづらくなってしまうが、二人しかいないので問題ない。
近況を話しながらも、道が長いせいで話題がすぐに尽きた。どうしようかと考えて、今聞くべきかとアイゼンは口を開く。
「……ランゼン。どうして里を燃やした?」
「あの地はヴィアカ王国跡地だからだ。戦場の記憶、復讐心、己の無力さに許せなくなり、浄化の炎を放ってしまった」
「里には戻る?」
「戻るつもりはない。きみと同い年の私が大人の姿なのは気味悪がられるだろうさ」
「気味悪くないよ。ランゼンはいつまでもお姉さん」
「はは、こんな妹をもてたわたしは幸せ者だ。それにきみはもう、わたしがいなくても平気そうだ」
「えっ」
驚きのあまりアイゼンが足を止めようとしたところ、ランゼンに腕を引っ張られてたたらを踏んだ。
「わたしを探し出せたのは、きみ一人の力じゃないだろう。里から出て、他者の力を借りて石碑まで戻ってきたはずだ。わたしの宿敵と友情を築いたのは素直に喜べないがね」
アイゼンが黙り込み、二人分の足音が再開する。
歩きながらアイゼンはここまでの道のりを思い返した。
里での日常。ランゼンの凶行。心菜との出会い。最初にたどり着いた村では断られた。幸いにも翌日にムインに拾われて、ベッドで眠れる夜に安堵した。
新しい生活で、自分の足で立とうと思えたのはランゼンにどうしても再会したかったから。
居候だからといってあぐらをかかず、姉を探す懸命な彼女の姿は街の人々の胸を打ち、手を差し伸べられた。
全てランゼンが関わっていない、アイゼンだけの功績だ。
ふとランゼンがやたらと周囲に目を動かしていた。
彼女の視線の先にアイゼンは何も見つけられず、おそるおそる尋ねてみる。
「何を見てるの?」
「きみには見えていないのか。何もないと思っていたけれど、何かがいるようだ。もしかしたらこれが、彼の守りたかったものなのかもしれない」
「どんなもの?」
「恐らく精霊だね。白だと思ったけれど、光を近付けると逃げていく。少なくとも白属性ではない」
「…………ん?」
理解できていなさそうなアイゼンを見て、ランゼンはあいている手で頬をかいた。
「まあわたしには前世の記憶もあるからさ。そのときに得た知識も引き継がれている」
「千年前なら、今と違うんじゃ?」
「案外そうでもないんだ。小さな集落の生活はほとんど変わらない。経過した年数を感じたのは陰の都ぐらいかもしれないなあ。あそこは千年の重みを感じだ」
「陰の都まで行ったんだ」
「用事があってね」
アイゼンが里から少し離れた街で留まっている間に、ランゼンは大陸の反対側まで行っていた。
それは情報も入ってこないわけだとアイゼンは納得した。トールの意見に従い、ギルドに依頼を出さないで正解だったようだ。
ランゼンは歩き疲れるまでアイゼンに陰の都について語った。
生活する人間の多さから始まり、食生活や自治についてまで話が及ぶ。民には自ら考えたり選んだりする権利があり、誰もが向上心を持っていた。ヴィアカ王国建国時のような戦争の陰はなく、これからもさらに良くなるであろう光景が目に見えた。
「しかも陰の玉座は実力勝負らしい。生まれや血統も関係なく、勝負に勝てば玉座に座れる。今のところ現王は国民に慕われているようだから、しばらく在位だろう」
「王がいるんだ。物語の中だけだと思ってた」
「旧陽領とは違う発展をしたからね。――おや」
終わりのない真っ白な空間で、何かを察知しているランゼンが立ち止まった。
湧き上がるように何かがどこからか集まってきた。それらは集合し、結びつき、巨大なゴーレムに姿を変えた。
何も見えなかったはずのアイゼンの目にもゴーレムは視認できた。ぶくぶくと膨れ上がる四肢に無数にもある目。まだこれからも大きくなりそうで、その大きな手足で潰されたらひとたまりもないだろう。
「さすがにアイゼンもあれは見えてるのか」
「うん。おっきい」
「通り過ぎてきた小さい奴らがわらわら沸いた集合体さ。敵意は……ありそうだな」
ゴーレムの拳が振り下ろされ、二人はつないでいた手を離して反対方向へ飛びのいた。
逃げられたと安堵する暇を与えず、次の一撃が振り下ろされる。膨張し続けることを考慮し、離れる距離は予想よりも大きくとる。よけられたと思っても足の小指をぶつけそうになってはいけない。
近寄れないため、二人はまず遠距離攻撃を試した。弓を魔法で作り、アイゼンは赤色の矢を、ランゼンは赤と白の二色の矢を操って射出した。
矢はゴーレムに届くものの、痛痒に感じないと言いたげだ。
「ランゼン、打つ手はある?」
「あるさ。わたしたちは試されているようだから」ランゼンは弓と矢を消し、アイゼンを下がらせてから詠唱に移る。「我は身に火種を宿し者。心に烈火を宿し者。聖火への干渉を許したまえ、フラッシュオーバー!」
ランゼンが目をかっぴらくと、足場にじわじわと生まれた炎が一瞬で大きくなり、猛火がゴーレムを取り囲んでいた。
白く濁ったゴーレムの体に火傷がつき、赤属性の炎が侵食している。これはだいぶ効果があったようで、ゴーレムも呻きのような声を上げている。
「……グォオオオオ、二ンゲェンメェェェエエ!」
突如ゴーレムが二人にもわかる言葉を発し、咆哮が周囲を揺らす。
ランゼンは「話せたのか」と感心し、アイゼンも「ほー」と興味深く眺めている。話せる剣の前例があるせいでさほど大きな衝撃を受けず、ゴーレムと対峙する。
「グライラルサマ 二 ケガサセタ! ユルサナイ」
「お礼参りかな」
「ランゼンもいちいち突っ込まないと気がすまない? 心菜みたい」
「彼ほどじゃないさ。わたしも参ったからね。彼女のことを――ああ、なんでもない」
「彼女は大事な人だった?」
「命をかけるぐらいには」
「妹には命をかけられる?」
ランゼンはアイゼンをちらっと見て、
「将来、きみのために命をかけられる人が現れる。それまでならば、いいだろう」
「……双子だから考え方も似るのかな」
「平和に生きられなさそうな境遇は似てるかもしれない」
軽口を叩きながら、平常心を取り戻す。
さあ戦いを続けよう。
フラッシュオーバー
赤属性上級攻撃魔法 効果対象:敵単体 追加効果:HP%攻撃(敵単体のHPの数%を基礎威力とし、計算する)
お読みくださり、ありがとうございます。




